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福島地方裁判所 昭和50年(行ウ)1号 判決 1984年7月23日

判決

略語表

当事者の表示

主文

事実

(当事者の求めた裁判)

第一 原告ら

第二 被告

(原告らの請求の原因)

第一章原告らの立場と本件許可処分の存在等

第一 当事者

第二 本件許可処分の存在及び異議申立の前置

第二章本件訴訟に対する司法審査のあり方

第一 本件訴訟の審理判断の対象となる事項

一 安全審査はトータルシステムについて行われなければならない

二 安全審査は何故トータルシステムについて行われなければならないか

三 法はトータルシステムの審査を要求している

第二 原子炉設置許可処分に対する司法審査の方法

一 原子炉設置許可処分は裁量処分ではない

二 専門技術的裁量論の司法軽視

第三章本件許可処分の手続的違法性

《省略》

第一 原子力発電所設置許可処分の概略等

一 本件許可手続

二 許可手続の概要

第二 審査体制の欠陥

第三 審査方法の違法

第四 審査過程の実質的違法

第五 審査基準の違憲・違法性

一 審査基準設定の違法性

二 審査基準自体の違法性

第六 本件許可手続の基本法二条の違反性

一 安全審査資料及び諸基準の米国依存性の違法

二 審査過程・審査資料の非公開と非民主性の違法

第七 結論

第四章本件許可処分の実体的違法性(その一……平常運転時の被曝)

第一 原子力発電の仕組み<省略>

第二 原子力発電と放射線被曝

<省略>

一 はじめに

1 原子力発電の全体システムから放排出される放射線

2 放射線の影響を正しく理解する必要性とその意義

二 放射線

1 放射性核種(放射性物質)

2 放射線

3 半減期

4 放射線の単位

三 放射線被曝の態様

1 態様

2 外部被曝

3 内部被曝

4 放射性物質の濃縮と環境への蓄積

5 放射性核種の化学的性質

四 放射線障害

1 はじめに

2 急性障害

(一) 放射線による死

(二) 全身被曝による急性障害

(三) 局所被曝による急性障害

3 晩発性障害

(一) その意味

(二) 有名な発症例

(三) 被曝線量と放射線障害との関係

(四) 寿命の短縮

4 胎児被曝の特殊性

5 放射線による細胞の損傷

6 遺伝的障害

五 まとめ

1 原子力発電の危険性

2 放射性物質の放排出は許されない

3 本件許可処分の違法性

第三 被曝放射線量の「しきい値」と許容量

一 はじめに

1 安全審査基準の問題点

2 結論の提示

二 被曝放射線量の「しきい値」

1 「しきい値」の意義と機能

2 「しきい値」は存在するか

3 「まだ見い出されない」という意味

4 安全性の考え方

5 安全性の法理

三 許容量とは

1 許容量の意義

2 原発に「がまんの量」は妥当しない

四 まとめ

1 安全性の証明がない

2 被曝放射線に許容量はない

3 本件許可処分の違法性

第四 公衆の許容被曝線量の根拠の検討及び見直しの必要性

1 リスク評価モデルについて

2 原爆被曝者集団のリスク評価について

3 アリス・スチュァートの提起について

4

第五 平常運転時における環境及び周辺住民への影響

一 はじめに

二 希ガス・よう素以外の放射性核種の大気放出による被曝評価の欠如

三 希ガスの大気放出量の過少評価

四 よう素の大気放出量の過少評価

五 拡散・被曝評価モデルについて

六 評価値の信頼性の欠如

七 放射性物質放出量の低減対策の欠如

第六 再処理・廃棄物の処理・処分の見通しについての無審査<省略>

一 使用済燃料の再処理・廃棄物の処理・処分見通しと本件安全審査の範囲について

1 被告の主張

2 被告の主張の誤り

3 結論

二 使用済核燃料の再処理の見通しと輸送の安全性に対する被告の杜撰な審査

1 使用済核燃料の再処理

2 再処理の方法

3 再処理の現状

4 再処理の困難性とこれを無視した原発建設の推進

5 使用済燃料の輸送の危険性について

6 再処理の見通し及び輸送の安全性についての杜撰な審査

三 放射性廃棄物の処理・処分とこれに対する内閣総理大臣の杜撰な審査

1 放射性廃棄物の発生

2 高レベル廃棄物の処理・処分

3 低レベル廃棄物の処理・処分

4 廃炉の解体に伴う廃棄物の処理・処分

5

第七 労働者被曝についての無審査<省略>

一 労働者被曝の現状

二 労働者被曝と本件許可処分の取消事由

三 労働者被曝の深刻さ

四 住民にはすでに深刻な被害が発生している。

第八 温排水についての無審査

<省略>

一 温排水の意義

二 温排水問題に関する審査義務について

三 本件許可申請書、同添付書類及び環境に関する調査資料の問題点

四 原子力委員会昭和四九年四月二七日福島第二原発の設置に係る公聴会陳述意見に対する検討結果説明書の問題点

五 結論

第五章本件許可処分の実体的違法性(その二……本件原子炉における炉工学的危険性)

第一 原子力発電の潜在的危険性

第二 核燃料の健全性の欠如と危険性

一 本件原子炉燃料の構成

1 燃料棒

2 燃料集合体

3 炉心燃料

4 炉心

二 平常運転時の燃料健全性について

1 燃料破損に関する設計思想

2 燃料ペレットの健全性

3 燃料被覆管の健全性

4 ペレットー被覆管相互作用(PCI)

5 燃料設計の変遷

6

三 事故時の燃料の健全性について

第三 圧力バウンダリの健全性について

一 応力腐食割れの危険性

1 はじめに

2 SCCについて

3 原子炉におけるSCC事例

4 原子炉の運転条件とSCCの関係

5 実験室におけるSCC試験

6 SCC防止策

7 応力腐食割れの進展を発見することの困難性

8 おわりに

二 圧力容器と脆性破壊の危険性

1 はじめに

2 照射脆化

3 脆化状態の把握の困難性

4 脆化遷移温度

5 本件原子炉の場合

第四 LOCA及びECCSの有効性について

一 LOCAの過程とECCS

二 ECCS導入の経過

三 ECCSが作動した場合のLOCA

四 被覆管最高温度の意味

五 ECCS評価に関する問題点

1 総論

2 具体的な問題について

3 「最高温度」は保証されているか

第五 格納容器の健全性の欠如

一 格納容器の役割

二 格納容器の信頼性の欠如

三 大事故時の耐性

四 クラス九事故と格納容器

五 格納容器の破壊による周辺住民の被曝

六 発電炉大型化の強行とECCSの非現実性

七 本件事故解析、災害評価の過小な事故想定

八 ECCSが働かなければ、格納容器は破壊される

九 格納容器破壊の恐るべき結果

一〇 被告には、格納容器の健全性主張の根拠の釈明義務がある

第六 事故発生の危険性について

<省略>

一 過去に発生した原発事故

1 ウインズケール事故

2 ブラウンズ・フェリー事故

3 ギネー原発事故

4 大飯原発事故・高浜二号炉事故

二 TMI事故とBWR

三 クラス九事故について

第六章本件許可処分の実体的違法性

(その三……立地選定の誤り)

《省略》

第一 敷地と立地指針

一 我が国の立地指針の背景

二 TMI事故と敷地問題

三 立地指針は規制の役割を果たしていない

第二 災害評価

一 原子力発電所の災害評価の歴史

二 本件原子炉の原子炉事故による災害評価

1 原子炉からの放射性物質の放出による災害

2 原子炉からの放射性物質の多量放出による被曝量の推定

第七章TMI事故の意味するもの

《省略》

第一 TMI原発の概要

第二 TMI事故の経過

一 主給水ポンプの停止

二 補助給水ポンプ出口弁の閉塞

三 運転停止

四 加圧器圧力逃し弁の故障

五 ECCSの作動と、運転員によるECCSの手動停止

六 格納容器の隔離の失敗と放射性物質の外部環境への放出

七 環境中に放出された放射性物質

八 燃料棒の損傷と、メルドダウンの危険性

第三 TMI事故の提起した問題

一 事故の規模と被告主張の根拠の崩壊

二 従来の安全評価方法の欠陥の露呈

1 設計基礎事故と単一故障指針

2 人為ミス

3 マインドセットとマン・マシーン・インターフェイス

三 多重防護(深層防護)システムの不完全性の露呈

四 LPZ(低人口地域)と緊急時対策

第四 被告のTMI事故の原因に対する評価の誤り

第五 TMI事故と本件原発の安全審査対象との関係

第八章結論

(被告の答弁及び主張)

第一章原告らの立場と本件許可処分の存在等

第二章原告適格

第一 法律上保護された利益の不存在

一 行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」の意義

二 法的利益救済説における行政法規の保護法益の解釈の方法

三 原子炉等規制法の関係規定の保護法益

第二 利益侵害の不存在

一 法律上の利益を構成する「利益侵害」の意義

二 原子炉設置許可処分の法律上の効果と利益侵害の不存在

第三 公定力排除のための特別の訴訟手続たる取消訴訟制度と原告適格

第三章本件訴訟に対する司法審査のあり方

第一 (請求原因第二章の認否)

第二 本件訴訟の審理、判断の対象となる事項

一 行訴法一〇条一項の規定と本件訴訟の審理、判断の対象となる事項

二 原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項

1 発電用原子炉の利用に係る安全確保のための行政規制の法的性質、機能

2 原子力の利用に関する原子炉等規制法における安全規制の体系と原子炉設置許可手続―(横断的考察)―

3 発電用原子炉の利用に関する原子炉等規制法及び電気事業法による段階的安全規制の体系と原子炉設置許可手続―(縦断的考察)―

4

三 原告らの主張する違法事由

1 安全審査手続に関する主張について

2 発電所従事者の被曝に関する主張について

3 温排水の熱的影響等に関する主張について

4 使用済燃料の再処理及び輸送等に関する主張について

5 固体廃棄物の処理、処分等に関する主張について

6 廃炉、解体に関する主張について

7 国、県による放射能監視体制及び防災対策に関する主張について

第三 原子炉設置許可処分に対する司法審査の方法

一 原子炉設置許可処分の裁量処分性

二 原子炉設置許可処分に対する司法審査の方法

第四章本件許可処分の手続的適法性

《省略》

第一 (請求原因第三章の認否)

第二 原子炉設置許可処分の手続

一 手続の概要

二 原子炉設置許可に係る審査体制

1 原子力委員会

2 安全審査会

3 原子炉安全専門審査会部会

4

三 原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件審査のための基準

四 原子力三原則とその原子炉設置許可手続における意義

第三 本件許可処分の手続的適法性

第五章本件許可処分の実体的適法性(その一……原子炉等規制法二四条一項一ないし三号要件及び四号要件のうち、平常運転時における被曝低減対策)

第一 (請求原因第四章の認否)

第二

一 一号要件適合性

二 二号要件適合性

三 三号要件適合性

第三 四号要件のうち、平常運転時における被曝低減対策

三 原子力発電の安全性の確保

1 発電用原子炉の仕組み

2 原子力発電の有する潜在的危険性とその安全性の確保

四 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性

1 原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性についての審査

2 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性

3 本項に関する原告らの主張の失当性

第六章本件許可処分の実体的適法性(その二……自然的立地条件に係る安全確保対策を含む原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策)

第一 (請求原因第五章の認否)

第二 本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性

一 原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性についての審査

二 本件原子炉施設の自然立地条件に係る安全性

1 地盤

2 地震

第三 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性

一 原子炉施設の事故防止対策に係る安全性についての審査

二 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性

1 異常状態発生防止対策

2 異常状態拡大防止対策

3 放射性物質異常放出防止対策

三 本項に関する原告らの主張の失当性

1 燃料被覆管の健全性に関する主張について

2 圧力バウンダリの応力腐食割れに関する主張について

3 ECCSに関する主張について

4 原子炉格納容器の健全性に関する主張について

5 単一故障指針に関する主張について

6 過渡現象解析に関する主張について

第七章本件許可処分の実体的適法性(その三……本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策)《省略》

第一 (請求原因第六章の認否)

第二 災害評価の意義

第三 原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性についての審査

第四 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性

一 本件原子炉施設の設置位置等

二 災害評価方法の妥当性

1 重大事故及び仮想事故想定の妥当性

2 重大事故に係る災害評価条件設定の妥当性

3 仮想事故に係る災害評価条件設定の妥当性

三 立地審査指針適合性

1 本件原子炉施設に係る評価結果

2 立地審査指針適合性

第五 本章に関する原告らの主張の失当性

一 災害評価におけるECCSの有効性に関する主張について

二 災害評価における全炉心溶融の不想定に関する主張について

三 災害評価における原子炉格納容器の健全性に関する主張について

四 災害評価における放射性物質の放出量に関する主張について

第八章TMI事故について《省略》

第一 (請求原因第七章の認否)

第二 TMI事故の概要等

一 加圧水型原子炉の概要

二 TMI発電所の概要

三 TMI事故の経過等の概要

1 TMI二号炉の事故前の状況

2 TMI事故の経過

第三 TMI事故と本件安全審査との関係

(被告の主張に対する原告らの答弁及び反論)《省略》

第一章原告適格

第一 原告らは本件許可処分の取消を求める「法律上の利益」を有する

第二 原子力諸法の保護法益

第三 空虚な「公共の利益」

二 公益・私益論の詭弁

第四 訴えの利益論に関連して行政訴訟の補充性なる主張について

第五 本件許可処分の法的効果と災害の発生

第二章基本設計論の違法性

第一

第二 原子炉設置許可処分における安全審査の対象は、「基本設計ないし基本的設計方針」に限定されるものではない

第三 「基本設計にかぎつた安全審査」では安全審査の意味をもたない

一 原子力船「むつ」の場合

二 TMI事故の場合

三 原子炉施設の事故例

四 基本設計・詳細設計の区別は安全審査の目的上無意味な区別である

第四 アメリカ合衆国における許可手続とその審査対象

(証拠)

理由

第一 本件許可処分の存在等

第二 当事者適格

一 はじめに

二 原子炉等規制法二四条一項の意義と原告適格

四 被告の主張について(一)

五 被告の主張について(二)

六 結論

第三 本件訴訟における司法審査のあり方

一 本件訴訟の審理、判断の対象となる事項

1〜4

5 原告ら主張の安全審査の対象について

(一) 原子力発電所従事者のいわゆる労働者被曝について

(二) 温排水の熱的影響等に関する主張について

(三) 廃炉、解体に関する主張について

(四) 国、県による放射能監視体制及び防災対策に関する主張について

(五) 集中化、大型化に関する主張について

(六) 使用済燃料の再処理の見通しと輸送に関する主張について

(七) 固体廃棄物の処理、処分に関する主張について

二 本件許可処分に対する司法審査の方法

1 本件許可処分の性質

2 本件許可処分に対する司法審査の方法

第四 本件許可処分における手続的違法性について

一 手続的違法性の主張と本件許可処分についての違法主張事由との関係

二 原子炉設置許可処分の手続

1 手続の概要

2 原子炉設置許可に係る審査体制

(一) 原子力委員会

(二) 安全審査会

3 本件許可処分の手続的経緯

4 本件許可処分の手続的適法

三 原告らの主張に対する判断

1 審査体制が不公正であるとの主張について

2 審査基準設定の違法性の主張について

3 審査基準自体の違法性の主張について

4 原子力基本法二条違反の主張について

5 審査方法が違法であるとの主張について

6 審査過程の実質的違法の主張について

7 その他

第五 本件許可処分の実体的適法性について(その一……原子炉等規制法二四条一項三号要件の「技術的能力」の適合性)

第六 本件許可処分の実体的適法性について(その二……原子炉等規制法二四条一項四号要件適合性のうち、平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策について)

一 はじめに

二 発電用原子炉(BWR)の構造と発電の仕組み

三 原子力発電と放射線被曝

1、2

3 寿命の短縮に関する原告らの主張について

四 平常時被曝の前提事項に関する原告らの主張に対する判断

1 しきい値に関する主張について

2 公衆の許容被曝線量の根拠等についての主張について

五 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性について

1、2

3 被曝線量評価の妥当性

(一)

(二)環境への放射性物質放出の抑制

(三) 公衆被曝線量の評価

(四) 放射性物質の放出量等の監視

(五)

(六) 原告らの主張に対する判断

4 使用済燃料の貯蔵、保管の安全性

第七 本件許可処分の実体的適法性について(その三……原子炉等規制法二四条一項四号要件適合性のうち、原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策について)

一 原子炉における事故の危険性

二 本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性

1 地盤

2 地震について

3 その他(気象、海象等)

4 結論

三 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性

1 原子炉施設の事故防止対策に係る安全性についての審査

2 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性

(一) 異常状態発生防止対策

(二) 異常状態拡大防止対策

(三) 放射性物質異常放出防止対策

第八 本件許可処分の実体的適法性について(その四……原子炉等規制法二四条一項四号適合性のうち、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策について)

一 原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性についての審査

1、2

3 立地審査指針

(一) 基本的目標

(二) 立地審査の指針

(三)

二 本件原子炉施設の公衆との雛隔に係る安全性

1

2 本件原子炉施設の設置位置等

3 本件災害評価とその結果

(一)

(二) 重大事故

(三) 仮想事故

(四) 国民遺伝線量の評価(仮想事故時における全身被曝線量の積算値の評価)

4 本件災害評価方法の合理性

(一) 重大事故及び仮想事故想定の妥当性

(二) 災害評価条件設定の合理性

5 立地審査指針の適合性

6 結論

三 原告らの主張に対する判断

1 災害評価における技術因子の有効性を考慮している態度の違法性に関する主張について

2 立地審査指針に示されためやす線量の不当性の主張について

第九 TMI事故について

一 はじめに

二 事故の概要

1 TMI二号炉の事故前の状況

2 TMI事故の経過

三 事故の評価

1、2

(一) 設計に係る面

(二) 運転管理

(三) 運転経験の反映と教育訓練

3 まとめ

四 TMI事故と本件安全審査との関係

五 原告らの主張に対する判断

1 設計基礎事故に関する主張について

2 単一故障指針に関する主張について

3 過渡現象解析に関する主張について

4 人為ミスの主張について

5 マン・マシーン・インターフェイスに関する主張について

6 災害評価における放射性物質の放出量に関する主張について

7 原子炉格納容器の健全性との関連に関する主張について

第一〇 結論

一 本件許可処分における手続的違法性の有無

二 本件許可処分における実体的適法性の有無

三 結語

〔別紙〕

別紙一 当事者目録<省略>

〃 二 原告らの居住位置

〃 第一図 沸騰水型原子炉の構造の説明図

〃 第二図 燃料の構成の説明図

〃 第三図 原子炉圧力容器の構造の説明図

〃 第四図 本件原子炉敷地の地盤の説明図

〃 第五図 本件原子炉敷地周辺の主な歴史地震の分布図

〃 第六図 本件原子炉敷地周辺の地殼構造の説明図

〃 第七図 安全防護設備の説明図

〃 第八図 放射性廃棄物廃棄設備の説明図(気体廃棄物処理設備)

〃 第九図 放射性廃棄物廃棄設備の説明図(固体廃棄物処理設備)

〃 第十図 本件原子炉敷地周辺の説明図

〃 第十一図 BWR及びPWRの発電の仕組み

〃 第十二図 TMI二号炉主要施設概要図

《略語表》

本判決には次の略語を用いる。

ただし、正式の用語を使用する場合もある。

行訴法 行政事件訴訟法(昭和三七年五月一六日法律第一三九号)

基本法 原子力基本法(昭和三〇年一二月一九日法律第一八六号、昭和五三年七月五日法律第八六号による改正前のものをいう。)

設置法 原子力委員会設置法(昭和三〇年一二月一九日法律第一八八号、昭和五一年一月一六日法律第二号による改正前のものをいう。)

設置法施行令 原子力委員会設置法施行令(昭和三一年一月二四日政令第四号、昭和五三年九月二八日政令第三三六号による改正前のものをいう。)

原子炉等規制法 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和三二年六月一〇日法律第一六六号、昭和五二年一一月二五日法律第八〇号による改正前のものをいう。)

原子炉等規制法施行令 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律施行令(昭和三二年一一月二一日政令第三二四号、昭和五〇年七月四日政令第二一一号による改正前のものをいう。)

原子炉規制 原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和三二年一二月九日総理府令第八三号、昭和五〇年九月五日総理府令第五七号による改正前のものをいう。)

建基法施行令 建築基準法施行令(昭和二五年一一月一六日政令第三三八号、昭和四九年六月一〇日政令第二〇三号による改正前のものをいう。)

許容被曝線量等を定める件又は告示 原子炉の設置、運転等に関する規則等の規定に基づき、許容被曝線量等を定める件(昭和三五年九月三〇日科学技術庁告示第二一号、昭和五〇年八月五日科学技術庁告示第五号による改正前のものをいう。)

立地審査指針 原子炉立地審査指針およびその適用に関する判断のめやすについて(昭和三九年五月二七日原子力委員会決定)

気象手引 原子炉安全解析のための気象手引について(昭和四〇年一一月一一日原子力委員会決定)

気象指針 発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針について(昭和五二年六月一四日原子力委員会決定)

安全設計審査指針 軽水炉についての安全設計に関する審査指針について(昭和四五年四月二三日原子力委員会決定)

線量目標値指針 発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針について(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定定)

線量目標値評価指針 発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針について(昭和五一年九月二八日原子力委員会決定)

ECCS安全評価 軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の安全評価指針について(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定)

日米原子力協定 原子力の非軍事的利用に関する協力のため日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定(昭和四三年七月一〇日条約第一四号、昭和四八年一二月二一日条約第一三号による改正後のものをいう。)

安全審査会運営規程 原子炉安全専門審査会運営規程(昭和三六年九月六日原子力委員会決定、昭和五一年七月一三日原子力委員会決定による改正前のものをいう。)

専門部会運営規程 原子力委員会専門部会運営規程(昭和三二年七月四日原子力委員会決定、昭和四九年九月七日原子力委員会決定による改正前のものをいう。)安全審査会 原子炉安全専門審査会

ICRP 国際放射線防護委員会

東京電力 東京電力株式会社

BWR 沸騰水型原子炉

PWR 加圧水型原子炉

ECCS 非常用炉心冷却設備

圧力バウンダリ 原子炉冷却材圧力バウンダリ

TMI発電所 米国ペンシルバニア州スリーマイルアイランド原子力発電所

TMI事故 昭和五四年三月二八日TMI発電所二号炉において発生した事故

本件許可申請 東京電力が昭和四七年八月二八日付で内閣総理大臣に対してした福島第二原子力発電所原子炉設置許可申請

本件許可処分 内閣総理大臣が昭和四九年四月三〇日付けで東京電力に対してした福島第二原子力発電所原子炉設置許可処分

本件原子炉 本件許可処分にかかる原子炉

AEC 原子力委員会(アメリカ)

NRC 原子力規制委員会(アメリカ)

1 原告

小野田三蔵

<外四〇〇名>

右原告ら訴訟代理人

安田純治 大学一 鵜川隆明 橋本登行 安藤裕規

安藤ヨイ子 折原俊克 目黒鷹雄 安藤和平 黒滝正道

二葉宏夫 渡辺義弘 金野繁 金野和子 沼田敏明

塩沢忠和 菅原一郎 菅原瞳 脇山弘 脇山淑子

沼沢達雄 青木正芳 小野寺照東 栃倉光 高橋治

加藤朔郎 佐藤正明 宮沢洋夫 市川幸永 須賀貴

箕輪勝彦 宮地義亮 満田繁和 城口順二 岡田弘隆

三好泰祐

右大学一訴訟復代理人

水谷英夫

右<番号>の原告八三名訴訟代理人

岡林辰雄 榎本信行 金城睦 斎藤鳩彦 江尻平八郎

尾崎陞 川上耕 山内忠吉 横山国男 岡本秀雄

星山輝男 稲田堅太郎 木澤進 能勢英樹 村野光夫

三浦守正 谷口隆良 若林正弘 赤沢博之 金井厚二

松井繁明 秋山信彦 沢藤統一郎 佐藤義弥 杉井厳一

猪俣貞夫 船尾徹 山内康雄 吉井正明 畑山穣

渡辺哲司 加藤英範 成瀬聰 村山晃 稲生義隆

東垣内清 鈴木康隆 飯野春正 吉原稔 篠原義仁

根岸義道 山内道生 山本真一 大川真郎 須藤正樹

今村征司 佐藤勉 坂本修 松丸幸子 山本直俊

内田省司 平山正和 小川芙美子 野上恭道 庄司捷彦

田代博之 関原勇 三野研太郎 大国和恵 佐々木猛也

鈴木守 原田敬三 宇賀神直 谷村正太郎 鶴見祐策

飯田幸光 蒲田豊彦 加藤修 川名照美 土田嘉平

井上祥子 郷路征記 渡辺昭 松尾直嗣 原山剛三

渡辺良夫 工藤勇治 平野大 荒井新 二上護

鈴木亜英 高田良爾 前哲夫 加藤洪太郎 恒川雅光

小林保夫 柴田五郎 川又昭 黒田勇 白井孝一

寺沢達夫 坂井興一 佐々木新一 山田忠行 小野寺信一

2 被告

通商産業大臣

小此木彦三郎

右指定代理人

大島崇志

外一九名

右訴訟代理人

高津幸一

佐々木一彦

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

第一原告ら

一  本件許可処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二被告

一  本案前の申立て

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

二  本案の申立て

主文同旨

(原告らの請求の原因)

第一章  原告らの立場と本件許可処分の存在等

第一当事者

原告らはいずれも本件許可処分にかかる本件原子炉の設置場所である福島県双葉郡富岡町、楢葉町並びにその周辺に居住し、本件原子炉の事故の発生の際はもちろん、平常運転時においても、大気や海水中に排出される放射能や海中への温排水などによつて、生命、健康、生活等に重大な影響を受けることを免れないものである。なお、原告らの居住位置の大略は別紙二のとおりである。

第二本件許可処分の存在及び異議申立の前置

東京電力がなした本件許可申請に対し、昭和四九年四月三〇日本件許可処分がなされ、これに対して原告らは、同年六月二八日行政不服審査法四八条、同二五条一項に基づく異議申立をしたところ、内閣総理大臣は同年一〇月一一日右異議申立を棄却する旨の決定をなした。

第二章  本件訴訟に対する司法審査のあり方

第一本件訴訟の審理、判断の対象となる事項

一 安全由番査はトータルシステムについて行われなければならない。

原子力発電は、核燃料の生産、原子炉の運転、発電、運転平常時の放射能・温排水の監視・処理及び事故時の防災・廃棄物の処理処分・使用済燃料の輸送・再処理・廃炉の処理処分という全体のシステムにおいて完結するものであるが、それぞれの場面においてたえず放射性物質を放排出し、人体および生物、環境に広範かつ長期、多様な影響を与え続ける危険が存在し、現に事故が発生している。

原子力発電における「安全性」とは、それら全体システムのすべてにわたつて実証され、科学的に究明されたのでなければ、その確保が十分であるとはいえない。原子力発電所設置許可にあたつての安全性審査に要請されているのは、これら原子力発電の全体システム全過程にわたつて総合審査がなされ、その審査は実証と科学にうらうちされているものであることが必要である。

具体的に明示すると、本件安全審査にあたつては、①環境放射能、②炉工学的安全性、③温排水、④核燃料の再処理、⑤核燃料の輸送、⑥固体廃棄物、⑦廃炉・解体、⑧大型化・集中化立地、⑨周辺地域の生活環境について、それぞれ審査されたのでなければ総合的安全審査が行われたとはいえないのである。

しかしながら、本件許可処分に当つては、そのような総合的安全審査は行われておらず、審査は炉工学的安全性にのみ限定され、それも原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に限られた形式的なものとなつており、そのため安全審査の対象として重大な欠落があるので、本件処分は許可処分のための要件を満たしていない。

したがつて、本件許可処分は法の求める総合的安全審査を欠くものであつて違法であり取り消されなければならない。

原子力委員会は「核燃料物質及び原子炉に関する規制に関すること。」「原子力利用に伴う障害防止の基本に関すること」等をその所掌事務とし(設置法)、同委員会には「原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議する」安全審査会が置かれている。したがつて、原子力委員会は「原子力の研究、開発及び利用に関する事項について企画し、審議し、及び決定する」(基本法)に際しては、憲法、原子力基本法の精神に則り、国民の生存と健康を第一義とし、それを損うおそれのある原子炉を規制する任務を有している。

本件原子炉の設置許可に当つても、原子力委員会は右責務を有している。原子力発電所は、それ自体危険なものである。だから、この開発に当つては、一企業の恣意にまかせることなく、国の責任においてその安全性を審査し、「安全に問題がない」という科学的結論が出し得てはじめて、この設置許可がされるというのが法(基本法、原子炉等規制法)の建前である。

原子力委員会は、まさにこのような事情の下で「原子力の研究・開発・利用に関する行政の民主的運営をはかるため」(設置法一条)に設置されたものであつて、法の趣旨からして「各省庁にまたがる原子力行政全てに関与しうるものであり」、また、原子力に関する知見・技術が急速に発展しつつある現代において、原子力委員会が、目まぐるしく変化する事態に対処できる機動性をもつて、その専門的知見に基づく勧告・要望・決定等をなすことが求められている(設置法四条、五条)。したがつて、原子力委員会は、原子力発電所設置許可に関しても、総合的審査をなさなければならないものであり、原子力発電所としてのトータルシステム全体に対し総合的な安全性を審査する責務を有しているのである(原子炉等規制法二四条、設置法一条、二条、基本法一条、五条、憲法一三条、二五条)。

二 安全審査は何故トータルシステムについて行われなければならないか。

原子力発電技術についての安全審査が何故トータルシステムについて行われなければならないのかは、第一に、その技術のそれぞれが密接不可分に関連し、その全体性においてはじめて技術体系として確立するという、技術システムの全体性の問題であり、第二は、それぞれのパートが常に危険であり、その危険の性格が同一であるという事にあり、結局、原子力発電技術が他のエネルギー技術と相違する「安全上特有の問題」が存するという事にある。

原子力発電技術における安全上特有の問題とは、

① 一たん重大事故が発生した場合の環境と人類に与える衝撃と被害の決定的性質

② 微量でも住民の生命、身体に有害な放射線の放排出をトータルシステムの全過程において常時発生せしめるため、それを防止するための安全管理が必要であること

③ 原子炉の稼動によつてつくりだされた放射線を放出する物質は人類によつて一たん生成されたならば、人為的にはそれを地球上から消滅させることは出来ず、自然のうちに滅失してゆくおびただしい長期間を、人類が安全管理をしてゆかなければならないこと、という問題なのである。

三 法はトータルシステムの審査を要求している。

1 しかしながら原告がトータルシステムを主張するのは「技術」をどう考えるべきかという認識論にとどまるだけではなく、原発においてトータルシステムの各局面における安全性を確保しえなければ、国民の生命・健康・環境の保全がなしえたとは言えない具体的危険性とその相互関連性の深さにおいてである。

同時に原告の主張は現行の原子炉等規制法の解釈によつても承継され、かつその解釈より導びかれてくるものである。

2 現行法は製練・加工・原子炉の設置運転、再処理等の各事業分野のそれぞれにおいて安全審査を求めつつ、原子炉の設置許可において原子力発電技術全体の安全審査を行うという規定になつている。つまり原子力発電の全過程中の目的的な段階をとらえて集中的に規制する形式となつているのである。

3 原子炉の設置許可の場合の審査の法形式は他の場合と比較して特に厳格である。

設置許可処分に当つて内閣総理大臣は、原子力委員会へ諮問することが義務づけられ(同法二四条二項)、原子力委員会の安全審査を経ることになつており、原子力委員会で安全審査を経た答申は十分尊重される(設置法三条)ことになつている。結局許可基準の適合性の判断というのは原子力委員会に委ねられることになる。

そして、原子力委員会は「核燃料物質及び原子炉に関する規制に関すること」「原子力利用に伴う障害防止の基本に関すること」等をその所掌事務とし(設置法二条)、また、「原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議する」安全審査会も置かれて(設置法一四条の二)、規制の権限が付与されている。

原子力委員会の諮問を法定要件とし、そこにおいて右の視点の安全審査をなし、その答申を尊重した内閣総理大臣の許可処分という設置許可に至る特別な法形式は、原子炉等規制法による他の事項の規制についてはみられないところであり、そのような特に厳格な規制形式からしても、設置許可処分の審査対象は、原子力発電のトータルシステム全般であることは根拠づけられるのである。

4 そもそも原子力発電所の運転は、トータルシステムの中で「重要な環境問題をおこすおそれのある」ダウン・ストリームへのスプリング・ボードの位置をしめるが、規制の法体系のうえでは、運転により発生する諸問題の安全審査は、運転そのものに対する規制としてではなく、それにさき立つ設置許可段階での審査において行われると言うべきなのである。

原子力発電の出発点としての原子炉の設置許可において、トータルシステム全体の安全審査をなし、その上で事後の工事、運転時において、それぞれ右安全審査にもとづいて工事がなされているか、運転計画がたてられているか、という観点で行政規制(例えば設計工事方法の認可二七条、保安規定の認可三七条等)がとられるということでなければならない。

被告側がつねづね主張している「原子力の規制はダブル・チェックシステムを採用している」という点は、右のようなものとして理解することによつてはじめて意味を持つのである。

すなわち、設置許可のあと運転開始に至るまでには、

(イ) 電気工作物としての工事計画の認可(電気事業法四一条)

(ロ) 使用前検査(同法第四三条)

(ハ) 燃料体検査、溶接検査(同法四五条、四六条)

の各規制が存するが(運転そのものについては、運転計画の作成、届出が義務づけられているにすぎない。原子炉等規制法三〇条)、右「工事計画の認可」は「設置の内容や工事の方法について安全確保の観点から審査するもの」、また「使用前検査」も、「各工事工程が、順次完成されるにつれて、機能あるいは性能単位に従つて検査が行われていく。」ものであるところ、いずれも、実際の工事の中で、原子力発電所の各施設、設備の機能等が、設置許可の審査において前提とされたとおりになつているか否かを審査するためのものであり、運転のもたらす巨大な危険性に対する総合的な審査たりえない。

ちなみに、発電用原子炉以外の炉に適用される規制法上の使用前検査(同法二八条)の技術上の諸基準については、原子炉規則三条の五が規定するが、各基準は、いずれも原子炉設備の機能が設置許可段階において提出された「申請書等及びその添付書類」に記載されたとおりのものであるか否かという点にあるにすぎない。

5 ところで、原子炉等規制法二三条の許可に当つての審査対象については一般の事業許可の場合と同じく、明文の規定がなく、各規定の総合的解釈の中から明らかにされなければならない。

原子炉を設置しようとする者は、その設置許可申請に当り、原子炉等規制法二三条二項各号の事項を、原子炉規則一条の二第一項によつて要求される方式に従つて記載する申請書及び同法二三条一項、原子炉等規制法施行令六条、原子炉規則一条の二第二項による添付書類の提出が義務づけられている。そして、二四条一項本文は、「内閣総理大臣は、二三条一項の許可申請があつた場合においては、その申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない」と定め、これを受けて同項一号ないし四号で許可の基準が定められている。

したがつて、二四条一項所定の各基準への適合性が審査されるべき「その申請」とは、前記の申請書、添付書類によるものに他ならず、右に記載が要求されている事項は、少なくともすべて審査対象となつていることは明らかである。

製錬事業の指定(原子炉等規制法三条)、加工事業の許可(同法一三条)の各申請に際しても、製練の場合には同法三条、原子炉等規制法施行令一条、製錬事業規則一条の二によつて、加工の場合には、同法一三条、同施行令三条、加工事業規則二条によつて、各々申請書、添付書類の提出が義務づけられている。しかし、これらに記載を要求されている事項は、ほぼ当該施設に直接関係する事項に限定されており、原子炉の設置許可の申請が、「使用済燃料の処分の方法」(同法二三条二項八号等)、核燃料サイクルの次の段階に属する事項をも、申請書への記載等を要求していることと明確な対比をなす。これは、法が、先に詳述した炉の運転の核燃料サイクル中にしめる役割に注目し、設置許可段階での審査対象を、原子炉施設に直接関連する事項に限定せず、核燃料サイクル全般、特に運転以後の段階についても審査の対象としている事を示すものである。

さらに、また、原子炉等規制法二六条一項は、原子炉設置者が、同法二三条二項八号(使用済燃料の処分の方法等)の事項を変更しようとするときは、同法施行令六条規則二条による申請書、添付書類を提出して内閣総理大臣の許可を受けなければならないとし、同法三三条二項、同項二号により右に違反した者は許可を取り消す等の措置を受けることがあるとされている。かかる重大な措置が、単なる手続違反に対しての制裁であるとは、到底考えられないし、また、右変更許可の審査には同法二四条の規定が準用されている(同法二六条四項)ことからも、右事項が設置許可に当つても、審査対象とされていることは明白である。

第二原子炉設置許可処分に対する司法審査の方法

一 原子炉設置許可処分は行政庁の裁量処分ではない。すなわち本件には行訴法三〇条の適用はない。

原子炉設置許可処分における安全性の判断は、一義的になされるべきものであつて、内閣総理大臣の自由裁量の余地を残さない。本件原子炉設置許可処分が、法の求める手続に則り、法の求める審査が行われ、「それが安全である」との判断に基づいて行われた事の主張・立証の責任は被告が負うべきであり、裁判所の右許可処分の法規適合性について全面的に自らの手で審理し、その結果と行政の判断が一致すればこれを是認し、一致しなければ自己の判断をこれに優先させて行政処分を取り消さなければならない。

原子炉等規制法二三条、二四条は、どのような要件を具備している場合に、どのような内容の行為をするかどうかについて、つまり許可処分をなす場合の規定において明確であり、その判断は自由裁量ではない。同法二四条の許可は、「原子炉が平和の目的以外に利用される虞れ(がある場合)」、「原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼす虞れ(がある場合)」にはしてはならず、「原子炉施設の位置・構造及び設備が核燃料物質、核燃料物質によつて汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がない」と判断し得てはじめて許可されるのである。

規定上明らかな裁量部分は、「災害の防止上支障がなく」、かつ前二つの要件も充足するが、なお許可処分をしないことが許されるという「決定」における裁量性のみである。

二 専門技術的裁量論の司法軽視

審査の対象から除外される裁量処分とは、何が行政の目的に合するか又は公益に適するかの裁量、すなわち、法自らが判断の準則を示すことを放棄し、それを行政庁の判断に委ね、その判断をもつてファイナルなものにしようとしている場合であるとされるが、その具体的区別は、法の趣旨目的の合理的・目的的解釈をなすことによつて決する外はなく、法が、一般法則性すなわち一義的な解決を予定していると解釈される場合に、これに基づいて行われる行政行為は、裁量行為ではない。

被告は原子炉等規制法二四条一項二号に係る判断は「政策的裁量」であり同法二四条一項四号に係る判断は「専門技術的裁量」であるとする。

抽象的な不確定概念で行政行為の要件を定めていて、その場合に一定の行政行為をなし得べきことを規定しているときに、これらの要件に該当するかどうかを認定する行為は、客観的な経験則に従つてなされるべき覊束行為であると考えられるところ、この客観的な経験則とは、本件のようにそれによつて保護される法益が具体的な国民の生命・健康・生活環境である場合には、すでに判例が私企業に対してすら「経済性を度外視して、世界最高の技術・知識を動員して防止措置を講ずべきであり、そのような措置を怠れば過失を免がれない」と示すとおり、審査当時の最高の科学技術水準でえられる安全審査基準に対して、それを完全に充足するかどうかでなければならない。ここで求められるのは右のとおり最高の科学技術水準に基づく安全審査基準であり、その認定過程は十分な専門技術的スタッフの存在と、審査者自身が資料を収集し、調査研究した上での安全性確認手続でなければならない。

そのことについて裁判所は判断することが出来るのである。

専門技術的判断であるが故に裁量処分であるとする被告主張は、その前提に裁判所には科学技術問題を認識し、判断する能力が存在しないとの司法軽視と、処分をなした行政機関には右能力があるとの傲りがある。

しかも、そもそも行政のあり方としては、その判断が国民の生命・健康・生活環境問題に直接かかわる事柄であるから、かえつて裁量論をたてに司法判断を拒否するのではなくて、その判断手続、判断資料と判断根拠についてその全容を積極的に公開をし、国民の疑問に積極的に応えるべきであり、その立場で訴訟に対応する事こそ行政の信頼を確保する道である。「専門技術的問題であるが故に裁量処分である」とする主張は、司法の権威にとつても、行政の信頼確保にとつても何のプラスにもならない。

まして裁判所は通常事件において、原被告の相互の主張・立証過程や専門家の鑑定などの手続を通じてきわめて高度で科学的・専門的と考えられている問題についての法律判断を行つてきた事は、薬害、医事紛争、公害訴訟、土砂崩れ事故など枚挙にいとまがない。ことさら行政事件についてのみその判断能力の限界をいういわれはない。被告の論理を容認する事は、無前提に司法が行政に屈伏することに外ならない。

また、本件に限定しても被告行政庁に、原子力発電にかかわる専門技術的判断能力が存在しているか、その判断手続は実体において必要十分なものであつたかについては、重大な疑問が存在している。被告が安全性の判断を委ねた原子力委員会と安全審査会は、専従の科学技術スタッフをもたず、申請書類を自らの経験と資料に基づいて検証することも出来ない有様である。被告主張は、信頼にあたいしないものを「ただ信ぜよ」と言うに等しく、その実質的な根拠自身がないのである。

以上のとおり本件原子炉設置許可処分は、内閣総理大臣の裁量処分ではないのであるから、当該処分の法規適合性については裁判所が自らその実体にわたつて審理することが出来るし、審理しなければならない。

そして「本件原子力発電所が安全である」との主張立証は行政訴訟の原則に則り、被告側が負わなければならない。

第三章  本件許可処分の手続的違法性《省略》

第四章  本件許可処分の実体的違法性(その一……平常運転時の被曝)

第一原子力発電の仕組み<省略>

第二原子力発電と放射線被曝<省略>

第三被曝放射線量の「しきい値」と許容量

一 はじめに

1 安全審査基準の問題点

原子炉等規制法二四条一項四号は、原子力発電が「災害の防止上支障がないもの」と認められない限り、その設置を許さないこととしている。

しかし、「災害の防止上支障がないもの」という規定は、あまりにも、ばくぜんとした抽象的規定であるばかりか、これを具体化する授権規定もない。

かくて、適正手続の観点から本件許可処分の違法性が問われるとともに、どのような要件、基準を充足すれば、「災害の防止上支障がないもの」と認めることができるかという、その具体的要件ないし基準が確定されなければならないし、本件許可処分が、右の要件、基準に適合しているかが問題となる。

2 結論の提示

あらかじめ結論を示せば、「災害の防止上支障がないもの」と認められるための要件ないし基準は、まず、被曝放射線量について、「しきい値」が確定されることが必要であり、日常的に放排出される放射線量が「しきい値」以下であること、さらに、事故時においても、「しきい値」以上の放射線量が放排出されることはないということである。「しきい値」を確定し得ないにもかかわらず、有害な放射線量の放排出を許可したのであれば、その合理的理由ないし根拠が提示されなければならないし、その合憲性が論証される必要がある。

しかし、被曝線量に「しきい値」は存在せず、にもかかわらず、その放排出が許容される根拠も合憲性もない。したがつて、本件許可処分は違法たることを免れない。以下、これを詳論する。

二 被曝放射線量の「しきい値」

1 「しきい値」の意義と機能

被曝放射線量が、ある一定量以下であれば、放射線障害が発生することはないという限界線量を「しきい値」といつてよいであろう。

このような意味で「しきい値」が確定されるならば、原子力発電の全体システムから日常的に放排出される放射線量を「しきい値」以下におさえ、また、事故の場合にも周辺住民が「しきい値」以上の線量を被曝することがないような工学的工夫と原子力発電所の立地が選択されておれば安全は確保される。本件において、これが充足されているのかが問題である。

2 「しきい値」は存在するか

第二、四、3、(三)において、放射線障害と被曝放射線量とは、「しきい値」のない直線的比例関係にあることを述べておいた。

現在、放射線量の「しきい値」についての問題は、被曝線量と放射線障害との直線的比例関係が低線量のどの量域まで確認されてきているかということである。研究が進むにつれて、ますます直線的比例関係が低線量の量域においても実証されてきた。例えば、ムラサキツユクサの雄芯毛では、0.25ラドのX線や0.01ラドの中性子という低線量で突然変異率と線量との間に直線的比例関係にあることが実験的に確認されている。

一方、放射線量に「しきい値」が存在することを論証し得たものはいない。ただ、低線量の放射線による障害の発症がまだみいだされないとして、低線量の放射線は有害ではないとの主張がなされるだけである。

だからおのずと、一定線量以下の低線量の放射線は無害であるという「しきい値」が科学的に実証されていない以上、低線量であつても危険だと考えるか、あるいは、低線量の放射線による障害が未だ見い出されていないから有害とはいえないという立場に立つかのいずれかである。

つまり、安全性の考え方としていずれが正しく、かつ、憲法の法理に適合するのかということになる。

3 「まだ見い出されない」という意味

ゴフマンとタンプリンは、次のように述べている。

「AECの五人の理事の一人、テオス・トンプソン博士は、最近次のように述べた。『……明らかにこれは、人類が長年の間に受けてきたレベルと比較して、非常に低い放射線量であります。今日まで、多くの入念な調査にもかかわらず、このような低線量の放射線による影響は何ら発見されていません。文字通り数百万の事例を調査して、何らかの影響が見うけられるとは思われません。』素直な公衆は、一読して、この言説が『低線量の放射線は人間になんらの影響ももたらさない』ことを意味していると理解するであろう」。

しかし、なんらの影響が発見されないということと、なんらの影響も生じないということ、とは全く別のことである。

「これらの原子力の当局者たちの言わんとすることは、人がたとえば五ラドの被曝を受けたとき、すぐには死なないではないかというかのようである。ここで問題なのは、致死的な影響が生じているかどうかではない。われわれが心配し、また、原子力発電にたずさわつているすべての人が憂慮しなければならないことは、それとはまつたく異なつている。われわれは、被曝した人がすぐにあるいは次の週に死亡したりすることを予想してはいない。ガンや白血病は五年ないし一〇年後に発現し、遺伝的疾病はわれわれ以降の未来世代に発生する。人間の大きな悲劇として惹起する。しかし、それにもかかわらず、目を閉じたまま“なんの影響も観察されない”といつているのだ。ずつと長い間、公衆は、トンプソン理事やラーソン理事などのAECの当局者によつて、“なんの影響も観察されない”という言説を吹きこまれてきた。その間、どんな意義ある調査もなされなかつたのは明白である。今もたいした調査は行なわれていない。

一方、アリス・スチュワート博士は、妊娠中に胎児二五〇〜三五〇ミリラド(X線フィルム一枚)照射された場合、子供のガン―白血病が二五パーセント増加するという、確かな証拠を提出した。こういう証拠に直面してわれわれは、AECの理事たちがやはり“なんの影響も観察されない”という欺瞞的で無責任な言説を吐き続けるのだろうかと、深刻に憂えるのである。」

「われわれは、ガン―白血病が被曝五年ないしそれ以上たつてから発現しはじめるということを知つている。放射線について、どういうわけで、たくさんの誤つた結論に達するかといえば、被曝した一群の人々を一年、二年、三年、四年後にわたつて検査して、その結果、放射線は障害を起こさなかつたとするからである。これは、ほんとうの障害がまだ隠れているにもかかわらず、科学者が即座の効果を捜そうとしたからである。これは、自明の真理だろうか。われわれは、公衆衛生における最も重大な判断の誤りが、放射線防護の分野において、まさしくこのような具合いにして、そして非常に有能な科学者によつてなされてきた、ということを忘れてはならない。

白血病は、放射線に被曝した人に、ほぼ五年後に発現する。しかし、他のほとんどのガンが発現するのは一〇年ないしそれ以上要する。それゆえ、放射線に被曝した一群の人たちに、五年たつてから白血病しか発見されないと言つても、それはただ、他のガンがまだ発現していないだけのことである。

未来世代に発生する遺伝的影響は、また、ガンよりも何層倍恐ろしいことだろう。もしも不幸が未然に防がれなくてはならぬとすれば、“即座の”効果を捜そうとし、それによつて毒物を免れようとする馬鹿さかげんは、厳しく非難されなければならない。」。

さらに、ゴフマンとタンプリンは、放射線障害の影響を調べるには、一〇年位の観察では意味がないこと、そして、少なくとも六〇〇〇人の被曝者群と六〇〇〇人の対照群とを必要とすることを指摘している。しかし、このような調査はおこなわれてはいない。

かくて、まだ障害が見出されないということが、なんら低線量放射線が無害であるということの証拠となり得ないことは明らかであろう。

4 安全性の考え方

放射線障害は、急性障害を除けば、数年、数一〇年後に発生し、さらに遺伝的障害をもたらす。しかも、障害が発生したら、なんらの治療方法もない。障害が発生してからでは完全に手遅れである。

障害が発生しない限り安全だとの考え方は、今では、大量虐殺の論理であり、基本的人権を尊重する憲法秩序とは相容れない思想であることは明らかとなつた。

放射線を被曝しても無害であるということが証明されないかぎり、安全ではあり得ない。したがつて、放射線を放排出する原子力発電の全体システムは、安全性が証明されておらず、その設置は許されるべきではないと考えるべきものである。

5 安全性の法理

憲法一三条は、「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定する。憲法二四条も、国民に健康で文化的な生活を保障している。人の生命、健康及びその生活環境が、憲法規範上最高の価値を有するものとして保障されていることを否定することはできない。

ところで、原子力発電の全体システムから放排出される放射性物質による放射線は、人の生命、健康及びその生活環境を確実にむしばみ破壊する。

このように放射線が危険で有害であるから、基本法二〇条は、「放射線による障害を防止し、公共の安全を確保するため、放射性物質及び放射線発生装置に係る製造、販売、使用、測定等に対する規制その他保安及び保健上の措置に関しては、別に法律で定める。」と規定したし、原子炉等規制法二四条一項四号は、原子炉が「災害の防止上支障がないものであること」と規定した。

かくて右の「災害の防止上支障がないもの」ということは、安全であることが証明されていることと解すべきであり、安全であるということは、まだ人に害を発生させていないということでは不十分であつて、人に害を与えることはないという証明が必要である。そうでない限り、つまり、人に害を与えてしまつては、憲法上「最大の尊重を必要とする」最高の法益をすでに侵害してしまうわけで、これでは、「最大の尊重」をしたことにはならない。

この意味での安全性のメルクマールとして、「しきい値」が基準とされるべきである。

「しきい値」以上の有害危険物質の放排出は、許されてはならず、それ以上の有害危険物質が放排出される場合には、その発生源差止が認められるべきことも、もはや当然の法理である。

かくて、原子炉等規制法二四条一項四号にいう「支障がないもの」という規定の具体的な安全性の要件ないし基準は、いかなる場合においても、原子力発電の全体システムから放排出される放射性物質による放射線量は、「しきい値」以下でなければならないということになる。「しきい値」がまだ確定されない限り、それが確定されるまでは、安全性の実証がなされていないわけであるから、放射線の放排出は許されない。これが、人の生命、健康及びその生活環境を最大に尊重すべきだとする憲法法理からの要請である。

しかるに、本件許可処分は、本件原子炉から放排出される放射線量がいかなる場合においても、「しきい値」以下であるということの実証がないままになされたものであり、違法たることを免れ得ない。

三 許容量とは

1 許容量の意義

放射線量と放射線障害との間には、直接的比例関係があり、「しきい値」が認められない。したがつて、被曝放射線量について許容量という概念は、自然科学上の安全性を示すものとしては成立し得ない。

ところで、放射線の有効な利用方法も存在する。例えば、医療用の放射線である。この場合も、被曝による障害を避け得ない。にもかかわらず、放射線の利用が認められるのは、放射線を利用することによつて、放射線被曝による障害以上の医療効果という便益があるからである。つまり、放射線被曝の危険と医療効果という便益とが比較衡量され、便益が大きいという場合に、放射線の利用が認められることとなる。しかし、放射線被曝の危険は存在するのだから、この危険を出来るだけ避けるために、その線量の低減化がはかられなければならず、そこに、許容線量が見い出されることとなる。

このようにして、許容量というのは、その人が便益を享受するために、がまんしなければならない危険な量ということになる。つまり、許容量とは、がまんの量であつて、自然科学上の安全性の概念ではなくて、社会科学的な概念ということになる。

2 原発に「がまんの量」は妥当しない。

この「がまんの量」の考え方が、ICRPにも反映し、利益と危険とのバランス論(いわゆるリスク・アンド・ベネフィット論)となつたといえよう。

しかし、ここで留意すべきことは、「がまんの量」という考え方は、あくまでも危険と便益とが同一人に帰属し、その危険と便益とが比較的可能な同質性を前提とする比較衡量論であるということである。したがつて、この前提を欠けば、がまんの量としての許容量は成立し得ないということである。

ICRPの比較衡量論は、比較できないリスクとベネフィットを対置した誤りによつて、比較不可能に逢着し、結局、リスク・アンド・ベネフィット論を事実上放棄せざるを得なくなつている。

このようにして、原子力発電の全体システムから放排出される放射線については、がまんの量としての許容量は妥当し得ない。

四 まとめ

1 安全性の証明がない

原子炉等規制法二四条一項四号の安全審査の基準は、原子力発電の全体システムから放排出される放射線を、いかなる場合においても、「しきい値」以下に、抑えることができるかどうかである。

しかるに、本件においては、これが証明されていない。

2 被曝放射線に許容量はない

原告ら住民が、本件原子力発電所から放排出される放射線を、被曝しなければならないという、合憲的事情は存在しない。

3 本件許可処分の違法性

本件原子力発電所から放射線が放排出されることを、被告も認めている。この放射線は、原告ら住民の生命、健康及びその生活環境を確実にそこなう。

よつて、本件許可処分は、憲法一三条及び二四条、原子炉等規制法二四条一項四号に反し、違法であり取り消されるべきである。

第四公衆の許容被曝線量の根拠の検討及び見直しの必要性

一 許容被曝線量等を定める件の0.5レムという規定は、決して周辺監視区域外の住民が一年間に0.5レムの放射線を被曝しても、その生命・健康及び生活環境にとつてなんらの害を及ぼすものではなく安全であるとの基準を示すものではない。0.5レムという基準は、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告にしたがつただけにすぎない。

ICRPは、一九五八年(昭和三三年)に一般人に対する許容線量として、0.5レム年を勧告した。しかし、この数値は科学的根拠があつてなされたものではない。

すなわち、勧告は「公衆の構成員中には、子供、すなわち成人より大きい危険にさらされるかもしれず、また全生涯を通じて被曝するかもしれない者を含んでいる。公衆の構成員は(放射線作業者と異なり)被曝するかしないかに関し選択の自由度がなく、かつ、その被曝からの直接の利益を何も受けないであろう。これらの人々は、放射線作業に必要とされる人選、監督およびモニタリングを受けないし、また自身の職業の危険にもさらされている」として、その線量限度に職業人の値の一〇分の一に当る0.5レム/年を決めた。しかし、勧告は、この0.5レム/年は、放射線上の知見が十分でないのであまり生物学的意義をもたせるべきでないといつている。

このように、右勧告の0.5レムという数値は生物学的意義つまり、人体に対する生物学的影響を与えないという安全性を示すものではない。次に、勧告は、職業人に対する五レムの一〇分の一の数値を決めた根拠を明確にしていない。ICRPは、許容線量として受け入れうる被曝線量は、基本的にはその行為のもたらす利益と危険とのバランスによつて決まるとの考え方を示している。しかるに、勧告では、公衆に直接の利益がないことを認めながら、どのような利益とのバランスを考えたのかについてはふれていない。結局、勧告は、利益と危険のバランスという考え方自体を事実上放棄している。したがつて、一〇分の一ということは、バランス論からもでてこない。このことは、職業人に対して五レム/年を基準としたことにも現れている。すなわち、勧告は「現在の段階では、線量と危険との関係は精密に知られていないし、また利益を数量的に評価することも、ふつうでは可能でない」として、結局、職業人は、直接放射線源を取り扱うことによつて利益を受けているので、その危険度が他の産業における危険度と同程度または、それを下まわる程度に基準を設定したにすぎない。これは明らかに相対的な判断であり、安全性の絶対的基準を設定したものではない。

このように職業人に対する五レム/年を基準とし、一般人の場合はその一〇分の一と決めたICRPの勧告は、なんらの合理性をもたず、まして安全性を示す基準たり得るものではない。

一九七七年に発表されたICRPの新勧告(ICRP刊行物二六号)は、放射線職業人に対する線量限度として、あらためて五レム/年(新単位では五〇ミリシーベルト/年)の値を勧告した。同勧告は、放射線防護の目的を「非確率的な有害な影響を防止し、確率的影響の確率を容認できると思われるレベルに制限することにおくべきである」と規定している。しからば、放射線職業人は、放射線被曝を通じてどの程度の死のリスクを受けることを「容認される」のか?

この問題に対するICRPの答えは、「他の安全な職業に従事する職業人と同程度のリスクは容認される」というものであり、具体的には一年間あたり一万人に一人の死のリスクをとつている。しかし、ICRPのリスク評価によると、一レムの被曝は、多くの不確定さをもつとは言いながらも、ほぼ一万人に一人の死のリスクをもたらすものと総括されているので、年間五レムの被曝を受けたときのリスクは、単純な計算では一万人に一人の死のリスクを大幅に超過してしまう。

この矛盾をICRPは、「委員会の線量制限体系が適用されている職業上の被曝の多くの場合、その結果の平均の年線量当量は年度限の十分の一より大きくならない」とし、「全身の均等被曝の場合で五〇ミリシーベルト(0.5レム)の算術平均をもつ対数正規関数によく合い、限度に近い値は非常に少ない場合がほとんどであることがわかつている」と述べて、実際上のリスク評価を、年間五レムではなく、年間0.5レムの被曝を仮定して行うことによつて切り抜けている。つまり、ICRPは、放射線職業人の死のリスクは、年間0.5レムの被曝を前提として評価されているのである。しかも、この評価過程では、放射線職業人は放射線被曝のリスクのみを受けるものと仮定されているが、実際には被曝以外の原因による労働災害のリスクにも同時に曝されているのであり、放射線被曝に起因するリスクだけを取り出して他の職業に従事する職業人のリスクと比較することは到底正当とは言い難い。一九六六年七月〜一九七七年三月の期間において、我が国の原子力発電所で墜落等放射線被曝以外の原因で死亡した労働者は三〇名を越えている。

このように、放射線職業人の年間五レムという被曝基準をめぐつても妥当性を欠如した問題が内包されているのであり、この数値を基準として単にその十分の一レベルを公衆の線量限度とする考え方には学問的にも重大な問題が含まれていると考えなければならない。

二 ところで、アメリカ連邦放射線審議会(FRC)は、一九六〇年に、公衆の中の個人に対しては0.5レム年、集団平均としては0.17レム年を放射線の防護指針とした。

これに対し、ゴフマンとタンプリンは、一九六九年一〇月二九日、「アメリカの全住民の平均被曝が、今許されている平均0.17ラド年に達するとすれば、年当りの致死的なガン、白血病の発生は、余分に三万二〇〇〇例増加するであろう。それは年ごとに現われよう。」しかもこれは、「小児の感受性を考慮していない結果として、おそらく低すぎるものであろう。そして白血病とガンの年間三万二〇〇〇の余分な発生は、なんとベトナム戦争での年間死亡者数の最高値をはるかにしのいでいる。」と批判し、線量の切下げを主張した。

そこで、FRCは、一九七〇年国立アカデミーの電離放射線の生物学的影響に関する諮問委員会(BEIR委員会)に対し、FRCの前記放射線防護指針の評価に関する情報の提供を要請した。BEIR委員会は、0.17レム年の被曝が継続した場合には、年間三〇〇〇人から一万五〇〇〇人、もつとも妥当と思われる数値としては年間六〇〇〇人のガンによる死亡を報告した。

これを日本にあてはめると、0.5レム年人口一億なので、年間五〇〇〇人から二万二五〇〇人のガンによる死亡者がでることになる。

このような経過の後、アメリカ原子力委員会は一九七一年、軽水型原子力発電所の設計及び運転指針として敷地周辺住民の被曝線量を年間五ミリレム(0.005レム)以下に制限した。我が国の原子力委員会も、本件許可処分がなされた後の昭和五〇年五月一三日に、線量目標値を定め、「発電用軽水炉施設の通常運転時における環境への放射性物質の放出に伴う周辺公衆の被曝線量を低く保つための努力目標として、施設周辺の公衆の被曝線量についての目標値」を年間五ミリレムと定めた。

しかし、この「目標値」については、次の三点の問題がある。

第一に、この値は発電用軽水炉に限定して定めたもので、他の型の原子炉や、原子力発電技術の不可欠の環である使用済核燃料再処理施設等には適用されないという点で核燃料サイクル全体としての整合性を放棄した欠陥措置だということである。すなわち、片方では五ミリレム/年を目標とし、他方では五〇〇ミリレム/年でよしとする不整合な措置は、真に公衆の生命、健康を守るという唯一無二の観点からの基準策定とはおよそ縁遠いものであり、むしろ現行の法的線量限度の百分の一に相当する「目標」という名の数値レベルを示すことにより、原子力発電所の環境安全問題に対する批判を鎮撫することを主要な目途として提示されたものと言うべきであろう。

第二に、五ミリレム/年の値は単なる「目標値」であり、法的にはあくまでも五〇〇ミリレム/年が基準なのである。すなわち、この数値は「努力目標」にすぎないのであつて、遵守義務を定めたものではないということである。したがつて、これを定めた行政当局自体、この目標値がどれほど忠実に実行されているかの確認にはきわめて不熱心であり、安全審査時に申請者側から提示された評価値を、実際の原子力発電所の運転に伴う周辺公衆の被曝実績に照して科学的に仔細に点検する姿勢を欠き、事実、発電所周辺の環境放射線量の測定値の詳細な時系列的分析による科学的チェック体制は欠落している。これでは、「目標値」は単に申請者の計算上のいわば「予定値」を提示したにすぎず、設計計算の是非の科学的確認体制抜きの無責任な措置と言わなければならない。

第三に、右に指摘した科学的な詳細な時系列的解析を施してみると、実際の周辺環境における被曝線量の値が安全審査時の評価値を越えている疑いは、福島第一発電所の場合についても認められることである。

第一図は、福島第一発電所周辺において福島県が環境放射線量を測定している地点(十二地点)を示したものである。第二図は一九七五年第2四半期(一九七五年四月〜六月)から一九八二年第1四半期(一九八二年一月〜三月)の期間TLD(熱螢光線受計)による実測値を、上部に地点別に、下に平均値を表わしたものである。この十二地点の平均値について、経済企画庁が開発したEPA法と呼ばれる時系列解析法を適用してみると、第三図の結果が得られる。EPA法は、要するに、もともとの時系列データを、季節変動成分と傾向変動成分と不規則変動成分に分離するコンピュータ・プログラムであり、原時系列データに含まれている自然現象に起因する季節変動成分や、測定誤差等に起因する不規則変動成分などをそれぞれ分離し、データが全体としてどのような傾向的な上り下りを示しているかといつたことを、より明確に抽出することができる。第三図(4)に示した傾向変動成分を、各地点ごとのデータおよび平均値について示すと第四図を得る。この図より明らかに、十二の地点の放射線量の値はきわめて類似の傾向で上下していることが認められ、共通の原因に起因するらしいことが強く示唆される。十二地点の平均値について見ると、例えば、一九七七年度と一九七九年度とでは年間を通じての線量率の平均値は0.025ミリレントゲン/日程度の差が認められる。一九七九年度と一九八一年度を比較しても、その差は0.02ミリレントゲン/日程度の差違がある。(ここでの測定はガンマ線を対象としたものであるので、ミリレントゲンとミリレムとは数値的にほぼ同等である)一日の線量率が平均して0.02ミリレム異なるということは、年間線量に換算すれば七ミリレム/年強違うことを意味している。これは、五ミリレム/年の目標を越えるものであり、原子力発電所起因性の可否が安全審査時の評価値と照して科学的に仔細に調査されるべき結果を示していると言わなければならない。第一図で示した測定点には福島第二発電所付近の測定点も含まれており、この結果は、本件原子炉の運転にかかわる環境放射量とも深くかかわるものである。

なお、参考までに、これら十二地点の測定値EPA分析結果における季節変動成分を見ると第五、六図のごとくであり、いずれの測点でも総じて冬〜春に高く夏に低い共通のパターンを示しており、これらは静岡県浜岡、福井県敦賀および美浜などのデータの分析結果とも共通するものである。すなわち、こうした実測値は意味のある値なのであり、このような詳細な分析をふまえて実測値のもつ情報量を最大限に活用することは原子力発電の安全行政においては、安全審査結果に責任をもつ立場からも不可欠のことと言うべきであろう。

三 ICRP勧告の根拠を更に検討するために、一九七七年に改正された勧告の内容を紹介する。

この勧告によれば、放射線障害の種類としては非確率的影響と確率的影響とがある。この非確率的影響とは、ある限界の線量以上被曝しないとおこらないようなタイプの障害、逆に言えば、限界となる線量以上をあびれば誰にでも現われるような障害であり、被曝線量が多いほど障害の程度がひどくなるという特徴をもつている。一方確率的影響というのは限界となる線量がないようなタイプの障害で、白血病を含むガンの誘発や遺伝的障害などはいずれもこのタイプである。この確率的影響は低い線量領域でもおこりうる点が非確率的影響と違う点である。

ICRP勧告は、放射線障害にこうした二つのタイプがあることをふまえて、放射線防護活動の基本的な目標は非確率的影響の発生を防止し、確率的影響の発生率を容認できる程度に制限することだとしていることはすでに述べたところである。

ここで問題となるのは、いつたい一レムの被曝によつてどれ位致死的な確率的影響が出るのか(これを死のリスク係数という。)そして社会的に容認できる程度というのはどの程度のことをいうのか、である。

死のリスク係数について、ICRPは、一万人の人が一レムずつあびたときそれぞれの確率的障害で何人が死ぬ危険をもつかを次のようにまとめている。これらの数値は、男女両性についての全年令の平均値という性格のものである。

① 生殖線被曝による遺伝的影響による死のリスク 最初の二世代 一人

その後の世代 一人

② 赤色骨髄の被曝による白血病の死のリスク 0.2人

③ 骨の被曝による骨ガンの死のリスク 0.05人

④ 肺の被曝による肺ガンの死のリスク 0.2人

⑤ 甲状腺の被曝による甲状腺

0.05人

乳房の被曝による乳ガンの死のリスク 0.25人

胃、大腸下部、唾液線、肝臓など、

他のすべての組織の被曝によるガンの死のリスク 0.5人

ICRPは、これらの数値を総合し、すべての年令及び両性で構成された人間集団に対するリスクの平均値として、ガンによる死亡のリスクは一万人・レムあたりほぼ一人、そして平均的な遺伝的リスクは一万人・レムあたり最初の二世代で0.4人、それ以下の全世代で同じく0.4人程度と判断している。

このように、死のリスク係数をとらえた上で、ICRPは職業人の年間被曝線量を五レム、一般公衆のそれを0.5レムと勧告しているのである。

右勧告値によれば、例えば、年間五レムで二〇才から六〇才まで四〇年間働いた労働者が一〇〇〇人いるとすると集合線量は二〇万人レムとなり、ガンにより死のリスクは二〇人となり、遺伝的リスクは八人程度となる。また、一般公衆の場合、例えば、一億人が年間0.5レムずつあびると年間集合線量は五〇〇〇万人レムとなり、ガンによる死のリスクは五〇〇〇人となり、遺伝的リスクは二〇〇人程度となる。なお、軽水型原発の設計上の努力目標値は年間0.005レムとなつているので、それをかりに一億人に適用すれば、ガンによる死のリスクは五〇人、遺伝的リスクは二人程度となる。

このような死のリスクは社会的に容認される程度といえるのであろうか。この点について社会的合意は形成されているのであろうか。

四 放射線被曝による死のリスク係数の値は、決して科学的に確定したものではなく、とくに、低線量の被曝に起因するリスクの観察値や推定値をめぐつては、現在なお多様な異論も提起されているところである。

1 リスク評価モデルについて

例えば、アメリカ国立科学アカデミーの「電離放射線の生物学的効果に関する委員会」(いわゆるBEIR委員会)は、一九八〇年にBEIR―Ⅲ報告書を発表したが、この報告書においても、リスクの推定方法について内部的な意見の対立があつた。BEIR―Ⅲ委員会においては、線量―効果関係モデルとして①直線モデル、②直線―二次曲線モデル、③二次曲線モデルの三つが提起された。直線モデルでは、被曝する放射線の量が二分の一になれば、ガンで死ぬ人の数も二分の一になるが、二次曲線モデルでは、線量が二分の一になればガンで死ぬ人の数は二分の一の二乗すなわち四分の一になる。直線―二次曲線モデルではその中間である。このように、どのモデルに依拠するかによつて高線量領域での観察結果を低線量領域に外挿したときの死亡推定数は大幅な影響を受けるのであるが、BEIR―Ⅲでは初めはBEIR―Ⅰ報告書と同様に直線モデル(ただし、白血病、骨のガンでは二次曲線モデル)を仮定してリスクの推定を行なつたのであるが、その後の改訂版で直線―二次曲線モデルに変更したのであつた。これに対して、BEIR―Ⅲ委員会の委員長であるラドフォード氏は直線モデルを主張して異論を唱え、ロッシ氏は二次曲線モデルを主張して批判したのである。このように、現在の放射線影響学の知見では、いずれのモデルが正しいかを決定できる段階にはないのである。一ラドの被曝による一〇〇万人・年あたりの白血病死亡数の推定値は、直線モデルか、直線―二次曲線モデルか、二次曲線モデルかで2.2、1.0、0.01というように大幅に違つてくる。

リスク評価モデルは、また、絶対評価モデルと相対評価モデルという二つの異なる立場もある。前者では放射線被曝による発ガンなどの絶対数を評価するのに対し、後者では自然発生数が何パーセント増加するかという相対的増加比にもとづいて評価される。これらのうちのいずれの立場に立つかによつても、死のリスク評価は大きな影響を受ける。考えられるリスク評価モデルがいくつかあり、それらのうちのいずれが正しいかについて決定的な知見がない以上、われわれは、当該許可処分にかかわる原子力発電所の設置のごとき大規模な放射線被曝を伴う技術の社会的適用に対しては、最も厳格に臨まなければならない。

2 原爆被曝者集団のリスク評価について

近年、放射線被曝によるリスクは、ICRPなどが従来採用してきた推定値よりも大きい可能性があることがさまざまな科学者によつて指摘されている。

放射線によるリスク評価の面でも最も重要な被曝集団である広島・長崎の被曝者については、一九八一年にアメリカのローレンス・リバモア研究所のロイ氏らの線量再評価を皮切りに被曝線量自身が見直しを迫られており、現在の見通しでは、被曝は従来考えられていたよりもかなり小さく改訂されるものと思われる。爆心からの距離の空気中においてどのような線量が中性子線およびガンマ線によつてもたらされたかに関する再評価の議論は、なお二〜三年を要すると言われているが、被曝者の被曝線量は建物による遮へい効果などの複雑な要因にも依存するため、この集団に依拠したリスク再評価にはさらに長い年月を要する可能性がある。最近では、被曝者の歯や骨、被曝者が身につけていた貝製ボタンなどにたくわえられた微細な電子的変化をESR法と呼ばれる方法で測定し、遮へい効果を含めて被曝者個人があびた線量を直接測定する方法も試みられており、リスク評価がそのような科学的知見もふまえて再評価に至るまでは、恣意的な解釈によつてリスクを過少に評価するような断じ方は厳に謹むべきである。

広島、長崎の被曝の実相の見通しについては、アリス・スチュアート博士らは、被曝後五年間の間に三〇万人余の被曝者が死んだことによつて、調査が組織的に開始された一九五〇年時点で生残し得た人々は相対的に強い人々であつたであろうことを提起し、このことから、弱者も含まれる一般集団ではリスクは広島、長崎の生残者集団の結果よりも大きい可能性があることを指摘している。

このことは、ジョセフ・ロードブラット氏も指摘しているところである。こうした提起については、今後解明されるべき問題が少なくない。早期入市者の白血病多発に関するロードブラット氏の示唆については、本質的には未解決である。スチュアートらの提起は「疫病が流行する」ことは必須の条件としていないのであつて、通常の健康人ならば感染症などを起こすはずのないような―したがつて、通常の健康人をも巻き込む大規模な疫病の流行には至らないような―細菌の侵入でも、白血球減少や免疫機能低下をきたした被曝者には重要な影響を与えた可能性が否定できないのである。しばしば言われているように、被曝者の火傷からは、時として再生した表皮の下にも蛆が湧いた。肺結核を病んでいた被曝者は病勢が増悪した例も少なくなかつた。混乱期の不十分な衛生状態や栄養状態のもとで、抵抗力低下をきたした重度被曝者たちが選択的に死の危険に直面した可能性があることは十分考慮されるべきであろう。

また、最初の五年間で死亡した三〇万余人の人々の中には、放射線に起因しないガンに既に陥つていた人やその進行過程にあつた人々が含まれる。そうしたいわば身体条件の思わしくない人々は、健康な状態で被曝を受けた人々よりもより厳しく死の危険にさらされた可能性があると考えられるが、こうした放射線によらないガンが選択的に淘汰されたとすると、一九五〇年以降にガンで死亡するはずであつた人々がそれ以前に失なわれた結果、放射線による発ガンがあつてもそれは放射線によらないガン死亡数の低下をいわば“穴埋め”するにとどまり、有意な増加として検出されにくいという問題が起こり得る。したがつて、問題は、「放射線誘発の発ガン過程が進行しつつあつた人々」だけではないのであり、この意味でもデータの再評価が必要である。

3 アリス・スチュアートの提起について

先(第二、四、3、(三)、第三、二、3)にも見たように、アリス・スチュアートらは、また、妊娠期間中の母親のレントゲン撮影による小児ガンの増加のリスクについて指摘し、同様のことはマクマホンによつても提起されているが、スチュアートとニールの観察対象は、出生の少し前に母親の胎内で医療上のレントゲン撮影に起因する被曝を受けた小児という低レベル被曝であるのに対し、原爆被爆者に関する加藤およびジャブロンの観察対象は、子宮内で五百ラド以下の被曝を受けた被爆者というかなり多重の一回照射を受けた人びとである。両者の間にはその意味で大きな性格の違いがあり、原子力発電に起因する公衆や労働者の日常的な比較的低線量の被曝に関しては、スチュアートやマクマホンらの示唆が重視されるべきである。また、原爆被爆者に関するデータとスチュアートらのデータの結果の不一致については、さまざまな可能性があるのであつて、スチュアートらの提起が誤つているなどとは毛頭言えないのである。とくに放射線は低レベルの場合と高レベルの場合とで線量―効果関係が異なる可能性があり、原爆被曝者のような高レベル被曝では流産などの併発によつて出生に至らないために小児ガンの発現として観察されないが、低レベルではスチュアートらが観察したようにほぼ線量に正比例して小児ガンが発現する可能性があるのであるから、何らスチュアートの提起を否定することとはならないのである。

4 以上のごとく、現在ICRP等によつて用いられている線量限度の科学的根拠には重大な問題が内包されているのであり、それに依拠した我が国の法的基準もきわめて不十分なものと断ぜざるを得ない。

五 また歴史的経過をみれば、ICRP勧告が不十分なものであることは更によく理解できる。

ICRPが一九五八年に勧告を出す以前にも、その前身である国際エックス線及びラジウム委員会当時のものも含めれば、いわゆる“許容線量”とは次のような変遷をたどつている。

年度  職業人基準(年間レム換算)  一般人基準(年間レム)

一九三一年   七三

三六年   五〇

一九四八年   二五

五四年   一五    1.5

五八年    五    0.5

このように勧告値が時代を追つて下げられてきたのは、放射線の低線量範囲での影響が、時代とともに判明してきたことに基本的理由がある。

ところが、ICRPは一九五八年以降は勧告値を下げていない。前述したとおり、一九五八年以降もさまざまな調査研究がすすめられ、五レムや0.5レムのもつ危険性が指摘され、その改定が強く望まれているにもかかわらず下げられていないのである。むしろ逆にその基本的な考え方は後退している。五八年の勧告では「実行できるだけ低く(As low as PractiableしばしばALAPと略される)」とされていたのが、六五年の勧告では「経済的・社会的考慮を加えて容易に達成できるだけ低く(As low as readily achievableしばしばALARAと略称される)」とされてしまつた。つまり基準を厳格にすると原子力開発の手を縛ることとなり、企業の経済的負担が増加してしまうので、低く抑えることを放棄し、むしろ基本的考え方を開発者側に有利になるように改訂している傾向が顕著であるといえる。電力企業が依拠しているこの「ALARA(アララ)の精神」の本質は、必要なら採算を度外視しても人体を防護するという精神ではなく、むしろ原子力産業による放射線被曝を正当化し、原子力産業が成り立つ範囲内で基準を設定していこうとする考え方なのである。

第五平常運転時における環境及び周辺住民への影響

一 はじめに

本件申請書添付書類では、平常運転時における被曝について次のように評価されている。

① 希ガスの大気放出により、被曝最大地点で全身1.3ミリレム/年、既設福島原発の寄与分を含めると1.6ミリレム/年。

② よう素の大気放出により、最大濃度地点の乳児甲状腺に対して、既設福島原発寄与分を含めて一二ミリレム/年。

③ 液体廃棄物中の放射性物質により成人の全身被曝線量0.6ミリレム/年、甲状腺に対しては0.6ミリレム/年。

安全審査会はこの申請に対して、「安全性は十分確保し得るものと認める。」との報告書を提出しているが、同じ報告書の審査方針の章で、「実用可能な限り放射性物質の放出を低くすることを目標とすべきであることを方針とした。」と述べている。この方針を貫き、申請書における平常時被曝の評価根拠を科学的に、綿密に検討したのであれば、このような結論は生れなかつたはずである。

以下に、申請書、添付書類、参考資料に示された被曝評価の誤りと問題点のいくつかを指摘する。

二 希ガス・よう素以外の放射性核種の大気放出による被曝評価の欠如

大気放出物による被曝評価の導き方が、参考資料九二部―一二三「平常運転時の被ばく線量計算書」にまとめられている。この文書では、気体廃棄物として放出される放射性物質の中には、「希ガスの他、ガス状または粒子状の放射性物質が若干含まれているが、これらのうち、食物連鎖を通じての内部被曝の観点から重要な放射性よう素による被曝線量の計算を行う。」と記されているだけで、希ガス、放射性よう素以外の核種が重要でないとする根拠は全く示されていない。

一方同資料の付録Aに、アメリカの四つの同型炉原発からの粒子状放射樺核種の放出実績が示されている。これによると、五年以上の半減期をもつコバルト六〇が14.6ミリキュリー/年、セシウム一三七が9.3ミリキュリー/年、ストロンチウム九〇が5.74ミリキュリー/年の放出が確認されている。長寿命核種は土壤や植物に蓄積され、長期の連続運転の過程で住民の被曝の原因となり得るものである。また、これら粒子核種は常時ほぼ一様に放出される希ガスとちがつて、定検の折など短期間に放出されることも考えられる。この場合には年間の風向変化などによる希釈効果がないから被曝が大きくなる。

この意味で、先行炉で放出が確認された長寿命粒子核種の放出メカニズムを明らかにし、当原発でこれらの放出がおこる過程、そのさいの放出量、この過程にともなう希ガス・よう素放出量の見直し、これら全体による被曝評価値の増大を検討し報告する義務がある。

現に、福島第一原発においてもコバルト六〇の大気放出があつたことは確実である。たとえば「原子力発電所の環境放射能測定結果―昭和五三年二月〜三月」(福島県)二一ページに、モニタリング・ポイント三付近の松葉にコバルト六〇が六ピコキュリー/キログラム生が検出されている。測定者は東京電力である。このような葉への沈着は発電所に由来する大気放出以外の経路では想像できない。

三 希ガスの大気放出量の過少評価

参考資料九二部―一二三では、換気系からの希ガスの環境への漏出は三一マイクロキュリー/秒、ガンマ線実効エネルギーが0.61とされている。昭和五一年九月二八日原子力委員会が公布した線量目標値評価指針によつて、東京電力の希ガス中の核種組成比はそのままにして換気系からの漏出量を計算すると、主要な五核種だけでも、一一三〇マイクロキュリー/秒、ガンマ線実効エネルギー0.7メガエレクトロン・ボルトとなる。したがつて、被曝計算方法を東京電力と全く同じとして被曝を評価するとその値は四〇倍以上となる。この部分の訂正だけで照射線量率は東京電力計算値よりも三ミリレントゲン以上大きくなる。このほか、核種組成の求めかたについても、右の指針と異なる方法で行つているが、その結果半減期の長い核種の存在比が系統的に小さくなり、東京電力側の評価はこの面でも被曝を過少に評価することになつている。

以上は、福島第二原発の放出物に対する検討だけであるが、第一原発の東京電力側評価値についても同様なことがいえるからこの合計値はさらに大きくなる。

四 よう素の大気放出量の過少評価

参考資料九二部―一二三では、よう素の大気放出率を既設福島原発の放出実績をもとに推定しているが、これは七つのデータ・ポイントにもとづいたきわめて信頼性の乏しい推定値である。しかもよう素放出率が希ガス放出率に単純に正比例するとの仮定を根拠も示さずに採用しているが、これをデータに忠実に最小二乗法により推定するだけでも、放出率は約七〇パーセント増大する。

右の指針では、東京電力の放出量計算方法とちがう放出量評価法を示している。東京電力の評価では、よう素一三一の年間放出量が0.93キュリーであるが、七〇日の定検時、二九五日の通常時にそれぞれ一定放出率で放出されるとして被曝を求めている。これに対して同指針によれば、定検時だけで二キュリー、主復水器真空ポンプ運転時に0.4キュリー放出する評価を示している。この放出を仮りに年間一様に行なつたとして、また放出以降の評価方法、パラメータを東京電力と全く同じとしても、乳児甲状腺線量は二六ミリレム/年となり、東京電力の計算結果の一二ミリレム/年の二倍以上となり、政府のきめた線量目標値一五ミリレム/年を大きく上まわる結果となる。

さらに、主復水器ポンプ運転に伴う放出が連続放出でなく間けつ放出であること、定検時のよう素放出も連続でないことを考慮すると被曝最高値はこれ以上にふえる。また、東京電力による福島第一原発の寄与分の計算値も同じ方法で行われたものとすると、これを評価指針どおりにすることで、さらに被曝評価値は増大する。

五 拡散・被曝評価モデルについて

以上に、大気への放射性物質の放出量の想定が過少になされ、そのため東京電力の行つた大気拡散や被曝の評価方法をそのままとしても、被曝が過少に評価されることを述べたが、拡散と被曝計算方法にも、公衆被曝を過少に評価する問題点が含まれている。

東京電力の計算では、風がほとんどない静隠時の拡散を有風時におきかえているが、そうしてよい根拠が明示されていない。放射性雲が滞留したり、ゆつくりと往復したりする場合には被曝が増大する。

また、濃度分布の推定をパスキルの拡散式で行つているが、複雑な大気状態と地型を考えると、このような計算値と実際の濃度との間には数倍の相違があり得ることが当然考えられる。

これらを考慮して濃度および被曝の評価値の信頼幅あるいは考えられる変動範囲を提示すべきであるが、これは全くなされていない。

東京電力の評価では、地上高濃度が現われるとヒューミゲーションを全く無視して年間の被曝が評価されている。参考資料九二部―一三六によれば現地におけるヒューミゲーションの発生頻度は年間で5.8パーセント、四月には一四パーセントを占めるとされており、頻度の上では無視できないはずである。ヒューミゲーションの無視は、希ガス、よう素、粒子状物質のいずれによる被曝についてもこれを過少評価することになる。ここで示されているヒューミゲーション発生頻度は、排気筒から二キロメートル離れた地上高五〇メートル塔で観測したデータによる推定であるが、これによつて地上高一二〇メートルの排気筒の上に気温逆転層が表われるヒューミゲーションの発生頻度を推定した点もきわめて乱暴である。アメリカでは、海岸に近い原発では、ヒューミゲーションがしばしばおこるとしてその調査のための現地拡散実験を行うなど、規制官署でもこの問題を重視しているが、この評価が全くなされていない。定検や真空ポンプ作動などの間欠放出がヒューミゲーション多発季節に行われる可能性も考えると、被曝の過少評価の程度はさらに大きくなる。

このほか、被曝評価では雨の影響が全く考慮されていない。年間の被曝評価をするときに、年間の雨の降る頻度を無視することは許されない。葉菜や牧草に付着するよう素の例をとつても、晴天時には上空に拡散して影響しなかつた部分が、雨に洗い流されて地表に運ばれ、牧草―牛―牛乳―小児甲状腺の食物連鎖に入るよう素の量を増大させることは当然考えられる。この無視も被曝の過少評価となる。

希ガスの被曝評価についてはアングロ・クラウド計算コードを用いているが、資料九二部―一二三の一〇ページにあげられている線量再生係数Bについての吟味がきわめて不十分である。日本原子力学会発行の「環境被曝線量評価」研究専門委員会篇『環境被曝線量評価』(一九七五年九月)二七ページには、再生係数を求めるために東京電力が採用している式は、ガンマ線エネルギーが0.5〜2.0メガエレクトロン・ボルトにおいてのみ適用可能であり、その範囲外エネルギーに対して外挿することは適当でないことを指摘している。しかし、東京電力が今回の申請で計算した希ガス被曝の六五パーセントを占める復水器真空ポンプ排ガス系の希ガスの実効エネルギーは0.2メガエレクトロン・ボルトであり、ついで三一パーセントを占める復水器空気抽出排ガス系の実効エネルギーは0.057メガエレクトロン・ボルトである。九六パーセントが適用外であつたことになるが、0.5メガエレクトロン・ボルトでの計算値を単純に比例外挿することは大きな不確定さの原因となる。

六 評価値の信頼性の欠如

評価結果の信頼幅が解析されていないという問題は、液体廃棄物に起因する線量評価についても全く同様であるが、右に指摘してきたことは、主として申請者である東京電力および審査者である国に共通した科学的な判断のあやまり、検討すべき因子の無視ないし軽視、あるいは論理の不整合である。しかし、技術の発展は一定の過誤を通過せずに行われることは不可能であるし、またこれら諸点を補なう形で一定の安全側の仮定がところどころとられていることも認めてよいであろう。しかし、問題は、このような評価の不確実さを事業者と国が認識しているのかどうかなのである。この認識は、完工、操業開始後の安全管理及び安全監督の姿勢にそのまま反映される。次に、こうした点についての疑問を、同型炉である浜岡原発の場合について指摘する。

静岡県浜岡の中部電力株式会社の原発は、安全審査を通り昭和四八年八月から運転に入つた。

同原発の安全審査結果によれば、かなりの燃料破損を仮定しても、平常運転に伴うガンマ線の環境線量は、原子炉建屋から八五〇メートルの地点で最大でも1.1ミリレム/年の増加にとどまることとなつていた。しかし、実測値はこの予測をはるかに上まわるものであつた。

同発電所周辺では、四〇ケ所をこえる地点に、静岡県衛生研究所と中部電力が熱螢光線量計を設置し、それぞれ独自に積算ガンマ線量の測定を行つた。結果は、両者の測定値は平行して推移し、原子炉の運転が開始された昭和四八年なかばを境に、放射線レベルが七〜九ミリレム/年の上昇を示していた。核実験由来の放射性降下物はこの時期にこうした変化を説明しうるに足る推移をたどつておらず、この現象を核実験に帰することは出来ない。運転開始前に比較した線量増加量を地点別に整理すると、どの年度についても、発電所近接地点よりも二〜三キロメートル離れた地点で最大値を示したのち徐々に減少する共通のパターンを示している。このような系統的変化からしてもこれらの実測結果は十分に意味のあるデータであり、これが評価値をほぼ一けた上まわつていることは、計算に採用した仮定や方法論上の不十分性を実証するものとして、徹底的に点検されなければならない。これらの線量増加傾向は、原子力委員会が定めた軽水炉設計上の目安を越えているにもかかわらず、原子力委員会自身がこうしたデータ解析を試みた形跡も見られず、行政能力の点でも重大な問題があると言わねばならない。

右の実例は、熱螢光線量計によつて測定可能な放射線だけについて見たものであるが、こうした線量評価の欠陥から判断して、本件許可処分にかかわる線量評価に関しても、その計算結果が大幅な過小評価となつている危険は現実のものである。

七 放射性物質放出量の低減対策の欠如

当該許可処分は、クリプトン八五を年間五万六〇〇〇キュリー環境中に放出するなどの大量の放射性同位元素の環境放出を是認しているが、こうした大量の放射性物質を環境中に放出し、人間の制御できない状態にしてしまうことは、極力回避されるべきであり、このことこそが、「放射線被曝を実際上可能なかぎり低く制限する」という国際放射線防護委員会(ICRP)勧告にも沿うものである。

したがつて、原子力発電所の設置にあたつては、ただ単に申請されている放出量による被曝が年間0.5レムといつた法令上の線量限度に照して少ないか否かという観点からではなく、その一層の低減化の可能性について厳しく点検され、改善措置が施されなければならない。こうした点検が行われなければ、法令上の線量限度を事実上“そのレベルまでは許容される水準”という誤つた概念で把えることにならざるを得ない。原子力委員会環境・安全専門部会の環境放射能分科会報告書(昭和四十九年十月)によれば、福島第二原子力発電所と同型炉である日本原子力発電株式会社敦賀原子力発電所(熱出力一〇六四Mwt)の希ガス放出実績は、初年度一三万キュリーであつたものが、希ガス・ホールド・アップ・システムの採用によつて、一九七一年度四二〇〇キュリー、一九七二年度四九〇〇キュリーと四〇〇〇キュリー台に減少している。これと同型炉である福島第二原子力発電所1号炉では、熱出力が約三倍であるから、年間五万六〇〇〇キュリーの放出はさらに低減化できるはずであることを示唆している。原子力委員会が、可能な最新の技術を用いて国民の被曝を最少限度に制限するという一貫した考え方に欠けていることは、敦賀と同型炉である福島第一原子力発電所1号炉(熱出力一三八〇Mwt)の一九七二年度の希ガス放出量が、出力が同程度であるにもかかわらず、九万七〇〇〇キュリーとおよそ二十倍もの値である事実を放置していることからもうかがわれるが、当該許可処分の対象たる福島第二原子力発電所1号炉の放出低減化措置についても、可能な改善措置に関して安全審査時に具体的な代替技術などをどれほど試みたのかを疑わしめるものである。

第六再処理・廃棄物の処理・処分の見通しについての無審査<省略>

第七労働者被曝についての無審査<省略>

第八温排水についての無審査<省略>

第五章  本件許可処分の実体的違法性(その二……本件原子炉における炉工学的危険性)

第一原子力発電の潜在的危険性

軽水型原子力発電所が擁している放射性物質は、ウラン燃料と放射性廃棄物であり、原子炉内に蓄積されている放射性物質の量は、莫大である(一〇〇万キロワットの原発では、一日の運転で約三キログラムのウラン二三五を核分裂させて死の灰に変える。広島の原爆が、0.6〜0.8キログラムのウラン二三五の核分裂であるから、発電炉では一年間に原爆約一三〇〇発分の死の灰を生産していることになる)。

これらの放射性物質は、多様である。比較的短い期間に放射性のない安定的な同位体に変る放射性物質は、その期間厳重に隔離することで障害を防ぐことができるが、セシウム一三七(半減期三〇年)やストロンチューム九〇(同二七・七年)、プルトニウム二三九(同二四・三九〇年)などは長期にわたつて強力な放射線を放出するため極めて猛毒な物質である。

また、よう素一三一をはじめとする放射性よう素の同位体は、寿命は短いが呼吸で人体にとりこまれると甲状腺に摂取されるため、危険度が大きいなどの問題がある。

加えて、これらの放射性物質は、原子炉が停止した後においても崩壊熱を発生させ原子炉停止一日後でも熱出力一万五八〇〇キロワットに達し、一ヵ月後でも三六九〇キロワットもの発熱がある。

これらの発熱を除去しなければ、燃料棒が溶融し、高レベルの放射能が拡散したり核燃料の連鎖反応が発生して原子炉の暴走(いわゆるチャイナ・シンドローム)が生ずる。

以上のような放射性物質の存在とそれによる発熱問題は、従来の石油や石炭火力発電と全く異なる点である。したがつて、原子力発電が工学的に安全に設計・運転されるためには厖大な熱エネルギーの制御に加えて、多量の放射能を原子炉系の内に隔離しながら安全に運転できるシステムであることが必要であり、原子炉停止や事故時にも除熱できるように設計することが必須の条件となつている。

第二核燃料の健全性の欠如と危険性

一 本件原子炉燃料の構成

1 燃料棒

核燃料は、核分裂を起こすウラン二三五を約1.1ないし2.7パーセント含む二酸化ウランの粉末を高温で、直径1.21センチメートル(八×八燃料に変更後は1.06センチメートル―以下同じ)、長さ1.2ないし1.8センチメートル(1.0ないし1.5センチメートル)の円筒状に焼き固めた(理論密度の約九五パーセント)ペレットである。燃料棒は、この燃料ペレットを、有効長さ3.66メートル(3.71メートル)、外径1.43センチメートル(1.25センチメートル)、肉厚0.94ミリメートル(0.68ミリメートル)のジルカロイ―二合金製の被覆管内に積み重ね、内部をヘリウムで置換し、両端をジルカロイ製の端栓で溶液により密閉して作られている。

2 燃料集合体

燃料集合体は、七×七格子配列の燃料棒四九本をジルカロイ―四製のチャンボックスで囲つたものである。(その後の設計変更により本件原子炉では、八×八型燃料集合体を使用することとなつた。)この燃料棒のうち八本は燃料棒を支持する上下の燃料支持板を結びつける役割をし、別の一本は七個のジルカロイ―四製のスペーサ(間隔保持装置)を支持して、燃料棒はすべて自由膨張できる構造となつている。

3 炉心燃料

炉心燃料は、七×七格子配例の燃料棒四九本(設計変更後は、八×八格子配列の燃料棒六四本)の燃料集合体で構成される。初期炉心は、平均濃縮度約1.1重量パーセントと約2.5重量パーセントの二種類の集合体が使用され、炉心平均の濃縮度は約2.2重量パーセントである(取替燃料の平均濃縮度は約2.7パーセントである)。

4 炉心

炉心はウラン二三五の核分裂に伴つて発生する熱エネルギーを一次冷却水に伝達する役割をもち、この目的を効率的に達成するため、ジルカロイ被覆管の肉厚は前記のとおり、安全性の点からみればぎりぎりの限度まで薄くされている。

一方、原子炉の運転中、燃料及び燃料被覆管は、高温、高圧、急激な温度勾配、放射線、冷却水の高速な流れ、核分裂生成物等極めて苛酷な条件にさらされている。

燃料が破損すれば、その中に蓄積された極めて高レベルの放射性物質は軽水中に放出され、これによつて環境の汚染、改修時における労働者の被曝など極めて深刻な実害を引き起こすし(特にBWRの場合一次、二次系の区分がなく、PWRに比し、環境汚染等の危険はより大きい)、事故時には、破損、劣化した燃料体がより苛酷な状態に置かれるとともに、燃料の健全性が事故の進行に影響を与える。

したがつて、平常運転時の燃料の健全性と事故時のそれとは分ち難く結びついているものであるが、ここでは平常運転時と事故時とに分けて論ずることとする。

二 平常運転時の燃料健全性について

1 燃料破損に関する設計思想

放射能を閉じこめるうえで、燃料ペレットは「第一の防壁」、被覆管は「第二の防壁」であるといわれている。ところが、驚くべきことに、燃料破損そのものは全く規制の対象とされていないのである。すなわち、規制されているのは運転中の放射性物質の濃度であり、したがつて、炉水濃度の制限値と浄化設備の能力との関係により一定の範囲で破損燃料の存在が「許容」されている。

原子力委員会自体が昭和四九年四月二七日付の本炉に関する公聴会陳述意見に対する検討結果説明書中で、次のように述べている。

「このような損傷に関連して、安全審査においては損傷の形態がピンホールであるか、クラックであるかを問わず、これらの損傷によりある程度の放射性物質が燃料棒から、平常運転中に放出される放射能量として従来の先行炉の運転実績に比べてかなり高い値を仮定して、これによる周辺公衆の被曝線量を評価し、安全が確保されることを確認している。」

事故時において、一定の欠陥を前提として事故解析を行うというのは一つの手法として止むを得ないとしても、問題はこの手法が逆用、悪用され、放射能が外部に出なければ一定の燃料破損は止むを得ないのだという思想の下で設計や安全審査がやられているという点である。

このような考えをとつていたのでは、決して燃料破損のトラブルやこれに基づく実害はなくならないであろう。

2 燃料ペレットの健全性

ペレットは、放射能を閉じこめる「第一の防壁」といわれているが、未知な点が多く、性能的にも不完全な点が多い。

第一に、焼きしまり現象がある。ペレットは摂氏一四五〇度〜一七〇〇度で焼結させているため、それ以上の高温になると焼結が進み、ペレットの密度が高まり、体積が縮む結果となり、これを焼きしまり現象という。本炉では、平常運転時の燃料最高温度は摂氏約二四八〇度とされているため、この現象は当然予想される。

焼きしまりが起こると、ペレットと被覆管との間にすきまがあき、場合によると外の圧力のために被覆管が扁平化したり、ペレットと被覆管の間の熱伝導率が低下する。

第二に、ペレットの膨張現象(スウェリング)がある。

ウランは、中性子を吸収して核分裂を起こすと核分裂生成物(FP)となるが、その中にはキセノンやクリプトンなどのようにガス状のものもある。これらは体積を増加させるのであるが、ペレットはそれを容れるためあらかじめわずかではあるが多孔質としてある。ペレットの燃料初期は内部に十分余裕があるが、一定限度を超えるとペレットを膨張させる結果となる。これを膨張現象(スウェリング)と呼んでいる。

膨張すると、ペレットが被覆管と接触し、これと機械的な相互作用(PCMI)をひき起し被覆管の応力腐食割れの原因となる。

第三に、ペレットの変形と割れの発生である。一定期間原子炉中で核分裂を起したペレットは、高温及び急激な温度勾配のために中央部に空孔(ボイト)を生じ、クラックを発生させ、さらには様々な変形や割れを起すこととなる。

第四にFPガスの放出がある。核分裂に伴つて発生するガス状の核分裂生成物(FP)は被覆管中に封入されているヘリウムに混入することとなるが、これは熱伝導率を低下させ被覆管中の内圧を上昇させる。

3 燃料被覆管の健全性

第一に、流体振動による影響の問題がある。

軽水炉は(BWR・PWRとも)、多発する流体振動問題によつて悩まされている。この振動は冷却水が複雑な構造の炉心部を高速で通過することによつて生じる。

燃料棒の場合、スペーサー(間隔保持装置)の具合が悪く流体振動が生じれば、右振動による応力は燃料棒の応力腐食割れ(フレッティング腐食)を起こすこととなるし、また、LPRM(中性子モニター)の振動はこれとの衝突による燃料棒の破損をもたらす。

第二に、局所水素化(サン・バースト)である。

これは、ペレット中にふくまれる水分が高温下でジルカロイと反応して水素を発生させ、その水素をジルカロイ被覆管が吸収(水素化合物化)するとその部分が膨張あるいは破損するという現象である。

第三に、燃料棒の曲り(ボウイング)がある。燃料棒が曲がることにより局所的に冷却効率が低下し温度が上昇し破損の原因になる。

4 ペレット―被覆管相互作用(PCI)

以上述べてきたペレットの健全性および被覆管の健全性については、後述のような試行錯誤によつて若干の技術的改良がなされつつあることも事実である。

しかし、次に述ベるペレット―被覆管相互作用(PCI)に関しては、いまだにその原因を本質的に除去することはできず、運転モードに制限を加えて破損に至るのを回避しているのが現状である。

核燃料中の核反応によつて核分裂生成物(FP)が生じるが、このFP内にはあらゆる元素(化学種)が含まれる。被覆管を構成するジルカロイはこのFP中に含まれるヨードなどのハロゲン類に弱く、腐食される。特に応力が存在する場合には、応力腐食反応が生じ、被覆管はきわめて破損しやすくなる。応力は主として被覆管とペレットとの機械的相互作用によつて生じる。この応力腐食割れを回避するためには、原子炉の出力上昇、降下をきわめてゆつくり行つて、熱的な衝撃を最小に抑えなければならない。そのため炉の出力上昇速度を一定値に抑える「ならし運転法」が採用されている。したがつて、現在の原子炉は運転中は出力を一定に保ついわゆるベース・ロード運転に限られており、負荷追随運転は出来ない。

しかし、原子力発電所の数が増大するにつれて、負荷追随運転への要望が高まつている。先に述べた応力腐食型のPCIをとりのぞくために、被覆管内部に銅などのライナーをほどこすなど、いろいろな方法が提案されているが、いずれも実証、実用の域に達したとはいえない。被覆管の腐食に関しては、この他ウラン、ジルコニウム、セシウム等が複雑な化合物を作つて被覆管に癒着するという現象が指摘されているが、そのメカニズムについての詳細は明らかにされていない。

5 燃料設計の変遷

(一) 軽水型発電炉が「実用」化されて以来二〇年余を経ているが、この間に軽水炉燃料の設計方針はたびたび変更されている。これは、一つには多発する燃料トラブルに対処するためであり、一つには性急に大型化、出力上昇を追及したためである。

われわれは燃料設計変遷の経過を一見するだけでも軽水炉技術が未熟、未確立であることを知ることができる。

(二) 以下、右変遷の歴史を概観する。

(1) ごく初期、すなわち一九六〇年初頭において、ドレスデンⅠ炉などにおいてジルカロイ―二の短尺燃料棒を四本溶接して用いた。集合体は六×六配列である。当時二酸化ウラン燃料中の弗素のため被覆管破損が発生し、原因不明のままその対策としてステンレス・スチール被覆へと変更した。その後、破損の原因が判明し、二酸化ウラン中の弗素除去を行つた。この他にも、給水加熱器に銅合金を使用したため被覆管の表面に腐食生成物が付着し、温度上昇によるジルカロイの酸化が生じた例(ビックロック・ポイント)やフレッティングによる破損(西ドイツ・KRB)などの各種トラブルが発生している。

(2) 六〇年代後半になり、オイスタークリーク炉(一九六九年臨界)などでは、ジルカロイ―二被覆の長尺燃料(十二フィート)が用いられ、配列は七×七となつた。この時期の設計の特徴としては、スウェリングを抑えるためペレットの端面にディッシュをつけ、最大線出力密度を17.5キロワット/フィートにまで上げている。被覆管厚さは、35〜35.5ミルである。(ミルは一インチ=2.4センチメートルの1/1,000)

(3) 次いでドレスデンⅡ(一九七〇年臨界)などに至り、出力分布の平担化などにより、出力密度の一層の上昇をはかつた(41.1キロワット/リットル)。被覆管厚さは三二ミルと薄くなつている。この時期、被覆管の水素化物形成による破損が多数見出された(ジンナ炉ほか)。これは、サン・バーストと呼ばれ、ジルコニウム合金が局所的にふくれ上り破損するものである。低密度燃料(九〇〜九二パーセント)ほど起こりやすいことがわかつた。この原因は二酸化ウラン中の水分によるものであることが判明し、工程管理を厳重にすること、管内に水素ゲッターを封入すること、高密度燃料を用いることなどの対策が取られるようになつた。

(4) ブラウンズ・フェリー炉(一九七三年臨界)等に至り、これまでの熱設計思想があまりにも安全側によりすぎていたとして、これを大巾に改め、出力、出力密度の上昇をはかつた。

すなわち、クォリティ対限界熱流束の関係を求めるのに従来ジャンセン・レビーの式を用いていたが、これが保守的であるとして、ヘンチ・レビーの式を用いるよう変更し、同時にMCFR(最小限界熱流束比)も従来の一二〇パーセント過渡期で1.5以上という基準を定格運転時1.9以上という基準に変更した。さらに従来一二〇パーセント過出力でペレット中心が、二酸化ウランの溶融点以下の温度という基準を改め、中心溶融そのものは危険につながらないものにした。その結果、最高線出力密度は、17.5〜18.5キロワット/フィートとなつている。またブラウンズ・フェリー等で異つた濃縮度をもつ二種類の燃料を用いている。

この時期と相前後して、主としてPWRにではあるが、燃料棒の曲がり、焼きしまり、コラプスなどの事故が多発している。

すなわち、ゾリダ(スペイン)ジナ(米)ベスナウ―1(スイス)KWO(ドイツ)などで多数の燃料棒の曲がりが見い出された。

例えば、ジンナでは、集合体当り一七パーセントの燃料棒に曲がりが発生したことがある。この原因は制御棒案内シンプルにステンレス・スチールが用いられているため、ジルカロイとの間に熱膨張率に差があり、温度降下に際して、ノズルに燃料棒がつかえ弾性的に曲がるものとされ、対策が立てられた。しかしながら、このようなノズル干渉型の他にも曲がりが見い出され、その原因はあまり明らかにされていない。

また、焼きしまり、コラプスであるが、スイス・ベスナウ―1炉などにおいて、燃料棒内圧の低いものに燃料棒のつぶれ(コラプス)が見い出された。これは燃料が炉内で高温や中性子にさらされると、ペレット内の小気孔が消滅し、収縮を起こし密度が上昇すること(焼しまり)によるものである。米国原子力委員会は、この事故が発見された当時、出力を大巾に引下げて運転するなどの措置をとつた。

その後、対策としてペレットを高密度(九五パーセント)にする焼結温度を引き上げ、摂氏一七〇〇度以上とするなどの変更が行われている。

(5) 本件炉が設計された時期においては、燃料ペレットは、ペレット被覆管力学的相互作用を除く目的でペレットの角を面取りしたチャンファー型が用いられている。同時に、これまでスウェリング対策のため取られていたデイッシェは必要なしとして廃止されている。被覆管は、組成上のバラツキを除くため焼鈍温度を高め、これによる強度低下をカバーするため、厚さを三七ミルと厚くしている。

この頃より、前に述べたペレット被覆管化学相互作用(PCI)が大きな問題となつてきた。これは管内の核反応で生じたFP中のよう素などによるジルコニウム合金の応力腐食割れによるものであり、破損を防ぐためには、今のところ出力上昇、下降などをきわめてゆるやかに行うという運転方法を取る以外には対策が立つていない状況にある。

また、全期間を通じて各種のフレッティング・コロージョンにより燃料破損を引きおこしている。代表的なものとして一九七三年発見された美浜一号炉のものがある。

(6) 一九七〇年初頭ころより、集合体の燃料配列は七×七から八×八方式への移行が計られるようになつた。

これは、メーカーによれば、燃料棒一本当りの負担を引き下げるためであるとしているが、さらに出力、出力密度を引き上げるための準備であると見られないこともない。

本件原子炉においても設計変更として八×八使用の措置が取られている。これにともなつて、燃料の最大燃焼度は従来の約二万八六〇〇〜三万四二〇〇メガワット日/トンへと引上げられている。

(三) 以上の燃料に関する設計変更の歴史は、次のような特徴を持つている。

(1) 性能・安全性が確立した実証炉、実用炉との宣伝のもとに導入されたにもかかわらず、しばしば事故・故障を引きおこしており、これらの対策として設計変更がなされている。

(2) 設計思想や改良の方向が一定の発展方向を示すのではなく、試行錯誤により、行きつ戻りつしているケースが多い。

例としてペレットの密度をとつてみても、初期の高密度燃料から、スウェリングを心配しての低密度燃料(九二パーセント)となり、その後水素化物形成による破損や焼きしまり防止の対策として九五パーセント高密度燃料に戻つている。被覆管の厚さは三五ミル→三二ミル→三七ミルと変化している。また、ペレット面上のデイッシェはいつたん必要とされながら、その後廃止されている。

(3) 最大線出力密度は15.4→17.7→15.8→18.5→13.4キロワット/フィートと変化しているが、出力だけは短期間に急速に上昇している。この点に関しては他の技術と比較しても異常なものであるとの批判がなされている。

(4) 燃料の曲がりや被覆管の応力腐食割れのように、原因や機構がいまだに充分究明されていないもの、あるいは学者の間でも異論があるものもある。

(5) 欠陥のため本来の機能が発揮されず、運転方法などに制限が加えられている。過去に起つたケースとしては焼きしまりによる出力制限があり、現在の問題として、被覆管の応力腐食割れによる出力上昇速度の制限がある。

(6) 以上の点を総合すると、燃料問題だけをとつてみても、軽水炉の技術が決して実証されたものでなく、未熟、未確立なものであることがわかる。

6 以上述べてきたように、既知又は未知の要因によつて、燃料棒の安全性は全く保証されていないにもかかわらず、現行の安全審査においては、これらについて全く審査を行つていないことが明らかとなつた。したがつて、本件安全審査は、この点においてもその違法性が明白である。

三 事故時の燃料の健全性について

LOCA時に作動するはずのECCSの評価指針として、我が国ではECCS安全評価指針が定められているが、これによると、LOCA時においては次の四項目が満されることとされている。

1 被覆管温度の計算値の最高値は摂氏一二〇〇度以下

2 被覆管の全酸化量は、厚さの一五パーセント以下

3 金属―水反応によつて発生する水素量は、格納容器の健全性を確保するため充分低いこと

4 ECCSは長半減期核種の崩壊熱が長時間にわたつて除去できること

このうち、1、2の項目は、再冠水時においてジルカロイ被覆管が反応によりばらばらになつて崩壊し、その結果冷却水流路を詰まらせ冷却を妨げることのないように定められたものである。

要するに、ECCS作動時「燃料集合体が冷却可能な形状を保つていること」が判断基準とされているのである。

しかしながら、LOCAそのものの現象がいまだに充分に解明されていない時点で、そのLOCAによる被覆管のふるまいがどのようであるかを調べることは極めて困難である。

冷却水が流出して除熱され難くなつたジルカロイの温度は上昇して強度が低下し、他方外圧低下による内外差圧の上昇によつて、被覆管はふくれ、あるものは破裂する。また、被覆管が摂氏九〇〇度以上になると水蒸気との反応が著しくなる。この反応で、ジルカロイは、酸素を吸収して脆化し、水素ガスを生成するが、この反応は発熱を伴うのでこの熱も被覆管の温度上昇に寄与する。一方、非常用炉心冷却装置の作動によつて炉心に注入された水により燃料は再冠水して冷却されるが、被覆管のふくれが大きな場合は、冷却水の流路を閉塞して、再冠水を妨げる。又再冠水までに被覆管の温度が非常に高くなつたり、水蒸気との反応が著しい場合には、被覆管が脆化して冷却時の応力で崩壊したり、水素ガスが多量に発生するため、爆鳴気となつて爆発の原因となることが検討対象となる。

これら極めて複雑な現象が充分に解析されなければならないのである。被覆管の崩壊のありさまを調べるには、被覆管の脆化の程度を知るとともに、これにかかる熱応力など荷重の状態を知らなければならない。

ところが、脆化と反応の度合を定期的に関係づけた論文も少なく、また、燃料集合体を用いた急冷試験が欠けているなど、応力の状態についてはほとんど分かつていないため、崩壊防止を保証する条件を被覆管が再冠水で冷却された後でも可塑性が残つているという条件に置き代え、この条件を満すものとして、ベイカージャストの式を用いて計算し、摂氏一二〇〇度、一五パーセント以下の指針が出されたのである。

したがつて、この指針がいかに満たされたとしても、LOCA時にはたして被覆管の崩壊が防げるかということは依然として疑問として残らざるを得ない。条件がいかに精密な計算コードを用いて計算されたとしても、途中にある仮定(この場合は、崩壊防止は可塑性が残つていることと等価であるという仮定)が入れば計算結果が果して現実に有効性をもつかどうかは極めて疑問である。

以上のほかにLOCA時の燃料のふるまいを知るにあたつては、燃料が保有する蓄積エネルギーを正確に知る必要がある。そのためには、燃料内の温度分布を正確に知る必要があるが、この点でも精度良いデータが得られているとはいえない。

さらに、被覆管最高温度の計算等は、いずれも事故時、被覆管がそれまでの運転によつても健全性を維持していることを前提としているものであるから、先に述べたように平常運転の段階で既に応力腐食割れ等が発生していれば計算による推定値よりも、はるかに険しい条件となるが、この点についての定量的な検討は未だなされていない。

第三圧力バウンダリの健全性について

一 応力腐食割れの危険性

1 はじめに

(一) 原子力発電所が操業を開始して以来二〇数年を経過しているが、発電計画は大幅におくれている。例えば、東北電力女川発電所は一九七八年五月営業開始の予定になつていたが、最近になつて辛じて建設に着手したところである。

また、従来から運転中の原子力発電所においても、事故の発生が多く、期待通りの電力が供給されていないのが現状である。

こうした計画遅滞の原因の一つにいわゆる“ひび割れ”の現象がある。この“ひび割れ”は専門的には応力腐食割れ(SCC)と呼ばれており、一九世紀末頃から知られているが、今日までその防止策は確立されていない。

(二) 一九六六年五月、わが国初の軽水型実験炉の第一回法定検査において、原子炉容器上蓋内面の肉盛溶接に無数のクラックが発見された。同じころ、同様のクラックは、アメリカのオイスタークリーク原発や、インドのタラプール原発においても発生した。いわゆるSCCといわれるものである。このSCCは世界中のいたる所の原発において、とくに原子炉一次冷却系配管に発生したことから軽水発電炉の安全性に重大な問題を提起した。SCCの発生原因は、おおむね二つに分類することができよう。第一は、運転開始直後から二〜五年ぐらいのあいだに発生しているもの、第二は、それ以後の期間に発生しているものに関してであつて、第一段階の原因は、原子炉の一次圧力系構造材の製作・加工時における熱処理に起因するもので、オーステナイトステンレス鋼の熱鋭敏化によるものである。第二の期間に発生しているクラックは、とくに一次冷却系配管の溶接熱影響部に発生しているもので、溶接熱応力で鋭敏化した部分が、一次系高温水の溶存酸素濃度の比較的に高い環境のもとにさらされて発生するものと考えられている。クラック発生の要因として現在考えられているものは、溶接残留熱による引張応力、材料の熱鋭敏化、冷間加工時の残留応力、冷却水の浄化不良による不純物の混入等である。

前述の応力腐食割れは、原子炉システムのあらゆる部分にわたり、一次系では原子炉内部構造材、原子炉容器フランジ、ノズル、配管、ポンプ、弁など、また二次系では、蒸気発生器、配管、タービン等でクラックが発生している。これらのSCCの発生した原子力発電プラントを年代順にみてみると次表のようである。

現在までこれらのプラントにおいて、冷却材喪失事故にまでは至つていないが、とくに配管系のクラックでは、現実に冷却材の漏洩に至つた次表の例がいくつか報告されており、一次圧力系バウンダリの破断は、第二第三のTMI事故を引き起こしかねない潜在的危険性をもつており、重大な問題である。

JADR

一九六六(年)

日  本

ラプソディ

一九六六

フランス

ドーンレイ

一九六七

アメリカ

タラプール

一九六七

インド

ラ・クロス

一九六九

アメリカ

インディアン・ポイント

一九七〇

アメリカ

ドレスデン

一九七〇~七五

アメリカ

ナインマイル・ポイント

一九七〇~七一

アメリカ

ドデワード

一九七一

オランダ

ミル・ストーン

一九七六

アメリカ

フェニックス

一九七六

フランス

福島第一原発二号炉

一九七五~七六

日  本

同一号炉

一九七七

日  本

島根原発

一九七七

日  本

敦賀原発

一九七七

日  本

浜岡原発

一九七七~七八

日  本

2 SCCについて

SCCとはある環境のもとで金属材料に引つぱり応力が作用している場合に起こる特殊な破壊現象である。この時の引つぱり応力は、(ⅰ)外部から作用する場合、及び(ⅱ)材料をリベット止めしたり、圧痕をつけたり、あるいは溶接した時のように材料内部に残留する応力として作用する場合のいずれでもよい。こうした環境及び引つぱり応力は、それぞれが単独で材料に作用する時には、材料には腐食はほとんどみられないし、また機械的破損も起こらないのであるが、両者が同時に作用すると脆性破壊類似の破壊を起こすのがSCCの特徴である。

実際のプラントにおいては、溶接あるいは組立て施工する際に、材料内部には設計応力の他に局部的応力の発生がある。また操業中には、熱サイクルあるいはポンプ、コンプレッサなどによる振動応力も加わつてくる。これらの応力は、それ自体では勿論材料を破損するほどの大きさではないが、環境が作用している場合には、SCCを起こす可能性は十分に考えられる。

SCCの割れ形態には金属の結晶粒界に沿つて割れが進行する粒界割れと、結晶粒内を割れが進行する粒内割れの二つのタイプがある。一般に時効硬化型Al合金、炭素鋼あるいは鋭敏化熱処理したFe―Cr―Ni合金では結晶粒界に沿つて第二相の析出物が形成され、その析出物の腐食挙動あるいは析出物による応力集中作用などにより、粒界割れを示すことが多い。原子炉におけるステンレス鋼のSCCはこれに属する。その他析出物のない固溶体合金では、条件によつて粒界割れあるいは粒内割れのいずれの形態をもとりうる。

SCCの機構に関しては、多くの提案がなされているが、Fe―Cr―Ni合金などで最も一般的に認められている機構として“すべり溶解再不働態化機構”がある。これは概略次のように説明される。応力のもとで材料表面にすべり、ステップが生成され、その場所が溶解し局部的な腐食溝をつくる。この局部的な腐食溝は、皮膜被覆(不働態化)と溶解をくり返しながら割れを形成していく。割れは腐食によつて進行することになる。

このように、SCCが応力のもとで生じるすべりの生成とそのすべり面の腐食によつて進むと考えるなら、SCCは特別の材料に限られる必要のないことがわかる。事実最近では、ほとんどの金属材料が特定の環境のもとでSCCを起こすことが知られている。また、SCCは、材料の不足損傷の中でもとくに頻度の高いことが知られている。例えば、オーステナイトステンレス鋼の腐食事例を、五年間にわたつて調査した結果によるとSCC事故は全腐食事故の中でも圧倒的に多く、六〇パーセントを超えていることがわかる。

SCCは金属材料の突然の破壊を伴う場合があるので、操業上の損失も大きいが、原子力工業あるいは化学工業では非常に危険である。

3 原子炉におけるSCC事例

原子炉におけるSCC事故を一般の研究者が始めて知つたのは、一九六六年のライド・アウトの論文からといわれている。ここでは三〇四ステンレス鋼のSCCが、放射線損傷とは直接関係のないノズルの溶接部近傍で起つていることを紹介している。その後いくつかの事例が紹介されているが、本格的な調査結果がブッシュらによつて報告されている。原子炉における事故がこの一五年間にくり返され、広範に起つていることから、その実態調査を行つたのである。その結果を報告したその論文には米国はもとより、諸外国の事故例が九〇件近く集められている。

ブッシュらの調査結果によれば、一次系のオーステナイトステンレス鋼製管のSCCが、全体の割れの三二パーセントを占め、次いで二次系の蒸気発生器が二四パーセントを占め、材質では、オーステナイトステンレス鋼が圧倒的に多くの事故を起こしており、これらはほとんど三〇四あるいは三一六ステンレス鋼であることが判明した。

4 原子炉の運転条件とSCCの関係

(一) 材料

ブッシュらの報告等によれば、原子炉構成部材と材質およびSCCの関係、また、それぞれ材質の化学成分については、先ず、構成部材は(1)低(または中)合金フェライト鋼、(2)マルテンサイトステンレス鋼、(3)オーステナイトステンレス鋼、(4)高Ni合金に分類される。それぞれの材質については、(1)低(中)フェライトステンレス鋼:ほとんど二次系の蒸気タービンでSCCを起こす。割れは二次系水処理によるアルカリ濃縮が原因になつている。またBWRにおいてもタービン、ピンに割れがみられているが、これは塩素イオンによるSCCであり、恐らく水素脆化によると考えられる。四一四〇鋼製ボルトが炉材近くで用いられているが、これも水素脆化と思われる割れを示した。このボルトはほう酸処理水に間けつ的に浸漬されていたものである。(2)マルテンサイトステンレス鋼:炉心構成材料として析出硬化型の一七―四PH鋼がボルト、コントロール・ロット・ドライブ、バルブに使用されている。この材料は、硬度が高くなるように熱処理された場合割れがみられている。四一〇、四二〇、四四〇及び一二Cr―Mo―W―V鋼のようなマルテンサイト鋼もボルト材として使用されており、SCC及び水素脆化によつて事故を起こしている。(3)オーステナイトステンレス鋼:圧力容器クラッド、容器、配管、ポンプ、バルブおよび蒸気発生器管などに用いられている。三〇八、三〇八Lのような溶接クラッドは塩化物あるいはふつ化物などによる汚染水で割れを起こしている。最も多く用いられているのは三〇四ステンレス鋼である。これは溶接熱影響部(HAZ)あるいは低合金鋼材を摂氏六五〇度附近の温度で応力除去熱処理した際に受けた熱影響部においてSCCを起こす。(4)高Ni合金:二次系の蒸気発生器管に用いられている。ほとんどAlloy 600製のパイプであり、水処理によるアルカリ濃縮が原因とみられている。

BWRにおける使用材料のうち、SCCが最も起こりやすい場所は、三〇四ステンレス製の再循環バイパス部およびセーフエンド部である。冶金学的にみれば、これらの場所はいづれも溶接あるいは応力除去加熱によつて熱影響を受けた場所であり、材料として正常な組織・組成で使用されていない場所である。

(二) 環境

軽水炉の場合、PWRとBWRでは水環境が著しく違つている。BWRでは炉内に気液相が存在するため、添加物を加えるとそれらが気液界面に濃縮する可能性がある。したがつて、とくに水処理剤を使用していない。この他この炉では水の放射線分解によつて酸素が発生するし、また炉を一時停止した場合にも水が外部空気に接するので、酸素が混入する可能性がある。SCCが最も起こりやすい再循環バイパスあるいはセーフエンド部では、水が停滞状態にあつたのも割れの原因の一つと考えられ、最近ではこの場所の水も常時流動状態になつている。いづれにせよPH調節ができず、溶存酸素が存在するBWRの水条件は、SCCにとつて都合のよい条件をつくりやすいといえるであろう。

原子炉環境水による金属材料の腐食に関して重要な因子と考えられる溶存酸素、PHおよび電導度の値を以下に示す。

溶存酸素

PH

電導度

BWR

~0.2PPM

4~10

0.1μmho/cm

PWR(1次)

<0.01PPM

4.5~10.2

(2次)

<0.007PPM

9.2~9.5

1~2μmho/cm

右の溶存酸素、PHの他に施工中の酸洗、溶接中に混入の可能性のあるふつ素、潤滑剤中の有機物、さらにコンデンサ管の割れによる塩素イオンの炉水への侵入などが原因で割れを起こす場合がある。また不注意な酸洗のため、粒界腐食が起こり、それが原因でSCCを起こすこともある。このような環境汚染は、ほとんどが運転前の施工時に原因があり、注意深い施工によつてこの種のSCCはある程度軽減できるであろう。しかし、問題は運転中に突如として起こる割れである。BWRにおける環境因子として、溶存酸素、PHの他に腐食(割れ)が電気化学反応によつて進行することを考慮すれば、水の電導度も重要な役割をもつだろう。こうした因子について今後十分な検討を加えない限りSCCは後を断たないであろう。

(三) 応力

原子炉における応力源としては施工時の無理な組立てによつて生じる荷重、グラインダ仕上あるいは溶接による残留応力、温度差(熱膨張の差)による応力、内部蒸気圧力、加熱・冷却による熱サイクル応力あるいは運転に伴う振動などが考えられる。これらの応力源も、施工時に注意すれば除くことが可能なものもあるが、逆に熱サイクル、振動などは運転年数が重なるとともに応力としての役割が大きくなり、腐食疲労破壊の原因となる。また現場溶接された材料に対しては、溶接後熱処理が困難であるため、多くの場合残留応力は必ず存在するし、その値を測定することは実際上ほとんど不可能である。SCCを起こす可能性の最も高い溶接残留応力、熱サイクル及び振動応力に関しては、現在何も解決されていない。

5 実験室におけるSCC試験

原子炉におけるSCCを実験室的に再現させ、SCCに及ぼす諸因子の影響をしらべ、割れの防止に役立てようとする研究が多く行なわれている。

(一) 溶存酸素の影響

BWR環境で最も問題となる溶存酸素の影響については、設計応力の三倍(3Sm)の応力を負荷した実験結果によれば、溶存酸素が多いほどSCCを起こしやすいこと及びこの荷重のもとでは、BWRの通常運転時の溶存酸素量範囲で、鋭敏化した三〇四ステンレス鋼は、二〇〇〜三〇〇日以内に割れることが判明した。また、溶存酸素を0.01PPMとか極端に少なくすると粒内割れを起こすことがあるという報告もある。

(二) 応力の影響

BWR環境と同程度の溶存酸素を含有する摂氏二八八度水中における鋭敏化三〇四ステンレス鋼のSCC寿命と応力の関係をみると、応力が増大するとSCCを起こしやすくなるが、同温度における三〇四ステンレス鋼降伏強度よりもわずかに大きな応力値でも104〜105時間でSCCを起こすことがわかる。設計応力が十分低い値に抑えてあつても先に述べたように材料に応力が加わる条件は十分存在するし、SCCの可能性を否定することはできない。

(三) 鋭敏化の影響

一〇〇PPM溶存酸素を含む摂氏二八八度水中における三〇四ステンレス鋼のSCCに及ぼす鋭敏化の影響をみると、溶体化材料では七〇〇時間までは割れはみられないが、摂氏五九三度(華氏一一〇〇度)で鋭敏化した材料は、その熱処理時間が長いほど(二四時間まで)SCCを起こしやすいことがわかる。また、同じ熱処理時間(二四時間)でも熱処理温度を摂氏五一〇度(華氏九五〇度)に下げると七〇〇時間まで割れを起こさない。実際に溶接された材料のHAZでは、鋭敏化の程度は連続的に変化しているが、SCCに敏感な組織は必ず存在すると思われる。

(四) 代替材の検討

BWRにおける三〇四ステンレス鋼のSCCを防ぐため、それに代る材料を開発する目的で、既存の材料の中から可能性のある合金を用いて行われたSCC試験の結果によれば、一〇〇PPM溶存酸素を含む摂氏二八八度水中において、三一六Lと三二一ステンレス鋼には粒界腐食がみられたが、その他の合金には粒界析出及び粒界腐食はみられなかつた。

(五) すき間の影響

ステンレス鋼表面に微少なすき間が存在すると、環境がたとえ中性あるいはアルカリ性であつても、すき間の内部ではPHが低下して酸性になり、さらに溶液中の陰イオン濃度が高まることが知られている。こうした水溶液条件はSCCを起こしやすくすることが当然期待される。原子炉におけるSCC事故として明らかにすき間が原因であつたという報告もある。また、BWRの場合、PH調整が行なわれていないので、装置機構材料の炭素鋼が腐食し、その腐食生成物がステンレス鋼表面に積して、すき間ができる可能性がある。このようなことから、人工的にすき間を付与した実験も多く行われており、すき間がSCCを促進することが報告されている。一方、SCCの発生にはすき間の存在は必要ないという報告もあるが、すき間は環境条件をきびしくするという点でSCCの可能性をつくる要因の一つであると考えられる。

6 SCC防止策

(一) SCCを起こす条件をとり除くことが対策に結びつくのであるが、これまでに述べたように、施工・組立て中における不注意によるSCCは別にして、現在の原子炉はSCCを容易に防止できるような条件にはなつていない。SCCを最小限に抑えるという点でブッシュらは次の四点を挙げている。(1)材料改善・交換:従来使用のボルトおよびタービン材を、強度、硬さの低い材料に変える。一七―四PH鋼などは熱処理条件をH九〇〇からH一一〇〇に変える。三〇四ステンレス鋼をAlloy 600あるいはAlloy 800に変える。(2)施工・構造の変更:低合金鋼容器の応力除去熱処理に伴う三〇四ステンレス鋼管の鋭敏化を防ぐための施工改善を行う。三〇四ステンレス鋼の溶接に関しては、溶接入熱を小さくしてHAZ部を狭くする。潤滑剤成分である塩化物、ふつ化物を規制する。(3)設計変更静荷重、圧力負荷、残留応力、熱応力、支柱場所、振動振幅などに注意した設計をする。(4)水処理:PWRではPH調整にヒドラジンなどを用いたボラタイル処理をする。リン酸塩処理では遊離アルカリを規制する。

(二) ところで、応力腐食割れを防止するために白金、金等の金属を多く使用することになれば、企業的採算が合わなくなり、低くコストをおさえるために炭素鋼STPT四九等を使用することになれば、その場合は全面腐食が生じ、クラッドの発生ということになる。その浮遊さびは炉に入ることにより、燃料棒に付着し、放射化されて、主蒸気系の配管に伝わつて管の内面に付着し、定期検査等の場合に労働者に対する被曝が発生することになる。そのような矛盾をもつものである。

さらに、燃料被覆管に使用するジルカロイ―二は、水素に弱い材料で、水素脆性割れを起こしやすいものである。また、被覆管それ自体が照射を受けやすいものであつて、照射脆化をもたらすものである。しかも、応力腐食割れと、脆性化が同時に進行することもあり、ステンレスのパイプ等が破断する現象も考えられるところであつて、機器の事故原因となることも考えられるのである。

7 応力腐食割れの進展を発見することの困難性

(一) 応力腐食割れは、繰返し応力が加わる間に進行するのであつて、簡単に発見できる性質のものではない。現に敦賀、福島第一原子力発電所において、配管を貫通する割れが定期検査で事前にチェックされることなく発生しているのである。応力腐食割れは未知の部分があり、これらの進展状況を的確に把握するのは困難である。

(二) このような応力腐食割れを検査する方法として、超音波探傷、磁粉探傷、目視検査その他の検査方法がある。洩れの検査は平常行いうるとしても、右の方法は運転を停止して行う定期検査においてでなければ困難である。しかし、定期検査時において十分なしうるかといえば、原子炉の場合はたとえ炉内構造物を取り去つても、圧力容器や配管類には残留放射能があるため、限られた時間内で超音波探傷、磁粉探傷、目視検査等を十分に行うことは実際上困難であつて、実際の作業員の放射線被曝等を無視した考え方である。

原子炉圧力容器や配管類の検査は、一般の圧力容器等に比べて非常に厳密になされなければならないことは言うまでもない。しかしながら、実際には一般の圧力容器等に関する検査よりも粗雑な検査しかなし得ないのである。

また、経済効率の点からも、定期検査において十分な検査はなし得ない。全ての箇所を検査の対象にすれば、定期検査には非常な長期間と人手を要する。普通、原子力発電所で行われている定期検査は一ケ月前後の期間で済まされているが、それではいくつかの箇所を重点的に検査することしかしていない。その結果、検査していない箇所は見過ごされてしまうことになるのである。しかし、一般の圧力容器等ならともかく危険をはらむ原子炉の圧力容器等においては、この事は重大な事である。

次に洩れの検査であるが、これはブランジ継手部等からの一次冷却水の洩れの量が平常より増えた場合には、割れ目ができてそこからの洩れがあることが推測されるということに基づくものである。

まず、これによつては、割れ目が生じるまでは割れが進展していてもこれを知ることはできない。応力腐食割れの場合のように鋭く細長いき裂で表面にまで到達し、最初に少量の洩れがはじまる場合は幸いであるが、照射脆化しているところに何らかの衝撃力が作用すれば、き裂は急速に拡大し、最初に少量の洩れがはじまる形態をとらず、いきなり大きな割れ目ができたり、破断したりする可能性がある。後者の場合は洩れによる検査では事前にチェックできない。前述のとおり、応力腐食割れは実際には複合して割れないし照射脆化が進展して行くと考えるべきものであるから、後者のような事態が起る可能性は少なくないのに、その事前チェックに役立たないのである。アメリカのドレスデン原子力発電所でECCS系の配管に傷が発見され、そのため通産省が各原子力発電所に対し点検を指示したところ、敦賀や福島第一原子力発電所でも同様の傷が発見された事実がある。

これらの傷は応力腐食割れとして公表され、割れの大きさは敦賀では四ミリ、福島では一〇〇ミリと言われている。例えば、福島の場合の配管は八インチ管であると言われている。

8 おわりに

PWRにおける二次側SCCに関しては、従来のボイラ腐食と同じ条件である。BWRのSCCに関しては、直接原子炉に関係しているので非常に危険である。種々の対策が提案されているが、現状では妙案はない。現在の原子炉条件では、SCCに直接関係する因子としての溶接による粒界鋭敏化と残留応力、及び環境中の溶存酸素及びPH調整など何も解決されていない。こうした材料・応力・環境のもとで原子炉が運転されている限り、誰が「SCCは起こらない」と断言できるだろうか。最近ブッシュは雑誌“CORRO-SION”の巻頭言で、「原子炉における腐食損傷は、今後とも続くであろう、ということを私は確信をもつていえる」と述べている。また、我が国の金属材料学の権威である下平三郎東北大学名誉教授は従来のような設計施工では原子力発電所における応力腐食割れの発生はさけられないと指摘している。

一九七三年当時、応力腐食割れが原子炉材料の中に起きていたことは顕著な事実である。学会においても議論がなされていた。

本件原子炉は改良標準型になる以前のMARKⅡ型であり、本件原子炉の審査においては当然に応力腐食割れ等について審査されることが可能であつたものである。それにも拘らず、これらを看過し、審査を尽していない。

とりわけ原子炉材料について三〇四鋼を使用し、三〇四L、或は三一六Lを使用していない。応力腐食割れを防止する措置もとつていない。応力腐食割れの発生はさけられないのである。しかも、その事故は重大な危険を及ぼすことが予測されるところであつて、審査は違法をまぬがれない。

二 圧力容器と脆性破壊の危険性

1はじめに

「圧力容器の破壊はあるか」と問われれば、「それは否定できない」と答えざるを得ない。圧力容器の健全性については種々の角度から問題となつているが、中性子による照射脆化は応力腐食割れと共に重大な問題を提起している。

すなわち、“米国のいくつかの原子力発電所の圧力容器は、中性子による照射脆化が予想以上に進んでおり、熱衝撃が加わつて、圧力容器が破壊するような大事故に発展する虞れがある”というNRCの指摘をTMI事故に匹敵する衝撃をもつて受けとめているのが現状である。

2 照射脆化

(一) 原子力の圧力容器に用いられている材料は、一般的にいつて、中性子照射量が、1017n/cm2を超えると、応力=ひずみ特性が変化する。このとき、材料の降伏応力は増加し、ひずみは減少する。一定の温度での破壊に至るまでの変形のエネルギーは、これに伴つて減少する。すなわち、材料は照射を受けるともろくなり、より少ないエネルギーでこわれるようになる。これを照射脆化という。体心立方の金属の場合、この現象が顕著に起こることが知られている。

(二) 照射脆化の現状

炉心に接近したシェルの圧力容器鋼材が中性子照射により脆化することは、原子力開発の初期から知られていたが、その定量的な度合いについては現在でもまだ十分把握されていない。

核燃料炉心から放射される高エネルギーの中性子束、高速中性子束は、冷却材の軽水によつて多少減速され、圧力容器壁では相当鈍つた状態、すなわち低いエネルギーの高速中性子束となる。圧力容器シェル表面では熱中性子束(さらにエネルギーの低い中性子束)は多くなるが、鉄鋼材料のような金属材料の性質を劣化させるほどのエネルギーを持つていない。しかし、この熱中性子束は材料の表面でガンマ線に転換して、熱エネルギーを発生し、局部的熱応力を発生するが、その効果はまだ十分評価できない。

圧力容器に照射される高速中性子束は、エネルギーの種々のスペクトルをもつた中性子束であるが、圧力容器鋼材の中性子照射脆化に寄与するものは一MeV以上のエネルギーとしている。もちろん、これ以下のエネルギー中性子でも材料の照射損傷を生ずるが、その度合は少ないことと中性子照射量の計測技術を考慮して、現在では一MeV以上の高速中性子照射量によつて、圧力容器鋼材の照射脆化を論ずることになつている。一般に原子炉圧力容器鋼材(マンガン―クロム―ニッケル低合金鋼)の照射脆化傾向をみると、鋭敏化材料と非鋭敏化の材料では一対三の脆化率の差がある。最近の一〇年、不純物として入つている銅(Cu)と燐(P)の効果が脆化効果に著しく影響されることが明らかになり、制限された。

BWRは全出力運転換算年(FEPY)四〇年で、ベルトライン鋼材が受ける高速中性子照射量は5×1018n/cm2,>1 MeV考えられているが、PWRではその一〇倍5×1019n/cm2が原子炉供用寿命中に照射されると考えられている。これは、BWRが圧力容器内にジェット・ポンプを内蔵していて、懐ろが大きいので、軽水の量が多く、遮へい効果により照射脆化効果を防いでいるが、PWRでは圧力容器シェルが比較的炉心に接近しているので、照射効果が大きくあらわれることによる。

PWRでは、BWRに比べて軽水冷却材の内圧が二倍となるので、圧力容器シェルの厚さをそれに比例して厚くせざるを得ない。シェルの鋼材が厚くなれば、どうしても鋼材の靱性は低下しがちである。現在使用されている鋼材は一〇〇〇メガワット級原子力発電所で二四〇ミリメートルに達しているが、靭性性能的には限界にきていると考えられる。

照射脆化効果は高速中性子照射量が1×1018n/cm2を超えると著しくなる。そして、1018n/cm2台の照射量で加速され、1019n/cm2台になると脆化傾向は鈍化する。すなわち、PWRでは運転初期の一〇FEPYの脆化傾向が把握されれば、ほぼ寿命末期までの傾向を認識することができるであろう。

(三) 熱衝撃問題

巨大な構造物、原子炉圧力容器は剛構造である。剛構造は必ずしも強くない。容積の大きな密閉構造で、内圧荷重による破壊を防ぐためには、肉厚が厚くなることを避けることはできない。設計の合理化により、幾分でもぜい肉をとることに努力するが、その量は全体からみればそれほど大きいものではない。剛構造は熱衝撃に弱い。厚いガラスの牛乳瓶に熱湯を注ぐと亀裂が入りやすいという一般的経験がそれを如実に物語つている。

一九七九年のTMI事故以降、冷却材喪失事故(LOCA)が起きた場合、炉心が曝露されて核燃料が溶融することを避けるため、非常炉心冷却系(ECCS)の水は絞ることなくどんどん注入することになつた。

圧力容器は摂氏三〇〇度に加熱されて、熱容量が大きいため、そう簡単に均一に冷却されない。そのような際、圧力容器シェルの温度状態にとらわれずに、遠慮会釈なく冷水を注入すれば、きわめて大きな熱衝撃荷重が負荷されることは容易に想像できる。単純な計算によれば、大きな拘束条件で摂氏五〇度の温度差を考えれば弾性応力限界を超える大きな二次応力の発生が予想される。

照射脆化した圧力容器シェルにきずが存在しているとき、このような大きな熱衝撃荷重が加えられ、亀裂が拡大して、さらに内圧荷重が再び加わる状態の原子炉異常運転状態を加圧熱衝撃状態(PTS)と呼んでいる。このような状態で、不安定亀裂が走る可能性が最近の大きな論議の集中の的となつている。

(四) かくして材料が脆化すると延性が失なわれ、急激な圧力の変化や地震等の外力などによつて破壊されやすくなつてくるため、この問題は極めて重要である。

ところで、核燃料を使用し中性子が出てくる限り(原子炉において核分裂を起こし熱を得るために中性子の発生は当然の前提である)、現在実用されている材料では中性子照射による脆化を防ぐことはできない。また、鉄を基本とした鋼を圧力容器の材料としている以上、材料の微視的構造は同じであり、照射による脆化の度合いは変化しないため、およそ脆化を防ぐ材料はないと言つてもよい。

しかも、前述のように高出力化してくると中性子密度も大きくなり、中性子照射による脆化の問題は一層深刻になつてくる。

3 脆化状態の把握の困難性

(一) ところで、現段階では、従来の経験によつて中性子照射による圧力容器の脆化の程度を予測することはできない。そこで脆化の程度を知るために、圧力容器壁の更に内側にある熱遮へい板の所にカプセルを置き、カプセル内に監視用試験片を入れ、これをある期間毎に取り出して、衝撃試験、引張試験、曲げ試験等を実施し、この試験片の脆化の程度から炉壁の中性子照射による脆化の程度を推測するという方法(シャルピーVノッチ試験)がとられている。

しかし、この方法によつて炉壁の脆化の程度を把握することは不完全にしかできないものである。

(二) 材料の脆化の度合は、照射された中性子の量によつて決まるばかりでなく、照射時の材料の温度によつても影響される。同量の中性子の照射を受けても高温である場合と低温である場合では脆化の度合は異なるのである。温度が高い方が低い場合より脆化の度合は小さいのである。

そして、一般にどの材料をみても、摂氏二五〇度から三〇〇度にかけて脆化の度合が急激に小さくなる。例えば摂氏三〇〇度の温度での脆化は摂氏二五〇度での脆化のほぼ五分の一程度になる。脆性遷移温度の増加は照射温度が摂氏二五〇度から三〇〇度にかけて急激に低下するのである。

ところで、試験片は炉壁よりも若干炉心に近いため、試験片の受ける照射中性子線量は炉壁よりも大きいが、逆に試験片の温度は炉内温度摂氏三三〇度近くであるのに対し、炉壁温度は一次冷却水の流入温度摂氏二八〇度以下である。照射中性子線量の差は炉内の構造から考えても僅少であり、殆ど有意の差を生ぜしめないので、問題は温度の差である。そして、右のような炉壁の温度と試験片の温度の差は脆化の程度にかなりの相違をもたらすものであることが明らかである。試験片の脆化の度合は炉壁のそれよりもかなり下まわつているはずである。そうすると試験片の脆化の程度をみて、これを炉壁の脆化とみることは、炉壁の安全性を過大評価することに外ならない。

(三) また、温度と並んで寸法効果の問題もある。すなわち、大きな試験片は小さな試験片に比べて脆化の進行が急速にして大である。脆性遷移温度の照射による増加量(△Tと表示されているもの)、つまり脆化の進行度合は板厚が一〇〇ミリから二〇三ミリと増加するに従つて大きくなつていることが明らかであろう。試験片の寸法は炉壁そのものに比較してはるかに小さいものであり、したがつて、寸法効果によつても試験片の脆化の程度は炉壁のそれに比べてはるかに小さくなるのである。

4 脆性遷移温度

材料は使用温度によつて強さが異なる。特に低温において問題となることに衝撃強さがある。低温においては低温脆性割れ等が起こるように強度が極端に低下する。低温から高温まで色々な温度において衝撃試験を実施すると、高温では延性的(伸びやすく、破壊のエネルギーが伸び変形に使われる)に破壊し、破壊に費やされるエネルギーは大である。低温では脆性的(脆くこわれ、変形は殆んどおこらない)に破壊するため破壊に費やされるエネルギーは少さい。ところで、延性破壊を起こす温度になるとそれ以上に温度が上つても破壊エネルギーは殆ど変化しなくなる。逆に温度が一定以上に小さくなるとそれ以上に下つても脆性破壊に費やされるエネルギーは殆ど変化しなくなる。そこで前者を上棚エネルギー、後者を下棚エネルギーと呼んでいる。

そして、右の上棚エネルギーと下棚エネルギーとの中間のエネルギーで破壊するときの温度を脆性遷移温度というのが第一の定義である。

第二に、右のように延性と脆化の中間エネルギーを示す温度を言う代わりに、衝撃破壊エネルギーが三〇フィートポンド毎平方インチ(ft・lb/in2―エネルギーの単位はフィートポンドとかキログラムメートルで表わされる)である時の温度(これはTr三〇で表わされる)を脆性遷移温度と言う場合もある。しかし、これは延性と脆性の中間値を必ずしも正しく示すものではない。

第三には、延性を示さなくなる温度、言い換えれば上棚エネルギーに至る直前の温度を脆性遷移温度という場合もある。中性子照射を受けた材料では、上棚エネルギー自身も減少するので、かかる定義が重要であるが、原子炉の場合には右Tr三〇が脆性遷移温度として使われているのである。

ところで、材料は中性子照射を受けると脆化し、脆性遷移温度は高温となる。どの程度高温側に変化するかということは、材料そのものによつても違うが、材料の寸法によつても大きく異なる。また、実験データーにかなりのバラつきがあり充分確定したものはない。

5 本件原子炉の場右

本件原子炉の場合、圧力容器に対する推定照射量は、一MeV以上の中性子で3.6×1017nvt(四〇年間)となつており、また、遷移温度(NDT)は初期で摂氏四度及び摂氏零下一二度(フランジおよびフランジ附)、末期で摂氏三二度であるとしている。

いま、本件原子炉における右数値を昭和五六年八月に安全審査が行われた同じBWRの島根二号原発の値と比較してみると、島根二号炉においては、照射推定量は炉心中央部の圧力容器内壁(いわゆるベルトライン部分)で8.5×1017nvtとなつており、また遷移温度は、遷移関連温度(RTNDT)として、初期が摂氏零下二〇度、末期が摂氏八度となつている。

ここで簡単にNDTとRTNDTとの関連について述べる。いま、NDTより高い温度(TNDT)に華氏六〇度を加えた温度でV―Charpy試験を行ない、これがクリアしない場合には、さらに高い温度で同試験を行う。そして、試験を満足した温度から同温度を差し引いて、これをRTNDTとする。したがつて、RTNDTはNDTより大きくはなつても小さくなることはない。すなわち、RTNDT≧NDTである。先に述べた本件原子炉と島根二号炉との比較でいうならば、島根二号炉の数値を右に述べた不等式からいつて、摂氏零下二〇度(初期)、摂氏八度(末期)は、NDTに換算した場合、これより低い値となることはあつても、高い値となることは決してない。したがつて、次の事が結論づけられる。

第一に、本件原子炉は島根二号炉に比して、遷移温度が摂氏二〇度以上も高く、したがつて、評価方法が両者において大きく異つていないならば、材料の改善が、この間になされたものとしなければならない。先にも述べたように、照射脆化と、鋼材中に含まれる不純物の問題が大きくクローズアップしてきたのはここ十年ほどであるから、本件原子炉の圧力容器作成時において、照射脆化に関する対策が十二分になされていなかつたものと考えられる。

第二に、推定照射量の問題であるが、両者の原子炉の構造上の差からいつても、照射量に大きなちがいが生ずるとは考えられない。したがつて、このちがいは、本件原子炉では、平均的照射量を用い、一方、島根原子炉では、照射度の大きい、ベルトライン付近の照射量を用いたものであるから、本件原子炉においても、ベルトライン付近の照射量は、1018近くになるものと考えられる。これに伴つて、寿命末期におけるNDTも、摂氏三二度より高温になると推定すべきである。

以上の二点から、本件原子炉においては寿命末期に、例えばECC水の注入など異常な運転がなされるならば、脆性破壊に到る可能性は大であるとしなければならない。

BWRの場合はECCS系のうち低水圧注水系が作動した場合、水は制御棒のガイド管を伝つて直接圧力容器底部へ溜るように設計されている。圧力容器の底部はガイドチューブの基礎部分等が溶接されており、また、腐食生成物が溜まり、腐食等も起こりやすい。そこへ冷水が注入される結果、局所的な熱衝撃が生ずる。この場合、圧力容器の底部の破断(ボトム・ブレイク)が発生し、ECCSの水は抜けてしまい、炉心冷却が不可能になるというきわめて危険な状態が発生する。圧力容器の照射脆化及びこれにひきつづいて生じる加圧熱衝撃の問題は、最近重視されるようになつてきた。したがつて本件原子炉の安全審査段階では、充分な検討がなされていないものと見なければならない。

第四LOCA及びECCSの有効性について

一 LOCAの過程とECCS

LOCAとは、軽水炉の冷却材である水が配管の破断などによつて流出し、原子炉がいわゆる空だきになる状態をいう。極めて複雑な過程を含み、どのような現象が発生するかは全体としては未だ明らかにされていないが、米国物理学会研究グループの報告はECCSがないときのLOCAの過程を次のように概観する。

第一期 ブローダウン(ふきだし)

第二期 崩壊熱による炉心加熱

第三期 崩壊熱と化学反応熱による炉心加熱

第四期 炉心の崩壊

第五期 圧力容器の溶融貫通

第六期 格納容器底への滞溜

第七期 格納容器の貫通

このような経過が、炉心溶融(メルト・ダウン)または、比喩的にチャイナ・シンドロームと呼ばれるものである。

このような事態になるのを防ぐためには、破断(TMI事故も広い意味での破断による)が起こらないようにするとともに、破断が起きた場合には炉心を有効に冷却する必要がある。この炉心冷却の目的で、現在設置されているのがECCS(緊急炉心冷却装置)である。

二 ECCS導入の経過

原子力開発の初期においては、事故に対する唯一の安全対策は、「距離因子」すなわち充分な敷地を取ることであつた。ところが、その後、「深層防護がなされており、各種の安全装置が働いて、事故をくいとめ、あるいは放射能の放出を低減させるから」というたてまえのもとに距離因子の軽視、立地基準の意図的な緩和がはかられてきた。

一九六二年にAECは立地基準を発表した。軽水炉に関する計算の具体的方法はTID一四八四四の形で同時に提示された。その内容は、一〇〇パーセントの炉心溶融を内容とする最大想定事故を考える、安全装置をECCSのような事故防止装置と影響限定装置あるいは施設とも言うべきもの(代表的なものとして格納容器)に分けて、後者の効果のみを認める、以上の前提の下に放出される放射性物質の量を計算し、非居住区域、低人口地帯、人口中心地までの距離などを算出する、といつた点である。以上のような考え方は、数年を経ぬうちにAEC自らの手でくつがえされることになる。その一つの要因は、都市接近である。第二は、ECCS等事故防止装置の有効性である。

Connetion Yan Kee原発の場合、格納容器以外の安全防護装置が有効であると認めることによつて規制距離の不足をカバーした。一九六七年AECによつて「一般設計基準」が発表されるに至つて、このことは制度的にも定着した。

この一九六七年前後の転換は、ECCSの実効性の確認など十分な技術的発展の上に立つてなされたのではなく、きわめて政策的(例えば、一九六二年立地基準にもとづいては日本での原発建設はほとんど不可能)になされたことが明らかである。

三 ECCSが作動した場合のLOCA

一九六八年当時はもちろん、後にのべるように現在でもECCSが果して有効に機能するかどうかは確認されていないが、ここではECCSが有効に機能した場合について、米国物理学会研究グループ報告によつてみることとする。

LOCAが発生してECC水が注水された際の経過は、三つの期間(といつても全体でわずか一〜二分であるが)に分けて考えられている。

第一期は、ブローダウンの時期である。

大口径の破断が生じると炉内の圧力(BWRで約七〇気圧)のために、冷却水は急激に圧力容器の外にふき出し、圧力は低下する。この時間は三〇〜六〇秒程度である。減速材である水の流出により核反応は停止するが、燃料ペレット内にはこれまでの核反応による蓄積エネルギーがあり、また放射性の核分裂生成物(FP)等の崩壊熱が発生する。崩壊熱は停止直後出力の七パーセント(本件原子炉の場合は、約二三万キロワット)、一〇秒後五パーセント(同約一六万五〇〇〇キロワット)となる。冷却水がなくなるので燃料棒の被覆管の温度はこれらの熱源のため上昇し、被覆管の温度が摂氏一〇〇〇度近くなるとジルコニウム―水反応のためにさらに温度上昇は加速される。これらは主として、温度の上昇に伴う酸化速度の増加が、反応熱の増大を招き、さらにこの反応熱が熱源に加わつて、昇温速度を加速するため、自己触媒的に急激な酸化反応が進行することによると考えられる。

ECC水は注入されるが、ブローダウン期間中はその流れにはばまれて炉心にはとどかず、外へ流れ出てしまうと考えられている(バイパス)。この時期に温度が摂氏七〇〇〜八〇〇度になると被覆管のふくれと破裂が生じる(BWRとPWRでは若干異なる。PWRがより急激)。

第二期は、リフィル(再浸水)と呼ばれる時期で、ECC水が圧力容器を満たしはじめる。この時期、水蒸気によって炉心は冷やされるが、発熱には追いつかず炉心温度は上昇する。

第三期は、炉心が水にひたる時期―再冠水期(リフラッディング)である。この直前に被覆管の温度は最高温度に達する。この時期は、LOCA開始から一〜二分後であるとされる。問題は、この時期の被覆管の最高温度である。

四 被覆管最高温度の意味

ECCS安全評価指針によれば、「(1)燃料被覆管温度の計算値の最高値は、摂氏一二〇〇度以下でなければならない。」とされている。

被覆管の温度がある程度以上高くなるとジルコニウム―水反応が生じて温度がますます上昇するとともに、ジルカロイの表面が酸化物になり、また内部にも酸化が拡散して酸素を多く含んだα相となる。酸化ジルコニウムはもちろん、このα相も大変脆いものであるから、再冠水で炉心が水に浸るとその際の衝撃により被覆管がバラバラになる。バラバラになると被覆管内の大量に放射能を含んだ燃料ペレットが圧力容器内の水に、さらには格納容器内へ放出されてしまう。同時に、バラバラになつたジルカロイ片が炉心につまりその後の炉心冷却を妨げる。このような事態を回避する、これがECCSが有効であるかどうかを判定する基本的な考え方である。

右評価指針の摂氏一二〇〇度という値は、米国のORNL(オークリッジ研究所)において、被覆管を水蒸気によつて酸化させ、それをリング圧縮試験(ゆつくり圧して管がつぶれるのを計る)にかけ、その結果華氏二二〇〇度(摂氏一二〇四度)という値がきまつたものを、日本も引きついだものである。

五 ECCS評価に関する問題点

1 総論

第一に、LOCAおよびECCS作動というのは、きわめて複雑な現象であるということである。

破断による水や水蒸気の噴出、炉心の温度上昇、被覆管の破裂、ECC水の注水とそれに伴う熱衝撃、酸化反応、ジルコニウム相変化等々の現象が一〜二分という短時間にほぼ平行して生じる。これを扱う手法も、気液二相流を含む流体力学、熱力学、材料強度の問題、化学反応速度論、相転移、熱伝導、拡散など非平衡問題を含みきわめて多様である。

これらのことが、どれほど正確に数式で近似できるかということがまず問題である。

第二に、その結果、解析に用いるべきパラメーター(変数)も多種多様であり、そのどれを変えても、結果が変つてくることである。

例えば、破断の程度や様子、喪失する水の量、圧力の低下のしかた、ECC水バイパスの有無、再冠水までの時間、被覆管のふくれや破裂のおきる時間や温度、内面酸化の有無、後に述べる水素脆化の有無や程度、ふくれた被覆管とペレットの間の熱伝導係数、燃料棒間の発熱分布、ふくれの分布、これらのパラメーターを変えると結果が変わつてくる。

現に、その一部分が感度解析計算として行なわれているが、全てが行なわれているわけではない。

第三に、用いる現象や数値が未だ解明されていないものが多いことである。

特に、ジルコニウムはごく最近用いられるようになつた材料であり、その性質等についてまだ不明な点が多い。不明な点で最も重要なのは、再冠水時の破損の問題である。一応、摂氏一二〇〇度にならなければよいとされているが、具体的にどのような負荷がかかり、どのような力に耐えればよいかについては、ほとんど分つていない。すなわち、冠水による熱衝撃の他に、β→α相転移に基づく力はどれだけか、冠水した水の振動による負荷はどれだけかについては定説がない。

2 具体的な問題について

(一) ECCS安全評価指針の(1)被覆管最高温度摂氏一二〇〇度以下、(2)被覆管酸化量一五パーセント以下、という基準そのものの問題である。

本来この数字は、「この程度の酸化ならば、被覆管は再冠水時の衝撃に耐えられる」という条件から出されるはずの数字である。酸化した被覆管がどれだけの負荷に耐えられるかに関しては、いくつかの実験もあり推定することができる。ところが、冠水時の負荷の方は熱衝撃、流体力学的な力、相転移にもとづくものなどがあげられてはいるが、定量的には与えられていない。したがつて、前記の基準は原理的には求められない。どのようにしてきめられたかは、きわめて不透明である。

(二) ジルカロイ―水反応は発熱反応であり、その熱によつてさらに反応が進むという、いわば自己触媒的な性質を持つので、わずかな条件のちがいが結果として大きく拡大される可能性がある。

(三) 被覆管が破裂するとその中に入つた水によつて内面酸化が生じるが、同時にそこで発生した水素を被覆管が吸つて脆くなる(水素脆化)。この結果、再冠水の時の熱衝撃によつて破損する可能性があるが、この点は安全評価の際考えにいれられていない。

3 「最高温度」は保証されているか

(一) ECC水の注水によつて、被覆管の温度上昇が計算値以下でとまることが保証されるためには、それが現象的に解明されているとはいえない以上少なくともコード計算とそれに関する実験的な裏付けが不可欠である。

現在、ROSA―Ⅲ等で模擬実験が行なわれている。しかし、ROSA―Ⅲのような総合試験のデータは、あたかもそのまま実炉の事故現象を代表するものであるかのように誤解されがちであるが、試験装置そのものの模擬の限界のために、現実には実炉の事故現象とかなり違つてしまうことがある。模擬の限界の原因となる因子の最たるものは、試験装置の大きさ(縮尺)と、模擬燃料棒の材質や発熱特性である。これらはいずれも実験技術上の工夫でカバーしきれないものである。燃料棒の数を比較しても、実炉(本件炉の場合)は七六四集合体であるのに対し、ROSA―Ⅲの場合は四集合体と約一九〇分の一のスケールのものにすぎないもので、この実験結果をもつてただちに実炉での有効性を云々できるものではない。

(二) そして、ECCSが作動しても最高温度が摂氏一二〇〇度を突破した例が発生している。TMI事故がまさにその例である。この場合注水が始つたECC水を運転員が止めてしまつたその結果、被覆管温度は摂氏二〇〇〇度以上に上昇し重大な炉心損傷が生じている。ECCSの評価基準中には「故意に停止しない限り」等の但書が付されていないのであつて、運転員の誤操作等マン・マシン・インターフェイスの考え方も取り入れた一つのシステムとしての安全性が未確認であつたということの証明である。

(三) このように、ECCSの有効性は証明されていない。現象として複雑すぎてとても現在の技術水準では完全に解析しきれているとは考えられないし、裏付けの実験も不充分であるからである。

中立的な立場で書かれ、原子炉の安全性を全面的に否定するような結論をだすことを慎重にさけている米国物理学会研究グループ報告も、ECCSについて次のような指摘をしている。

(1) 華氏二二〇〇度(摂氏一二〇四度)を基準として定めた実験結果は、その限界の温度―酸化条件の下では、被覆管の展延応答を完全には保証していない。

(2) ECCSの流体力学の計算方法は改善すべきであり、再冠水速度の予測が正しいかどうかは何ともいえない。

(3) ECCSのコードは、二流体系に関する三次元流体の計算を実際に行つたものではない。二相流モデルの開発は、まさに幼年期にあるといえる。

(4) コードの標準問題に対する計算と実験結果の相関関係は貧弱である。実験的裏付けが弱いことは多くの人々が現行コードの信頼性に疑問をもつ原因となつている。

(5) 結論として、ECCSの効果が保守的に指示されていることを十分な説得性をもつて実証するのに適切な実験データはないように思われる。また現行のコードがこの目的(安全性を保証する)に適したものであるということを納得するものは、われわれの中に誰一人いない。

と述べている。このレポートは、一九七五年に出されたものであり、この結論は、一九七四年に行なわれた本件安全審査にもあてはまるものと考えられる。

以上のように、事故防止のための最重要施設であるECCSの有効性は、仮想のものにすぎないことが明らかとなつた。

よつて、ECCSの有効性を前提として、安全とされた本件安全審査の違法性は明白である。

第五格納容器の健全性の欠如

一 格納容器の役割

原子炉格納容器は原子炉と冷却系統などを収容する構造物で、ふつう球形あるいはつりがね形の鋼鉄製で気密・耐圧になつており、原子炉容器の破損、原子炉の事故、一次冷却系の破損などの異常時のさい、外部と内部を隔離して放射性物質が外部に流出するのを防ぐ役割をもつている。

本件炉は、マークⅡ型と呼ばれるつりがね形のもので、一次系原子炉機器を収容する「ドライ・ウェル」と熱除去のための大量の水を貯蔵する「ウエット・ウェル」を同一容器内の上下に配置するものである。

この格納容器は、被告が原子炉施設の事故防止対策の基本的考え方として採る「深層防御(多重防護)」の第三段階、放射性物質の異常放出防止対策の中で、極めて重要な役割を果たすものとして位置づけられている。

したがつて、格納容器には、第一にこれが健全でなければ、環境に放射能が放出されてしまうことからして、高度の信頼性を持ち確実に放射能を封じこめる能力が要求されるし、第二に大事故に際しても、十分これに耐えて機能を維持できることが必要とされる。

本件炉の格納容器は、以下に述べるとおり、これらの能力、機能のいずれをも欠くものであり、本件安全審査の違法性はこの点でも明らかである。

二 格納容器の信頼性の欠如

事故が発生した場合、格納容器から外部へ通ずるあらゆる経路は閉じられる(これを隔離という)。ところが、TMI事故においては、この隔離に失敗して大量の放射性ガスが外部に漏洩した。その経路に関して、事故直後の時点ではドレーンを通じて、補助建屋を抜けて漏洩したとされていたが、その後の調査により、メークアップ・タンク等を通じて外部に放出されたものと修正された。しかし最終的には漏洩個所は特定されていない。

以上の事実からも、格納容器を完全に隔離することがいかに困難であるか、別の言い方をすれば、信頼性のある格納容器を作ることはいかに困難であるかが分かる。原子力安全委によるTMI事故第三次報告書も、放射性物質の放出がかなり低減したことから格納容器の第三のレベルとしての機能は予期以上のものがあるとしながらも、事実関係としては、「格納容器はこのような事態に備えて隔離機能を有しているが、TMI事故では、この機能は設計の不備や不適切な操作などによつてほとんど活用されず、周辺へ放出された放射性物質のほとんどは、格納容器内から補助建屋の移送された水やガスの漏洩等によるものであつた」と述べている。

三 大事故時の耐性

格納容器の機能が発揮されねばならないのは多く大事故の場合である。したがつて、格納容器は大事故時に発生する衝撃力や高熱などに耐えるものでなければならない。GE技術者の証言によれば、大口径破断時の衝撃力はきわめて大きく、圧力容量の転覆や、サプレッション・プール内の衝撃波などにより格納容器の健全性が失なわれる虞れがある。さらに水素爆発の可能性も存在する。また、あえて炉心溶触の事態を想定すれば、赤熱したかたまりがコンクリート部を貫通することとなる。現在の格納容器が、このような事態を想定して設計されていないことは明らかである。前記のTMI事故第三次報告書も次のように述べている。

「しかしながら、詳細に検討すると、TMI二号炉における深層防護の具体的な適用には改善の余地があるといわねばならない。たとえば、事故発生後、約九時間五〇分に、かなりの規模の水素燃焼が格納容器内で生じ、約二八psig(2.0kg/cm2g)の圧力スパイクが生じた。このスパイクも、格納容器の設計圧力を超えず、格納容器の健全性が損なわれることはなかつたのであるが、この格納容器が水素の燃焼あるいは爆発の可能性を考慮して設計されていた訳ではないのである。また、各種放射線モニタの測定範囲、抽出系やDHRの漏洩防止対策、遮へいなどは、これ程の大量の放射性物質の放出を予想して設計されておらず、事故中に期待された機能を果さず、あるいは、放射能の放出源となつた。また、一方では、補助建屋の排気フィルタは、設計ではその機能を意図していた訳ではないが、今回の事故では放出低減にかなり役立つた。すなわち、安全上の諸対策のうち、結果として効果を上げたものもあるが、全体として見ると、今回の事故は、設計上の「異常拡大時」の想定を超えるものであつたことになる。」

四 クラス九事故と格納容器

次項で詳論するように、TMI事故以来、クラス九事故(DBA―わが国でいえば仮想事故を超える事故)の検討の必要性がいわれるようになつてきた。これまでは、クラス九事故については検討する必要なしとして、これに関する研究も行われていなかつた。実際問題として、格納容器の機能が問題となるのはクラス九事故(クラス八はもちろんであるが)の場合である。最近になつてようやく、クラス九事故との関連で格納容器が検討されるようになつてきた。

しかし、いまだに、基礎的な実験なども行われておらず、格納容器の形式に関するいくつかのアイデアが出されているにすぎない。

五 格納容器の破壊による周辺住民の被曝

原告らは、本件原子炉における冷却材喪失事故時において、その工学的安全装置とされている緊急炉心冷却装置(ECCS)が不作動又は有効な作動をしないときは、格納容器の破壊をきたし、炉内の放射性物質の大量の環境への放出によつて原告ら周辺住民の生命・健康及び財産は重大な侵害を受けることになる、と主張するものである。

ところが、被告は本件原子炉の設置許可にあたつて行つた本件安全審査において、「炉心内の全燃料が溶融したと考えた場合」にも本件原子炉の格納容器は健全性を保持し、したがつて格納容器の破壊という事態を想定することなく、事故解析と災害評価を行つて周辺住民には被害はないと結論づけているのである。

そこで被告は、いかなる資料・根拠をもつて右のような結論に到達したのか、充分なる釈明の義務があるにもかかわらず、今日に至るもその釈明義務を果していない。

原告は、以下において、被告が果すべき釈明義務の根拠を本件原子炉のもつ前記の具体的危険性との関連において明らかにするものである。

六 発電炉大型化の強行とECCSの非現実性

かつて、一九六〇年代前半までは、アメリカ軽水炉の安全装置上の特色は、その格納容器にあるといわれていた。ところが、六〇年代後半に進められた発電炉の大型化と量産化の強行の下で、技術面から空焚き事故の深刻さが増大し、炉心溶融の場合に死の灰の放出をとじ込めるはずの格納容器の健全性が保証できなくなり、ここにはじめてECCSの重要性が強調されるようになつたのである。こうして格納容器の危険性を補うものとしてのECCSを唯一の頼りとする大幅な大型化と量産化が開始された。(この間の事情は次の事実によつても知られるであろう。すなわち、一八六三年アメリカの原子炉安全審査の実態を調査した日本の原子炉安全審査調査団報告書―一九六四年―には、ECCSについての記述が一字もないのに対し、アメリカにおいても一九六七年に至つて原子力委員会がオークリッジ国立研究所のウイリアム・アーガンを中心にECCSに関する研究を行い、報告書〔アーガン・レポート〕を発表してその中ではじめて、詳細なECCS充実の必要性について勧告を行つたのであつた。)

ところが、この唯一の頼りであるはずのECCSの実証的安全性については数多くの疑問が投げかけられており、実験による検証を経ていない単なる紙上の安全装置にすぎないものであることは、今日より明らかな事実となつている。

そればかりではない。進められていたECCSに関する模擬実験は重大な失敗に逢着し、更に深刻なことには、本件原子炉と同型同規模のBWR型原子炉において事故時に全てのECCSが作動しなかつたという恐るべき事故が発生したのであつた。前者は、アメリカにおけるロフト計画(冷却材喪失実験計画・LOFT)の第四段階の実験八〇〇シリーズとして一九七〇年一一月から一九七一年二月にかけて行おれたものであつたが、実験の結果、冷却材喪失事故時にECCSが作動しても肝心の冷却水が炉心に注入されないことが明らかになつたものである。この実験の結果は、ECCSが作動しても有効に作用しない場合のあることを明らかにした。

後者は更に深刻である。一九七五年三月二二日アラバマ州のブラウンズ・フェリ原子力発電所(BWR型一一〇万キロワット発電炉二基)では集中ケーブル室から失火し、その結果一号炉の全てのECCSが作動せず、その他設計上の安全装置のすべてが機能を果さないという事故が発生したのであつた。この事故では、炉心溶融の一歩手前まで進んだものの、偶然にも他の補助施設によつて溶融事故を免れた。

ロフト八〇〇シリーズの失敗とブラウンズ・フェリー原発の事故の教訓は、「全てのECCSの不作動又は有効でない作動」という事態は、「事故解析」並びに「災害評価」上必要な事故想定であることを事実によつて明らかにしたのであつた。

七 本件事故解析、災害評価の過小な事故想定

ところが、本件安全審査においては事故解析及び災害評価に関する想定事故中には「ECCSの不作動又は有効でない作動」という事故は想定されていないのである。

本件原子炉の安全審査においては何故にECCSに関する検討を回避するのであろうか。その理由は簡単なところにある。先に述べたようにECCSに関する検討を真正面からなすならば、「本原子炉の設置に係る安全性は、十分に確保し得るものと認める」などとは断言できないことが明らかであるからである。

八 ECCSが働かなければ、格納容器は破壊される。

ここで原告らは、冷却材喪失時にECCSが働かなければ、次のような事実が自然科学上の因果関係にあるものとして発生すると主張する。

炉心溶融→圧力容器溶融→格納容器破壊→放射性物質の環境への大量放出

右の因果関係が自然科学上の法則であることは、現在までの原子炉事故解析の研究で明らかにされている事実である(例えば、一九六七年米原子力委員会アーガン報告、一八七四年同委員会WASH一四〇〇・いわゆるラスムッセン・レポート)。

九 格納容器破壊の恐るべき結果

格納容器が破壊された場合の結果については、炉心に内蔵されている数億キュリーから数拾億キュリーの放射性物質の相当部分の環境中への放出により、周辺住民に急性死亡者だけでも数千人、気象条件その他によつては被害は遠く離れた大都市にまで及ぶ可能性があるのである。そして、格納容器の破壊がこのような他産業では考えられない重大な被害をもたらすものであるからこそ、被告はあえて想定事故中に右の事故を含めずして、危険な結果に目を覆おうとするのである。

一〇 被告には、格納容器の健全性主張の根拠の釈明義務がある。

原告は、右の検討を通じて本件原子炉における冷却材喪失事故時にECCSが働かなければ、炉心の溶融がひいては格納容器の破壊を結果するという自然科学上の自明の法則を主張してきた。

ところが、本件安全審査においては、その災害評価の仮想事故想定の際、「炉心内の全燃料の溶融」と「格納容器の健全性」とが絶対的に両立しうるものとして評価が行なわれているのである。

すなわち、「炉内に内蔵されている核分裂生成物のうち、希ガス一〇〇パーセント、およびよう素の五〇パーセントが格納容器内に放出される」場合を想定しながらも、尚、格納容器の漏洩率は一日当り0.5パーセントとして健全性を保つものとして災害評価を行つているのである。

被告はまず、炉心の全燃料の溶融という最悪の事故想定の下で格納容器の漏洩率が一日当り0.5パーセントにとどまり得る理由を充分に釈明しなければならない。

第六事故発生の危険性について<省略>

第六章  本件許可処分の実体的違法性(その三……立地選定の誤り)《省略》

第七章  TM―事故の意味するもの《省略》

第八章  結論

原子力発電所における核分裂は、きわめて毒性の強い、核分裂生成物である「死の灰」やプルトニウムなどの放射性物質を大量に産み出す。産み出される放射性物質の量は、原子炉の発熱量に比例している。例えば熱出力一〇〇万キロワット(電気出力約三三万キロワット)の炉を一日運転すると一キログラムのウランを消費し、約一キログラムの死の灰が出るとされる。

これは広島型原爆がまきちらした死の灰の量に相当する。したがつて、本件原子炉の場合は三三〇万キロワット、電気出力一一〇万キロワットであるからこれが一年間操業した後には、広島型原爆のまきちらした「死の灰」の約一、二〇〇発分が炉内に蓄積され、長崎型原爆に使用されたプルトニウムは約八〇発分がつくり出されることになる。

このような放射性物質の毒性は現在の産業公害の主役となつている水銀・カドミウム・PCBなど、いわゆる化学的毒物とはまつたく異質なものである。放射線は「目に見えず、鼻にも喉にも感じないが、不具の子を、そしてガンの患者を増す」といわれ、人体の細胞や遺伝子を破壊・変質させ、重大な障害を引き起こす性質をもつている。放射線による障害は、個人の一生の間に現われる身体的障害と子孫に現われる遣伝的障害とがある。原爆や原子炉の事故の場合のように、一度に多量の「死の灰」がふりそそぎその放射線に体内外から被曝した場合には、急性放射線障害として生体の「死」や白血病など原爆症があらわれる。しかし、放射線障害はこうした短時間に現われるものだけでなく、長時間たつたあとでてくるいわゆる晩発性障害といわれるものがある。これは、より目だたない形で、深刻な影響を人間に与えるものである。

その主なものは、ガンと遺伝的障害であり各種の致死性のガンは正常な細胞が放射線にさらされ変質することで誘発される。一方、遺伝的障害は、生殖細胞中の遺伝子が放射線の作用で変質して引き起こされる。変質した遺伝子は数世代にわたつて遺伝し、民族の中に拡散した後、変質遺伝子を両親から受け継いだ子にはじめて不良的性質があらわれるという、深刻且つ重大な結果を招くのである。

事故の場合はいうまでもなく、平常運転に伴う低線量放射性物質の排出によつても右のような深刻な影響があることは、原子力委員会「環境・安全専門部会」の『低線量分科会』のつぎのような注目すべき報告にも見られる通りである。すなわち「低線量放射線がヒトに与える影響として、発ガン寿命の短縮、突然変異の発生等の晩発性障害として発現する。しかも発現までにきわめて緩慢な経過をたどりそれが意識された時点では、すでにとり返しのつかない状態になつている可能性が高い。とくに、突然変異に起因する遺伝性障害については、これがいつたん発生したのちは、突然変異遺伝子保持者の結婚により集団の中に拡散して集団全体としての遺伝的劣化を招来するおそれがあるので、これをどのように防ぐかは現代に生きるわれわれが将来の世代に対して負わなければならない重大な責務であると考える」(昭和四八年六月『低線量分科会報告書』四ページ)。

以上のように、原子力発電所が設置されることによつて、その周辺の住民は憲法一三条、二五条に規定されている生命、自由及び幸福追求の権利並びに健康で文化的な生活を営む権利を侵害されるおそれが極めて強くなる。したがつて、原子力発電所の設置許可のための要件及び手続を定めた原子炉等規制法そのものが憲法の右条項に違背して違憲の疑いがあり、さらに右規制法の運用如何によつては違憲となることは明らかである。

しかるに、現在の政府の原子力発電所建設計画を見ると、昭和六〇年度まで予定どおり進行すると広島原爆の約六万発分の「死の灰」が毎年産み出され、我が国は「死の灰列島」と化するに至る。そのことを無視して進められている原子力発電所建設計画は、まさに狂気の沙汰というべきであり、周辺住民はもちろん全国民に及ぼす危険は想像を絶するものがある。水銀やPCBなどは、その毒性の故にすでに一切の使用禁止措置がとられようとしている。これに反し、いわば大量の放射性毒物の製造装置である原子力発電所の設置だけが、相変らず「公害のないエネルギー」との欺瞞のもとに、次々建設されようとしている。とくに福島県においては、世界に類のない大型化・集中化の計画も進行している。もしもこのまま進行するならば福島は現在の産業公害と同様、あるいはそれ以上のものとして、放射能公害の一大実験場に化することは明らかである。よつて原告らは、生命・財産及び健康的な生活、さらには生活環境を確保するため本訴訟に及んだものである。

(被告の答弁及び主張)

第一章  原告らの立場と本件許可処分の存在等

原告らの請求原因第一章第一のうち、原告らがいずれも本件許可処分にかかる本件原子炉の設置場所である福島県双葉郡富岡町、楢葉町並びにその周辺に居住していることは認めるが、原告らが、本件原子炉の事故の発生の際はもちろん、平常運転時においても、大気や海水中に排出される放射能や海中への温排水などによつて、生命、健康、生活等に重大な影響を受けることを免れないものであるとの点は否認する。同章第二の事実は認める。

第二章  原告適格

当事者適格の問題は、抗告訴訟においては、民事訴訟におけるそれとは異なる重要な意義を有している。すなわち、民事訴訟における当事者適格は、本案審理を開始する要件であると同時に本案判決をするための要件であつて、本案審理の必要性のない訴えを整理して、裁判所の無駄な手数を省くとともに、そのような訴訟に対する応訴に煩わされることから被告を保護する機能を営むことに尽きるのであり、このことは、民事紛争の解決があげて裁判所にゆだねられていることに由来する。これに対し、抗告訴訟における当事者適格なかんずく原告適格は、右の機能に加えて、行政権限の行使に関する紛争の解決における行政と司法の役割分担という見地からの、司法による行政への関与の条件を設定するという重要な意義をも更に併せ有するものである。

したがつて、本件取消訴訟においては、まず、原告らが、原告適格を有するものであるか否かについて、十分な吟味がなされなければならない。

原告らは、以下に述べるとおり、いずれも本件許可処分の取消しを求めるにつき行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」に当たらない者であるから、本件訴えは、いずれも原告適格を欠く者の提起した不適法な訴えとして却下されるべきものである。

第一法律上保護された利益の不存在

原告らが本訴において本件許可処分により侵害されると主張する利益は、法律上保護された利益ではないから、原告らは、本件許可処分の取消しを求める原告適格を有しない。

一 行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」の意義

1 取消訴訟の原告適格については、行訴法九条において「処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。」旨定めるところである。そして、同条にいう処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分の取消しによって回復すべき自己の法律上の利益を有する者、すなわち、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解するいわゆる法的利益救済説(法律上保護された利益救済説)が判例上確立していることは周知のとおりである。

2 すなわち、抗告訴訟の原告適格について、いわゆる法的利益救済説の立場に拠るべきことは、つとに、既存の質屋営業者の第三者に対する質屋営業許可処分の取消訴訟の原告適格に関する最高裁判所昭和三四年八月一八日第三小法廷判決(民集一三巻一〇号一二八六ページ)、既存の公衆浴場営業者の第三者に対する公衆浴場営業許可処分の無効確認訴訟の原告適格に関する最高裁判所昭和三七年一月一九日第二小法廷判決(民集一六巻一号五七ページ)等の裁判例により明らかにされていたところ、原告適格の拡大を志向、提唱する一部学説の影響を受けてか、昭和四〇年代の末頃から五〇年代の初頭にかけ下級審段階において、いわゆる利益救済説(法の保護に値する利益救済説)の立場による裁判例、あるいは、法的利益救済説の立場に拠る解釈構成を採りつつ、行政法規の保護する利益を拡張し、伝統的な考え方からすれば反射的利益ないし事実上の利益にすぎないとされていたものを法律上の利益と解することにより、実質的に利益救済説の立場への接近の傾向を示す裁判例(伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地方裁判所昭和五三年四月二五日判決(行裁例集二九巻四号五八八ページ)は後者に属するものということができる。)が散見されたところである。

しかしながら、右のような下級審段階における若干の混乱は、伝統的な法的利益救済説の立場を堅持することを確認し、同説のいう前記「法律上保護された利益」の意義に関して、「法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。」と判示し、法律上保護された利益と反射的利益とは峻別されなければならないことを改めて明らかにした、いわゆるジュース表示事件についての最高裁判所昭和五三年三月一四日第三小法廷判決(民集三二巻二号二一一ページ、以下単にジュース判決ともいう。)によつて終止符が打たれ、右判決以降現れた下級審裁判例は、右最高裁判決の判示するところに従い、すべて法的利益救済説の立場に拠り、かつ、その殆どは行政法規の保護法益を厳格に解釈する傾向を示しているのである。

もとより、先般言渡された森林法に基づく保安林指定解除処分の取消訴訟(いわゆる長沼ナイキ基地訴訟)についての最高裁判所昭和五七年九月九日第一小法廷判決(民集三六巻九号一六七九ページ、以下単に長沼ナイキ判決ともいう。)も、保安林の近隣居住者の右訴訟の原告適格につき、右の確立した判例の立場を踏襲し、法的利益救済説に拠りその判断を示したものであることはいうまでもない。

3 以上のところから、原告らが本件許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者、すなわち、本件取消訴訟の原告適格を有する者であるか否かは、まず、原告らが本訴において本件許可処分により侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあると主張する生命、身体、健康等の利益が、法律上保護された利益、すなわち、本件許可処分の根拠となつた行政法規である原子炉等規制法二三条、二四条等の関係規定が原告らの個人的利益を保護することを目的として被告の右許可権限の行使に制約を課していることにより保障されている利益、であるか否かによつて決せられることになる。

二 法的利益救済説における行政法規の保護法益の解釈の方法

しかして、本件許可処分の根拠となつた右の原子炉等規制法の関係規定の保護法益の解釈に当つては、次に指摘するいくつかの基本的事項に留意されなければならない。

1 そもそも、前掲各最高裁判決をはじめとする多数の裁判例によつて確立された法的利益救済説の考え方は、法律上保護された利益と反射的利益との峻別と並んで、公益と個人的利益との峻別をその方法論的特徴とするものであり、右の概念の区別は、法的利益救済説における基本的な意義、機能を有するものである。

もとより、公益といえども、その内包は、これに包摂されるところの現在及び将来における不特定多数者に帰属する顕在的又は潜在的な利益の総体ということができるから、その限りにおいて、究極的にはこれを個々人の利益に還元して考えることも論理的には不可能ではないといえよう。しかしながら、違法な行政処分に対する国民の権利、利益の救済制度としての抗告訴訟における原告適格の問題は、つまるところこれを民衆訴訟といかに区別すべきかの問題ということができるのであつて、右の公益と個人的利益(更には法律上保護された利益と反射的利益)の概念は、この抗告訴訟と民衆訴訟との区別の標準に関する法的利益救済説の考え方における基本的な判断枠組みを提供するものであり、その道具概念としての有効性はつとに判例によつて承認されてきたところである。右の公益と個人的利益との区別をあいまいにすることは、とりもなおさず、法的利益救済説の提供する有効な道具概念を無効化し、ひいては、法的利益救済説そのものを否定することにほかならない。行政法規が公益を保護している場合、これを個人の利益にまで還元して、これをもつて法律上保護された利益とみるべきものとすれば、あらゆる行政法規における公益保護規定は個人的利益をも保護したものと解することができることとなり、ひいては、国民、住民はどのような行政庁の処分に対しても法律上保護された利益を侵害されたものとして争訟を提起することが許されることとなり、事実上常に民衆訴訟を認めるべきこととなつてしまうおそれがあるからである。ちなみに、いわゆる利益救済説が、一部学説の唱道にもかかわらず、下級審段階においても殆ど受け容れられるに至らなかつたのも、右利益救済説においては、どのような生活利益がそのいうところの「保護に値する利益」に該当するか否かについての明確な判断基準を提供し得ず(現在のところ、要するに救済されなければならないから原告適格を認めるべきであるという、結論をもつて前提に答えたような段階にとどまつているように思われる、との指摘がある(最高裁判所判例解説・民事篇・昭和五三年度・八三ページ参照)。)、民衆訴訟との区別の標準に関する道具概念としての有効性の承認を得ることができなかつたからにほかならない。

2 一般に、公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分(本件許可処分も、これに該当する。)が、その根拠となつた行政法規の規定に違反し、法の保護する公益を違法に侵害するものであつても、右公益に包摂される不特定多数者の個別的利益の侵害は単なる法の反射的利益の侵害にとどまるから、このような侵害を受けたにすぎない者は、右処分の取消し等を求めるについて行訴法九条に定める法律上の利益を有する者には該当しない。そして、例外的に、特に行政法規が、一般的公益と並んで、特定の者の個人的な利益をも、右の公益の中に包摂ないしは吸収解消されないところの個別的利益としてこれを保護しているものと解される場合に限り、右処分により右利益を違法に侵害された特定の個々人につき、当該処分の取消し等を訴求する原告適格を肯認することができるのである。

3 本件における右の保護法益の解釈に当つては、前掲いわゆるジュース表示事件についての最高裁判決及び長沼ナイキ基地訴訟についての最高裁判決の示すところに従い、本件許可処分の根拠となつた原子炉等規制法の関係規定の具体的な規定内容に則して、権限行使の要件を定めその行使に一定の制約を課している法の趣旨、目的等についての右関係規定の合理的な解釈を通じて行うという方法に拠るべきである。

三 原子炉等規制法の関係規定の保護法益

以上の点を踏まえ、本件許可処分の根拠となつた原子炉等規制法の関係規定の保護法益につき考察する。

1 原子炉等規制法は、原子炉の設置につき許可制を採り、原子炉を設置しようとするものは内閣総理大臣の許可を受けなければならない(同法二三条一項)とする一方、内閣総理大臣が右原子炉の設置許可処分を行うためには、当該申請が同法二四条一項一号ないし四号所定の各要件に適合するものであることを要するとして、内閣総理大臣の右許可権限の行使に制約を課している。

しかしながら、原子炉の設置許可に係る原子炉等規制法の関係規定は、専ら、同法一条、二四条一項各号所定の一般的公益の保護を目的とするものであつて、右の一般的公益と並んで原子炉施設の周辺住民等の個人的利益をも、右の公益の中に包摂ないしは吸収されないところの個別的利益としてこれを具体的に保護しようとする趣旨を窺わせる規定は何ら存しない。

2(一) すなわち、そもそも、原子炉等規制法は、原子炉の利用が平和の目的に限られ、かつ、これらの利用が計画的に行われることを確保し、あわせてこれらによる災害を防止して公共の安全を図るために、原子炉の設置及び運転等に関して必要な規制を行うこと等を目的とする(同法一条)いわゆる規制法の範ちゆうに属するのであつて、右のような公益目的の実現のため、本来的には国民の自由な活動にゆだね得る原子炉の設置についても、許可制を採用する等の所要の規制を行うこととしているものである。したがつてまた、当然のことながら、右許可の要件について定める同法二四条一項一号ないし四号の各規定も、以下に述べるとおり、いずれも専ら公益の保護を目的とするものであつて、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないのである。

① 原子炉等規制法二四条一項一号は、「原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと。」を原子炉設置許可の要件とする。

同法が、右規定への適合性を要件としているのは、我が国における原子力の研究、開発及び利用は平和の目的に限つて行われなければならない(基本法二条、原子炉等規制法一条参照)からにほかならず、右一号への適合性の要求が、専ら右の公益の実現を目的とするものであつて、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないことは明らかなところである。

② 原子炉等規制法二四条一項二号は、「その許可をすることによつて原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと。」を原子炉設置許可の要件とする。

同法が、右規定への適合性を要件としているのは、原子力の開発及び利用の分野が広範かつ多岐にわたつており、また、その成果が得られるまでには長年月と多額の資金及び多数の人材を要するものであること等にかんがみ、原子炉の設置は長期的視野に立つて計画的に行われなければならない(同法一条参照)からにほかならず、右二号への適合性の要求が、専ら右の公益の実現を目的とするものであつて、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないことは明らかなところである。

③ 原子炉等規制法二四条一項三号は、「その者に原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があり、かつ、原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること。」を原子炉設置許可の要件とする。

同法が、右規定への適合性を要件としているのは、原子炉が高度の技術を集約して設置、運転されるものであり、かつ、原子炉の設置には多額の資金を要するものであることにかんがみ、主として原子炉の利用による災害の防止を、原子炉を利用する者の人的、組織的及び資金的な面から担保し、もつて公共の安全を図ろうとする(同法一条参照)ものにほかならず、右三号への適合性の要求が、専ら右の公益の実現を目的とするものであつて、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないことは明らかなところである。

④ 原子炉等規制法二四条一項四号は、「原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質、核燃料物質によつて汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないものであること。」を原子炉設置許可の要件とする。

同法が、右規定への適合性を要件としているのは、原子炉の利用は、何よりも安全の確保を旨として、これによる災害を防止して公共の安全を図りつつ行われなければならない(同法一条参照)ことにかんがみ、主として原子炉施設の設計面からこれを担保しようとするものにほかならず、右四号への適合性の要求が、専ら右の公共の安全という公益の実現を目的とするものであつて、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものではないことは明らかなところである。原告ら主張のような原子炉施設の周辺住民等の個人的利益は、右四号の規定が保護する公共の安全という一般的公益に完全に包摂されるものであり、右公益が実現されることによつて周辺住民等は均しく原子炉等による災害から必然的に保護されることとなるのであるから、右周辺住民等の個人的利益はまさに反射的利益にすぎない。したがつて、右四号の規定の存在をもつて、原子炉等規制法が右周辺住民等の個人的利益をも、右の公共の安全という一般的公益と並んで、右の公益中に包摂ないしは吸収解消されないところの個別的利益として具体的に保護しているもの、と解することは到底できないのである。

(二) しかして、原子炉の設置許可に係る原子炉等規制法の関係規定中に、他に、同法の保護する右の一般的公益と並んで原子炉施設の周辺住民等の個人的利益をも、右の公益の中に包摂ないしは吸収解消されないところの個別的利益としてこれを具体的に保護しようとする趣旨を窺わせる規定は何ら存しない。

(三) 前掲長沼ナイキ基地訴訟についての最高裁判決が、森林法の保護する自然災害の防止等の一般的公益のみならず、これと並んで、森林の存続によつて不特定多数者の享受する生活利益のうち同法二七条一項にいう「直接の利害関係を有する者」の個人的な生活利益をも、右の一般的公益の中に吸収解消されないところの同法の保護する個別的利益であると解し、右「直接の利害関係を有する者」につき保安林指定解除処分の取消訴訟についての原告適格を肯認した理由は、同法が右「直接の利害関係を有する者」に対し、保安林の指定又は解除についての申請権を付与する等同法二七条一項、二九条、三〇条、三二条のような特別の規定を置いてその利益保護を図つていること、並びに、旧森林法において、右の者に保安林指定の解除処分についての訴願及び行政訴訟の提起を認めていた沿革が存在すること、の二点に尽きるのであつて、仮に、右の森林法の各規定(並びに旧森林法時代からの沿革の存在)がないものとすれば、右「直接の利害関係を有する者」につき、保安林指定解除処分の取消訴訟についての原告適格を肯認するに由ないものといわなければならない。

しかして、本件許可処分は、原子炉の利用が平和の目的に限られ、かつ、これらの利用が計画的に行われることを確保し、あわせてこれらによる災害を防止して公共の安全を図る、という原子炉等規制法一条所定の公益目的を実現するための方法として同法が採用した原子炉の設置に係る一般的禁止を、個別的に解除する性質の処分であるから、保安林指定解除処分と同様、右最高裁判決のいう「公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分」に該当するものであるところ、原子炉の設置許可に係る原子炉等規制法の関係規定を子細に検討しても、行政庁の右設置の許否の判断について、原子炉施設の周辺住民に対し、意見書等の提出権を付与したり、聴聞手続等への参加を保障する趣旨の規定を見出すことはできないし、いわんや、右許可後における当該許可の取消し(同法三三条参照)等についての申請権を付与するような規定を見出すことはできないのである。

ひるがえつて、そもそも、前掲長沼ナイキ基地訴訟についての最高裁判決の原告適格の判断において示された方法論における基本的特徴は、名宛人に対する授益的行政処分ないしは公益保護のための私的制限に関する措置についての行政庁の処分の取消訴訟についての第三者であるいわゆる周辺住民ないし附近住民の原告適格に関する判断を、当該行政処分の根拠実定法(森林法)に具体的に規定された概念(「直接の利害関係を有する者」)を基礎として、これについての関係規定の解釈を通じて行うという方法に拠つているところにあるということができる(園部逸夫・右最高裁判例解説・法曹時報三五巻九号一七九四ページ参照)が、原子炉の設置許可に係る原子炉等規制法の関係規定を精査しても、同法中にはこれに相当するような原告らの本件許可処分の取消しを求める原告適格を肯認する手懸かりとなり得べき概念は、およそこれを見出し得ないところである。

(四) 付言するに、前掲伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地裁判決は、原子炉等規制法二四条一項四号の保護法益を解釈するに際し、「規制法の付属法規である規則一条七号、一条の二第二項六、七号、一〇号、告示二条、九条及び規制法二四条一項四号の解釈について、事実上重要な意義を有する安全設計審査指針、原子炉立地審査指針、気象手引は、いずれも原子炉施設周辺における放射線被ばくを軽減し、かつ、原子炉施設周辺住民が原子炉事故による災害を被ることを防止することを重要な目的としていると解される」と判示し(行裁例集二九巻四号五九三ページ)、このことを同号が「公共の安全を図ると同時に、原子炉施設周辺住民の生命、身体、財産を保護することを目的としている」と解する重要な根拠とする。なるほど、右の立地審査指針等には「周辺の公衆」という言葉がみられ、例えば「重大な事故の発生を仮定しても周辺の公衆に放射線障害を与えないこと。」という定め方をしているのであるが、右の「周辺の公衆」なる概念それ自体既に個々の周辺住民等の個性を抽象化した法概念であり、森林法にいう「直接の利害関係を有する者」のごとき、具体的な個々人に着目した法概念とは異質のものであることは明らかなところであつて、右のような指針等の定め方をもつて、原子炉等規制法二四条一項四号の規定が原子炉施設の周辺住民の利益を個別的利益として具体的に保護しているものと解する論拠とすることはできないものである(ちなみに、右指針及び手引の定め方は、放射線被曝が原子炉施設周辺に始まつて遠方に及ぶ性質があることにかんがみ、原子炉施設周辺においてこれを監視し放射線を一定のレベル以下に抑えるという方法を、右四号の許可要件適合性の審査の手法として採用したからにほかならない。)。

また、右指針及び手引は、もともと、「指針」あるいは「手引」といつた名称を使用していることからも明らかなように、いずれも、内閣総理大臣の諮問機関である原子力委員会において、いわゆる安全審査をする際の内部的な指針を定めた内規というべき性質のものであつて、法の許容する範囲内であれば、そのような内規をもうけることはもちろん、その具体的内容の決定及び規定の仕方についても行政庁の裁量にゆだねられているというべきであるが、右のような性質の指針あるいは手引の規定の仕方から、遡つて原子炉等規制法が原子炉施設の周辺住民等の個人的利益をもその保護の対象としているとの結論を導き出すような法解釈の方法は誤りである。これら内規にすぎない指針あるいは手引の規定の仕方いかんによつて、制定法である原子炉等規制法の意義ひいては原告適格の存否が左右されるという不合理な結果を生ぜしめることとなるからである。その他、同判決の示す原子炉等規制法二四条一項四号の規定の保護法益の解釈の方法は、形式的にはともかく、実質的には前掲ジュース表示事件についての最高裁判決及び長沼ナイキ基地訴訟についての最高裁判決等確立した判例の採る解釈方法とは異質のものであつて、右保護法益の解釈についての先例としての価値を有しないものというべきである。

四 以上のとおり、本件許可処分の根拠となつた原子炉等規制法の関係規定は、専ら、同法一条、二四条一項各号所定の一般的公益の保護を目的とするものであつて、右の一般的公益と並んで、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益をも、右の公益の中に包摂ないしは吸収解消されないところの個別的利益としてこれを具体的に保護しているものと解することのできないことは明らかであり、本件原子炉施設の周辺に居住するとする原告らが本件許可処分によつて侵害されると主張する個人的な利益は、原子炉等規制法上保護された利益ではなく、同法の保護する右の一般的公益に包摂され、この公益の保護を通じて反射的に保護される利益にすぎないものであるから、原告らは、本件許可処分の取消しを求める原告適格を有しない者といわなければならない。

第二利益侵害の不存在

原告らは、本件許可処分によりその主張の利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがある者ではないから、原告らは、この点においても、本件許可処分の取消しを求める原告適格を有しない。

一 法律上の利益を構成する「利益侵害」の意義

前述のとおり、処分の取消しを求めるにつき行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」というためには、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがある者でなければならない(前掲ジュース表示事件についての最高裁判決参照)。

しかして、右の原告適格を基礎付ける法律上の利益を構成する「利益侵害」は、もとより、処分の事実上の結果では足りず、処分の法律上の効果としてのそれであることを要するものであることはいうまでもない。このことは、前記の法的利益救済説の立場からすれば自明のことであるが、例えば、前掲長沼ナイキ基地訴訟についての最高裁判決も、このことを当然の前提としたところであり(判決理由三項参照)、また、農地法五条に基づく農地転用許可処分の取消訴訟につき、第三者である隣接農地所有者の原告適格を否定した最高裁判所昭和五八年九月六日第三小法廷判決(判例集未登載)の明示するところでもある。

二 原子炉設置許可処分の法律上の効果と利益侵害の不存在

1 そこで、これを本件についてみるに、前述のように、原子炉等規制法は、同法一条所定の公益目的を実現するために、本来的には国民の自由な活動にゆだね得る原子力利用の分野について所要の規制を行う、いわゆる規制法の範ちゆうに属するものであつて、原子炉の設置許可処分は、申請者に対し、原子炉の設置に関する一般的禁止を申請に係る原子炉につき解除して、当該原子炉を適法に設置し得る自由を回復せしめる法律上の効果を有するものにすぎず、それ自体としては、当該原子炉施設の周辺住民等の第三者の法律上の地位に変動を及ぼす性質のものではない。

したがつて、原告らが、本件許可処分によりその主張の利益を侵害される者でないことは明らかである。

2 また、以下に述べるとおり、原告らは、本件許可処分によりその主張の利益を必然的に侵害されるおそれがある者にも当らない。

(一) 原子炉設置許可手続は、発電用原子炉の利用に係る安全性を確保するために原子炉等規制法が予定している規制手段のすべてではなく、同法等が定めている一連の段階的安全規制の体系全体の冒頭に位置する一手続にとどまるものであり、原子炉設置許可が与えられても、右の許可を受けた者は、同許可のみでは、原告ら主張のような利益侵害発生の原因となるべき当該原子炉の運転ができる地位を取得するものではない(原告らが違法な原子炉設置許可処分によつて原子炉施設の周辺住民に生ずると主張する被害は、右許可によつて直接生ずるものではなく、原子炉設置者の原子炉運転行為という事実行為がなされることによつて初めて生ずるおそれが出てくるという性質のものであることは、原告らも自認するところである。)。

すなわち、①発電用原子炉を設置しようとする者は、内閣総理大臣の原子炉設置許可(原子炉等規制法二三条)を受けた後においても、②工事に着手するためには、具体的な工事の計画について通商産業大臣の認可を受けなければならず(原子炉等規制法二七条、七三条、電気事業法四一条)、そして、③原子炉の運転を開始するためには、工事の工程ごとに通商産業大臣の使用前検査を受け、これに合格しなければならず(原子炉等規制法二八条、七三条、電気事業法四三条)、また、保安規定を定め、これにつき内閣総理大臣の認可を受けなければならず(原子炉等規制法三七条)、さらに、④運転開始後においても、一定の時期ごとに定期検査を受けなければならない(原子炉等規制法二九条、七三条、電気事業法四七条)のである。

(二) 右のような、発電用原子炉の利用に係る法的安全規制の体系から明らかなとおり、法律は、発電用原子炉の利用について、これを段階的に区分し、それぞれの段階に対応して、設置の許可、工事計画の認可、使用前検査、同合格、保安規定の認可、定期検査等の規制手続を介在せしめ、それぞれ原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性の確保、原子炉施設の詳細設計に係る安全性の確保、原子炉施設の工事に係る安全性の確保、原子炉施設の実際の運転管理に係る安全性の確保等を図るものとしているのである。

(三) そして、前述のような本来的な法律上の効果を有する原子炉設置許可処分を、右のような発電用原子炉の利用に係る安全性を確保するために原子炉等規制法等が規定している一連の段階的規制手続の体系に位置付けてその法的性質を考察するならば、右処分は、安全規制の機能面においては、当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性の確認にとどまるものであり、また、後続手続との関係においても、被許可者に対し、右の規制手続の次段階に進み得る地位、すなわち、設置許可を受けた原子炉について当該原子炉施設の詳細設計に係る工事計画の認可申請をなし得る地位を付与するという、前記の本来的効果に付随する一種の手続的効果が認められるにとどまるのであつて、直接、これにより被許可者に当該原子炉の運転という事実行為を行い得る地位を付与する性質のものではない。もともと、申請者は、右の設置許可を得たとしても、右にみた後続の行政処分等に際しての審査に合格しない限り、原告ら主張のような利益侵害発生の原因となるべき当該原子炉の運転という事実行為を行うことができる地位を取得することはできないものである。

(四) これを要するに、原告ら主張のような利益侵害は、もともと原子炉設置者の当該原子炉の運転という事実行為によつて初めて生じ得るものであること、原子炉設置許可処分は、法的安全規制の機能面において、当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性の確認にとどまるものであり、これにより被許可者に対して、直接、当該原子炉の運転という事実行為を行い得る地位を付与する性質のものではないこと、原子炉施設の工事計画の認可、使用前検査合格及び保安規定の認可という後続の行政処分は、右にみた原子炉等規制法等による発電用原子炉の利用に係る段階的安全規制の体系に照らすと、それぞれ原子炉設置許可処分とは異なる独自の安全規制上の機能を有し、別異の要件に基づいてなされ別異の法律上の効果を有する、別個の行政処分であること、等にかんがみれば、原子炉設置許可処分がなされても、その段階においては、事実上も、原告ら主張のような利益侵害なるものが発生するおそれがあるということはできず、その発生の蓋然性の有無、程度及びその具体的内容は、前記の後続行政処分ないしは事実行為をまたなければ確定することができない性質のものというべきである。いわんや、将来における右のような利益侵害をもつて、原子炉設置許可処分の法律上の効果として必然的にもたらされる結果であるとすることは到底できないところである。

付言するに、前掲伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地裁判決は、右の処分による利益侵害を積極に解しているが(行裁例集二九巻四号五九五ページ参照)、その理由付けは分明を欠くのであつて(この判決が、少なくとも、法律上の利益を構成する利益侵害とは、処分の事実上の結果では足りず、法律上の効果としてのそれであることを要することについての明確な認識を欠如していることは、判文上明らかである。)、右の点についての先例としての価値を有しないものというべきである。

(五) 以上述べたところから、原告らが、仮に本件許可処分に何らかの瑕疵があつたとしても、本件許可処分によりその主張の利益を必然的に侵害されるおそれのある者にも当らないことは明らかである。

第三公定力排除のための特別の訴訟

手続たる取消訴訟制度と原告適格

原告らが、右にみてきたように、本件取消訴訟につき原告適格を有する者ではないとの結論の妥当性は、ひるがえつて、行政処分の公定力を排除するための特別の訴訟手続たる取消訴訟制度の本旨に照らせば、疑問の余地はないところである。

一1 すなわち、そもそも取消訴訟は、行政処分が公定力を有するところから、違法な行政処分によつて自己の権利、利益を侵害された者であつても、一般の民事訴訟の手続によつては当然処分の法律上の効果の通用力を争うことが許されないため、そのような国民の権利、利益の救済のための制度として行訴法により特別に設けられた、行政処分の公定力を排除するための訴訟手続である。

そうだとすれば、一般の民事訴訟の手続によらず、取消訴訟という行政処分の公定力排除のための特別の訴訟手続によるべき法律上の利益を有する者は、当該処分の法律上の効果を受け、当該処分の公定力により右の法律上の効果を受忍すべきことを命ぜられる者に限られるべきものである。けだし、当該処分の法律上の効果を受け当該処分の公定力により右効果の受忍を命ぜられる者でなければ、敢えて右のような公定力を排除するための特別の訴訟手続である取消訴訟を提起すべき必要は何ら認められないし、かつ、右のように解することが、右の取消訴訟という特別の訴訟手続を設けた制度の趣旨によく適合するからである。しかして、既にみたような、取消訴訟の原告適格を基礎付ける法律上の利益を構成する利益侵害における利益とは、法律上保護された利益であることを要し、かつ、右の利益侵害とは、処分の法律上の効果としてのそれであることを要する、との確立した判例の採る法的利益救済説の考え方が、まさに右のような取消訴訟制度の本旨をその基礎におくものであることはいうまでもない。

2 そして、ここで留意すべきは、右の法的利益救済説の考え方に拠る限り、取消訴訟の原告適格を基礎付ける法律上の利益を拡張して解釈しても、国民の権利、利益の救済の方途の拡大に資することとはならない、という点である。なんとなれば、法的利益救済説に拠る限り、ある者につき処分の取消しを求める法律上の利益を肯認するということは、その者に対して当該処分の法律上の効果が及ぶことをその論理的前提とするものであつて、その者には、当該処分の取消訴訟の提起が許される反面、処分の公定力によつて、当該処分の法律上の効果と抵触する内容の民事訴訟の提起が許されないこととなる、というのが、右にみた行政処分の公定力を排除するための特別の訴訟手続たる取消訴訟制度の趣旨の論理的帰結であり、また、公定力理論の内実そのものであるからである(いわゆる「取消訴訟の排他的管轄」)。

二1 これを本件についてみると、原子炉設置許可処分は、前述のように、申請者に対し、原子炉の設置に関する一般的禁止を申請に係る原子炉につき解除して、当該原子炉を適法に設置し得る自由を回復せしめる法律上の効果を有するにとどまり、もとより、右設置許可に係る原子炉施設の周辺住民の個々人に対して、当該原子炉の運転という事実行為から生じ得べき被害を受忍すべき義務を課するものではないし、その他右周辺住民個々人の法律上の地位に何ら変動を及ぼすべき効果を有するものではない。

そうとすれば、原告らは、本件許可処分により、その主張の利益侵害(仮に、発生することが有り得るとしても)を受忍すべき義務を課せられる者ではなく、その他、何ら本件許可処分の法律上の効果を受けて本件許可処分の公定力によりその法律上の効果の受忍を命ぜられる者ではないのであるから、取消訴訟によつて本件許可処分の公定力を排除すべき法律上の利益を有する者でないことは明らかなところである。

2 仮に、原子炉設置許可処分が、許可に係る原子炉施設の周辺住民の個々人に対し、当該原子炉の運転から生じ得べき被害を受忍すべき義務を課す等、右周辺住民個々人の法律上の地位に変動を及ぼすべき何らかの法律上の効果を有するものであると解するとすれば、帰するところ、許可処分の公定力を排除するために、当該原子炉施設の周辺住民に右許可処分の取消訴訟についての原告適格が肯認されることとなる反面、許可処分の公定力によつて、右許可処分の法律上の効果と抵触する内容の民事訴訟の提起は許容されないこととなる。

しかして、原子炉設置許可処分の法律上の効果を右のように拡張して解釈することは、既にみたように、右許可処分がなされた段階においては、原告ら主張のような利益侵害なるものは、後続の各種行政処分あるいは原子炉の運転等の事実行為をまたなければ発生の蓋然性の有無、程度及びその具体的内容を確定することができない性質のものであることや取消訴訟についての出訴期間の制限(行訴法一四条)等の諸点を考えるならば、実質的にも、原子炉施設の周辺住民の利益の救済に資する結果とならないことは見易い道理というべきであろう。

第三章  本件訴訟に対する司法審査のあり方

第一原告らの請求原因第二章はすべて争う。

第二本件訴訟の審理、判断の対象となる事項

本件訴訟は、原子炉等規制法二三条、二四条の規定に基づいて内閣総理大臣がした原子炉設置許可処分の取消訴訟であるから、その本案審理の対象は、本件許可処分の違法性の存否、すなわち本件許可申請が原子炉等規制法二四条一項所定の許可要件に適合するとした判断における違法性の存否である。

したがつて、一般に、本件許可処分の違法事由として、裁判所がその存否を判断するために採り上げて審理の対象となし得る事項は、本件許可申請に対して内閣総理大臣のなした原子炉等規制法二四条一項所定の許可要件適合性審査の対象事項に限局される。

しかしながら、取消訴訟においては、この訴訟制度の本質に由来して、処分の違法事由に関する主張制限の規定が置かれており(行訴法一〇条一項)、右制限規定との関係において、本件訴訟における裁判所の審理、判断の対象となる事項は、更に原子炉設置許可の際の原子炉等規制法二四条一項四号及び同項三号中の「技術的能力」に係る許可要件適合性の審査、すなわち、いわゆる安全審査の対象となる事項に限局されることとなる。そこで、まず、そのゆえんを明らかにし、次に、右の安全審査の対象となる事項の内容についての検討を行い、それが、結局、原子炉施設自体の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項に限られるものであることを明らかにし、その上で、原告らが主張する本件許可処分の違法事由中、その存否が本件訴訟における審理、判断の対象とならないものにつき、念のためにそのゆえんを述べる。

一 行訴法一〇条一項の規定と本件訴訟の審理、判断の対象となる事項

1 行訴法一〇条一項は、「取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として、取消しを求めることはできない」と規定している。けだし、主観訴訟たる取消訴訟の本質は、取消判決によつて違法な行政作用を排除し公益に資することを目的とするものではなく、行政庁の処分によつて原告の被つている権利、利益の侵害を救済することを目的とするものであるから、取消訴訟において原告らが主張し得る処分の違法事由は、自己の法律上の利益に関係のあるものに限られるべきであり、これに関係のない主張を許容することは右の取消訴訟の趣旨、目的に反するからである。

したがつて、原子炉設置許可の要件適合性審査の対象となる事項であつても、右の取消訴訟の本質に由来する右の主張制限規定との関連において、裁判所の審理、判断の対象としてはおのずから限定されることになるかどうかについて検討する必要がある。

ところで、右の行訴法一〇条一項にいう「自己の法律上の利益に関係のない違法」とは、行政庁の処分に存する違法のうち、原告の個人的権利、利益の保護を目的として行政権の行使に制約を課するため設けられたのではない法規に違背したにすぎない違法をいうものと解されているところである。すなわち、右の主張制限規定の趣旨が、国民の権利、利益の救済を目的とする取消訴訟制度の本質に由来するものである以上、同項にいう「法律上の利益」は、文言を同じくする原告適格を基礎付ける「法律上の利益」(同法九条)と同義のものというべきであつて、両者を別異の概念と解し得る合理的理由は見出し得ない。

2(一) これを本件についてみると、原子炉設置許可の要件を定めた原子炉等規制法二四条一項が、一号において「原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと」及び二号において「その許可をすることによつて原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと」として、内閣総理大臣の許可権限の行使に制約を課した趣旨が、専ら、原子力の研究、開発及び利用を平和の目的に限り、かつ、原子力の開発及び利用を長期的視野に立つて計画的に遂行するとの我が国の原子力に関する基本政策に適合せしめ、もつて広く国民全体の公益の増進に資することにあるのであつて、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものでないことは明らかである。

また、三号及び四号についてみれば、同項三号中の「その者に原子炉を設置するために必要な技術的能力があり、かつ、原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること」及び同項四号の「原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉等により災害の防止上支障がないものであること」との要件についてたとえ個人的利益の保護を目的とする趣旨をも含むと解する余地があるとしても(これが否定的に解されるべきことは、既に詳論したところである。)、少なくとも、同項三号中の「その者に原子炉を設置するために必要な経理的基礎があること」との要件については、そのように解する余地はない。右の「経理的基礎」が、原子炉施設の設置に係る安全性と何らかの関連性を有することは否定し得ないとしても、その関係は極めて抽象的であつて、右要件適合性の判断は、原子炉の安全性に関する専門技術的判断よりも、むしろ原子力行政に関する政策的判断たる実質を有するからである。設置法一四条の二の規定に基づき「原子炉に係る安全性に関する事項」を調査審議する安全審査会の審査の対象に、右の「経理的基礎」に係る許可要件適合性の点が含まれていないのも、この理由による。

(二) したがつて、仮に、本件許可処分に原子炉等規制法二四条一項一号、二号及び三号中の「経理的基礎」に係る許可要件に関する違法が存在するとしても、それは本件原子炉施設の周辺に居住するとする原告ら自らの法律上の利益に関係のない違法事由にほかならないから、原告らは、右各要件違背を理由として本件許可処分の取消しを求めることができないのである(このことは、つとに伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地裁判決も認めるところである(行裁例集二九巻四号五九四ページ参照)。)。

これを要するに、原告ら主張の本件許可処分の違法事由中、原子炉等規制法二四条一項一号、二号及び三号中の「経理的基礎」に係る許可要件違背の点は、本件訴訟において裁判所の審理、判断の対象となり得ない事項である。

(三) 右に考察したところから、本件訴訟における本案審理の対象は、原子炉等規制法二四条一項四号及び同項三号中の「技術的能力」に係る許可要件に関する違法性の存否、ということになる。

換言すれば、本件許可処分の違法事由として、裁判所が本件訴訟において審理、判断の対象となし得る事項は、原子炉設置許可の際の原子炉等規制法二四条一項四号及び同項三号中の「技術的能力」に係る許可要件適合性の審査、すなわち、いわゆる安全審査の対象となる事項に限局されるものである(もとより、右安全審査の対象となる事項であつても、それが、本件原子炉施設の周辺に居住するとする原告ら自らの法律上の利益に関係のないものであれば、そのような事項に係る違法の存否が本件訴訟における審理、判断の対象となるものでないことはいうまでもない。)。

二 原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項

そこで、次に、右の安全審査の対象となる事項の内容についての検討を行うこととする。

この関係では、原子炉設置許可手続を、原子力の利用に関する原子炉等規制法における安全規制の体系に位置付けて、いわば横断的な観点から考察するとともに、右手続を発電用原子炉の利用に関する原子炉等規制法及び電気事業法による段階的安全規制の体系に位置付けて、いわば縦断的な観点から考察することが肝要である。そして、右の検討に当つては、発電用原子炉の利用に係る安全確保のための行政規制の法的性質ないしは機能についての考察が有益なことはいうまでもない。

1 発電用原子炉の利用に係る安全確保のための行政規制の法的性質、機能

(一) 一般に潜在的な危険性を有する各種の産業設備の安全確保は、元来、当該設備の取扱いに直接携わる者、すなわち、それを設計、製造・建設・設置、運転・操業等する者(以下「設置者等」という。)がその責任を負担すべきものであることはいうまでもない。

ところで、国が、公共の安全の確保等の観点から、産業設備の設置等に関し一定の規制を行う例は少なくないが、そのような場合にあつても当該産業設備について第一次的な安全確保の責任を負担する者が設置者等であることに変わりはない。右の行政上の規制は、あくまでも、設置者等の右のような第一次的な責任の存在を前提としつつ、公共の安全の確保に資するとの観点から、設置者等の行動の自由に一定の制限を加えるという方法によつて、安全の確保に対し間接的に機能することが要請されているにすぎないのである。

そして、右のように行政上の安全規制を行う場合においては、規制の権利制限的な性質にかんがみ、その方法及び内容において右の行政規制に要請された機能の達成のために必要な限度にとどめるべきものであることはいうまでもない。

(二) しかして、発電用原子炉の利用に係る安全確保のための行政規制は、その規制対象の特質にかんがみ、産業設備の安全確保に係る行政規制の中でも最も厳格な段階的かつ複合的規制の方法が用いられており、立法上手厚い配慮がなされているものであるが、行政規制における右の基本的性質において異なるところはない。

すなわち、原子炉設置許可に際しての安全審査は、公共の安全の確保に資するとの観点から、当該申請に係る原子炉施設の設置に関する安全性の適否を確認する目的のものであつて、もとより、右の安全審査を行うことによつて、国が、原子炉設置者の本来負担する第一次的な安全確保の責任を肩代わりしようとするものではなく、また、右の審査は、右の原子炉設置に係る安全規制に要請された機能の達成に必要な限度にとどめられるべきものなのである。

2 原子力の利用に関する原子炉等規制法における安全規制の体系と原子炉設置許可手続――(横断的考察)――

原子力の利用に関する原子炉等規制法における安全規制の体系の特色は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用につき、これを各種分野に区分し、それぞれの分野の特質に応じて、それぞれの分野ごとに一連の所要の安全規制を行う、という方法に基づいてその体系が構成されていることである。すなわち、同法は、①その第二章の各規定によつて製錬の事業に関する一連の規制を、②第三章の各規定によつて加工の事業に関する一連の規制を、③第四章の各規定によつて原子炉の設置、運転等に関する一連の規制を、④第五章によつて再処理の事業に関する一連の規制を、⑤第六章の各規定によつて右の各章の規定の適用を受けない核燃料物質等の使用等に関する一連の規制を、それぞれ行うこととし、これにより同法一条所定の目的を実現しようとしているのである。

しかして、原子炉設置許可手続を、右のような原子炉等規制法における原子力の利用に関する安全規制の体系の中に位置付けて、いわば横断的な観点から、原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項を考察すれば、それが、原子炉施設自体の安全性に直接関係する事項にのみ限られるものであることは明らかである。例えば、再処理の事業に関する一連の規制の適用を受ける事項のごときが、これに含まれないことはいうまでもない。

3 発電用原子炉の利用に関する原子炉等規制法及び電気事業法による段階的安全規制の体系と原子炉設置許可手続――(縦断的考察)――

(一) 発電用原子炉の利用に関する原子炉等規制法及び電気事業法による安全規制の体系の特色は、原子炉施設の設計から運転に至る過程を段階的に区分し、それぞれの段階に対応して原子炉設置の許可、工事計画の認可、使用前検査、同合格、保安規定の認可、定期検査等の規制手続を介在せしめ、これら一連の規制手続を通じて発電用原子炉の利用に係る安全確保を図る、という方法に基づく段階的安全規制の体系が構成されていることである。

すなわち、①発電用原子炉を設置しようとする者は、内閣総理大臣の原子炉設置許可(原子炉等規制法二三条)を受けた後においても、②工事に着手するためには、具体的な工事の計画について通商産業大臣の認可を受けなければならず(原子炉等規制法二七条、七三条、電気事業法四一条)、そして、③原子炉の運転を開始するためには、工事の工程ごとに通商産業大臣の使用前検査を受け、これに合格しなければならず(原子炉等規制法二八条、七三条、電気事業法四三条)、また、保安規定を定め、これにつき内閣総理大臣の認可を受けなければならず(原子炉等規制法三七条)、さらに、④運転開始後においても、一定の時期ごとに定期検査を受けなければならない(原子炉等規制法二九条、七三条、電気事業法四七条)のである。

(二) しかして、原子炉設置許可手続を、右のような原子炉等規制法等による発電用原子炉の利用に関する段階的安全規制の体系の中に位置付けて、いわば縦断的な観点から、原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項について考察すれば、それが発電用原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項に限られるものであることは明らかである。

したがって、原子炉施設自体の安全性に直接関係のない事項はもちろんのこと、原子炉施設自体の安全性に関係する事項であつても、例えば、その詳細設計や実際の運転管理に関する事項のごときは安全審査の対象に含まれないのである。

(三) 付言するに、右の考察から明らかなとおり、安全審査の機能は、発電用原子炉施設の詳細設計及びその建設、工事の前提となる基本的事項を確定し、これらに対し一定の枠付けを与えることにある。そして、次の詳細設計の段階においては、右の枠付けを前提として設計が行われ、当該詳細設計の当否につき具体的な審査を経て工事計画の認可を受けることとなる。原子炉の建設、工事は右認可に係る詳細設計に従つて行われる。そして、建設、工事が完了しても、その運転開始前において、安全審査における枠付け等を踏まえて使用前検査が実施され、それに合格し、さらに、保安規定の認可を受けた後でなければ、原子炉の運転を開始することはできない。要するに、原子炉等規制法等による発電用原子炉施設の安全確保に関する行政規制の体系は、原子炉設置許可に際しての安全審査を土台として段階的に行われるのであり、それぞれの段階において、かつ、その全過程を通じて、所要の安全確保が図られているのである。

4 これを要するに、原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項は、原子炉施設自体の安全性に直接関係する事項であつて、しかも、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項に限られるのである。

三 原告らの主張する違法事由

右に述べたところから、原告らの主張する違法事由中、次に指摘するものについては、それが本件訴訟における審理、判断の対象とならないことは明らかであるが、念のため、そのゆえんを簡単に述べることとする。

1 安全審査手続に関する主張について

既に原告適格に関する主張中(第一章第一の三2(三))においてみたように、原子炉設置許可処分の根拠実定法規である原子炉等規制法の関係規定を子細に検討しても、原子炉施設の周辺住民に対し、原子炉設置許可手続への参加を保障する趣旨の規定は何ら見出し得ないところであり、したがつて、同法が、原子炉施設の周辺住民個々人の原子炉設置許可の際の安全審査手続それ自体に関する利益を個別的に保護しているものとは到底解し得ないのである。

そうすれば、原告ら主張の本件許可処分に係る安全審査手続に関する違法事由中、その手続に関する違法が安全審査の実体的な適法性を直接左右すべき性質のものはともかく(このような違法事由は、安全審査の実体的違法に関する主張として扱えば足りる。)、単に右安全審査手続それ自体の違法をいうにとどまるものは、行訴法一〇条一項にいう「自己の法律上の利益に関係のない違法」の主張として、本件訴訟における審理、判断の対象とはならないものである。

2 発電所従事者の被曝に関する主張について

発電所従事者の被曝に関する原子炉施設の安全性の問題は、本件原子炉施設の周辺住民であると主張するにとどまる原告ら自らの法律上の利益に関係のない事項であることは明らかであつて、原告らは、右の点に関する本件安全審査の違法を理由として本件許可処分の取消しを求めることはできず、右の点は、本件訴訟における審理、判断の対象とはならないものである(このことは、つとに、前掲伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地裁判決も認めるところである(行裁例集二九巻四号六五三ページ参照)。)。

3 温排水の熱的影響等に関する主張について

温排水自体は、火力発電所の発電設備など蒸気等を冷却するために水を使用する設備からは常に排出されるものであつて、その熱的影響等の問題は原子炉施設固有の現象ではないため、そもそも原子力の利用に係る固有の事項を規制の対象としている原子炉等規制法においては規制の対象とされていないものであり、このことは、原子炉設置許可の申請書及び添付書類の記載事項を定めた原子炉等規制法二三条二項、同法施行令六条二項、原子炉規則一条の二の各規定に照らしても明らかなところである。したがつて、右の点は本件訴訟における審理、判断の対象とはならないものである(このことは、つとに、前掲伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地裁判決も認めるところである(行裁例集二九巻四号六五五ページ参照)。なお、もとより、温排水中に含まれる放射性物質による被曝の問題が、原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件適合性の判断に際して審査されるものであることはいうまでもない。)。

ちなみに、右温排水の熱的影響等の問題については、公害対策基本法二条一項にいう「公害」のうちの「水質の汚濁」に当るもの(水質汚濁防止法二条二項及び三条一項参照)として、電気事業法の関係条項を含む公害規制法体系の中で規制されることとなつているものである(なお、公害対策基本法八条においても、大気の汚染、水質の汚濁等の「公害」のうち放射性物質によるものに限つては、原子力関係法律の定めるところによるとして、右の旨を明らかにしている。)。

4 使用済燃料の再処理及び輸送等に関する主張について

使用済燃料に係る安全性に関する事項については、原子炉設置許可に際しての安全審査においては、使用済燃料の当該原子炉敷地内における貯蔵設備が災害の防止上支障がないものであるかどうか(原子炉規則一条の二第一項二号ニ参照)等、原子炉施設自体の安全性に直接関係のある事項につき原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件に適合するかどうかが右審査の対象となるにとどまるものであつて、使用済燃料の再処理及び輸送に係る安全性等原子炉施設自体の安全性に直接かかわりのない事項については、右安全審査において審査すべき事項とされておらず、別途、同法第五章及び第六章等によつて規制されることとなつているものであることは、原子炉等規制法における原子力の利用に関する安全規制の体系に照らし、明らかなところである。したがつて、右の点は本件訴訟における審理、判断の対象とはならないものである。

付言するに、原子炉規則一条の二第一項五号において、原子炉等規制法二三条二項八号の申請書記載事項として、処分等の相手方に加え、処分又は廃棄の方法の記載を要求しているのは、原子炉等規制法二四条一項一号の審査の観点から、使用済燃料の処分あるいは廃棄の方法について使用済燃料の非平和的利用への転用が十分防止されるものであるか否か、更には同項二号審査の観点から、使用済燃料の有効利用を積極的に推進するという国の方針に沿つたものであるかどうかを判断するという趣旨によるものであり、それ以上に出るものではない。また、右規定にいう「廃棄」が、必ずしも最終的な処分を意味するものではないことについては、後記5に述べるところと同様である(なお、前掲伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地裁判決には、右の点についての把握に混乱がみられ判旨は必ずしも分明とはいえないが(行裁例集二九巻四号六五五ページ参照)、いずれにせよ、本件にあつては(伊方発電所においても同様であるが)、本件許可処分の申請者たる東京電力は、右の国の方針に沿い、使用済燃料を動力炉・核燃料開発事業団の再処理施設又は海外において再処理することを基本方針とし、それまでの間は、本件原子炉施設内に貯蔵、保管することとして申請に及んだのであるから、そもそも、右判決のいう「使用済燃料の最終処分」なるものが本件安全審査の対象となる余地はない。)。

5 固体廃棄物の処理、処分に関する主張について

固体廃棄物に係る安全性に関する事項については、原子炉設置許可に際しての安全審査においては、固体廃棄物の当該原子炉の敷地内における廃棄設備の構造等が災害の防止上支障がないものであるかどうか(原子炉規則一条の二第一項二号ト(ハ)参照)等、原子炉施設自体の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関係のある事項につき、原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件に適合するかどうかが右審査の対象となるにとどまるものであつて、固体廃棄物の海洋処分等の最終的な処分に係る安全性の問題が右審査の対象に含まれるものでないことは、原子炉等規制法等による発電用原子炉の利用に関する段階的安全規制の体系に照らし、明らかなところである。したがつて、右の点は本件訴訟における審理、判断の対象とはならないものである。

ちなみに、固体廃棄物の最終的な処分に関しては、我が国は、原子力開発利用長期計画にもあるように、現在、深海底への海洋処分等を計画し、近い将来における実施を目指してその安全性の調査、研究等の準備を慎重に行つているところであるが、固体廃棄物の最終的な処分の安全性については、その方針等が具体化し、それが実施に移される段階で同法三五条、三七条に基づく規制が行われることとなつているところである(なお、現行原子炉等規制法五八条の二参照)。

もつとも、前述したように、右の安全審査は、申請に係る原子炉施設自体の基本設計に関係のある事項につきその安全性の有無を判断しようとするものであるから、申請者が、原子炉施設の一部として、固体廃棄物の最終的な処分のための設備を設置しようとするのであれば、当然、原子炉設置許可に際して、当該設備がそのような目的のための設備として災害の防止上支障がないかどうかが、安全審査の対象となる。右のような意味あいにおいて、固体廃棄物の最終的な処分に係る安全性の問題が安全審査の対象となることはあり得よう。しかしながら、固体廃棄物の最終的な処分について右の方針が具体化し、それが実施に移されるまでの間に原子力発電所から発生する固体廃棄物については、国は、これまでのところ、その敷地内に貯蔵、保管させることとしてきたのであり、本件原子炉の設置許可申請者たる東京電力も、固体廃棄物の最終的な処分については差し当りこれを留保し、右の国の方針に沿い、これを本件原子炉敷地内に貯蔵、保管するためのものとしての固体廃棄物の廃棄設備を設置しようとするにすぎないのであるから、本件安全審査においては、右貯蔵、保管のための設備としてその安全性を審査すれば足りるのであつて、固体廃棄物の最終的な処分に係る安全性の問題が本件安全審査の対象となる余地のないことは明らかである。

付言するに、原子力関係法令中における「廃棄」(原子炉等規制法三五条三号、原子炉規則一条の二第一項二号ト、同条二項九号等)とは、必ずしも、右の最終的な処分を意味するものではない。例えば、安全確保上適切な方法によつて貯蔵、保管する等の措置を講じて管理することもまた、右にいう「廃棄」に該当するものである。このことは、放射性廃棄物の廃棄に関する措置について規定する原子炉規則一四条が、固体廃棄物の廃棄については、原則として、水の浸透しない腐食に耐える容器に封入して障害の防止の効果をもつた廃棄施設に廃棄し、管理することを予定しており(同条四号から六号まで)、海洋処分は、現段階では、あくまで例外的な措置として予定しているにすぎない(同条五号及び七号)ことからも明らかである。したがつて、同規則一条の二第二項九号が添付書類として放射性廃棄物の廃棄に関する説明書を要求しているのも、右に述べた意味での「廃棄」に係る事項についての審査資料とする趣旨にすぎないものであつて、固体廃棄物の最終的な処分に係る安全性の問題が安全審査の対象であるとする根拠とすることはできないものである。また、気体廃棄物及び液体廃棄物について、その最終的な処分が被曝評価という形において安全審査の対象となるのは、気体廃棄物及び液体廃棄物は、固体廃棄物とは異なり、廃棄設備によつて直接最終的に環境に放出されることが通常であつて(原子炉規則一四条一号の三、二号)当該廃棄設備の安全性は原子炉施設自体の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に直接関係のある事項であるから、原子炉設置許可の際にこれについて審査する必要があることによるものであり、もとより、右の点をもつて、固体廃棄物の最終的な処分に係る安全性の問題が原子炉設置許可に際しての安全審査の対象に含まれるとする根拠とすることはできないものである(前掲伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地裁判決の、固体廃棄物の最終処分も安全審査の対象となる旨の判示(行裁例集二九巻四号六四九ページ参照)は、失当といわなければならない。)。

6 廃炉、解体に関する主張について

廃炉、解体に係る安全性に関する事項については、原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項とはされておらず、別途、原子炉等規制法三八条、六五条、六六条等によつて規制されることとなつているものであることは、同法等による発電用原子炉の利用に関する段階的安全規制の体系に照らし、明らかなところである。したがつて、右の点は本件訴訟における審理、判断の対象とはならないものである(このことは、つとに、前掲伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地裁判決も認めるところである(行裁例集二九巻四号六五五ページ参照)。)。

7 国、県による放射能監視体制及び防災対策に関する主張について

原子炉設置許可に際しての安全審査は、申請に係る原子炉施設自体の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関係のある事項につき審査するものであるから、国や県等の放射能監視体制及び防災対策に関する事項が右安全審査の対象となる事項でないことはいうまでもなく、右の点は本件訴訟における審理、判断の対象とはならないものである。

ちなみに、防災対策については、災害対策基本法に基づき所要の対策が講じられることとなつている(同法二条一号、同法施行令一条参照)。

第三原子炉設置許可処分に対する司法審査の方法

前項で考察したとおり、本件訴訟における本案審理の対象は、本件許可申請が原子炉等規制法二四条一項四号及び同項三号中の「技術的能力」に係る許可要件に適合するとした内閣総理大臣の判断に係る違法性の存否である。

しかして、内閣総理大臣の原子炉設置許可処分は、以下に述べるとおり、高度に政策的、専門技術的な事項の検討を必要とする処分であるから、その適否についての裁判所の判断は、司法審査の方法はいかにあるべきかを明確に認識した上で行われなければならない。

一 原子炉設置許可処分の裁量処分性

1 内閣総理大臣の原子炉設置許可処分が行訴法三〇条にいういわゆる行政庁の裁量処分であることは疑う余地がない。右許可処分の要件を定める原子炉等規制法二四条一項の規定の文言自体に照らし、さらに、許可権者たる内閣総理大臣において検討すべき事柄の内容に照らし、同許可が、広汎かつ高度な、原子力行政に関する政策的事項についての総合的判断と原子炉の安全性に関する専門技術的事項についての総合的判断とに基づいてなされるところの裁量処分であることは明らかである。

2 ところで、原子炉設置許可の際の審査に係る裁量には、右に触れたように、二つの性質の異なるものがある。すなわち、政策的裁量と専門技術的裁量である。原子炉等規制法二四条一項各号所定の許可要件のうち、二号所定の原子力の開発及び利用の計画的遂行に関する政策的事項に係る裁量は前者の典型であり、四号所定の原子炉等による災害の防止に関する専門技術的事項に係るそれは後者の典型であるということができる。そこで、二項において、原子炉設置許可処分に対する司法審査の方法について述べる前提として、以下、本件訴訟における審理、判断に関係する右の原子炉設置許可に係る専門技術的裁量の意義につき、当該申請の四号の許可要件適合性の審査に即して、これを明らかにする。

3 すなわち、原子炉等規制法が予定している右四号の許可要件適合性の審査に係る行政庁の専門技術的裁量については、次の二つの段階におけるそれを指摘することができる。

第一は、具体的な審査基準の策定についての専門技術的裁量である。同法が二四条一項四号において、原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉等による災害の防止上支障がないものであること、という抽象的な許可要件を設定するにとどめているのは、原子炉設置許可の際原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性について問題とされる事柄が極めて複雑、高度の専門技術的事項に係るものであり、しかもそれについての技術及び知見が不断に進歩、発展、変化しつつあることを考えるならば、右の許可要件について法律をもつてあらかじめ具体的な定めをしておくことは、かえつて、判断の硬直化を招き適切な審査を行うことを困難にするおそれがあり、相当ではないとする趣旨に出たものと解される。すなわち、同法は、四号の許可要件適合性の審査に関し、法律において具体的な審査基準を規定して行政庁の個別的、具体的な判断過程にまで画一的な統制を及ぼすことを避けているのであり、したがつて、審査基準の具体的内容の確定については、合理的な範囲内において、行政庁の専門技術的裁量にゆだねられているということができるのである。

第二は、四号の許可要件適合性に係る判断に至る審査過程についての裁量、すなわち、どのような知見等に基づき、どのような検討を経て、右の許可要件適合性についての結論に到達するかについての専門技術的裁量である。右の審査に係る原子炉施設は、時代の最先端を行く様々な高度の科学技術が動員された極めて複雑な技術体系を有するものであるから、これに係る安全性の判断は、特定の専門分野のみならず、関連する広汎な専門分野の専門技術的知見を動員した諸々の個別的な判断の集積を基礎とする総合的判断として成り立つものである。しかも、右の判断には、その時点において確定することが可能な事項についての判断にとどまらず、完全に確定することが不可能な将来の予測にかかわる事項についての判断までが含まれるのであるから、右の判断は極めて複雑多岐にわたる事項についての検討、評価を総合してなされるものである。右のような四号の許可要件適合性に係る判断過程の構造等からするならば、四号の許可要件適合性に係る結論に到達する審査過程においては、不可避的に行政庁の諸々の専門技術的裁量判断を伴うものであることは明らかである。

右のように、四号の許可要件適合性の審査における専門技術的裁量の意義は、主として、専門技術的判断を必要とする行政処分について、抽象的にその許可要件が定められている場合に、どのような具体的審査基準を策定し、どのような知見等に基づき、どのような検討、評価を経て、その許可要件適合性についての判断に到達するかという全体としての審査過程に関して存在するところにあるということができる。

二 原子炉設置許可処分に対する司法審査の方法

1 原子炉設置許可処分の適法性についての司法審査の方法は、原子炉設置許可処分が、右に述べたとおり、高度な政策的、専門技術的裁量処分であり、かつ、取消訴訟における審理が、行政庁の権限行使の適法性に関する司法的再審査をその本質とするものであることにかんがみれば、裁判所が当該許可申請の原子炉等規制法二四条一項四号及び三号中の「技術的能力」に係る許可要件適合性について改めて独自の審理を行い、その結果に基づく裁判所自らの判断を行政庁たる被告の裁量判断の結果と対比して、直接その適否を決しようとする方法(いわゆる司法判断代置方式)は妥当ではなく、右の各許可要件適合性に関する被告の裁量判断を前提とした上、それが行政庁としての立場における裁量判断として著しく不合理なものでないかどうかを審理し、判断しようとするものでなければならない(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決(民集三一巻七号一一〇一ページ)参照。同判決の示す右のような行政庁の裁量処分についての司法審査の方法が、現在においては、既に判例上確立されていることは周知のとおりである。)。

2 原告らは、原子炉設置許可申請の原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件適合性に係る判断、すなわち、原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉等による災害の防止上支障がないものであるかどうかの判断の適否については、被告の専門技術的裁量にゆだねられたものではなく、裁判所自らが、行政庁に代わつて、直接、原子炉施設の安全性に係る事項をこと細かに具体的に審理し、その結果到達した判断に基づいて本件許可処分の適否を決すべきである旨主張するもののようである。

しかしながら、原告らの右の主張が失当であることは、既に前記一及び右二1において述べたところから明らかであるが、その理由をさらに敷衍して述べれば、そもそも、裁判所が、事柄の性質上、広汎な分野にわたる高度に専門的な自然科学的知見に基づかなければ的確に判断のできない原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関して、それぞれの分野における第一級の専門家を擁する被告が行つた裁量判断を全く前提とせずに、いわば白紙の状態から、独自に原子炉施設の安全性に関する審理を行つてこれに係る判断を形成し、これを以つて被告の裁量判断に代置し、自らの判断と一致しない被告の判断を違法とする、というような司法審査の方法が妥当でないことは多言を要しない。このことは、右のような科学技術的問題について裁判官は全くの非専門家であること、のみならず訴訟においては(たとえ行政訴訟であつても)手続の構造に由来する証拠収集上ないしは心証形成上の制約が存在すること、そして更に、前述の取消訴訟における行政処分の適法性に関する裁判所の審理の本質等にかんがみて明らかなところである。

もとより、原子炉等規制法二四条一項四号にいう原子炉等による「災害の防止上支障がないものであること」という許可要件そのものは、法的価値判断になじまない概念ではないから、被告としても、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する被告の専門技術的裁量判断について、裁判所が一切その適否を審理、判断できないなどと主張するものではないことはもちろんである。問題は、既に明らかなように、裁判所がどの程度まで、専門技術的事項にまで立ち入つて審理し、判断することが相当であるか、ということにある。この点において、同法二四条二項が、内閣総理大臣は原子炉設置許可の基準の適用について原子力委員会の意見を尊重しなければならない旨規定している趣旨は、右の内閣総理大臣の各許可要件適合性に係る裁量判断の適否についての司法審査の場においても、十分参酌されるべきである。

以上に述べたところに照らせば、原子炉設置許可処分の適法性についての司法審査の方法は、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する被告の専門技術的裁量判断を前提として、それが行政庁としての立場における裁量判断として著しく不合理なものでないかどうかを審査しようとするものでなければならない。そして、右内閣総理大臣の判断は、先に一3に指摘したとおり、広汎かつ高度な専門技術的知見を動員した個別的判断の単なる集積ではなく、これらを基礎とする総合的判断なのであるから、裁判所の審理、判断は、内閣総理大臣の判断過程を事項ごとに個々に分解して、裁判所が自ら、あるいは、その選択した専門的知見の一つに基づき右各事項ごとに個別的にその適否を直接に判断していくという方法ではなく、内閣総理大臣の判断過程に沿い、それらを総合的、全体的に考察して、その裁量判断に著しい不合理性がないかどうかを再審査するという方法によりなされるべきものである。

3 これを要するに、右のような方法による司法審査の結果、裁判所が本件許可申請が原子炉等規制法二四条一項四号及び同項三号中の「技術的能力」に係る許可要件に適合するとした内閣総理大臣の専門技術的裁量判断に著しい不合理があるとの判断に到達した場合に初めて、本件許可処分は、行訴法三〇条にいう行政庁の裁量権の逸脱、濫用がある違法な処分としてこれを取り消すことが許容されることになるのである。

4 なお、行政庁の裁量処分にあつては、裁量を誤つても不当となるにとどまり違法とはならないのが原則であり、裁量権の逸脱と濫用の場合にのみ例外的に違法となるものであること及び行訴法三〇条の規定の体裁からみて、その取消しを求める者において、当該処分が違法であること、すなわち、行政庁が右処分をするに当つてした裁量権の行使がその範囲を超え又は濫用にわたるものであることを主張、立証することを要するのは明らかなところである(最高裁判所昭和四二年四月七日第二小法廷判決(民集二一巻三号五七二ページ)参照)。ちなみに、前掲伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地裁判決は、原子炉設置許可処分の政策的、専門技術的裁量処分性を正当に認めながら、立証責任の点については、「公平の見地から、当該原子炉が安全であると判断したことに相当性のあることは、原則として、被告の立証すべき事項である」とした(行裁例集二九巻四号六一八ページ)。同判決の右判示の趣旨は必ずしも分明ではないが、いずれにせよ、前述の裁量処分の適法性についての司法審査の方法の問題と右の立証責任の帰属の問題とは密接な内在的関連性を有する事柄であるにもかかわらず、右のように両者を切り離し、必ずしも整合性をもつた取扱いをなさなかつたところに、同判決の原子炉設置許可処分の適法性審査の方法の実体をあいまいなものとした一因があるということができよう。

第四章  本件許可処分の手続的適法性《省略》

第五章  本件許可処分の実体的適法性(その一……原子炉等規制法二四条一項一号ないし三号要件及び四号要件のうち、平常運転時における被曝低減対策)

第一原告らの請求原因第四章のうち、第一の事実及び第二のうち、原子力発電においては、原子炉の平常運転に伴つて、核燃料の核分裂反応により発生する核分裂生成物等の放射性物質が環境に放出されることが不可避であることは認める。第三ないし第五の主張は争う。第六ないし第八で原告らが本件安全審査の対象とされるべきものと主張する事項は、いずれも右審査の対象となるものではない。

第二既にみたように、原告ら主張の本件許可処分の違法事由中、原子炉等規制法二四条一項一号、二号及び三号中の「経理的基礎」に係る許可要件違背の点は、本件原子炉施設の周辺に居住するとする原告ら自らの法律上の利益に関係のない違法事由にほかならないから、原告らは、右各許可要件違背を理由として本件許可処分の取消しを求めることができないものであり、したがつて、右の各許可要件適合性の点は本件訴訟における裁判所の審理、判断の対象となし得ない事項であるが、念のため右の点も含め、本項において、本件許可申請が原子炉等規制法二四条一項一ないし三号所定の許可要件に適合するものであり、本件許可処分は実体的にも適法であることを明らかにする。

一 一号要件適合性

1 申請に係る原子炉が原子炉等規制法二四条一項一号に規定する「原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがない」ものであるかどうかについての審査は、申請書記載の「氏名又は名称及び住所」、「使用の目的」、「原子炉の型式」、「原子炉に燃料として使用する核燃料物質の種類及びその年間予定使用量」、「使用済燃料の処分の方法」(同法二三条二項一ないし三、七、八号)及び添付書類のうち、「原子炉の使用の目的に関する説明書」(原子炉規則一条の二第二項一号)等に基づき、申請に係る原子炉そのもの及び原子炉の燃料が平和の目的以外に利用されるおそれがないかどうかとの観点からなされる。

2 本件原子炉は、一般電気事業者(電気事業法二条二項参照)である東京電力が商業用発電炉として設置する沸騰水型原子炉であるから、平和の目的以外に利用されるおそれはない。また、原子炉の燃料として用いる核燃料物質は低濃縮ウラン(ウラン二三五含有率二〜三パーセント)であり、その予定使用量も適正である。さらに、使用済燃料の再処理によつて取り出されるプルトニウムは、海外での再処理の場合にも我が国に持ち帰ることとなつており、かつ、これは我が国内において原子炉等規制法等によつて厳しく規制されることとなつているので、平和の目的以外に利用されるおそれはない。したがつて、本件許可申請は、原子炉等規制法二四条一項一号の許可要件に適合しているものである。

二 二号要件適合性

1 申請に係る原子炉の設置が原子炉等規制法二四条一項二号に規定する「その許可をすることによつて原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがない」ものであるかどうかについての審査は、申請書記載の「使用の目的」、「原子炉の型式、熱出力及び基数」、「原子炉に燃料として使用する核燃料物質の種類及びその年間予定使用量」、及び「使用済燃料の処分の方法」(同法二三条二項二、三、七、八号)、添付書類のうち「原子炉の使用の目的に関する説明書」、「原子炉の熱出力に関する説明書」、「原子炉の運転に要する核燃料物質の取得計画を記載した書類」、及び放射性廃棄物の廃棄に関する説明書」(原子炉規則一条の二第二項一、二、四、九号)等の申請者から提出される資料のほか、我が国における「原子力開発利用長期計画」等の原子力政策及び「電源開発基本計画」等のエネルギー政策等に基づき総合的な観点からなされる。

2 本件原子炉は軽水型原子炉であるから、我が国の原子力発電は当面実用化されている軽水型原子炉を中心にして進めるとの我が国における原子力開発、利用の基本的方向に則つていること、本件原子炉は熱出力約三三〇〇メガワットの商業用発電炉一基であること等から、我が国のエネルギー供給上十分な意義を有するものであること、本件原子炉の運転に必要な低濃縮ウランについては、日米原子力協定に基づき米国において濃縮されることとなつており、これが確保される十分な見通しがあつたこと、使用済燃料については、動力炉・核燃料開発事業団の再処理施設又は海外において再処理されることとなつており、十分な見通しがあつたこと、本件原子炉の運転に伴つて発生する放射性固体廃棄物の処理処分については、本件原子炉の敷地内に貯蔵、保管することとしており、十分な見通しがあつたこと等から、本件原子炉の設置は、原子力開発利用長期計画等に定められた我が国における原子力の開発及び利用の方向に沿つており、その許可をすることによつて原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれはない。したがつて、本件許可申請は、原子炉等規制法二四条一項二号の許可要件に適合しているものである。

三 三号要件適合性

1 申請者に原子炉等規制法二四条一項三号に規定する「原子炉を設置するために必要な技術的能力があり、かつ原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力がある」かどうかについての審査は、添付書類のうち「原子炉施設の設置及び運転に関する技術的能力に関する説明書」(原子炉規則一条の二第二項五号)に基づき、原子炉を設置しようとする者に当該原子炉を計画、建設していく上で十分な要員が確保されているかどうか、運転開始までに原子炉の運転を適確に遂行していく上で十分な要員が確保されることとなつているかどうか等を中心に、人的、組織的な面において原子炉設置者としての適格性が有るかどうかとの観点からなされる。

また、申請者に「原子炉を設置するために必要な経理的基礎がある」かどうかについての審査は、添付書類のうち「工事に要する資金の額及び調達計画を記載した書類」、「定款又は寄付行為、登記簿の抄本並びに最近の財産目録、貸借対照表及び損益計算書」(原子炉規則一条の二第二項三、一一号)等に基づき、原子炉を設置するために必要な資金量の見積りが適切なものであるかどうか、また、その資金が調達できるかどうか等との観点からなされる。

2 本件許可申請者である東京電力は、既に、福島第一原子力発電所一号炉の建設と運転の実績を有しており、さらに、同発電所二ないし六号炉の建設を行つていること、本件原子炉の運転に当つては運転開始時において約一一〇名の技術者を必要とするが、これらの技術者について国内及び海外の諸機関を活用して養成訓練を行うほか、先行炉の運転を通じて、所要の教育訓練を実施することになつていること等から、同社には本件原子炉を設置するために必要な技術的能力及び本件原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があるものと認められる。

また、東京電力は、本件原子炉の設置に要する資金約一三二五億円について、それを自己資金、社債、日本開発銀行を含む国内金融機関からの借入れ等により調達する計画であり、同社の資金調達能力及び原子炉設置のための資金計画から見て、同社には原子炉を設置するために必要な経理的基礎があるものと認められる。したがつて、本件許可申請は、原子炉等規制法二四条一項三号の許可要件に適合しているものである。

第三四号要件のうち、平常運転時における被曝低減対策

一 本件許可申請が原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件に適合するものであるかどうか、をみるには、まず、発電用原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全確保対策の体系をみる必要があるところ、原子力発電における安全性の確保の問題は、放射性物質の有する潜在的危険性をいかに顕在化させないか、の点に尽きるものであり、しかして、右の点を踏まえ発電用原子炉施設において講じられている、その基本設計ないし基本的設計方針に係る安全確保対策を体系的に整理すると、それは、次に述べる三つの柱から構成されているということができる。

すなわち、

① 第一は、原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策、すなわち、原子炉施設を取り巻く自然的立地条件に対し万全の配慮をした上、いわゆる多重防護の考え方に基づき、原子炉の運転の際に異常状態が発生することを可及的に防止するのはもちろんのこと、仮に異常状態が発生したとしても、それが拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを極力防止するとともに、仮に右のような事態が発生した場合においてもなお、放射性物質の環境への異常放出という結果が防止され公共の安全が確保されるように、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の事故防止対策を講じることであり、

② 第二は、原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策、すなわち、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量を、これによる公衆の被曝線量が許容被曝線量等を定める件に規定する許容被曝線量以下となるようにすることはもちろんのこと、後記のいわゆるALAPの考え方に基づき、これを可及的に許容被曝線量より低減させるように、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の被曝低減対策を講じることであり、

③ 第三は、原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策、すなわち、原子炉がその安全防護設備との関連において十分に公衆から離れているとの、公衆との離隔に係る立地条件を備えることである。

右の判断に当つては、当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針からみて、現実的には起こる蓋然性のない観念的な事故を想定した場合においても公衆の安全が確保される立地条件にあるかどうかを確認するという方法を採つており、このような安全確保対策についての考え方は正に、念には念を入れるという原子力発電の安全性の確保に関する哲学に由来するものである。

二 そこで、右一の三点からの検討の前にその前提として、まず、放射線とその影響の点を中心に原子力発電の安全性の確保の問題につき述べ、これを踏まえて、右一の三点からの検討(但し、本章では②(第二)の点の検討のみ)をすることとする。

三 原子力発電の安全性の確保

1 発電用原子炉の仕組み

(一) 発電用原子炉の原理

原子力発電の仕組みは、原理的には、火力発電におけるボイラーを原子炉に置き換えたものであつて、蒸気の力でタービンを回転させて電気を起こすという点では、火力発電と全く同じである。

発電用原子炉は、核分裂反応を制御しつつこれを継続的に起こさせることにより、タービンを回転させるために必要な熱エネルギーを発生させるための装置である。その中心部、すなわち、炉心は、核分裂反応を起こして熱を発生させる核燃料、核分裂反応によつて新たに発生する高速の中性子を次の核分裂反応が起こりやすい状態にまで減速させるための減速材、発生した熱を取り出すための冷却材、核分裂反応を制御するための制御材等から成り立つている。

発電用原子炉には、いくつかの種類があるが、軽水型原子炉は、右の減速材及び冷却材の両者の役割を果たすものとして普通の水(いわゆる軽水)を用いるものである。さらに、この軽水型原子炉には、原子炉内で直接蒸気を発生させ、これをタービンに送る方式(沸騰水型)と、高圧をかけることによつて原子炉内では冷却水を沸騰させることなく、高温の水のまま蒸気発生器に導いてそこで蒸気を発生させ、これをタービンに送る方式(加圧水型)とがある。本件原子炉は、前者すなわち沸騰水型原子炉である。

(二) 沸騰水型原子炉の構造と発電の仕組み(別紙第一図参照)

原子炉に用いる核燃料には、中性子が当ると核分裂反応を起こすウラン二三五を数パーセント含む二酸化ウランを円柱状に焼き固めたもの(これを燃料ペレットという。)が使用されており、この燃料ペレットは、両端を密封された金属(ジルコニウム合金であるジルカロイ)製の被覆管の中に縦に積み重ねられ燃料棒を構成している。右の燃料棒は、数十本ごとにまとめられて一つの燃料集合体を形成しており、この燃料集合体数百体で炉心を構成している(別紙第二図及び第三図参照)。また、制御材としては、その内部に中性子を吸収する中性子吸収材が詰められている棒状のもの(これを制御棒という。)が使用されており、この制御棒を出し入れすることによつて炉心に生じた中性子の数を調整して核分裂反応を制御している。これら燃料集合体及び制御棒は、高温、高圧に耐える鋼鉄製の原子炉圧力容器に収められている(別紙第三図参照)。

原子炉圧力容器には、冷却材と減速材とを兼ねる水(軽水)が入れられており、この水は、核分裂反応によつて生じた熱によつて高温の蒸気となる。その蒸気は、主蒸気管を通つてタービンに送られ、タービンにおいて、その熱エネルギーの一部が機械的回転エネルギーに変換され、タービンに結合された発電機により発電を行う。タービンを回転させた蒸気は、復水器で海水により冷却されて水となりこの水は給水管を通つて原子炉圧力容器内に戻され、そこで再び高温の蒸気となつてタービンを回転させることとなる。

また、原子炉圧力容器には、冷却材再循環系設備を接続させ、炉心を循環する冷却水の一部を強制的に再循環させるとともにその循環流量を調整することにより、発生する蒸気量を加減している。

このように、原子炉圧力容器内で発生した蒸気がタービン、復水器を経て水になり、再び原子炉圧力容器に戻つてくる冷却水の循環経路を構成する設備及び右冷却材再循環系設備を原子炉冷却系統設備という。

なお、原子炉圧力容器、冷却材再循環系配管、原子炉圧内容器から隔離弁に至るまでの主蒸気系及び給水系の各配管等の原子炉冷却系統設備の一部で、平常運転時には冷却水を内包し、異常事態発生時には弁により他の部分と隔離し、圧力障壁を形成する範囲を圧力バウンダリという。

2 原子力発電の有する潜在的危険性とその安全性の確保

(一) 原子力発電の有する潜在的危険性

軽水型原子炉を利用した原子力発電の有する潜在的危険性には、核燃料の核分裂反応により発生する核分裂生成物等の放射性物質によるもの、高温、高圧の水や蒸気を使用することによるもの等がある。

しかし、潜在的危険性のうち、放射性物質による危険性以外のものについては、火力発電におけるそれと何ら異なるところはなく、既に十二分の安全性が確保されていたところである。したがつて、原子力発電の有する潜在的危険性について特に論じる必要があるとすれば、それは放射性物質によるものについてであり、結局、原子力発電における安全性の確保の問題は、右の放射牲物質の有する潜在的危険性をいかに顕在化させないか、の点に尽きるのである。

そこで、次において、放射線に関し、放射線と人間とのかかわりとの視点から、放射線被曝の人間に及ぼす影響の問題を中心に、述べることとする。

(二) 放射線とその影響

(1) 放射線の種類とその性質

放射線とは、アルファ線、ベータ線、中性子線等の粒子線と、ガンマ線、エックス線等の波長の非常に短い電磁波との総称である。また、放射能とは、放射線を放出する能力のことであり、放射性物質とは、この放射能を有する物質のことである。しかしながら、特に誤解を招くおそれがない場合には、右の用語を厳密に区別することなく、これらを便宜的に放射能ということもある。

右の放射線のうち、ガンマ線やエックス線等の電磁波は、物質との相互作用が極めて小さく、したがつて、透過力は非常に大きく、これを遮へいするには一般に厚い鉛板やコンクリート壁が必要である。また粒子線のうち、アルファ線は、物質との相互作用が大きく、したがつて、透過力は極めて小さく、空気中でも数センチメートル程度しか透過できず、薄い紙一枚で完全に遮へいすることができる。ベータ線は、物質との相互作用がアルファ線に比べるとはるかに小さく、したがつて、透過力はアルファ線よりもかなり大きいが、空気中でも数十センチメートルないし数メートル程度しか透過できず、数ミリメートルないし一センチメートル程度の厚さのアルミニウムやプラスチックの板で完全に遮へいすることができる。中性子線は、その速度により物質との相互作用の起こり方が異なり、したがつて、透過力についても、低速度のものは透過力が小さく、高速度のものはかなり透過力が大きいが、これを水のように水素を大量に含む物質中を通し、質量のほぼ等しい水素の原子核と衝突させて減速させることにより、容易に遮へいすることができる。

(2) 放射線と人間生活

イ 自然放射線と人間生活

自然界にはあらゆるところに、そして常に放射線が存在し、人類は、その誕生のときから現在に至るまで絶えず自然放射線を被曝し続けながら生活してきたのであつて、決して原子力発電等が開発されて初めて放射線を被曝するようになつたのではない。

すなわち、自然界には、宇宙線と呼ばれる放射線、地殼を構成している花崗岩、石灰岩、粘土等の中に含まれる放射性物質から放出される放射線、人間が摂取する飲食物等の中に含まれる放射性物質から放出される放射線等が存在し、人類はこれら自然界からの放射線を絶えず被曝し続けているのである。

この自然放射線による一人当りの被曝線量は、地域によつてかなりの差異がある。例えば我が国の場合においても、九州では年間0.08ないし0.1レム、関東では年間0.04ないし0.06レムと、九州と関東との間には年間0.02ないし0.06レム程度の差異が認められる。さらに、諸外国においては、年間0.5レム、あるいは三レムをも記録している地域すら存在するのである。

また、コンクリート造りの家屋の中で受ける被曝線量は、コンクリートの中に含まれる放射性物質からの放射線が加わつて、木造の家屋の中で受ける被曝線量の約1.5倍になる場合も決して珍しくない。

このように、自然放射線による一人当りの被曝線量は、居住地域や生活様式等によつてかなりの差異を生じるが、我が国における自然放射線による一人当りの被曝線量は、平均して年間0.1レム程度であるとされており、その内訳は、宇宙線によるもの0.03レム程度、地殼からの放射線によるもの0.05レム程度、摂取された飲食物等からの放射線によるもの0.02レム程度とされているのである。

ロ 人工放射線と人間生活

人間が日常生活を営んでいく上において被曝している放射線には、右の自然放射線以外にも、種々の人工放射線がある。例えば、医療用として、胸部レントゲン間接撮影の場合には一回当り0.1ないし0.5レムを被曝し、胃や歯の診断のためのレントゲン撮影の場合には、一回当り0.5ないし四レムを被曝することがある。そのほか夜光時計やテレビ等からも放射線は放出されているのである。

(3) 放射線被曝による障害等

イ 放射線被曝による障害

人間の放射線被曝による障害としては、放射線を被曝した個人に現れる身身体的障害と、その個人の子孫に現れる遺伝的障害とに分けられ、身体的障害は、更に被曝後余り長くない時期、すなわち通常二、三週間以内に現れる急性障害と、かなり長い潜伏期間を経て現れる晩発性障害とに分けられる。

① 身体的障害

身体的障害のうちの急性障害は、短期間に高線量の放射線を被曝した場合に初めて生じるものであつて、被曝線量や被曝部位によつても異なるが、はき気、けん怠感、下痢に始まり、白血球減少、脱毛、発疹、水疱、急性潰瘍等の症状をひき起こし、極端な高線量被曝の場合には死に至ることもある。また、晩発性障害は、短期間に高線量の放射線を被曝したときだけではなく、比較的低線量の放射線を長期間被曝することによつても発生することもあり得るのではないかと考えられているが、その症状としては、白血病、その他のガン、白内障、生殖力低下等がある。

ところで、高線量の放射線を短期間に被曝した場合については、その被曝線量とそれによつて生じる障害との関係が比較的よく判明している。

例えば、急激に高線量の放射線を全身に被曝し何らの医療措置を受けない場合には、一万ラド以上では、中枢神経の障害のため極く短期間のうちに死に至り、四〇〇ラド程度では、主として造血組織の障害のため被曝した人の半数が三〇日以内に死亡し、五〇ないし七五ラド程度では、白血球の一時的な減少が起こるが、二五ラド以下では、臨床症状は殆ど発生しないといわれている。

一方、比較的低線量の放射線を長期間被曝した場合にも、白血病その他のガン等の晩発性障害が生じ得るのではないかと考えられている(ただし、白内障等低線量の被曝によつては発生しないことが判明している晩発性障害もある。)。しかしながら、比較的低線量の放射線被曝の場合には、たとえ晩発性障害が起こり得るとしても、その頻度が極めて小さく、放射線を被曝した場合としない場合と比較してみても、右障害の発生率に意味のある差は認められず、現在のところ、右の晩発性障害として発生する可能性があるといわれる症状がどの程度の放射線をどれだけ長期間被曝した場合に発生するのかは必ずしも明らかになつていない。

なお、身体的障害は、一般に、被曝線量の総量が同じであつても、その線量を被曝した期間が長ければ長いほど、換言すれば、線量率が小さければ小さいほどその影響は小さいものと考えられている。

② 遺伝的障害

遺伝的障害は、生殖細胞の中にある遺伝子や染色体が、物理的、化学的その他種々の要因により突然変異あるいは異常を起こし、それが子孫に伝えられて生じるものであり、生殖腺が放射線を被曝した場合には、放射線も右の突然変異あるいは異常を起こす要因の一つになる可能性があるとされている。

ところで、放射線の被曝線量とそれによつて生じる遺伝的障害との関係については、人間以外のいくつかの動物の場合に、中線量域ではほぼ直線関係が成立することが認められているが、低線量域における遺伝的障害は、晩発性障害のうちの発ガンの場合と同様に、たとえそれが生じ得るとしてもその頻度が極めて小さいため、放射線を被曝した場合と被曝しない場合とを比較してみても、その発生率に意味のある差は認められないのであり、低線量放射線被曝と遺伝的障害の発生との関係については必ずしも明らかではない。したがつて、現在のところ、比較的高線量の放射線を照射した動物実験データを参考として、人間の遺伝的障害について推論がなされている程度である。

なお、遺伝的障害の場合においても、一般に、被曝線量の総量が同じであつても、その線量を被曝した期間が長ければ長いほど、すなわち、線量率が小さければ小さいほどその影響は小さいものと考えられている。

ロ 低線量の放射線被曝の影響

右に述べたように、低線量放射線被曝と晩発性障害及び遺伝的障害の発生との定量的な関係については詳しい知見は得られていない。右のような現状において、低線量放射線被曝の人体に対する影響を理解するに際し参考になるのが自然放射線被曝における地域差である。すなわち、前述のように、自然放射線による一人当りの被曝線量については、我が国の場合においても、例えば九州と関東との間には年間0.02ないし0.06レムの差異が認められるにもかかわらず、九州において関東に比較してより多くの人が晩発性障害や遺伝的障害を受けているという証拠は全く得られていない。また、諸外国における自然放射線による一人当りの被曝線量が大きく異なる地域を相互に比較してみても、晩発性障害や遺伝的障害の発生率には、意味のある差があるという結果は全く認められていないのである。

右のことから、自然放射線被曝における地域差よりも小さい低線量放射線被曝による影響は、仮にあるとしても、それは無視できる程度のものであることが理解される。

(4) 公衆の許容被曝線量

我が国においては、原子力発電所における周辺監視区域(人の居住を禁止し、かつ、業務上立ち入る者以外の者の立ち入りを制限する区域。原子炉規則一条七号、七条三号参照)外の許容被曝線量、すなわち、公衆の許容被曝線量は、一年間につき0.5レムとされている(許容被曝線量等を定める件二条)。

これは、ICRPの公衆に対する被曝線量限度に関する勧告(一九五八年)を尊重し、総理府に設置された放射線審議会(放射線障害防止の技術的基準に関する法律四条参照)の答申を受けて、原子炉規則の規定に基づき定められた数値であり、米国、カナダ、ソ連等諸外国においても採用されている数値である。

ところで、ICRPは、右公衆に対する被曝線量限度を勧告するに当つては、放射線被曝による障害については、しきい線量(これ以下の被曝線量では障害が生じ得ないという線量)が存在するかもしれないことを認めながらも、これを積極的に肯定するまでの知見は得られていないので、いかに低い被曝線量でも障害が生じるかもしれない、換言すれば、低線量放射線被曝と障害発生との間に直線関係が成り立つかもしれないという慎重な仮定の下に、長年にわたるエックス線やラジウムその他の放射性物質の使用経験、人間その他の生物の放射線障害に関する知見に照らして、身体的障害及び遺伝的障害の発生する確率が無視し得るほど小さい線量を社会的に容認できる被曝線量限度として勧告したものである。

そして、これと同時に、ICRPは、放射線被曝についてはこの線量を超えさえしなければよいというのではなく、「経済的および社会的な考慮を計算にいれたうえ、すべての線量を容易に達成できるかぎり低く保つべきであること」(いわゆる「ALAP」の考え方)をも併せて勧告している。

そこで、我が国においても、このALAPの考え方に立つて、平常運転に伴う公衆の被曝線量を、右の許容被曝線量よりも更に一層低く抑えるための努力が払われてきたが、その努力目標値を明らかにすることが望ましいとの観点から、昭和五〇年五月、線量目標値指針が定められ、放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の合計値については年間0.005レム、放射性よう素に起因する甲状腺被曝線量については年間0.015レム、との努力目標値が明示された。

(5) 本項に関する原告らの主張の失当性

イ 被曝線量と放射線障害との関係に関する主張について

① 原告らは、アリス・スチュアートらにより数ラドから数十ラドの極く少ない被曝線量でも白血病やガンなどの悪性腫瘍が発生していることが確かめられ、放射線障害と被曝放射線量とは「しきい値」のない直線的比例関係にあることが判明した旨主張する。

なるほど、スチュアートらは、その胎児被曝に関する論文(原告ら引用の一九五八年発表のものに引き続き、一九七〇年にも同旨の論文が発表されている。)において、被曝線量と小児ガンの発生リスクとの間の直線関係につき記述しているが、米国放射線防護測定審議会(NCRP)の「職業上被曝する婦人における胚及び胎児に対するNCRPの線量限度の再検討」と題する一九七七年報告は、広島、長崎における原爆被曝者を対象とした研究においては原爆による胎児被曝ではガンの超過発生がみられないこと、及び、他の胎児被曝に関する研究や臨床観察によつても右スチュアートらの論文におけるような低線量放射線被曝を原因とするガンの超過発生は支持されていないこと等から、右スチュアートらの論文に係る小児ガンの超過発生は、診断に用いられたX線により胎児期に受けた被曝に起因するものというよりも、X線を用いた診断を必要とせざるを得なかつたような他の理由に起因する可能性が高いとしているのである。

したがつて、右スチュアートらの論文を根拠として、低線量域においても被曝線量と放射線障害の発生率との関係にはしきい値がないことが判明したとする原告らの右主張は、失当といわなければならない。

なお、NCRPは、右報告において、放射線防護上は十分保守的な(安全側に立つた)仮定をおくという基本的な立場から、職業上被曝する婦人における胚及び胎児に対する線量限度を再検討した結果、従来の基準を変える必要はないものとしている。

② また、原告らは、ゴフマンとタンプリンによれば、あらゆる種類のガンと白血病の平均倍加線量は五〇ラドより大きくはなく、一ラドの被曝によるガンと白血病の発生率は自然発生率の二パーセントとなるとして、低線量被曝によつても放射線障害がもたらされることは明らかである旨主張する。

しかしながら、原告らの右主張(ただし、右主張における「あらゆる種類のガンと白血病の平均倍加線量は五〇ラドより大きくはない」旨が、いかなる論文に記述されているか詳らかではない。)は、以下に述べるとおり、失当といわなければならない。

すなわち、右倍加線量の考え方は、元来放射線被曝による遺伝的影響のリスクの程度を量的に表現しようとする際に用いられるものであるが、これをゴフマン及びタンプリンのように晩発性障害であるガンの発生率にまで応用することについて、米国原子力委員会(AEC)は、各種のガンにおける自然発生率の大幅な変動を無視するものであること(例えば、胃ガンの自然発生率は、国によつて百万人当り六五人から七〇六人と極めて大きな差があり、したがつて、もし単位被曝線量当りのガン発生率を一定とするならば、倍加線量は一〇倍以上違うことになる。)等から、科学的根拠が認められないと結論付けているのである。

そもそも、権威ある国際機関(ICRP等)及び国立機関(NCRP等)においては、右倍加線量の考え方は、被曝線量と放射線障害の発生率との関係が直線的であると確信されている線量域以外の場合にまで拡大して用いられていないところ、前記のように身体的障害について、低線量域以下においては、被曝線量と放射線障害の発生率との間に直線関係が成立するのか、それともしきい線量が存在するのか、についていずれとも断定するに足りる知見は得られていないのであるから、右のように倍加線量の考え方によつてガン等の発生率を算出すること自体失当といわなければならない。

なお、ゴフマン及びタンプリンは、米国における一般住民の年間平均線量限度0.17レム(個人最大0.5レム)を一〇分の一に切り下げるべきである旨主張しているが、AECは、ゴフマン及びタンプリンの右主張を、米国内のすべての男女が原子力施設から右年間平均線量限度0.17レムを被曝すると想定するというような全く非現実的な仮定に立つばかりでなく、低線量の放射線の影響をも過大に評価しているとしており、もとより米国において、現在に至るまで右線量限度が引き下げられたという事実はない。

③ また原告らは、ICRPが、一ラドの放射線を浴びることによつて照射後二〇年以内に白血病も含めたガンなどの悪性腫瘍で死ぬ人が一〇〇万人について四〇人程度生じることになると推定していることは、放射線障害に「しきい値」がないことが判明したことを前提としているものである旨主張するもののようである。

しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり、失当といわなければならない。

すなわち、放射線被曝による身体的障害のうち、急性障害については、二五ラド以下では臨床症状はほとんど発生しない等の医学上の知見からしきい線量の存在がかなりの程度明らかになつているが、白血病、ガン等の晩発性障害の発生については、前記のように、低線量放射線被曝による人体への影響は、たとえそれによつて障害が発生する場合があり得るとしても、発生する頻度が極めて少ないこと等のため信頼するに足りるデータの収集が極めて困難であるところから、しきい線量が存在するか否かいずれとも断定するに足りる知見は得られていない状況にある。

そこで、ICRPは、公衆に対する被曝線量限度を勧告するに当つて、右のような状況を踏まえ、しきい線量が存在するかもしれないことは認めつつも、安全を極めて重視するという立場から、放射線防護上はしきい線量の不存在を仮定する扱いとしているのであつて、実際にしきい線量が存在しないとしているものではない。

ロ 寿命の短縮に関する主張について

原告らは、ワレン及びセルツァらの報告によれば、放射線被曝による障害として、白血病、ガンその他の悪性腫瘍の発生のほか、特にどの病気によつてということではなしに死亡率を増加させて、一ラド当り2.5日程度の寿命の短縮が起きるとされている旨主張する。

しかしながら、電離放射線の生物学的影響に関する委員会(BEIR委員会)の「低線量電離放射線の被曝によるヒト集団への影響」と題する一九八〇年報告書(BEIR―Ⅲ報告書)及び原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の一九八二年報告書は、多くの動物実験データや広島、長崎の原爆被曝生存者に関する調査データに基づき、低線量放射線被曝による寿命の短縮は、殆どガンの誘発によるものであり、老化(加令)その他の非特異的な原因によるものではないと結論し、また、ICRPも一九七七年の勧告において、ガン以外の影響による寿命短縮の証拠は決定的でなく、したがつて定量的なリスク推定には用いられない、としているのであつて、原告らの右主張のように、僅か一ラド程度の低線量放射線被曝による寿命の短縮を定量的に論じることは論外といわざるを得ない。

ちなみに、原告らが右にいうワレン及びセルツァらの報告とは、ワレンが一九五六年に、米国医師会雑誌に掲載された医師の死亡広告を分析した結果等から、放射線科医は放射線と接触がない一般の医師と比較して5.2年の寿命の短縮があるとした論文及び一九六五年にセルツァらが発表した同旨の論文を指すものと思われるが、UNSCEARの右一九八二年報告書は、放射線に対する防護施策が実施されるようになつてから後に被曝した放射線科医にガンを伴わない寿命短縮がみられるとの報告はなくなつたが、この事実の論理的帰結として言えることは、防護施策以前に許容できるとされた線量域(すなわち、現在採用されているものよりも一〇倍高い線量限度)までは寿命の短縮は起こり得ないということである、としている。

四 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性

1 原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性についての審査

(一) 繰り返し述べてきたように、原子力発電における安全性の確保の問題は、放射性物質の有する潜在的危険性をいかに顕在化させないか、という点に尽きる。そして、このためには、前述のような原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策が講じられることが必要であるのみならず、さらに、原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策、すなわち、原子炉の平常運転に伴つて、不可避的に環境に放出される微量の放射性物質についても、これによる公衆の被曝線量が許容被曝線量等を定める件に規定する許容被曝線量以下となるようにすることはもちろんのこと、ALAPの考え方に基づいて、これを可及的に許容被曝線量より低減させるための対策が講じられなければならない。

なお、原子炉施設の運転に伴い発生する放射性物質による被曝の問題として考慮すべきものには、平常運転に伴つて原子炉施設から環境に放出される微量の放射性物質による公衆の被曝の問題のほかにも、原子炉施設内に閉じ込められている放射性物質から放出される放射線による発電所従事者の被曝の問題があるが、以下においては、本件原子炉施設の周辺に居住すると主張する原告らの法律上の利益にかかわりのある前者の問題に係る被曝低減対策の点を中心に述べることとする。

(二) 原子炉設置許可に際しての安全審査において、申請に係る原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性を確保し得るものであるかどうかを判断するに当つては、当該原子炉施設について、

第一に、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量を抑制できるものかどうか、すなわち、

① 放射性物質が冷却水中に現れることを抑制できるものかどうか、

② 冷却水中から原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質を、その形態に応じて適切に処理し得る放射性廃棄物廃棄設備が設けられるものかどうか、

等を、

第二に、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質による公衆の被曝線量の評価が適切になされ、かつ、その評価値が許容被曝線量年間0.5レムを下回ることはもちろんのこと、ALAPの考え方に基づき更に一層低く抑えられるものかどうかを、

第三に、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の放出量、環境中における線量率等をそれぞれ適確に監視することのできる放射線管理設備が設けられるものかどうかを、

それぞれみる。

(三) なお、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質には、希ガス、よう素、鉄、マンガン、コバルト、トリチウム等があり、これらによる公衆の被曝形態としては、①気体として放出された放射性物質が空気中に拡散している間にこれから放出される放射線による外部被曝、②気体として放出された後地表に沈着した放射性物質から放出される放射線による外部被曝、③気体として放出された放射性物質を吸入したり、これらが付着した農作物等を摂取することによる内部被曝、④液体として放出された放射性物質から放出される放射線によつて遊泳中や漁業活動中に受ける外部被曝、⑤液体として放出された放射性物質を取り込んだ海産物を摂取することによる内部被曝等が考えられる。

ところで、これまでの軽水型原子炉の運転経験や放射線等に関する調査、研究によれば、軽水型原子炉の平常運転に伴つて放出される放射性物質のなかでは希ガスが量的に最も多いこと、右希ガスは、透過力の強いガンマ線を放出するため全身にわたつて被曝させること、放出される放射性物質中、よう素は、海藻等に濃縮したり、葉菜類に付着する等の性質があるとともに、人体内部に取り込まれた場合には甲状腺に集まる特性があること、鉄、マンガン、コバルト等は、気体廃棄物中には殆ど含まれていないが、液体廃棄物中に占める割合は多く、また海産物中で濃縮する性質を有するため、その海産物を摂取した場合には人体に比較的大きな被曝を与える可能性があること、更には、人体が被曝することによつて受ける影響は各臓器が個別的に被曝する場合よりも全身にわたつて被曝する場合の方が大きいこと等が判明しており、これらの事実を総合的に考慮すると、前記①のうち希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被曝が最も主要な被曝形態であり、次に③及び⑤のうちのよう素に起因する内部甲状腺被曝及び⑤のうちの内部全身被曝が主要な被曝形態であつて、他は無視し得る程度のものということができる。

したがつて、右の主要な形態の被曝についての定量的な線量評価における公衆の被曝線量が十分低い値であれば、公衆の被曝線量は、右以外の形態の被曝による寄与分を考慮してもなお低く抑えられるものと判断できるところから、安全審査における公衆の被曝線量評価の妥当性の判断は、右の主要な形態の被曝についての定量的被曝線量評価の妥当性の審査に基づいて行うこととしている。

2 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性

本件安全審査においては、以下に述べるとおり、本件許可申請につき、右に述べた各事項について慎重な検討を行つた結果、本件原子炉施設はその基本設計ないし基本的設計方針において、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性を確保し得るもの、すなわち、平常運転時における被曝低減対策との関連において、原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設置されるものであると判断された。(なお、以下においては、本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性に関する事項のうち、特に原子炉施設から環境に放出される微量の放射性物質による公衆の被曝の問題に関する安全審査の内容について詳述するのであるが、発電所の従事者の被曝に係るそれの一端についてここで触れれば、例えば、発電所の従事者の被曝線量が許容被曝線量等を定める件に規定する許容被曝線量以下となるよう管理し得る遮へい設計の方針が採られること、ポケット線量計、フィルムバッジ等の放射線管理設備が設けられること等が確認されている。)

(一) 環境への放射性物質放出の抑制

本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計方針において、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量を抑制できるものと判断された。

(1) 放射性物質の冷却水中への出現の抑制

原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量を低減するためには、まず、放射性物質が冷却水中に現れるのを抑制できなければならない。

原子炉の平常運転に伴い原子炉施設内に蓄積される主な放射性物質は、後記第六章第三の一の1のように、①燃料の核分裂反応によつて燃料被覆管内に生成される核分裂生成物等と、②冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食によつて生成された腐食生成物等が中性子により放射化されることによつて生じる放射化生成物の二種類である。そして、前者については、それを燃料被覆管内に閉じ込めることにより、また、後者については、冷却水についての適切な水質管理を行うこと等によつてそれの出現を極力防止し得る設計とすることにより、これらの放射性物質の冷却水中への出現を抑制するのである。

本件安全審査においては、まず、①核分裂生成物等については、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管の健全性が維持されるような設計となつていることが確認され、次に、②放射化生成物については、冷却水の水質を腐食の生じ難い清浄な状態に保つために原子炉冷却材浄化系、復水脱塩装置等の水質管理を行う設備が設けられること等が確認された結果、本件原子炉施設は、放射性物質が冷却水中に現れるのを抑制できるものと判断された。

(2) 冷却水中から原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質の処理

原子力発電所においては、右に述べたような対策にもかかわらず、①多数の燃料棒のうちの極く一部のものの燃料被覆管にピンホール(目に見えないほどの微小な穴)が生じる可能性を完全に消去することはできず、このピンホール等から核分裂生成物等が冷却水中に漏洩することがあり、また、②冷却水が接する機器や配管の内面等のすべてにわたつて腐食を完全に防止することは困難であり、したがつて、極めて微量ではあるが放射化生成物の発生は不可避であること等の理由から、冷却水中に微量とはいえ放射性物質が現れることは避けられない。

右のようにして冷却水中に現れた放射性物質の大部分は、原子炉冷却系統設備内に閉じ込められるが、右の放射性物質の一部は冷却水の清浄度を保つために行う浄化処理の過程において原子炉冷却系統設備外に不可避的に取り出されること、また、復水器から抽出される空気あるいはポンプ、バルブ等から漏洩してくる水とともに原子炉冷却系統設備外に不可避的に漏出すること、等から、これら原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質については放射性廃棄物廃棄設備により適切な処理を行い、環境への放射性物質の放出をできる限り低く抑えなければならない。

本件安全審査においては、本件原子炉施設には、以下に述べるように、原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質について、気体、液体、固体の各形態に応じて適切に処理し得る放射性廃棄物廃棄設備(別紙第八、九図参照)が設けられるものと判断された。

イ 気体状の放射性物質

本件原子炉施設において発生する主な気体状の放射性物質としては、①平常運転時に、復水器内の真空を保つため復水器空気抽出器により連続的に抽出される復水器内の空気の中に含まれる放射性物質、②タービンの停止後比較的短時間のうちにこれを再起動させる際に、復水器内を真空にするために用いられる真空ポンプの運転により復水器内から間欠的に放出される空気の中に含まれる放射性物質(ただし、右間欠放出の回数は少なく、かつ一回当りの放射性物質の放出量も少ない(なお、タービンの停止後比較的長時間後にこれを再起動させるに際し、真空ポンプを運転する場合においては、右停止中に復水器内の放射性物質の放射能が十分に減衰しているので、右真空ポンプの運転に伴い放出される放射性物質の量は無視し得る程度となる。)。)、の二種類があり、これらの気体状の放射性物質には、クリプトン、キセノン等の希ガス、気体中に浮遊する粒子状放射性物質等が含まれる。

本件安全審査においては、本件原子炉施設について、右①については、希ガスを長時間保留してその放射能を十分減衰させる活性炭式希ガスホールドアップ装置(活性炭の有する気ガスの吸着能力を利用して、気ガスを長時間かけて活性炭の層を通過させることにより、その放射能を減衰させる装置)、粒子状放射性物質を捕捉するフィルタ(ろ過器)、希ガス等を拡散、希釈するための排気筒等が設けられること、右②については、希ガス等を拡散、希釈するための排気筒が設けられること、等が確認された結果、本件原子炉施設において発生する気体状の放射性物質について、これを適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものと判断された。

ロ 液体状の放射性物質

本件原子炉施設において発生する主な液体状の放射性物質としては、①ポンプ、バルブ等からの漏洩水等のうち、比較的放射能濃度が高い機器ドレン廃液(ドレンとは、排水のことである。)及び比較的放射能濃度が低い床ドレン廃液、②復水脱塩装置の樹脂や廃棄物処理設備で使用された樹脂を再生(樹脂の中に取り込まれている不純物を化学処理によつて洗い出し、樹脂を当初の状態に戻す操作)する際に発生する再生廃液等の、比較的放射能濃度が高い化学廃液、③発電所の従事者が使用した衣類等を洗濯する際に発生する廃液で、放射能濃度が極めて低い洗濯廃液、の三種類がある。

本件安全審査においては、本件原子炉施設について、右①のうち機器ドレン廃液については、固形分を取り除くためのろ過装置及びイオン状物質を取り除くための脱塩装置等が設けられること(処理水は、原子炉の冷却水等として再使用される。)、右①のうち床ドレン廃液及び右②の化学廃液については、固形分を取り除くためのろ過装置及び蒸留するための蒸発濃縮装置等が設けられること(蒸留水は、脱塩処理をした後、原則として原子炉の冷却水等として再使用される。)(なお、蒸留した際に濃縮廃液が残るが、この廃液は固体状の放射性物質として処理される(後記ハ参照)。)、右③の洗濯廃液については、固形分を取り除くためのろ過装置が設けられることとなつていること、処理水は復水器冷却用の海水に混合、希釈して、環境に放出すること、等が確認された結果、本件原子炉施設において発生する液体状の放射性物質について、その性状に応じ適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものと判断された。

ハ 固体状の放射性物質

本件原子炉施設において発生する主な固体状の放射性物質としては、①冷却水の浄化処理等のために使用される脱塩装置等から発生する使用済樹脂等、②液体状の放射性物質の蒸発濃縮装置から発生する濃縮廃液、③機器の点検や修理の際に冷却水に触れるなどして放射性物質が付着した布きれや紙屑等の雑固体廃棄物、の三種類がある。

本件安全審査においては、本件原子炉施設について、右①のうち比較的放射能濃度が低いものについては、固化材と混合してドラム缶詰めする装置が設けられること、比較的放射能濃度が高いものについては、貯蔵して放射能を減衰させるための貯蔵タンクが設けられること、右②については、いつたん貯蔵して放射能を減衰させるための貯蔵タンク及び固化材と混合してドラム缶詰めする装置が設けられること、右③については、圧縮減容する装置及びドラム缶詰めする装置が設けられること、さらに、右の各ドラム缶は、固体廃棄物貯蔵設備に適切に貯蔵、保管し得ること、等が確認された結果、本件原子炉施設において発生する固体状の放射性物質について、これを適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものと判断された。

(二) 公衆の被曝線量の評価

本件原子炉施設は、以上述べたように、その基本設計ないし基本的設計方針において、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量を抑制できるものがあるが、極く微量とはいえ環境に気体状及び液体状の放射性物質が放出されることとなるため、本件安全審査においては、さらに、これによる公衆の被曝線量の評価の妥当性の審査を行い、その結果、右評価は適切になされているものであり、かつ、その評価値が許容被曝線量年間0.5レムを下回ることはもちろんのこと、ALAPの考え方に基づき更に一層低く抑えられるものと判断された。

(1) 被曝線量評価方法の妥当性

原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出された気体状及び液体状の放射性物質は大気中や海水中において拡散、希釈し、公衆は、この拡散、希釈した放射性物質から放出される放射線によつて被曝したり、更には、この拡散、希釈した放射性物質を吸入したり、それを取り込んだ海産物等を摂取したりすること等によつて被曝することとなる。

したがつて、公衆の被曝線量の評価が適切になされているといえるためには、当該原子炉施設から放出される気体状及び液体状の放射性物質の放出量、放出後における大気中や海水中での拡散、希釈の状況等評価の前提条件の設定等評価方法が妥当性を有するものでなければならない。

本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量評価に当つては、第一に、気体廃棄物については、①本件原子炉施設から大気中への年間放出量につき、平常運転時に復水器から連続的に抽出される空気に含まれる放射性希ガスが約四万三〇〇〇キュリー(毎秒1.7ミリキュリー、年間稼働率八〇パーセント)、真空ポンプの運転により間欠的に放出される放射性希ガスが一万二五〇〇キュリー(一回当り二五〇〇キュリー、年間五回)、放射性よう素が約0.95キュリー(毎秒0.00003ミリキュリー)と想定されていること、また、②本件原子炉施設から大気中に放出された気体廃棄物の拡散、希釈の状況につき、本件原子炉敷地における一年間の気象観測の実測値を用いて計算していること、第二に、液体廃棄物については、③本件原子炉施設から海水中への年間放出量につき、トリチウム以外のものが一キュリー、トリチウムが一〇〇キュリーと想定されていること、また、④本件原子炉施設から海水中に放出された液体廃棄物の拡散、希釈の状況につき、復水器冷却水放水口に放出された直後のいまだ拡散、希釈される前の濃度を計算してこれを用いていること等の評価の前提条件が設定されていることが確認され、かつ、右①の気体廃棄物の放出量については、連続抽出される空気に含まれる放射性希ガスについての毎秒1.7ミリキュリーという値は先行炉の実績値よりもかなり大きい値であること、また、間欠放出される放射性希ガスについての一回当りの放出量及び年間の放出回数は先行炉の実績を踏まえて想定されている合理性のあるものであること、同様に、放射性よう素の放出量についても先行炉の実績を踏まえて想定されている合理性のあるものであること、右②の気体廃棄物の拡散、希釈の状況については、気象観測が季節ごとの変化を考慮して一年間にわたつて行われており、その結果に基づいてなされた計算は妥当なものであること、右③の液体廃棄物の年間放出量については、先行炉における実績等からみて安全側に立つた放出量の想定であるということができること、右④の液体廃棄物の拡散、希釈の状況については、復水器冷却水放水口に放出された液体廃棄物は、実際は、その放出後前面海域において、拡散、希釈することによつてその濃度は低くなるにもかかわらず、その効果を無視し右放水口における濃度をそのまま用いていること等が確認された結果、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量の評価の前提条件の設定等評価方法は妥当なものであると判断された。

(2) 被曝線量評価値の妥当性

本件安全審査においては、右(1)のような各種の厳しい条件を設定した場合においても、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量の最大値は、放射性希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝線量が年間約0.0013レム、福島第一原子力発電所からの寄与分を考慮して年間約0.0016レム、液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量が年間約0.0003レム、合計した全身被曝線量が年間約0.0016レム、福島第一原子力発電所からの寄与分を考慮して年間約0.0019レムと評価されること、また、放射性よう素に起因する甲状腺被曝については、気体廃棄物中の放射性よう素に起因するものは、牛乳を摂取する乳児が最大となり、その被曝線量は福島第一原子力発電所からの寄与分を考慮して年間約0.012レムと評価されること、また液体廃棄物中の放射性よう素に起因する被曝線量は年間約0.0006レムと評価されることが確認された結果、本件原子炉施設は、その平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質に起因する公衆の被曝線量の評価値が、許容被曝線量年間0.5レムをはるかに下回ることはもちろんのこと、ALAPの考え方に基づき更に一層低く抑えられるものと判断された。

なお、本件許可処分後、ALAPの考え方を具体的に明示するために定められた線量目標値指針及び線量目標値の具体的な評価方法を明示するために定められた線量目標値評価指針に従つて右各被曝線量を計算評価し直した結果、放射性希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝線量の最大値は年間約0.0008レム、液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量は年間約0.0002レム、合計した全身被曝線量が年間約0.0010レム、放射性よう素に起因する甲状腺被曝線量の最大値は年間約0.0029レムと評価され右各評価値は、線量目標値指針における線量目標値(放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量の評価値及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の評価値の合計値について年間0.005レム、放射性よう素に起因する甲状腺の被曝線量の評価値について年間0.015レム)を十分下回るものであることが確認されている。

(三) 放射性物質の放出量等の監視

原子炉施設の平常運転に伴つて放射性物質を環境に放出するに当つては、放射性廃棄物廃棄設備が正当に機能していること等を確認するために、その放出量及び放出後における線量率等を適確に監視することのできる設備を設けることが必要である。

本件安全審査においては、本件原子炉施設について、まず、①気体廃棄物については、活性炭式希ガスホールドアップ装置の前後にそれぞれ放射線量を連続的に監視する放射線モニタが設けられること、排気筒から環境への放出量を連続的に監視するために排気筒に放射線モニタが設けられること、等が、②液体廃棄物については、環境に放出する前に放射性物質の濃度が十分低いことを確認するため、いつたんサンプルタンクに貯留し、放射性物質の濃度をサンプリングして測定する設備が設けられること、復水器の冷却水放水路につながる排水管には放出量を連続的に監視し得る放射線モニタが設けられること、等がそれぞれ確認され、また、環境中の線量率等の監視については、本件原子炉施設の周辺にモニタリングポスト等の線量率等を測定する設備が設けられること、等が確認された結果、本件原子炉施設には、その平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の放出量、環境中における線量率等をそれぞれ適確に監視することのできる放射線管理設備が設けられるものと判断された。

3 本項に関する原告らの主張の失当性

(一) 放射性物質放出量の低減対策に関する主張について

原告らは、原子力発電所の設置に当つては、環境への放射性物質の放出量の低減化の可能性について厳しく点検され、改善措置が施されなければならないが、本件原子炉施設の放出低減化措置については、可能な改善措置に関して本件安全審査時に具体的な代替技術の検討をどれほど試みたか疑わしい旨主張する。

しかしながら、本件安全審査においては、本件原子炉施設について、前に述べたように、原告らが特にその有効性を強調する活性炭式希ガスホールドアップ装置が設けられることはもちろんのこと、さらに、タービン軸封蒸気系からの排気に含まれる放射性物質を無視し得る程度の極めて低いレベルに低減するため、タービン・グランド(タービン軸封部)のシール蒸気にタービン自体からの漏洩蒸気を使用する従来の方式に代えて、専用の蒸化器を設置し、復水貯蔵タンク水を蒸発させその清浄な蒸気等を使用する、いわゆるセパレート・スチーム・シール・システムを採用すること等、ALAPの考え方に基づいて、本件原子炉施設の平常運転時における公衆の被曝線量を可及的に許容被曝線量より低減させるための対策が講じられることを確認しているのであるから、原告らの右主張は失当といわなければならない。

ちなみに、昭和五七年度における本件原子炉施設から環境への放射性物質の放出実績は、年間放出管理目標値(線量目標値指針に基づく放射性物質の放出管理目標値)に比して著しく低い値となつている。

(二) 被曝線量評価方法に関する主張について

(1) 希ガス及びよう素以外の放射性核種の大気放出による被曝線量評価に関する主張について

原告らは、本件安全審査における本件原子炉施設の平常運転時における大気放出物による被曝評価に関し、希ガス及びよう素以外の放射性核種による被曝線量につき審査されていないが、これらの核種が重要でないとする根拠はない旨主張する。

しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり、失当といわなければならない。

すなわち、前に述べたように、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される気体状の放射性物質には、希ガス、よう素以外にコバルト六〇等の粒子状放射性物質(原告らが右主張中において問題とする希ガス及びよう素以外の放射性核種とは、この粒子状放射性物質をいうものと推察される。)等が含まれるが、これまでの軽水型原子炉の運転経験や放射線等に関する調査、研究により、右粒子状放射性物質については、それが揮発性でないこと等から冷却水中に出現しても気体中に移行するものは極く微量であり、また気体中に移行したものについてもこれを捕捉するフィルタ等の設備によつて容易に除去できるため、原子炉施設から環境に放出される粒子状放射性物質の量は極めて微量であつて、これによる被曝線量はほとんど無視し得る程度にすぎず、その他の核種についても、その冷却水中への出現量が極めて微量であること、あるいは半減期が極めて短かいことから、同様にほとんど無視し得る程度のものであることが明らかとなつている。したがつて、希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝及びよう素に起因する甲状腺被曝という主要な形態の被曝についての定量的な線量評価における公衆の被曝線量が十分低い値であれば、公衆の被曝線量は、右以外の核種による被曝による寄与分を考慮してもなお低く抑えられるものと判断できるところから、安全審査における公衆の被曝線量評価の妥当性の判断は、右の主要な形態の被曝についての定量的被曝線量評価の妥当性の審査に基づいて行うこととしているのであつて、あえて、粒子状放射性物質等による被曝についても逐一定量的な被曝線量評価を行わせ、安全審査においてその妥当性を審査すべき合理性は何ら存しない。そして、本件安全審査においても、右の考え方に基づき、所要の審査を行つたところである。

なお、本件許可処分後に原子力委員会により定められた線量目標値指針において、気体状の放射性物質による被曝線量としては、本件安全審査におけるそれと同様に、希ガスからのガンマ線による全身被曝線量と、体内に取り込まれるよう素に起因する甲状腺被曝線量とを求めることとしているのは、右の考え方に基づくものである。

(2) 希ガス及びよう素の大気放出量に関する主張について

原告らは、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量評価における希ガス及びよう素の大気放出量について、①希ガスの換気系からの漏出量及び放出される希ガス中の核種組成の求め方が、いずれも本件許可処分後に定められた線量目標値評価指針におけるそれと異なつており、本件安全審査における公衆の被曝線量評価値は過小評価となつている、②よう素の放出量の求め方が線量目標値評価指針におけるそれと異なつており、本件安全審査における被曝線量評価値は過小評価となつている旨主張する。

しかしながら、原告らの右主張は、いずれも以下に述べるとおり、失当といわなければならない。

すなわち、原告らの右主張は、本件安全審査においてその妥当性が審査された大気中への希ガス及びよう素の放出量の計算値が、本件許可処分後に定められた線量目標値評価指針の計算方法に拠つた場合より小さいものであることから、直ちに、あたかも本件安全審査が不合理なものであるかのようにいうのであるが、右主張は、本件安全審査においてその妥当性が認められた右計算方法自体の不合理性について何ら具体的な指摘をなし得ているものではなく、主張自体失当というべきである。付言すれば、前において述べたように、本件許可処分後において、線量目標値評価指針に従つて環境への放射性物質の放出量を算定し被曝線量を再評価した結果、その評価値が線量目標値指針における線量目標値を十分下回るものであることが確認されている。

ちなみに、昭和五七年度における本件原子炉施設から環境への放射性物質の放出実績は、設備利用率が98.1パーセントと極めて高い稼動状況において、気体廃棄物中の希ガス(右換気系からの希ガスはこれに含まれる。)については、年間放出管理目標値(線量目標値指針に基づく放射性物質の放出管理目標値。本件原子炉施設にあつては、右の線量目標値評価指針に従つて算定した放射性物質の放出量と同じ値である。)5.0×104キュリーに対し1.1×1.0-2キュリーであり、同じくよう素については、年間放出管理目標値2.1キュリーに対し検出限界(2×10-13マイクロキュリー毎立方センチメートル)以下となつている。

(3) 希ガス及びよう素の拡散、被曝評価方法に関する主張について

原告らは、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量評価における希ガス及びよう素の拡散及び被曝評価について、①風がほとんどない静穏時の拡散を有風時に置き換えて評価しているが、その根拠が示されておらず、また、その結果として放射性雲が滞留したり、ゆつくりと往復したりする場合には、被曝が(右の方法による評価より)増大する、②大気中の放射性物質の濃度分布をパスキルの拡散式を用いて推定しているが、敷地における複雑な地形及び大気状態を考慮すると右推定値と実際の濃度とは数倍の相異があり得るため、濃度及び被曝評価値の信頼幅あるいは考えられる変動範囲を提示すべきである、③ヒューミゲーションを被曝評価上全く考慮していないため被曝評価が過小評価となつている、④雨による影響を被曝評価上全く考慮していないため被曝評価が過小評価となつている、⑤希ガスからのガンマ線による外部被曝線量を評価する際に用いられている再生係数は、ガンマ線のエネルギーが0.5ないし2.0メガエレクトロン・ボルトの範囲内である場合においてのみ適用可能であるところ、本件原子炉施設から実際に放出される希ガスのガンマ線エネルギーはその大部分が右適用可能な範囲を外れるものであるから、単に0.5メガエレクトロン・ボルトでの計算値を単純に比例外挿することは被曝線量評価の大きな不確定さの原因となる旨主張する。

しかしながら、原告らの右主張は、いずれも以下に述べるとおり、失当といわなければならない。

すなわち、

イ 右①についていえば、本件安全審査においては、現地における気象観測データによれば敷地内の標高一〇〇メートル及び敷地外の標高二〇メートルの各地点において、風速が毎秒0.4メートル以下の静穏状態の年間出現頻度はそれぞれ2.2パーセント及び6.3パーセントと極めて少ないとともに、右静穏状態の継続時間の出現頻度としては一時間程度にとどまることがそれぞれ七九パーセント及び七四パーセントと圧倒的に多いことが確認されたこと及び日本原子力研究所JRR―2において実施されたアルゴン四一の放出実験の結果によれば、静穏時における線量率は有風時の線量率を大きく上回るものではないこと、にかんがみ静穏時における拡散を有風時のそれに置き換えて評価した方法は妥当なものと判断したのである。

なお、本件許可処分後、原子力委員会により定められた気象指針によれば、感度のよい微風向・微風速計では、静穏時であつても毎秒0.5メートル以上の風速を示すことが多く、また静穏時における放射性雲からのガンマ線被曝も極端に高い実測値は得られていないことから、静穏時の風速を毎秒0.5メートルとして有風時の拡散式を適用することとしていることからも、被告の右判断が合理的なものであることは明らかである。

ロ 右②についていえば、パスキルの拡散式は、原則として平坦地の場合に適用されるものであるが、たとえ平坦地でなくても適切に補正することによつて平坦地以外にも適用できるものであるところ、本件安全審査においては、風洞を用いた拡散実験の結果に基づき、評価上の放出高さを本件原子炉施設の実際の放出高さよりも低く補正し、また、大気状態としては、本件敷地における気象観測の結果得られた実測値を用いて右拡散式を使用していることを確認した上、右評価方法は妥当なものと判断したのである。

ハ 右③についていえば、本件安全審査においては、昭和四六年四月から翌昭和四七年三月までの一年間にわたる大気観測結果によると、本件原子炉施設周辺におけるヒューミゲーション(上空における大気温度の逆転層の存在)の年間出現頻度は5.8パーセントと極めて低いことが確認されたこと及び発生したヒューミゲーションのうちでも、排気筒から放出された放射性物質をその上空で閉じ込めるような強いヒューミゲーションの出現頻度は右頻度よりも更に低いと考えられることから、平常運転時における被曝線量評価に際してはヒューミゲーションの影響を考慮する必要はないものと認め、右評価方法は妥当なものと判断したのである。

なお、本件許可処分後、原子力委員会により定められた気象指針によれば、上層逆転層の発生は比較的少ない現象であること、また、たとえ上層逆転層が発生してもそれによつてそれ程大きな(放射能)濃度をもたらさないと考えられることから、上層逆転層については、特に計算に入れないこととしていることからも、右被告の判断が合理的なものであることは明らかである。

ニ 右④についていえば、本件安全審査においては、空気中の放射性よう素が葉菜へ移行する割合及び牧草を介して牛乳へ移行する割合を求めるに当つては、降水による影響を考慮した上で、その年間平均沈着速度を毎秒一センチメートル及びその移行係数を6.5×105(μci/ml/μci/cm3)としていることを確認し、右評価方法は妥当なものと判断したのであるから、原告らの右主張は、その前提において既に失当といわざるを得ない。

なお、右年間平均沈着速度及び移行係数については、本件許可処分後、原子力委員会により定められた線量目標値評価指針によれば、年間平均沈着速度は毎秒一センチメートル、また、移行係数は6.2×105(μci/ml/μci/cm3)とされていることからも、被告の右判断が合理的なものであることは明らかである。

付言すれば、空気中に含まれる放射性物質には、よう素以外にも、希ガスや粒子状放射性物質等があるが、希ガスは不活性であるので雨による葉菜や牧草への沈着は考慮する必要がなく、また粒子状放射性物質等については、前記(1)において述べたように、そもそも被曝線量評価上定量的に採り上げて評価するまでもないのである。

ホ 右⑤についていえば、希ガスからのガンマ線による被曝線量はガンマ線のエネルギーにほぼ比例するところから、被曝線量評価に際しては、右ガンマ線のエネルギーを(暫定的に)0.5メガエレクトロン・ボルトで代表して被曝線量を求めた上、その結果を右ガンマ線の代表エネルギーと実効エネルギーとの比により換算すれば、様々なエネルギーを持つたガンマ線を個別評価して求めた値と大差ないため、本件安全審査においては、代表エネルギー0.5メガエレクトロン・ボルトのものの被曝線量の計算結果を代表エネルギーと実効エネルギーとの比により換算した被曝線量の評価方法は妥当なものと判断したのである。

なお、本件許可処分後、原子力委員会により定められた線量目標値評価指針においても、結果があまり変わることのない簡便な方法として使用が認められているところからも、被告の右判断が合理的なものであることは明らかである。

第六章  本件許可処分の実体的適法性(その二……自然的立地条件に係る安全確保対策を含む原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策)

第一原告らの請求原因第五章については、本件原子炉施設に事故防止に係る安全確保対策が講じられていないとする趣旨の原告らの主張はすべて争う。

第二本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性

一 原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性についての審査

1 前述のとおり、原子力発電における安全性の確保の問題は、放射性物質の有する潜在的危険性をいかに顕在化させないか、という点に尽きるのであるが、原子炉施設の設置に当つては、右の危険性が当該原子炉施設をめぐる自然的立地条件によつても顕在化することがないように十分に配慮がなされなければならないことはいうまでもない。

そして、原子炉施設の位置、構造及び設備が、その自然的立地条件との関連において、原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設置され得るかどうかの判断、すなわち、原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性についての判断は、その自然的立地条件に対応して、当該原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、工学的、技術的に安全なものとして設計、建設され得るかどうかに関する総合的な審査に基づいてなされるものである。

ところで、右の審査において自然的立地条件として考慮すべきものには、地盤、地震、気象、海象等の問題があるが、右のうちでも、中心的な検討課題とされるのは、事柄の性質からして、地盤及び地震の問題である。そこで、以下においては、この地盤及び地震の問題に関し詳細に述べることとする。

2 原子炉設置許可に際しての安全審査において、申請に係る原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、自然的立地条件に係る安全性を確保し得るものであるかどうか、を判断するに当つては、

第一に、地盤に係る条件が当該原子炉施設における大きな事故の誘因とならないかどうか、すなわち、

① 原子炉敷地の地盤について、それが原子炉施設に損傷を与えるような大規模な地すべりや山津波を発生させるおそれがないかどうか、

② 原子炉敷地の地盤のうち、原子炉施設の支持地盤について、それがその施設を支持する上で必要な地耐力を有するとともに、地震による地盤破壊や荷重による不等沈下を起こすおそれがないかどうか、

等を、

第二に、地震及びこれに伴う事象が当該原子炉施設における大きな事故の誘因とならないかどうか、すなわち、

① 原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき地震が過去の地震歴等から適切に想定されているかどうか、

② これらの地震が原子炉敷地に及ぼすと考えられる影響を吟味した上で、原子炉の敷地基盤における設計用地震動が余裕をもつて設定されているかどうか、

③ そして、当該原子炉施設につき、右設計用地震動に対しても、工学的、技術的見地からみて、余裕のある耐震設計が講じられるものかどうか、等を、

それぞれみる。

なお、気象、海象等に係る諸問題についても、右の審査において慎重に検討されることはいうまでもない。

二 本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性

本件安全審査においては、以下に述べるとおり、本件許可申請につき、右に述べた各事項について慎重な検討を行つた結果、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計方針において、自然的立地条件に係る安全性を確保し得るもの、すなわち、自然的立地条件との関連において、原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設置されるものであると判断された。

なお、以下においては、本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性についての審査事項のうち、特に地盤及び地震の問題に関する審査の内容について詳述するのであるが、気象、海象等に係るそれについて、ここで簡単に触れれば、例えば、風力に対する本件原子炉施設の強度設計については、本件原子炉敷地付近における過去の観測記録上の最大瞬間風速毎秒29.4メートルを上回る風荷重で設計されること、また、本件原子炉敷地前面海域の潮位については、右海域における既往最高潮位(小名浜工事基準面プラス3.1メートル)に対し十分余裕のある敷地整地高さ(小名浜工事基準面プラス一二メートル)にされることをそれぞれ確認している等である。

1 本件安全審査においては、本件原子炉敷地の地盤に係る条件が、本件原子炉施設における大きな事故の誘因とならないものと判断された。

(一) 本件原子炉敷地の地盤

本件原子炉敷地は、福島県双葉郡富岡町及び楢葉町にまたがつて位置し、標高五〇メートル以下の低い丘陵と段丘からなり、本件原子炉敷地西方はなだらかな丘陵地帯となつている。

本件原子炉敷地内において実施された地表踏査、ボーリング調査、試掘坑調査等の結果によれば、右敷地内には本件原子炉施設の支持地盤である新第三紀(およそ二六〇〇万年前から二〇〇万年前まで)鮮新世の富岡層泥岩が敷地全域にわたつて存し、洪積世(およそ二〇〇万年前から一万年前まで)以降の新しい地層は、右富岡層泥岩の上位に小規模に分布するのみであること(別紙第四図参照)、この富岡層泥岩は、節理の発達も少なく、問題となるような断層や破砕帯もないことが確認された。

以上の地形及び地質から、本件原子炉敷地の地盤は、本件原子炉施設に損傷を与えるような大規模な地すべりや山津波が発生するおそれはないものと判断された。

(二) 本件原子炉施設の支持地盤

本件原子炉施設の支持地盤である富岡層泥岩は、試掘坑内の岩盤で実施された平板載荷試験の結果によれば、支持力は一平方メートル当り七〇〇トン以上であり、原子炉施設の自重である一平方メートル当り約六〇トンの荷重に対してはもちろんのこと、右自重に地震時において本件原子炉施設に働く荷重を加えた荷重である一平方メートル当り約一〇〇トンの荷重に対しても十分な余裕を有していること、及び右岩盤は前記のように節理の発達も少なく、均質であること等が確認された結果、原子炉施設を支持する上で必要な地耐力を有するとともに、地震による地盤破壊や荷重による不等沈下を起こすおそれはないものと判断された。

2 地震

本件安全審査においては、地震及びこれに伴う事象が本件原子炉施設における大きな事故の誘因とならないものと判断された。

(一) 本件原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき地震

本件安全審査においては、次に述べる諸点が確認された結果、本件原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき地震が、右敷地に影響を与えた又は与えたであろうと推定される過去の地震歴等から適切に想定されているものと判断された。なお、過去の地震を考慮するのは、地震記録によれば、地震は、同一地域においてほぼ同様の規模で繰り返し発生している例が多く、また近年の研究成果によれば、過去に地震が発生した地域では将来も同様の発生機構により同様の規模の地震が発生する可能性が高いことが明らかになつているからである。

本件原子炉敷地周辺における過去の主な地震歴(別紙第五図参照)として、①福島県沖・宮城県沖(この地域において発生する地震は、太平洋プレートが、日本海溝付近から日本列島が位置するユーラシアプレートの下に潜り込む境界部で発生するものと考えられる(別紙第六図参照)。)における仙台の地震(一六四六年、マグニチュード7.6、震央距離七二キロメートル)、磐城沖地震(一九三八年、マグニチュード7.1、震央距離七六キロメートル)、福島県東方沖地震(一九三八年、マグニチュード7.7、震央距離六四キロメートル)等があり、②猪苗代湖付近(会津若松を中心とする猪苗代湖付近の地域で発生する地震は、ユーラシアプレート上の地殼内で発生するものと考えられる。)における会津の地震(一六一一年、マグニチュード6.9、震央距離一一九キロメートル)、岩代、下野の地震(一六五九年、マグニチュード6.7、震央距離一〇二キロメートル)等があることが確認された。

地震の原子炉敷地に及ぼす影響は、第一義的には、地震動の最大加速度によつて判断でき、右最大加速度は、マグニチュードと震央距離との関係から決まるので、本件原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき地震のうち、本件原子炉敷地に及ぼす影響が最も大きいものは、右のマグニチュードと震央距離との関係から、右①の福島県東方沖地震であることが確認された。

なお、本件原子炉敷地周辺の活断層に起因して将来発生する可能性の否定できない地震が本件原子炉敷地に及ぼすものと推定される影響は、右福島県東方沖地震によるそれに比べてはるかに小さいものである。

(二) 設計用地震動

地震が原子炉施設に及ぼす影響は、当該地震が原子炉の敷地基準にどのような地震動を与えるかによつて異なるが、右地震動は、物理的には、最大加速度や周期特性等によつて示される。

本件安全審査においては、本件原子炉施設について、次に述べる諸点が確認された結果、将来発生することがあり得るものと考えるべき地震が本件原子炉敷地に及ぼすと考えられる影響を吟味した上で、本件原子炉の敷地基盤における設計用地震動が余裕をもつて設定されているもの、すなわち、本件原子炉施設の耐震設計上考慮すべき設計用地震動の設定に当つては、前記福島県東方沖地震による地震動の推定最大加速度に対して余裕のある最大加速度を採用するとともに、地震動と原子炉施設を構成する機器等との共振をも配慮した適切な周期特性等を採用しているものと判断された。

(1) 最大加速度

本件原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき右福島県東方沖地震による敷地基盤における地震動の推定最大加速度は、一五〇ガルであることが確認された。

そこで、本件原子炉施設を設計するに当つての敷地基盤における設計用地震動の最大加速度は、右の一五〇ガルに対して十分の余裕をとり、一八〇ガルとしていることが確認された。

(2) 周期特性

一般に、構築物や機器等の物体はその構造、材質等に応じてそれぞれ固有の振動周期を持つているため、地震によつて構築物等に振動が生じた場合における当該構築物等の振動の程度は、地震動による周期と右固有の振動周期とが重なり合つた時、すなわち、共振した時に最大となる。そして、右の構築物等の固有の振動周期は、その構築物等が剛構造であれば相対的に短く、それが柔構造であれば相対的に長い。

本件原子炉施設の耐震設計を行うに当つて、施設を構成する主要な構築物や機器等の固有周期を考慮して、設計用地震動の周期特性を選定していることが確認された。すなわち、本件原子炉施設は、後述のように、原則として剛構造とした上、直接岩盤上に設置することとされているため、右施設の固有周期はほぼ0.5以下の短周期振動系となるところ、敷地基準における設計用地震動の波形としては、本件原子炉敷地において観測された記録波形及び広く一般的に重要施設の耐震設計に用いられている過去の代表的な強震記録波形のなかから、0.5秒以下の周期範囲で短周期側が優勢な観測波形(一九七一年、福島県沖地震、マグニチュード4.3)、中周期側が優勢なタフト波形(アメリカ、一九五二年、カーンカウンティ地震、マグニチュード7.7)及び長周期側が優勢なエルセントロ波形(アメリカ、一九四〇年、インペリアルバレー地震、マグニチュード7.1)の三波を選定することにより、本件原子炉施設を構成する構築物や機器等のそれぞれについて余裕のある大きな加速度応答が生じるように厳しい条件を設定することが確認された。

(三) 本件原子炉施設における耐震設計

本件安全審査においては、本件原子炉施設について、次に述べる諸点が確認された結果、耐震設計において採用される解析手法が既に確立され、かつ十分な実績があること等現代の工学的、技術的水準からみて、前記設計用地震動に対しても余裕のある耐震設計が講じられるものと判断された。

(1) 岩盤設置及び剛構造

本件原子炉施設は、地震時における原子炉格納設備や機器の変形を小さくするため、原則としてその主要設備を剛構造とした上、その施設全体を富岡層の岩盤に直接設置することが確認された。

(2) 本件原子炉施設の重要度分類に応じた耐震設計

本件原子炉施設の耐震設計に当つては、まず、その施設を安全上の重要度に応じて分類し、原子炉施設のうち主要な設備、すなわち、その機能喪失が原子炉事故を引き起こすおそれのある設備や公衆の障害を防止するために必要な設備については、建基法施行令に定められている水平震度の三倍の震度を用いた静的解析及び前記設計用地震動を用いた動的解析からそれぞれ求めた水平地震力のいずれか大きい方の水平地震力と、静的解析から求めた鉛直地震力とが同時に作用した場合に対しても余裕のある耐震設計が講じられることが確認された。そして、右主要設備については、右解析によつて求められた地震力に平常運転等に伴つて作用する圧力、熱膨張等による力が加わつた場合にも、それによつて発生する応力は材料の許容限界内にとどまり、右主要設備には損傷が生じないように設計されることが確認された。

また、右主要設備のうち、安全対策上特に緊要な原子炉格納容器、原子炉緊急停止装置及びほう酸水注入装置については、右動的解析によつて求められた地震力の1.5倍の大きさの地震力等に平常運転等に伴つて作用する圧力、熱膨張等による力が加わつたとしても、右設備に課せられている機能が十分維持されるように設計されることが確認された。

第三本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性

一 原子炉施設の事故防止対策に係る安全性についての審査

1 前述のとおり、原子力発電における安全性の確保の問題は、放射性物質の有する潜在的危険性をいかに顕在化させないか、という点に尽きるのであるが、原子炉の運転に伴い原子炉施設内に蓄積される放射性物質は、これを右の安全性の確保という観点からみると、①燃料の核分裂反応によつて生じる核分裂生成物等の、燃料被覆管の内部に存在するものと、②右核分裂生成物のうち燃料被覆管から冷却水中に浸出してきたもの及び冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食によつて生じる腐食生成物等が中性子により放射化されることによつて生じる放射化生成物等の、冷却水中に存在するもの、とに分けて考えることができる。そして、原子炉施設においては、右のようにして発生する放射性物質を、前者は燃料被覆管内に、後者は、平常運転時には圧力バウンダリを含む原子炉冷却系統設備内に、異常事態発生時には圧力バウンダリ内に、それぞれ閉じ込めることによつて環境への放出を防止し、その安全性を確保することとしているのである。それゆえ、原子炉施設においては、平常運転時はもちろんのこと、異常事態発生時においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が維持されることが重要である。

したがつて、原子炉施設の安全性の確保のためには、まず、放射性物質の環境への放出をもたらす事態につながるような燃料被覆管や圧力バウンダリ等における異常状態の発生を未然に防止することが基本であり、そして、仮に右のような異常状態が発生した場合においても、その異常状態が拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを防止することが肝要である。そして、さらに、仮に右のような事態が発生した場合においてもなお、放射性物質の環境への異常放出という結果が防止され公共の安全が確保されるように、いわゆる多重防護の考え方に基づいた各種の事故防止対策が講じられなければならない。

2 そこで、原子炉設置許可に際しての安全審査において、申請に係る原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、右の事故防止対策に係る安全性を確保し得るものであろうかどうか、を判断するに当つては、当該原子炉施設について、

第一に、所要の異常状態発生防止対策が講じられるもの―放射性物質の環境への放出をもたらす事態につながるような燃料被覆管や圧力バウンダリ等における異常状態の発生を未然に防止できるもの―かどうか、すなわち、

① 燃料の核分裂反応を確実かつ安定的に制御することができるものかどうか、

② 核分裂生成物等を閉じ込めるべき燃料被覆管は、熱的、機械的、化学的影響によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものかどうか、

③ 放射性物質を閉じ込めるべき圧力バウンダリは、機械的、化学的影響によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものかどうか、

④ 燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備は、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を損なうような異常状態の発生を防止し得る信頼性が確保されるものかどうか、

等を、

第二に、所要の異常状態拡大防止対策が講じられるもの―右の第一の対策にもかかわらず、仮に異常状態が発生した場合においても、その異常状態が拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを防止できるもの―かどうか、すなわち、

① 燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に軽微な異常状態が発生した場合に所要の措置が採れるように、その異常状態を早期にかつ確実に検知し得るものかどうか、

② 燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に発生した異常状態が大きなものである場合等その異常状態に対し迅速な措置を講じなければ燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が損なわれるおそれのある事態に備え、所要の安全保護設備が設置されるものかどうか、

③ 右の安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものかどうか、

④ 安全保護設備等の設計の総合的な妥当性に関する解析評価によつても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保できるものとなつているかどうか

等を、

第三に、所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられるもの―右第一及び第二の対策にもかかわらず、仮に放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合においてもなお、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止し公共の安全を確保できるもの―かどうか、すなわち、① 圧力バウンダリを構成する配管の破断等の放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生に備え、所要の安全防護設備が設置されるものかどうか、

② 右の安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものかどうか、

③ 安全防護設備等の設計の総合的な妥当性に関する解析評価によつても放射性物質の環境への異常放出を防止できるものとなつているかどうか、

等を、

それぞれみる。

二 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性

本件安全審査においては、以下に述べるとおり、本件許可申請につき、右に述べた各事項について慎重な検討を行つた結果、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計方針において、事故防止対策に係る安全性を確保し得るもの、すなわち、事故防止対策との関連において、原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設置されるものであると判断された。

1 異常状態発生防止対策

本件原子炉施設は、放射性物質の環境への放出をもたらす事態につながるような燃料被覆管や圧力バウンダリ等における異常状態の発生を未然に防止するため、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の異常状態発生防止対策が講じられるものと判断された。

(一) 燃料の核分裂反応の確実かつ安定的な制御

原子力発電は、前述したように、原子炉内における燃料の核分裂反応によつて発生する熱エネルギーを利用するものであるから、原子炉における異常状態の発生を防止するためには、まず、燃料の核分裂反応を確実にかつ安定的に制御することが基本である。

本件安全審査においては、本件原子炉施設において使用される燃料の濃縮度(燃料中の全ウラン量に対するウラン二三五の占める重量の割合)は、炉心平均で約2.2パーセントと低濃縮度のものであること及び本件原子炉は、軽水型原子炉であつて、核分裂反応の割合が増大して燃料及び冷却水の温度が上昇すれば、それに伴つて核分裂反応が抑制されるという性質、すなわち、核分裂反応に対して固有の自己制御性があることから、燃料の制御不能な核分裂反応が生じることはあり得ないことが確認され、また、本件原子炉施設には、燃料の核分裂反応を安定的に制御する原子炉出力制御設備が設けられること、等が確認された結果、本件原子炉施設は、燃料の核分裂反応を確実にかつ安定的に制御することができるものと判断された。

(二) 燃料被覆管の健全性の維持燃料ペレットを密封している燃料被覆管は、その内に核分裂生成物等を閉じ込める必要上、その健全性を維持するため、燃料被覆管を損傷させるに至る事象に対して余裕をもたせた設計がなされなければならない。右の燃料被覆管を損傷させるに至る事象としては、①燃料の核分裂反応によつて発生する熱に比べて除去される熱が少ないために燃料被覆管の温度が上昇し、燃料被覆管が焼損してしまう場合、②燃料ペレットと燃料被覆管との相対的な熱膨張差によつて生じる歪により燃料被覆管が機械的に損傷してしまう場合、③燃料ペレットから浸出した主としてガス状の核分裂生成物等による内圧や冷却水による外圧等により燃料被覆管が機械的に損傷してしまう場合、④燃料被覆管が冷却水中の不純物等により化学的腐食を起こし損傷してしまう場合等が考えられる。

本件安全審査においては、①燃料被覆管の焼損防止については、本件原子炉における定格出力運転時における最小限界熱流束比が1.9以上に維持し得るように設計されること等本件原子炉の運転時に予想される燃料被覆管表面の熱流束は燃料被覆管を焼損させるおそれのある熱流束の限界値を十分に下回ること、②燃料ペレットとの相対的な熱膨張差による燃料被覆管の機械的損傷防止については、本件原子炉の平常運転時における線出力密度(燃料棒の単位長さ当りの熱出力)が、燃料被覆管が損傷を起こすおそれを生じる線出力密度約0.92キロワット毎センチメートルに比べ、これを十分に下回る約0.61キロワット毎センチメートル以下に抑えられること、③内圧や外圧等による燃料被覆管の機械的損傷防止については、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管が十分な強度をもつて設計されること、④燃料被覆管の化学的腐食による損傷防止については、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管には耐食性に優れた金属(ジルカロイ―二)が使用されること等が確認された結果、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管は、熱的、機械的、化学的影響によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものと判断された。

(三) 圧力バウンダリの健全性の維持

燃料被覆管とともに放射性物質を閉じ込める重要な機能を担う圧力バウンダリも、その健全性を維持するため、圧力バウンダリを損傷させるに至るような事象に対して余裕をもたせた設計がなされなければならない。右の圧力バウンダリを損傷させるに至る事象としては、①原子炉圧力容器内の圧力等が過大となつて圧力バウンダリが機械的に損傷してしまう場合、②脆性遷移温度の高い材料の使用により低温で加圧されて脆性破壊を起こしてしまう場合、特に原子炉圧力容器については、それが核分裂反応による中性子照射を受け続けることにより脆性遷移温度が高くなつた状態において低温で加圧されて脆性破壊を起こしてしまう場合、③圧力バウンダリが冷却水中の不純物等により化学的腐食を起こして損傷してしまう場合等が考えられる。

本件安全審査においては、①圧力バウンダリの機械的損傷の防止については、本件原子炉施設においては、原子炉圧力容器内の圧力を、圧力制御装置によつて自動的にほぼ一定(約七一キログラム毎平方センチメートル)に保つとともに、圧力バウンダリは、右圧力に対して十分な余裕を有する強度(例えば、原子炉圧力容器についてみれば、約八八キログラム毎平方センチメートル)をもつて設計されること等が、②圧力バウンダリの脆性破壊防止については、本件原子炉施設においては、脆性破壊防止を十分考慮した延性の高い材料を使用すること、右材料としてフェライト系鋼材が使用される機器等については、最低使用温度を脆性遷移温度より摂氏三三度以上高くすることができるように設計されること、特に中性子照射が問題となる原子炉圧力容器については、その内壁に脆性遷移温度の変化を知るための監視試験片を取り付けることができるように設計されること等が、③圧力バウンダリの化学的腐食による損傷防止については、本件原子炉施設においては、必要に応じステンレス鋼を使用すること、腐食の要因となる冷却水中に含まれる塩素の濃度、PH値等を管理する等冷却水についての適切な水質管理を行い得るように設計されること等が確認され、また、本件原子炉施設の圧力バウンダリを構成する機器及び配管は、運転開始後における検査による健全性の確認を行い得るように設計されることが確認された結果、本件原子炉施設の圧力バウンダリは、機械的、化学的影響によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものと判断された。

(四) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備の信頼性の確保

燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備としては、燃料棒を支持し、位置決めするとともに燃料棒への冷却水の流路を形成する炉心シュラウド等からなる炉内構造物(別紙第三図参照)、燃料の核分裂反応によつて発生する熱を除去するための原子炉冷却系設備、原子炉の出力を制御する原子炉出力制御設備等がある。これらの設備については、①これらの設備に異常状態が発生することによつて燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼさないようにするため、性能や強度等に余裕をもたせた設計がなされなければならないことはもちろんであるが、さらに、②誤操作防止のため、運転員の操作に対する適切な配慮がなされなければならないとともに、③必要な場合には自動制御装置が設置される。

本件安全審査においては、①本件原子炉施設において用いられる右各設備は、いずれも燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼさないようにするため十分な性能や強度等に余裕を有するように設計されること、②本件原子炉施設においては、誤操作を防止するため、原子炉冷却系統設備、原子炉出力制御設備等については、右各設備の状態を正確に把握することができるように圧力、温度、流量等を測定する計測装置が設けられること、右原子炉出力制御設備については、運転員が制御棒を誤つて引き抜こうとしても原子炉内の中性子の数がある定められた値以上であつた場合には引き抜けなくするなどのインターロックがかかる装置が設けられること、③本件原子炉施設においては、原子炉の運転状態が正常な状態からずれた場合にも、その運転を安全に継続するため、これを自動的に修正する自動制御装置が設けられること、例えば、平常運転中、タービン入口の蒸気加減弁を自動的に作動させることにより原子炉圧力容器内の圧力を一定に保持する圧力制御装置、並びに主蒸気流量、給水流量及び原子炉水位の三要素により、原子炉圧力容器内の水位を自動的にあらかじめ設定された値に保持する水位制御装置が設けられること等が確認された結果、本件原子炉施設における燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備は、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を損なうような異常状態の発生を防止し得る信頼性が確保されるものと判断された。

2 異常状態拡大防止対策

本件原子炉施設は、以上述べたように、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の異常状態発生防止対策が講じられるものであるが、さらに、仮に放射性物質の環境への放出をもたらす事態につながるような異常状態が発生した場合においても、右の異常状態が拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを防止するため、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の異常状態拡大防止対策が講じられるものと判断された。

(一) 異常状態の早期かつ確実な検知

燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に軽微な異常状態が発生した場合に所要の措置が採れるように、その異常状態の発生を早期にかつ確実に検知する必要がある。

本件安全審査においては、本件原子炉施設には、燃料被覆管の損傷を検知するため冷却水中の放射能レベルを測定監視する計測装置、圧力バウンダリを構成する機器等からの冷却水の漏洩を検知する漏洩監視装置、原子炉の出力や原子炉冷却系統設備等の圧力、温度、流量等を測定監視する計測装置等が設置されるとともに、異常状態の発生を検知した場合には、原子炉の停止等所要の措置が採れるように、直ちに警報を発する警報装置が設けられること、等が確認された結果、本件原子炉施設は、右の異常状態の発生を早期にかつ確実に検知し得るものと判断された。

(二) 安全保護設備の設置

燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に発生した異常状態が大きなものである場合等その異常状態に対し迅速な措置を講じなければ燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が損なわれるおそれのある事態に備え、所要の安全保護設備が設置される必要がある。

本件安全審査においては、本件原子炉施設には、①原子炉冷却系統設備等に何らかの異常が発生し、原子炉圧力容器内の圧力の上昇や水位の低下等が起こつた場合に、原子炉を緊急に停止させるために全制御棒が自動的にかつ瞬間的に挿入される原子炉緊急停止装置、②給水系による原子炉圧力容器への給水が停止するような事態が発生した場合に、自動的に原子炉圧力容器への給水が行われることにより原子炉圧力容器内の水位を維持するとともに原子炉停止後も残存する炉心の崩壊熱等を除去するための原子炉隔離時冷却系設備等、③圧力バウンダリ内の圧力が異常に上昇するような場合に、過圧による圧力バウンダリの損傷を防止するために内包する蒸気を放出することにより圧力バウンダリ内を減圧する主蒸気系の安全弁機能を有する逃がし安全弁等が設けられることが確認された結果、本件原子炉施設には、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に発生した異常状態に対し迅速な措置を講じなければ燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が損なわれるおそれのある事態に備え、所要の安全保護設備が設置されるものと判断された。

(三) 安全保護設備の信頼性の確保

右の安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものでなければならないことはいうまでもない。

本件安全審査においては、①本件原子炉施設に設置される安全保護設備は、いずれも十分な強度等を有するように設計されること、②安全保護設備のうち原子炉緊急停止装置については、右装置用の電源が何らかの原因で喪失した場合においても自動的に制御棒が炉心内に挿入され、原子炉を停止させる能力を有するように設計されるとともに、右装置を作動させる回路は多重性と独立性とを有するように設計されること、さらに、全制御棒のうちの最大反応度価値を有する制御棒が完全に引き抜かれている状態を仮定した場合においても、その他の制御棒を挿入することによつて原子炉を停止する能力を有するように設計されること、③原子炉隔離時冷却系統設備等については、外部電源が喪失した場合においても、炉心の崩壊熱により原子炉圧力容器内で発生する蒸気の一部を用いてタービン駆動のポンプを作動させることにより、原子炉停止後の崩壊熱等の除去及び原子炉圧力容器内の水位の維持を行う能力を有するように設計されること、④主蒸気系の安全弁については、構造が簡単で信頼性が高く、かつその開閉動作について電源等を一切必要としないバネ式のものを使用すること、⑤安全保護設備は、その信頼性を常に保持するため、運転開始後もその性能が引き続き確保されていることを確認するための試験を行えるように設計されること等が確認された結果、本件原子炉施設に設置される安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものと判断された。

(四) 安全保護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価―過渡現象解析―

原子炉設置許可に際しての安全審査においては、念のため、さらに、あえて異常状態の発生を想定した場合の解析評価(これを安全審査においては「過渡現象解析」と呼んでいる。)に基づき、その各々について信頼性が確保されるものであることが確認された安全保護設備等の設計の総合的な妥当性を判断することとしている。

本件安全審査においても、念のため、右異常状態として、原子炉施設の寿命期間中にその発生が予想される代表事象をいくつか想定し、また、その事象の解析評価に際しては、評価結果が厳しくなるような前提条件を設定して解析した結果、本件原子炉施設は、異常状態が発生した場合においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保できるものとなつていることが確認され、本件原子炉施設の安全保護設備等の設計は、総合的にみて妥当なものであると判断された。

以下においては、想定された異常状態のうち、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に密接に関係するものである給水加熱喪失並びに高出力運転中のタービン・トリップの解析評価について述べることとする。

(1) 給水加熱喪失

冷却水の原子炉圧力容器への給水は、復水器を経由して水に戻された冷却水を給水加熱器において、主蒸気系等の蒸気の一部によつて加熱した上行われるのであるが、給水加熱喪失とは、右の給水加熱器へ送られる蒸気が喪失する事象をいう。この事象は、これにより給水の温度が徐々に低下して反応度が加わり、原子炉の出力が増大し、その結果、燃料被覆管が過熱して損傷に至るおそれのあるものである。

右事象の解析評価に当つては、本件原子炉施設においては、平常運転時には、定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していると仮定していること、また、給水加熱器の設計に際しては、六段ある給水加熱器のうちのいずれかの一段がその加熱機能を喪失しても、給水の温度変化は、摂氏五五度以内に収まるように設計されることとなつているが、最終段の加熱器における給水加熱喪失により給水温度は摂氏五五度下降すると仮定していること、等の厳しい条件が設定されていることが確認された。

右事象の解析評価の結果、給水加熱喪失時においても、最小限界熱流束比は、約1.2にとどまること、等から燃料被覆管の健全性を確保できるものとなつていることが確認された。

(2) 高出力運転中のタービン・トリップ

タービン・トリップとは、タービン発電機系統の何らかの異常によりタービンが急速に停止する事象をいうが、高出力運転中に右のような異常が発生した場合には、タービンの入口に設けられている主蒸気止め弁が急速に閉鎖され、タービンは停止される。そして、右弁の急速閉鎖信号により、原子炉緊急停止装置が作動し原子炉も停止されるが、この際、原子炉圧力容器内の圧力が上昇し、その結果、圧力バウンダリの損傷に至るおそれがある。

右事象の解析評価に当つては、本件原子炉施設においては、平常運転時には、定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していると仮定していること、また、タービン・トリップ時には、バイパス配管(主蒸気系の蒸気をタービンを通さずに復水器に直接導く配管)に設けられたバイパス弁が自動的に開き、原子炉圧力容器内の圧力の上昇を抑制することとなつているが、右のバイパス弁はすべて作動しないと仮定していること、等の厳しい条件が設定されていることが確認された。

右事象の解析評価の結果、高出力運転中のタービン・トリップ時においても、原子炉圧力容器内の最高圧力は約八六キログラム毎平方センチメートルにとどまり、本件原子炉圧力容器の設計圧力である約八八キログラム毎平方センチメートルを超えることはないところから、圧力バウンダリの健全性を確保できるものとなつていることが確認された。

3 放射性物質異常放出防止対策

本件原子炉施設は、以上述べたように、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の異常状態発生防止対策及び異常状態拡大防止対策が講じられるものであるが、さらに、仮に放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合においてもなお、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止し公共の安全を確保するため、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられるものと判断された。

(一) 安全防護設備の設置

放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生に備え、所要の安全防護設備が設置される必要がある。

本件安全審査においては、本件原子炉施設には、圧力バウンダリを構成するいかなる配管の破断等を想定しても、①燃料被覆管の重大な損傷を防止するに十分な量の冷却水を炉心に注入するための高圧炉心スプレイ系一系統、自動減圧系一系統、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系三系統からなるECCS、②圧力バウンダリから放出される放射性物質を閉じ込めるため高い気密性(漏洩率は、一日当り0.5パーセント以下)を有する原子炉格納容器、③圧力バウンダリから高温の蒸気等が放出された場合に原子炉格納容器の健全性を確保するため、原子炉格納容器内の雰囲気を冷却、減圧し、さらに、右蒸気中に浮遊している放射性物質を洗い落とす原子炉格納容器スプレイ冷却系設備、及び④原子炉格納容器から原子炉建家内に漏洩した放射性物質を捕捉する放射性物質除去フィルタ(設計上のよう素除去効率九九パーセント以上)等からなる非常用ガス処理系設備等が設けられることが確認された結果、本件原子炉施設には、放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生に備え、所要の安全防護設備が設置されるものと判断された。

(二) 安全防護設備の信頼性の確保

右の安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものでなければならないことはいうまでもない。

本件安全審査においては、①本件原子炉施設に設置される安全防護設備は、いずれも十分な強度等を有するように設計されるとともに、定期的な試験、検査を実施できるように設計されること、②右安全防護設備のうち、ECCSは、その機能を確実に発揮し得るように、圧力バウンダリを構成するいかなる口径の配管の破断の際にも、互いに独立した二系統以上が作動するように設計されること、すなわち、中小口径配管破断時から大口径配管破断時にわたつて作動するものとして、高圧炉心スプレイ系一系統、中小口径配管破断時に作動するものとして、右高圧炉心スプレイ系の他に、自動減圧系一系統並びに原子炉圧力容器内の圧力の低下後に作動する低圧力炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系三系統、さらに、大口径配管破断時に作動するものとして、右高圧炉心スプレイ系の他に、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系三系統がそれぞれ設けられることとなつており(別紙第七図参照)、また、これらの系統は、外部電源が喪失した場合に備えて、それぞれディーゼル発電機等の非常用電源を設けこれにより作動させ得るように設計されること、③原子炉格納容器は、脆性破壊を防止するため、最低使用温度を脆性遷移温度より摂氏一七度以上高くすることができるように設計されること及び冷却材喪失事故時等に閉鎖を要求される配管の原子炉格納容器貫通部には、隔離弁が設けられること、④右安全防護設備のうち、原子炉格納容器スプレイ冷却系設備及び非常用ガス処理系設備は、単一動的機器の故障を仮定した場合でも、その機能を確実に発揮し得るようにいずれも独立した二系統が設けられ、かつ、外部電源が喪失した場合に備えていずれもディーゼル発電機等の非常用電源を設けこれにより作動させ得るように設計されること等が確認された結果、本件原子炉施設に設置される安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものと判断された。

(三) 安全防護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価―事故解析

原子炉設置許可に際しての安全審査においては、念のため、さらに、あえて放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生を想定した場合の解析評価(これを安全審査においては「事故解析」と呼んでいる。)に基づき、その各々について信頼性が確保されるものであることが確認された安全防護設備等の設計の総合的な妥当性を判断することとしている。

本件安全審査においても、念のため、右放射性物質を環境に放出するおそれのある事態として、原子炉施設において現実に発生する蓋然性は非常に低いが、発生した場合には、放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態を惹起する事象の代表的なものをいくつか想定し、また、その事象の解析評価に際しては、評価結果が厳しくなるような前提条件を設定して解析した結果、本件原子炉施設は、放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合においても、放射性物質の環境への異常放出を防止できるものとなつていることが確認され、本件原子炉施設の安全防護設備等の設計は、総合的にみて妥当なものであると判断された。

以下においては、想定された放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態のうち、原子炉格納容器内に放射性物質が放出される場合の例として冷却材喪失事故につき、及び、直接原子炉格納容器外に放射性物質が放出される場合の例として主蒸気管破断事故につき、それぞれの解析評価について述べることとする。

(1) 冷却材喪失事故

冷却材喪失事故とは、圧力バウンダリを構成する配管の損傷により炉心内の冷却水が喪失する事象をいうが、その結果、燃料被覆管の過熱及び水―ジルコニウム反応による酸化により燃料被覆管に大きな損傷を生じるおそれがあり、また、その損傷箇所から原子炉格納容器内への冷却水の放出、及び燃料被覆管における水―ジルコニウム反応により発生する水素ガス等により原子炉格納容器内の圧力が上昇し、その結果、原子炉格納容器が損傷するに至るおそれのあるものである。

右事象の解析評価に当つては、原子炉圧力容器に接続されている配管のうち、冷却水の喪失量が最大となり炉心の冷却にとり最も厳しい冷却材再循環系配管の一本が瞬時に完全破断するものと仮定していること、本件原子炉施設においては、平常運転時には、定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していると仮定していること、事故発生と同時に外部電源が喪失し、かつ、事故時に作動が要求されるECCSに単一動的機器の故障(低圧炉心スプレイ系の非常用ディーゼル発電機の故障)が起こるものと仮定していること、等の厳しい条件が設定されていることが確認された。

右事象の解析評価の結果、右冷却材喪失事故時においても、①燃料被覆管の最高温度は摂氏約一〇一八度であり、この値は燃料被覆管の過熱による機械的強度の低下の観点からの制限値である摂氏一二〇〇度を下回り、燃料被覆管の損傷が発生する燃料棒数は全燃料棒数の約七パーセントにとどまること、また、水―ジルコニウム反応による燃料被覆管の酸化によつて影響されない部分の割合は、燃料被覆管の厚さの約九八パーセント以上であることから、燃料被覆管の延性が極度に失なわれることはなく、燃料棒は冷却可能な形状に維持され、燃料の冷却は確保されること、並びに、②破断した配管から原子炉格納容器内に流出する冷却水により原子炉格納容器内の圧力は上昇するものの、最高圧力は約2.6キログラム毎平方センチメートルにとどまり、本件原子炉格納容器の設計圧力である2.85キログラム毎平方センチメートルを超えることはないので原子炉格納容器の健全性は損なわれないこと、及び事故時の燃料被覆管における水―ジルコニウム反応の割合は、全燃料被覆管の約0.12パーセント以下と小さいため、右反応の結果発生する水素ガス等による圧力上昇に対しても原子炉格納容器の健全性が損なわれることはないこと等が確認されるなど、圧力バウンダリを構成する小口径の配管破断から最大口径の冷却材再循環系配管一本の破断に至るいかなる冷却材喪失事故時においても、放射性物質の環境への異常放出を防止できるものとなつていることが確認された。

(2) 主蒸気管破断事故

主蒸気管破断事故とは、主蒸気管が破断し、破断箇所から冷却水の流出が起こる事象をいうが、その結果、燃料被覆管が加熱して損傷に至るおそれのあるものである。

右事象の解析評価に当つては、四本の主蒸気管のうちの一本が原子炉格納容器の外部で瞬時に完全破断するものと仮定していること、事故発生後自動的に閉鎖し、主蒸気を原子炉圧力容器内に閉じ込める主蒸気隔離弁の閉鎖時間は、設計上は3〜4.5秒の範囲内に設定されることとなつているが、破断箇所における冷却水の流出量を大きく見積るためにこれを五秒と仮定していること、また、事故の発生と同時に外部電源が喪失し、冷却材再循環系ポンプが即時停止して、炉心流量の急減により燃料被覆管からの除熱が低下すると仮定していること、等の厳しい条件が設定されていることが確認された。

右事象の解析評価の結果、右主蒸気管破断事故においても、炉心は露出することなく、また、最小限界熱流束比は1.5以上に保たれ、燃料被覆管の健全性は確保されることが確認されるなど、主蒸気管破断事故時においても、放射性物質の環境への異常放出を防止できるものとなつていることが確認された。

三 本項に関する原告らの主張の失当性

1 燃料被覆管の健全性に関する主張について

原告らは、軽水炉の燃料のトラブル中燃料棒の曲がり及び燃料被覆管の応力腐食割れについては、いまだにその原因や機構が十分究明されていない旨主張する。

しかしながら、右各事象についても、以下に述べるように、既にいずれもその原因や機構が明らかになつており、したがつて当然のことながら、既にこれに対する所要の防止対策が講じられている事象であつて、原告らの右主張は失当といわなければならない。

すなわち、まず、燃料棒の曲がり事象は、そもそも本件原子炉の属するBWRにおいては発生したことがない事象であつて、過去にPWRにおいて発生したことがある事象にすぎないものであり、また、それが発生したとしても直ちに燃料被覆管の損傷の危険が生じるという事象でもないが、念のため簡潔にこれに触れれば、ノズル干渉型の曲がりについては、原告らも自認するように、その原因が解明され所要の対策が講じられているところ、非ノズル干渉型の曲がりについても、その原因は、燃料被覆管の軸方向の伸びに対する支持格子(PWRの燃料集合体にあつて、別紙第二図中に示すBWRにおけるスペーサーに相当するもの)の拘束がたまたま強かつたことや燃料被覆管にたまたま偏肉(肉厚の若干の不均一さ)があつたこと等が重なり合つて、徐々に燃料棒に曲がりが生じたものであると解明されている。したがつて、非ノズル干渉型の曲がりについても、支持格子における板ばねの拘束力を軽減するとともに、支持格子の数を増加させ各支持格子間の間隔を短かくすることによつて燃料棒が曲がりにくいような構造とし、また、燃料被覆管について製造時における偏肉管理を強化すること等によつて、その発生を防止できるのである。

また、燃料被覆管の応力腐食割れ事象についても、その原因は、PCI(pellet clad interaction、燃料ペレットと燃料被覆管との相互作用)の結果、すなわち、燃料ペレットがその内部の温度分布による熱膨張差によつて鼓状に熱変形し、この変形した燃料ペレットが燃料被覆管を内部から押し広げる(このPCIの度合は、原子炉の出力の上昇速度が速い程大きくなることが知られている。)結果、燃料被覆管の局部に応力が生じ、その応力に加えて、燃料ペレットから放出されたよう素等による腐食環境が重畳して、燃料被覆管にひび割れやピンホールが生じるものであると解明されている。

したがつて、右事象に対しては、燃料被覆管に局部的な応力が生じないように、燃料ペレットの両端を面取り(チャンファ)するなど燃料ペレットの形状を工夫したり、燃料被覆管の延性が向上するように熱処理方法の改良を行つたり、更には原子炉の運転に際し出力の上昇速度を抑えたりすることによつて、その発生を防止できるのである。

ちなみに、昭和五二年九月一二日設置変更許可後の本件原子炉を含む最近のBWRにおいては八行八列配列の燃料集合体が採用されているが、この燃料集合体は、七行七列配列のそれに比べると、燃料棒の線出力密度が大幅に低減されて燃料棒における熱的条件が緩和されているので、より一層PCIによるピンホール等の発生が抑制されるものである。

なお、原告らが多くの発電所で発生している旨主張する燃料棒のつぶれ、折損等について付言すれば、そもそも、つぶれ及び折損も、BWRにおいては発生したことがない事象であり、また、原告らが指摘する福島第一原子力発電所において発生したピンホールは、いずれも水素化物生成に起因するものであつて、右水素化物生成は、原告らも自認するように、燃料の製造工程における湿分除去、燃料棒内への水素ゲッタの封入等の対策により防止できるのである。

2 圧力バウンダリの応力腐食割れに関する主張について

原告らは、圧力バウンダリの材料として使用されている三〇四ステンレス鋼に応力腐食割れが多発しており、現在これを解決する技術的見通しはない旨主張する。

しかしながら、そもそも、右の圧力バウンダリにおける応力腐食割れ事象の問題は、原子炉施設の詳細設計や具体的な工事方法及び具体的な運転管理において対処されれば足りる事柄であって、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項を審査する原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事柄ではないから、右の点をもつて本件許可処分の違法事由とする趣旨の原告らの右主張は、主張自体失当というべきであるが、以下、そのゆえんを明らかにする意味を含め、右主張が内容的にも失当であることを明らかにすることとする。

すなわち、圧力バウンダリにおける応力腐食割れは、主としてオーステナイト系ステンレス鋼(以下「ステンレス鋼」という。)のうち特にSUS三〇四鋼を使用した配管等の溶接熱影響部に発生が多くみられた事象であるが、それは、金属材料の耐食性の低下、金属材料における過度の引張応力の発生及び腐食環境の存在、の三つの条件が一定程度重畳した場合においてはじめて発生する事象であることが既に解明されている。すなわち、右応力腐食割れは、①配管等の材料であるSUS三〇四等のステンレス鋼が配管工事の際の溶接熱等により摂氏約五五〇ないし七五〇度に加熱されることによつて、ステンレス鋼に耐食性をもたらしているクロムがSUS三〇四等のステンレス鋼中に含まれている炭素と結合して結晶粒界に析出し、その結果、右結晶粒界付近にクロム欠乏部が生じ、耐食性が低下して(このように金属材料の耐食性が低下することを鋭敏化という。)腐食されやすい部分が生じること、②原子炉施設の運転に伴い発生する内圧や熱荷重等による引張応力に、特に、溶接による残留引張応力が加わることによつて、ステンレス鋼に過度の引張応力が生じること、及び③冷却水中の溶存酸素の濃度が高い等ステンレス鋼が腐食環境にあること、の三つの条件が一定程度重畳した場合にのみ発生するのである。

したがつて、右の三つの条件のうちのいずれかの一つでも完全に解消せしめるか、あるいは、三つの条件のそれぞれを一定程度緩和ないし低減することにより、応力腐食割れの発生は防止できる。すなわち、応力腐食割れ発生防止のための具体策として、①ステンレス鋼の耐食性が低下することを防止するために、材料面からの対策として、従来頻用されていたSUS三〇四ステンレス鋼に代え、炭素含有量の極めて低いSUS三〇四Lや三一六L等の低炭素ステンレス鋼等を使用すること、溶接工法上の対策として、溶接時に厳重な入熱管理を行うこと、溶接後に固溶体化熱処理(SHTと呼ばれるものであつて、主として工場において溶接が行われる配管等に対し採られる工法である。)を行うこと、溶接熱影響部を環境から保護するためにあらかじめ耐食性の優れた材料を配管等の内面に肉盛溶接しておくこと(CRCもしくはWBと呼ばれるものであつて、主として現地において溶接が行われる配管等に対し採られる工法である。)等の対策を、②ステンレス鋼に過度の引張応力が発生することを防止するために、溶接による残留引張応力の発生を軽減し、もしくは、右の引張応力を圧縮応力化するための方法として、右に述べた溶接工法上の対策の他に、溶接中に内面を水で冷却する工法(IDクーリング溶接もしくはHSWと呼ばれるもの。)等の溶接工法を採用する等の対策を、③ステンレス鋼の腐食環境条件を緩和するために、原子炉の起動時には、出力が上昇して冷却水の温度が高くなる前に冷却水中の溶存酸素濃度を十分低減する運転、すなわち、いわゆる脱気運転を行う対策を、それぞれ講じることによつて圧力バウンダリにおける応力腐食割れの発生は防止できるのである。

以上のとおり、圧力バウンダリにおける応力腐食割れは、既にその原因や機構が明らかになつており、したがつて、当然のことながら、右に述べた、具体的な鋼種の選択、具体的な溶接工法の採用、具体的な運転方法の実施、の各段階における所要の対策が講じられている事象であつて、原告らの右主張は、内容的にみても失当といわなければならない(ちなみに、本件原子炉施設においても、詳細設計以降の段階において、前述のような諸々の対策が講じられているところである)。

なお、原告らは、応力腐食割れを検出する技術が確立されていない旨主張するが、そもそも応力腐食割れ事象は、ステンレス鋼が延性の極めて高い金属材料であるところから、たとえこれが発生したとしても、その割れが急速に拡大することはない性質のものであつて、もとより、定期検査の際に実施される超音波探傷検査等の供用期間中検査によつて、漏洩に至らない微小なひび割れの段階で十分に検出できるものであるから、原告らの右主張は失当といわなければならない。

3 ECCSに関する主張について

(一) ECCSの性能の実証性に関する主張について

原告らは、ECCSの実証的安全性については数多くの疑問が投げかけられており、ECCSは実験による検証を経ていない単なる紙上の安全装置にすぎない旨主張する。

原告らの右主張にいう「実証」とは具体的にどの様な事柄を指すものであるのか不分明であるが、本件安全審査において本件原子炉施設のECCSの性能を評価するに当つて用いた手法は、解析モデルを用いて行うものであるところ、当該解析モデルは、実験によつて十分な確証が得られている部分についてはその結果を踏まえ、また、いまだ実験によつては十分な確証が得られていない部分については、厳しい条件を設定し、全体として安全上厳しい結果となるように作成された信頼性の高いものである。そして、右のような解析モデルの作成方法及び解析モデルを用いて設備等の性能評価を行いその有効性を確認するという手法は、いずれも工学上一般に広く承認されているものであつて、特に、実際に事故状態を発生させて実験することのできない原子炉施設については有効かつ合理的なものである。

したがつて、原告らの右主張が、実際の原子炉施設における実験がなされていないことをもつて直ちにECCSの有効性を否定しようとする趣旨のものであるとすれば、それは極めて非科学的な主張といわざるを得ず、原告らの右主張は失当というべきである。

なお、原告らは、その主張のECCSの性能に対する疑いの論拠として、米国におけるロフト(Loss of Fluid Test、冷却材喪失実験)計画の第四段階の八〇〇シリーズの実験において、冷却水が炉心に注入されなかつた事例を挙げる。

しかしながら、右の事例は、PWRのECCSに関する実験である、いわゆるロフト計画中のセミスケール実験計画における一連の実験のうちの、初期に行われた極めて簡単な模型による実験(右実験装置は、一次冷却材ループが一系統しかない等実用発電用PWRにおける系統構成のそれとは程遠いものである。)における事例であつて、右実験の内容を正しく理解せずに、その結果のみをもつて直ちに実用発電用原子炉施設においても冷却水が炉心に注入されないおそれがあるとするのは失当といわなければならない。事実、その後、実用発電用原子炉により近い形に模擬した小型原子炉を用いた右ロフト計画の実験においては、ECCSにより有効に原子炉内に注水がなされ、燃料被覆管の最高温度も計算による予測値よりも低い温度にとどまるとの実験結果が得られているのである。

(なお、BWRにおいても、TLTA(Two Loop Test Apparatus)、米国原子力規制委員会(NRC)、ゼネラル・エレクトリック社、米国原子力研究所(EPRI)によつて一九七二年から一九八〇年に実施)、ROSA―Ⅲ(Rig of Safety Assessment、日本原子力研究所によつて一九七八年から一九八二年に実施)及びTBBL(Two Bundle Blowdown Loop)、電力六社(東京電力、東北電力株式会社、中部電力株式会社、北陸電力株式会社、中国電力株式会社、日本原子力発電株式会社)、東京芝浦電気株式会社、株式会社日立製作所によつて一九七七年から一九八一年に実施)の、いずれも実用発電用原子炉に近い形に模擬した総合システム実験において、ECCSによつて有効に原子炉内に注水がなされ、燃料被覆管の最高温度も計算による予測値よりも低い温度にとどまるとの実験結果が得られている。)

(二) ECCS安全評価指針に関する主張について

原告らは、本件原子炉施設のECCSの性能評価に際して実質的な基準として用いられたECCS安全評価指針に関連し、LOCA(冷却材喪失事故)現象そのものがいまだ充分に解明されていないため、たとえ本指針が満たされたとしても、LOCA時に被覆管の崩壊が防げるか疑問である旨主張する。

しかしながら、ECCS安全評価指針は、燃料被覆管の健全性に関しては、冷却材喪失事故時に燃料被覆管が酸化によつてその延性を極度に失うことなく炉心の冷却が可能な形状を保持し続けることを保証するとの観点から、これまでの実験及び解析結果等を踏まえ定められたものであり、また、本件原子炉施設に設置されるECCSの性能評価に用いた解析モデルは、前記(一)で述べたように、実験によつて十分な確証が得られている部分についてはその結果を踏まえ、また、いまだ実験によつては十分な確証が得られていない部分については、厳しい条件を設定し、全体として安全上厳しい結果となるように作成された信頼性の高いものであつて、原告らの右主張は、右指針及び解析モデルの作成方法あるいは信頼性についての理解を欠くこと等に基因する的外れな主張というべきである。

なお、原告らが冷却材喪失事故現象そのものが十分に解明されていないとする論拠として挙げる事項のうち、燃料被覆管の脆化と金属、水反応(水ージルコニウム反応と同義)との定量的関係及び燃料集合体の急冷時における応力の状態の点については、米国オークリッジ国立研究所(ORNL)における実験結果(なお、この実験は、燃料被覆管の内外面を高温の水蒸気中で加熱し酸化させた後、水中で急冷することにより熱衝撃を加え、さらに、試験機によつて衝撃荷重を加えるという苛酷な条件を課しての実験である。)等によつて十分な解明がなされているところであり、また、燃料内の温度分布の点については、ECCS解析において、燃料被覆管の温度上昇計算の前提となる熱源の大きさを仮定するに当つては、①事故発生前原子炉は少なくとも定格出力の一〇二パーセントで運転され、かつ、②核分裂生成物の崩壊熱は、無限大の運転時間を仮定して生成量を求めた米国原子力学会(ANS)の標準値の与える値の1.2倍の値又はゼネラル・エレクトリック社の実験データから得た式に適切な安全余裕を見込んだ値を用いる(なお、BWRの解析においては後者を用いている。)等の保守的な(安全側に立つた)条件を設定するとともに、熱伝導率等についてもパラメーターを保守的に仮定する、等厳しい条件を設定して計算することとしているのである。

(三) 全ECCSの不作動に関する主張について

原告らは、米国ブラウンズ・フェリー原子力発電所一号炉において、火災によつてすべてのECCSが作動しなかつた事故が発生したこと等を論拠に、「事故解析」上、全ECCSの不作動又は有効でない作動という事態を想定する必要がある旨主張する。

しかしながら、原告らの右主張は、原子炉設置許可に際しての安全審査における事故解析の意義、目的についての理解を欠くこと等に基因するものであつて、失当といわなければならない。

すなわち、前記のとおり、本件原子炉施設は、所要の異常状態発生防止対策及び異常状態拡大防止対策が講じられるものであり、その基本設計ないし基本的設計方針において、放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生は防止されることとなつているものである。しかして、本件安全審査においては、さらに、本件原子炉施設について、仮に放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合においてもなお、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止し公共の安全を確保するため、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられるものかどうか、をみたところである。そして、右の審査において、本件原子炉施設には、圧力バウンダリを構成する配管の破断等の放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生に備え所要の安全防護設備が設置されることを確認し、かつ、右の安全防護設備はいずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものであることを確認した上で、念のため、さらに、これらの安全防護設備等の設計の総合的な妥当性を判断するために、あえて放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生を想定して行つたのが、右の「事故解析」である。

これを本件原子炉施設におけるECCSについてみれば、本件原子炉施設においては、高圧炉心スプレイ系一系統、自動減圧系一系統、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系三系統から構成されるECCSが設置されることを確認し、かつ、右ECCSは、確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるように、圧力バウンダリを構成するいかなる口径の配管の破断の際にも、互いに独立した二系統以上が作動するように設計されること及びこれらの系統はいずれも、外部電源が喪失した場合に備え非常用電源により作動させ得るように設計されることを確認したのである。

そうだとすれば、右のように信頼性が確保されるECCS等の設計の総合的な妥当性を判断するために行う事故解析の意義、目的に照らせば、例えば、冷却材喪失事故に係る解析につき、冷却水の喪失量が最大となり炉心の冷却にとり最も厳しい冷却材再循環系配管一本の瞬時完全破断を仮定し、かつ、その際外部電源がすべて喪失し、さらに、右冷却材喪失事故を収束させる上で最も厳しくなる低圧炉心スプレイ系の非常用電源が故障することをも仮定する等して、ECCS等の安全防護設備等の設計の総合的な妥当性を解析評価した本件安全審査における事故解析の方法が合目的的かつ合理的であることは明らかである。却つて、原告ら主張のような全ECCSの不作動の想定(そのいうところの「有効でない作動」の趣旨は詳らかでない。)は、右のECCS等の設計の総合的な妥当性を判断するための事故解析自体を不能ならしめるものであつて、およそ非合目的的かつ非合理的な論といわなければならない。

なお、原告らが右主張の論拠とする右ブラウンズ・フェリー原子力発電所一号炉において発生した火災は、原子炉建家のケーブル貫通部でケーブル引替作業を行つた後、貫通部の気密性を確認するために用いたろうそくの炎が火源となつてケーブルに延焼したものであるが、その主たる原因は、火気を用いた作業を行う際には、もとより当然のことであるが、常に、消火器の設置等十分な防火対策及び消火対策を講じた上で作業を行うべきところ、右発電所においては、これらの作業上の初歩的な施設管理が十分に行われていなかつたことに加え、消火活動の不手際が重なつたことによるものであつて、かかる事態の発生をもつて、右の主張の論拠とすること自体失当というべきである。

4 原子炉格納容器の健全性に関する主張について

原告らは、BWRの原子炉格納容器はPWRのそれと比べ容積が小さいため、TMI事故において発生したような水素爆発がBWRの原子炉格納容器内で生じれば、原子炉格納容器が破損し、大量の放射能が環境に放出されるおそれがある旨主張する。

しかしながら、運転員が加圧器の水位表示のみを拠りどころとして自動起動したECCSの機能を長時間にわたり殺し続けてしまう等、いわば原子炉施設に係る設計上の考え方を根底から否定したものともいうべき非常識な運転管理に基因して炉心を損傷するに至らしめたTMI事故において発生したような水素爆発を引き合いに、BWRにおける原子炉格納容器の健全性を云々する右主張は、失当というべきである。なお、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性の審査を目的とする本件安全審査においては、前記のように、厳しい条件が設定された事故解析により、冷却材喪失事故時においても水―ジルコニウム反応の結果発生する水素ガスの量は低く抑えられ、原子炉格納容器の健全性は確保されることが確認されているところである(ちなみに、水素濃度を四パーセント未満に抑えるか又は酸素濃度を五パーセント未満に抑えることによつて水素の燃焼又は爆発の可能性を原理的に消去することができるところから、本件原子炉施設においては、原子炉の起動に際し原子炉格納容器内の空気を窒素ガスに置換する不活性ガス系設備に併わせ、冷却材喪失事故時に原子炉格納容器内の水素と酸素とを強制的に結合させて水とすることにより水素濃度及び酸素濃度を低減させる可燃性ガス濃度制御系設備が設置されている。)。

付言すれば、BWRの原子炉格納容器の容積がPWRのそれと比較して一般に小さいのは、BWRの原子炉格納容器は、PWRと異なり、原子炉格納容器内に放出された蒸気が原子炉格納容器の下部にあるサプレッション・プールに貯えられた水により凝縮、復水されることによつて原子炉格納容器内の内圧の上昇を抑制する、いわゆる圧力抑制型の原子炉格納容器であるからにほかならない。

5 単一故障指針に関する主張について

原告らは、TMI事故の発生によつて、原子炉設置許可の際の安全審査において用いられている単一故障指針の妥当性に根本的な疑問が生じた旨主張する。

しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり、単一故障指針の意義そのものの誤解や原子炉設置許可に際しての安全審査の内容についての理解を欠くこと等に基因するものであつて、失当といわなければならない。

すなわち、原子炉設置許可に際しての安全審査において用いられているいわゆる単一故障指針とは、原子炉の主要な施設における異常事象の発生時に原子炉施設の安全性を確保するために作動することが要求されている安全保護設備や安全防護設備等の安全上重要な設備については、右設備を構成している機器のうち原子炉施設の安全上最もその結果が厳しくなるような機器の一つが単一の事象に起因して故障し(ただし、単一の事象に起因して必然的に起こる多重故障を含む。また、右の事象には運転員の誤操作が含まれる。)それに伴う安全上の機能が発揮されない事態を仮定しても、なお、前記異常事象発生時における原子炉施設の安全確保機能が損なわれないように設計されなければならない、とする原子炉施設の安全設計上の考え方の一つであり、換言すれば、右指針適合性についての解析評価は、まず、①右の安全上重要な設備の作動が要求される原子炉の主要な施設における異常事象の発生を仮定し、これに加えて、②右の安全上重要な設備における右のような単一機器の故障の発生を仮定して、行うのである。したがつて、右単一故障指針とは、原告らが主張するような、「事故が単一の故障に起因することを仮定するもの」でないことは明らかである。

そして、右に述べたような意味における「単一故障」を仮定するのは、前述したところからも明らかなように、安全保護設備や安全防護設備等の安全上重要な設備については設計上特に高い信頼性を確保しようとするからにほかならないのであるが、TMI事故のような、主給水喪失という異常事象に対する安全保護設備である補助給水ポンプのすべての出口側の弁を閉止したまま運転を継続し、あるいは、運転員が冷却材喪失事故に対する安全防護設備であるECCSの機能を長時間にわたり殺し続けてしまう等、いわば当該設備に係る設計上の考え方を根底から否定したものともいうべき非常識な運転管理に基因した事象を引合いに、単一故障指針の考え方の不当性をいうこと自体的外れの議論というほかはない。

なお、原告らは、右主張に関連して、TMI事故に関する学術シンポジウムにおいて、都甲泰正東京大学工学部教授は単一故障指針の妥当性を見直す必要がある旨指摘しているとするが、原告ら援用の都甲教授の右指摘は、TMI事故を炉心損傷事故にまで至らしめた決定的な要因が具体的な運転管理上の問題にあつたことにかんがみ、具体的な運転管理という詳細設計以降の段階の問題も、より幅広く基本設計の段階に取り込むことの技術的可能性を検討すべきであるとするものであつて、単一故障指針等の考え方に基づく現在の安全審査の方法の妥当性を否定する趣旨のものでないことはいうまでもない。

6 過渡現象解析に関する主張について

原告らは、TMI事故の発生を論拠として、本件安全審査における過渡現象解析は、動的機器の故障、誤動作、運転員の誤操作が重なり合つた場合の検討が極めて不十分である旨主張する。

しかしながら、原告らの右主張は、原子炉設置許可に際しての安全審査における過渡現象解析の意義、目的についての理解を欠くこと等に基因するものであつて、失当といわなければならない。

すなわち、原子炉設置許可に際しての安全審査における過渡現象解析は、前述したように、当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において採用される安全保護設備の各々について、いずれも確実に所期の機能を発揮しその信頼性が確保されるものであることを確認した上で、念のため、さらに、それら安全保護設備等の設計が、異常状態拡大防止対策上、総合的にみて妥当なものであるかどうかを判断するために行うものであり、右のような意義、目的を有する過渡現象解析をいわゆる単一故障指針の考え方に従つて行うことが合理性を有することは明らかである。

第七章  本件許可処分の実体的適法性(その三……本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策)《省略》

第八章  TMI事故について《省略》

(被告の主張に対する原告らの答弁及び反論)《省略》

(証拠)《省略》

理由

第一  本件許可処分の存在等

東京電力は昭和四七年八月二八日内閣総理大臣に対して本件原子炉についての設置許可申請(本件許可申請)をしたところ、これに対し内閣総理大臣は昭和四九年四月三〇日本件許可処分をしたこと、原告らは右許可処分に対して同年六月二八日行政不服審査法所定の異議申立てをし、これに対し内閣総理大臣は同年一〇月一一日右の異議申立てを棄却する旨の決定をしたこと及び原告らはいずれも本件許可処分にかかる本件原子炉の設置場所である福島県双葉郡富岡町、楢葉町並びにその周辺に居住していることはいずれも当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、本件原子炉と原告らの右居住地との地理的、距離的位置関係はおおよそ別紙二記載のとおりであることが認められる。

第二  当事者適格

一はじめに

行政処分取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する者に限り提起することができる(行訴法九条)とされているところ、右にいう法律上の利益を有する者とは、当該処分の名宛人か否かを問わず、右処分により自己の個人的権利若しくは法律上保護された利益を侵害された者を指すということができる。しかして、右の法律上保護された利益等の存否は、当該行政処分の根拠となつた行政法規(本件の場合は原子炉等規制法二四条一項)が右の利益等の保護を図る趣旨を含むか否かによつて決せられるが、右の利益等は、当該行政法規上専ら保護法益とされていることまでは必要なく、一般的公益と合わせて保護されている場合でも差し支えない。もつとも、その場合、個人的利益等が、一般的公益と併列的に保護されているとみられるか、それとも公益の保護によつて生じる単なる反射的利益とみられるかは、当該個人的利益等を、本来的に直接行政法規が公益という一般的利益の中に完全に包摂解消せしめ得ない具体的な利益等として保護したと観念される場合か、それとも行政法規が究極的な各個人の利益等として個別的に保護するというのではなく、公益を一般的に保護することにより、それを通じて間接的に各個人の利益等の実現を図ろうとし、右利益等は公益の中に完全に包摂解消されるべきものと観念される場合か、によるものというべきである。

二原子炉等規制法二四条一項の意義と原告適格

そこで、本件許可処分の根拠法規である原子炉等規制法二四条一項が、原告らの個人的利益等を保護している規定と解されるか否かについて検討するに、同法一条によれば、同法律の目的は、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用による災害を防止して公共の安全を図るために必要な規制を行う」というものであり、同法二四条一項四号の規定も、「原子炉等による災害(ここにいう「災害」は、多数人の生命、身体等に損害を及ぼすことをいうものと解される。)の防止」を目的としているから、同号が公共の利益を保護目的としていることは明らかであるが、このことのみから同号が公共の利益(公益)のみを目的としていると解すべきではない。すなわち、原子炉等の施設は、その安全が確保されない場合、周辺住民の生命、身体等に重大な危険を及ぼす虞れがあり、現に、原告らは、本件原子炉施設周辺の住民として、本件許可処分により、自己又はその子孫の生命、身体等かけがえのない貴重な利益に著るしい被害を蒙る虞れが大きいと主張しているのであり、かつ原子炉等の災害により公共の安全が害される危険が発生すると同時に多くの場合、右個人的利益の侵害される虞れが生じると考えられる(これは本件記録上明らかである。)ことから、原子炉施設周辺住民の右利益を抜きにして公益の保護を図ることはできないというべきであるから、右住民の個人的利益は、公益の中に完全に包摂解消せしめ得ないものとして右公益と合わせて原子炉等規制法二四条一項四号の保護法益とされているものと解するのが相当である。このことは、同法の付属法規である原子炉規則一条七号、一条の二第二項六、七号、一〇号、告示二条、九条及び同法二四条一項四号の解釈について、事実上重要な意義を有する安全設計審査指針、立地審査指針、気象手引はいずれも原子炉施設周辺における放射線被曝を軽減し、右施設周辺住民が原子炉事故による災害を受けることを防止することを重要な目的としていると解されることからも根拠づけられる。のみならず、右の結論は、原子炉等規制法と公害対策基本法との対比上からもその根拠を見い出すことができるのである。すなわち、原子炉等規制法の目的及び同法二四条一項四号の目的は前記のとおりであるところ、同法は原子力基本法の精神にのつとつて制定されたものであり(同法二〇条の「放射線による障害を防止し、公共の安全を確保するため、放射性物質及び放射線発生装置に係る製造、販売、使用、測定等に対する規制その他保安及び保健上の措置に関しては、別に法律で定める。」の規定を受けて、原子炉規制法が制定された。)、しかも、右両法は、国民の健康保護と生活環境とを目的として制定された公害対策基本法八条(「放射性物質による大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染の防止のための措置については、原子力基本法その他の関係法律で定めるところによる。」)を受けて制定されたものであり、したがつて、以上の各法規の制定の経緯を総合すれば、原子炉等規制法二四条一項四号の目的とするところは公害対策基本法の目的とするところと同一であると解されるところ、同法は、いわば抽象的、一般的公益とも解される生活環境の保全という目的のほかに国民の健康保護をも目的としているところからみて、右にいう「国民の健康」とは、それを侵害されることにより具体的に健康を害される個々の国民たる個人の健康、すなわち、抽象的、一般的な国民の健康という概念の中に包摂解消されてしまうことのない個々具体的な国民個々人の健康と解するのが合理的であり、したがつて、同法上保護の対象とされているのは、公益のみならず具体的な個々人の権利、利益にも及んでいると解されるから、原子炉等規制法二四条一項四号も、公害対策基本法と同様一般的な公益のみならず個々住民の個人的利益すなわち原子炉施設周辺の住民の生命、身体等をも保護目的としているとみるのが合理的だからである。

したがつて、原子炉施設周辺住民には原子炉設置許可処分の取消しを求める原告適格があると解される。

もし、原子炉施設周辺住民に原子炉設置許可処分の取消しを求める原告適格を認めないとすれば、右の住民は原子炉の運転によつて被害が生じた場合人格権等を根拠として電力会社を相手どり民事訴訟による操業の差止め等を求めることができる場合もあり得ようが、原子炉の災害等による健康被害が生じる虞れというものは、住民が事前にこれを予知することは殆ど不可能であり、実際上事故が起こつて現実に健康被害が生じた後でなければ救済を受けられないという不都合が生じかねないのである。

なお、原告らは、いずれも本件原子炉施設周辺の住民ではあるものの、別紙二のとおり本件原子炉施設より数キロメートルから六十数キロメートルの範囲に居住しており、どこまでの範囲の者に本件訴えの原告適格を認めるかが問題とはなるが、原子炉の平常運転時においても一定の量を超える放射性物質の放出が続けば(これがあり得るかは本案の問題)、原告らのうち原子炉施設周辺に居住する者が放射線による被曝の結果、健康を害する虞れのあること及び原子炉の炉心溶融や格納容器の破壊等の災害が発生し、大量の放射線の放排出があれば(これがあり得るかは本案の問題)、原告らの多くの者が放射線被曝により死亡もしくは発病する虞れのあることは、いずれも本件記録上明らかであり、このように当該周辺住民の多くの者に原告適格が認められるような場合には、経験則上等から一見明白に原子炉等による災害による被害を受けないと認められる者を除いては、当該周辺住民個人個人について逐一原子炉からの距離や災害等の態様等とを考慮するなどして原告適格の有無を判定することなく、全体について原告適格を認めるのが相当であると解されるところ、本件原告らについては、本件原子炉から最も遠い者でも六十数キロメートルの距離内に居住しているのであつて、右にいう経験則上等から一見明白に被害を受けない者の範囲に含まれるとは認め難いから(なお、後記第七、一参照)、結局、本件については原告ら全員について原告適格を認めるのが相当である。

三なお、原子炉等規制法二四条一項三号(ただし、経理的基礎についての規制部分を除く。)についても、その所定の要件の存否の判断に瑕疵があり、その結果なされた違法な行政処分によつて原告らの利益を侵害される虞れがある限り、前述の同条一項四号の場合と同様に解されるが、同項一、二号及び三号の経理的基礎についての規制部分の規定は、原子炉施設周辺住民の利益保護を目的とするものではなく、専ら、原子力の研究、開発及び利用を平和の目的に限り、かつ、原子力の開発及び利用を長期的視野に立つて計画的に遂行するとの我が国の原子力に関する基本政策に適合せしめ、もつて広く国民全体の公益の増進に資することにその趣旨があるのであつて、原子炉施設周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするものでないことは、その文理上からも明らかであるから、右一、二号及び三号の右部分違反を理由として本件原子炉設置許可処分の取消しを求めることはできない。

四被告の主張について(一)

被告は、本件許可処分を受けた者は右処分により直接原告ら主張のような利益侵害発生の原因となるべき当該原子炉の運転ができる地位を取得するものではなく、後続の行政処分ないし原子炉運転という事実行為を俟つて初めて右のような利益侵害の蓋然性の有無、程度及びその具体的内容が確定するものであるから、仮に本件許可処分に何らかの瑕疵があつたとしても、原告らは右処分によりその主張の利益を侵害され若しくは必然的に侵害される虞れのある者にはあたらないと主張する。

確かに、原子炉設置許可処分のみによつて直ちに原子炉設置許可申請者に対し原告ら主張のような利益侵害発生の原因となるべき当該原子炉の運転のできる地位が与えられるものではなく、したがつて、本件許可処分自体によつて直ちに原告ら主張のような利益侵害行為が行われるものでないことは被告主張のとおりである。しかしながら、そもそも原子炉設置許可申請をする者で当該原子炉の運転を目的としない者はあり得ず、本件許可処分後右の運転に至るまでの後続処分等の手続は、本件許可処分によつて必然的なものとして予想されるものであり、また、原告らの主張するところは、あくまで本件許可処分の安全審査自体に瑕疵があることによつて主張のような災害が生じ利益を侵害されるというものであるから、たとえ原告ら主張の利益侵害が原子炉の運転という事実行為によつて直接発生するものであるとしても、原告らは主張のような利益を侵害されるということを理由として本件許可処分の取消しを求める適格があるというべきである。後記のとおり、原子炉の設置から運転までの間には、本件許可処分以外に各段階に応じた各処分等が予定されており、その都度それぞれの段階に応じた安全審査が行われるものであるところ、もし、本件許可処分自体によつて直ちに原子炉の運転をなし得る法律上の効果が付与されるものではないからとして原子炉施設周辺の住民が右処分に存する瑕疵を争うことができないとすれば、右住民がたとえ、直接原子炉の運転をなし得る法律上の効果を付与する処分について処分取消しを求めうるものとしても、後記のとおり段階的安全審査体制がとられていることからして、後続の処分の取消しを求める際に前段階の処分の瑕疵を主張することができるかについては疑問なしとせず、したがつて、一連の処分のうち最も重要かつ基本的な安全審査のなされるべき原子炉設置許可処分に存する安全審査上の瑕疵についての主張をすることが不可能となることもあり得るのであるから、この点からしても、原告ら主張の利益侵害は本件許可処分の法律上の効果としてとらえることができると解するのが相当である。

なお、被告は、右被告主張にそう裁判例として、農地法五条の転用許可処分の取消しにつき、第三者である隣接農地所有者の原告適格を否定した最高裁判所第三小法廷昭和五八年九月六日判決を右の被告主張の趣旨にそう判決として引用しているが、同判決が、被上告人(右第三者たる原告)に原告適格を認めなかつたのは、原告が当該許可処分の取消しを求めるについての原告適格を基礎づけるものとして主張するところによつても、当該転用許可処分に存する瑕疵と主張の利益侵害との間に直接の法律的効果の関係がないということをその理由としているものと解されるのであつて、本件許可処分の安全審査自体に存する瑕疵によつて主張のような利益侵害があると主張する本件の場合と事案を異にすることは明らかである。また、被告は、右の主張に関連して、ジュース判決や長沼ナイキ判決を指摘するが、前述のように、原告らが行訴法九条の取消しを求める法律上の利益を有するか否かは、当該行政処分の根拠となつた行政法規が原告らの個人的権利又は利益をも保護していると解されるか否かによつて定まり、右行政法規の解釈に当つては、当該行政法規の明文の規定に従うのはもちろん、右規定のみでは必ずしも明らかでない場合には、関連する諸法規を参酌し、当該処分によつて原告らが公益保護の目的に基づく法規によつて一般人として受ける利益以上に特別の利益を侵害される虞れがあるか否かによつて決すべきものと解されるところ、右被告指摘の各判決の行政処分の根拠となつた行政法規は、本件原子炉等規制法と規定を異にし、右判決には本件には適切でないと解される。

五被告の主張について(二)

被告は、また、取消訴訟という行政処分の公定力排除のための特別の訴訟手続によるべき法律上の利益を有する者は、当該処分の公定力により右の法律上の効果を受忍すべきことを命ぜられる者に限られるべきものであるところ、原告らは、本件許可処分により、その主張の利益侵害(仮に、発生することがあり得るとしても)を受忍すべき義務を課せられる者ではなく、その他、何ら本件許可処分の法律上の効果を受けて本件許可処分の公定力によりその法律上の効果の受忍を命ぜられる者ではないのであるから、右にいう公定力を排除すべき法律上の利益を有する者ではないし、仮に、本件許可処分につき原告らに原告適格を肯定すれば、許可処分の公定力によつて、右処分の法律上の効果と抵触する内容の民事訴訟の提起は許されないことになるから、国民の権利、利益の救済の方途の拡大に資することにはならない旨主張する。

取消訴訟を提起する法律上の利益を有する者は、当該処分の公定力により右の法律上の効果を受忍すべきことを命ぜられるものに限られるべきであることは、被告主張のとおりであるが、原告らに本件許可処分について取消しの訴えを提起する適格を肯認しても、原子炉等規制法は、原子炉施設周辺住民の行政手続参加や権利収用に伴う損失補償等の規定を欠いているから、右住民に右処分による法律上の効果を受忍すべき義務があるとしても、原子炉の操業によつて住民の生命、身体等に危険が生ずる場合にまで右受忍義務を課しているとは解されず、原子炉設置許可処分の周辺住民に対する公定力を認めるとしても、それは当該許可処分が有効であつて、許可制度という手段を通しての法益保護は一応受けているという限度のものというべきである。したがつて、原子炉設置許可処分の際の安全審査に瑕疵があり、右処分が違法である(したがつて、右の保護を受けられない。)と主張して右処分の取消しの訴えを提起する場合には、右処分の法律上の効果と抵触する内容の民事訴訟(処分の取消事由を主張しての設置工事の差止め等の民事訴訟)を提起することはできないが、原子炉の操業により生命、身体等に危険が生ずるということを主張する場合は、右処分の法律上の効果と抵触しない範囲での民事訴訟(人格権や財産権に基づく原子炉設置工事や操業の差止め等の民事訴訟)を提起できると解されるから、被告の右主張は必ずしも当を得ていない。

六結論

以上の次第で、原告らには本件訴えを提起しうる適格があるというべきであるから、被告の本案前の申立ては理由がない。

第三  本件訴訟における司法審査のあり方

一本件訴訟の審理、判断の対象となる事項

1本件の如き行政処分の取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることはできない(行訴法一〇条一項)ところ、右にいう「法律上の利益」は、原告適格を基礎づける「法律上の利益」と同義であるから、先に(第二で)述べたとおり、原告らは、原子炉等規制法二四条一項三号中の「技術的能力」及び四号に係る事項すなわち安全審査の対象となる事項を理由としてのみ違法事由の主張をすることができるにとどまる。したがつて、本件訴訟において、審理、判断の対象となる事項も右の安全審査の対象となる事項に限られることとなる。

2そこで、本件原子炉設置許可に際して安全審査の対象となる事項の範囲、内容について検討するに、以下述べるとおり、それは、原子炉施設自体の安全性に関する事項であり、しかもその基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項であるということができる。

3すなわち、まず、本件安全審査の対象となる分野についてみるに、原子炉等規制法は、核燃料物質、核原料物質及び原子炉の利用について、各種の分野に区分し、それぞれの分野の特質に応じて、それぞれの分野毎に一連の所要の安全規制を行うという体系となつており、原子炉の設置許可は、同法第四章「原子炉の設置、運転に関する規制」のうち、原子炉の設置の項で規定されているのであるから、本件原子炉設置許可に際して安全審査の対象となる分野は、原子炉施設の設置に関する分野であり、したがつて、原子炉施設自体の安全性に関する事項に限られるというべきである。

原告らは、「原子力発電は、核燃料の生産、原子炉の運転、発電、平常運転時の放射能、温排水の監視、処理及び事故時の防災、廃棄物の処理、使用済燃料の再処理、輸送、廃炉の処理・処分という全体のシステムにおいて完結するものであるところ、それぞれの場面においてたえず放射性物質を放排出し、人体及び生物、環境に広範かつ長期にわたり多様な影響を与え続ける危険が存在し、現に事故が発生している。原子力発電における「安全性」とは、これら全体のシステムのすべてにわたつて実証され、科学的に究明されたのでなければ、その確保が十分であるとはいえない。原子力発電所設置許可に当つての安全性審査に要請されているのは、これら原子力発電の全体システム、全過程にわたつて総合審査がなされ、それが実証と科学に裏打ちされているものであることが必要である。」と主張する。

確かに、原子炉の設置は、製錬、加工から再処理等の原子力発電の全過程中において、その中核を占めるものであるから、原告らが主張するように、右の設置許可に際し、原子力発電全過程の安全性を重復的かつ全体的に行うとすることも原子力発電に伴う危険の大きさ等を考慮すると、一つの考え方として認めうる余地もないことはない。

しかし、前記のとおり、原子炉等規制法の体系としては、各分野毎に安全性の審査がなされることとされており、例えば、同法第二章の製錬の事業に関する規制のうち四条の指定の基準、第三章加工の事業に関する規制のうち一四条の事業の許可基準と二四条の原子炉設置許可基準とを比較してみても、いずれも技術的能力の点や災害の防止上支障がないものであることがそれぞれ右指定や許可の基準とされているほか内閣総理大臣は右の指定や許可をするに際し予め原子力委員会の意見をきき、これを尊重してしなければならないと規定されているのもいずれの場合も同様であり、このように各分野毎にほぼ同様の安全審査体制がとられることとされていることからみると、同法が原告ら主張のような安全審査体制をとつていると解することはできない。

4次に、本件安全審査の対象事項である原子炉施設自体の安全性に関する事項につきどのような内容にまで審査が及ぶべきかについて検討するに、以下に述べるとおり、それは、原子炉施設に関する基本設計ないし基本的設計方針に限られるものと解すべきである。

すなわち、発電用原子炉の利用に関する原子炉等規制法及び電気事業法による安全規制の特色は、原子炉施設の設計から運転に至るまでの過程を段階的に区分し、それぞれの段階に対応して原子炉施設の許可、工事計画の認可、使用前検査、同合格、保安規定の認可、定期検査等の規制手続を介在せしめ、これら一連の規制手続を通じて発電用原子炉の利用に係る安全確保を図る、という方法に基づくいわゆる段階的安全規制の体系がとられていると解されるからである。これを敷衍するに、①発電用原子炉を設置しようとする者は、内閣総理大臣の原子炉設置許可(原子炉等規制法二三条)を受けた後においても、②工事に着手するためには、具体的な工事の計画について通商産業大臣の認可を受けなければならず(同法二七条、七三条、電気事業法四一条)、更に、③原子炉の運転を開始するためには、工事の工程毎に通商産業大臣の使用前検査を受け、これに合格しなければならず(原子炉等規制法二八条、七三条、電気事業法四三条)、また、保安規定を定め、これについて内閣総理大臣の認可を受けなければならず(原子炉等規制法三七条)、④運転開始後においても、一定の時期毎に定期検査を受けなければならない(同法二九条、七三条、電気事業法四七条)とされており、しかも、原子炉設置許可以降の右で見た一連の手続の内容は、工事計画の認可においては、(イ)電気工作物は、人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えないようにすること、(ロ)電気工作物は、他の電気的設備その他の物件の機能に電気的又は磁気的な障害を与えないようにすること、(ハ)電気工作物の損壊により電気の供給に著しい支障を及ぼさないようにすること、をその骨子とする通商産業省令で定める技術基準に適合しないものでないこと等の安全審査を経たうえ認可がなされること(電気事業法四一条、四八条)、使用前検査においては、認可を受けた工事計画に従つて行われたものであるかどうか等の安全審査がなされることになつていること(同法四三条、四八条)、保安規定の認可においては、この認可を受けようとする者は、原子炉施設の運転及び管理を行う者の職務及び組織、保安教育、運転に関すること、等多数の事項につき保安規定を定め、これについて内閣総理大臣の認可を受けることとされ、更に同大臣は、当該保安規定が原子炉等による災害の防止上十分でないと認めるときは認可をしてはならず、必要があると認めるときは、原子炉設置者に対し保安規定の変更を命ずることができるものとされていること(原子炉等規制法三五条、三七条、原子炉規則一五条)、等の内容となつており、原子炉設置から現実の運転に至るまでの各段階毎にそれぞれに応じた安全審査がなされ、安全規制がなされていると認められるのであるから、このような段階的安全規制の法体系がとられている以上、原子炉設置許可の際になされる安全審査の対象は、複雑高度な総合技術の集大成たる原子炉の詳細な技術仕様を裏付けとした原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関するものに限られるというべきである。そして、その具体的内容は、設置許可申請書及び添付書類を定めた規定(原子炉等規制法二三条一、二項、同法施行令六条、原子炉規則一条の二)並びに後続の手続に関する規定等をも参酌したうえで(後続の続に関する部分は除かれることになる。)決すべきものと考えられる。

これに対し、原告らは、原子炉設置許可においては、原子力発電のトータルシステム全体についての安全審査を行い、後続の手続では、右の安全審査に基づいて事後の計画や工事がなされたかどうかという観点からの行政規制がとられるべきであつて、そのような意味で原子力規制はダブルチェックシステムが採用されていると解すべきであつて、被告の主張するいわゆる基本設計論は実定法上の根拠を有しない違法なものである旨主張し、その論拠として、①原子炉設置許可の段階とこれに後続する他の手続の段階とでは規制の形式を異にし、前者における規制手続は後者のそれに比し極めて厳格であること、②基本設計(ないし基本的設計方針)と詳細設計との区別が明確でないこと、等を挙げる。しかし、右①については、原子炉の設置許可はその後の手続の大枠を定める趣旨で全段階中最も重要かつ基本的な事項についての安全審査を行うということから他の手続に比して特に厳格な規制方式がとられているものと解されるのであり、また、②については、証人都甲泰正の証言によれば、基本設計ないし基本的設計方針については、その定義づけやそれに関する基準は必ずしも明確ではないものの、設計工学の分野においては広く一般的に認められた概念であり、本件安全審査においてもほぼ一致した概念としてとらえられていること及び実際の設計等の場面においては、基本設計(ないし基本的設計方針)と詳細設計との区別が不明確となるものではないことが認められるから、右原告らの主張はいずれも失当である。

5原告ら主張の安全審査の対象について右3、4項で述べた安全審査のあり方に基づき、原告らが設置許可の段階において安全審査の対象とされるべきであると主張する具体的事由について、以下検討することとする。

(一) 原子力発電所従事者のいわゆる労働者被曝について

原告らは、原告ら周辺の地域住民が原発労働者特に下請労働者として原発労働に従事して被曝することを通して原告ら周辺住民全体の被曝線量を増大させるという問題について、安全審査がなされるべきであるのになされていない旨主張する。

しかし、原告らは、本件原子炉施設周辺の住民であると主張するにとどまつて、原告らが自ら労働者として本件原子力発電所に立ち入ることの蓋然性があることを何ら主張していないばかりか、原告らのいう下請労働者の被曝によつて原告ら自身が直接どのような被害を受けるかということについては何ら明確な主張をしている訳ではなく、いずれにしても原告らの主張する右労働者被曝に係る問題は、原告らの具体的利益に係るものとはいえないから、原告らは右の点に関する本件安全審査の違法を理由として本件許可処分の取消しを求めることはできない。

(二) 温排水の熱的影響等に関する主張について

原告らは、温排水の影響は原子炉等規制法二四条一項四号にいう原子炉による災害に当るから、本件安全審査の対象となるべきである旨主張する。しかし、同法は、大気の汚染、水質の汚濁等の公害のうち放射性物質によるものに限つて規定しているものであるところ(公害対策基本法八条参照)、温排水の熱影響等の問題は原子炉施設固有の現象ではないから、原子力の利用に係る固有の事項を規制の対象としていると解される原子炉等規制法の対象とはされていないものであり、このことは、原子炉設置許可の申請書及び添付書類の記載事項を定めた同法二三条二項、同法施行令六条二項、原子炉規則一条の二の各規定に照らしても明らかである。

なお、原告らは、温排水による熱的影響等の問題を、放射性物質による水質の汚濁及びその防止に関する問題としてとらえ、右熱的影響等の問題は水質汚濁防止法による規制に服さず(同法二三条一項では、放射性物質による水質の汚濁及びその防止については同法を適用しないと規定されている。)、原子炉等規制法二四条によつて本件安全審査の対象となる旨主張するかのごとくであるが、温排水中放射性物質による被曝の問題が規制法二四条一項四号適合性の判断に際して審査されるものであることはいうまでもないことであり、原告らがいわゆる温排水による影響の問題として主張しているものは、温排水中に含まれる放射性物質による被曝の問題を除いた熱的影響の問題であつて、水質汚濁防止法二三条一項にいう放射性物質による水質の汚濁及びその防止というのも原子炉等規制法上審査対象となる問題についてのものであるから、原告らの右主張は失当である。

ちなみに、右温排水の熱的影響等の問題については、公害対策基本法二条一項にいう「公害」のうちの「水質の汚濁」に当るもの(水質汚濁防止法二条二項及び三条一項参照)として、電気事業法の関係条項を含む公害規制法体系の中で規制されることになつている(なお、公害対策基本法八条においても、大気の汚染、水質の汚濁等の「公害」のうち放射性物質によるものに限つては、原子力関係法律の定めるところによるとして、右の旨を明らかにしている。)。

(三) 廃炉、解体に関する主張について

廃炉、解体に関する安全性については原子炉等規制法三八条、六五条、六六条等により別途規制されることになつており、本件設置許可の際の安全審査の対象となつていないことは、先に述べた発電用原子炉の分野別及び段階的安全規制の法体系からみて明らかである。

(四) 国、県による放射能監視体制及び防災対策に関する主張について

右に関する事項が本件安全審査の対象となるものでないことは、前記の理由により明らかなところである。

原告らは、右の主張の法的根拠として、原子炉規則一条の二1項チで「放射線管理施設の構造及び設備」の記載が原子炉設置許可申請の際求められていることを挙げるが、これは、原子炉設置者の原子炉付属設備としての記載を求めているものであることは明らかであつて、安全審査において右設置者の監視体制の内容を把握するために右の記載が求められているものではないから、右の規定をもつて原告らの右の点についての主張を根拠づけるものとはなり得ない。

(五) 集中化、大型化に関する主張について

「集中化」については、原告ら居住地域周辺に原子炉が集中化することにより平常時に原告らが受ける被曝線量に影響が生じることとなるから、本件安全審査の際には、本件原子炉よりの被曝のみならず比較的近距離に存する他の原子炉からの被曝をも考慮すべきものといえるところ、後記のとおり右の点の考慮が払われた安全審査がなされている。

また、「大型化」については、本件原子炉の安全性を考慮するに際し必要な限度で考慮されれば足りるものであつて、「大型化」自体が独立に審査対象とならなければならないものではない。

(六) 使用済燃料の再処理の見通しと輸送に関する主張について

使用済燃料に係る安全性に関する事項については、原子炉設置許可に際しての安全審査においては、前記のとおり、原子炉施設自体の安全性に関係のある事項につき原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件に適合するかどうかが審査の対象となることから、また、同法二三条二項五号(原子炉設置許可申請書記載の一つとして、「原子炉及びその附属施設(原子炉施設)の位置、構造及び設備」が要求されている。)及び原子炉規則一条の二第一項二号ニ(同法二三条二項五号を受け、「核燃料物質の取扱施設並びに貯蔵施設の構造及び設備」が前記記載事項とされている。)に照らすと、使用済燃料の当該原子炉敷地内における貯蔵設備が災害の防止上支障がないものであるかどうかが審査対象となるにとどまるものと解すべきであつて、使用済燃料の再処理及び輸送に係る安全性については、別途原子炉等規制法第五章(再処理の事業に関する規制)及び第六章(核燃料物質等の使用等に関する規制)によつて規制されることになつているから、本件安全審査の対象とならないことは明らかである。

原告らは、使用済燃料の再処理の見通しの有無が安全審査の対象となり、右再処理をいかなる者にいかなる方法で行わせるか、すなわち、再処理方法の確立の有無及び再処理能力の存否が原子炉等規制法二四条一項二号等の基準によつて審査されなければならない旨主張する。

しかしながら、まず、右の主張のうち、再処理方法の確立の有無及び再処理能力の存否が同法二四条一項二号(「原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと」)の基準によつて審査されなければならないとする点については、前記のとおり、原告らは、同項三号中の「技術的能力」及び四号に係る事項を理由としてのみ違法事由の主張をなしうるにとどまるのであるから、右の点に関する主張が失当であることは明らかである。また、使用済燃料の再処理の見通しの有無が安全審査の対象となるとの主張については、右の審査が同法二四条一項二号の基準によつてなされなければならないと主張するのであれば、同主張は右で述べたと同様の理由により失当であり、たとえ、同項四号の基準によつて右審査がなされなければならないと主張するものであるとしても、以下に述べるとおり失当である。すなわち、原告らは、その根拠として、原子炉規則一条の二第一項五号において、原子炉等規制法二三条二項八号の申請書記載事項として、処分等の相手方に加え、処分又は廃棄の方法の記載が要求されていることを挙げるが、これは、同法二四条一項一号の審査の観点から、使用済燃料の処分或いは廃棄の方法について使用済燃料の非平和的利用への転用が防止されるものであるか否か、更には、同項二号審査の観点から、使用済燃料に関する国の方針に沿つたものであるかどうかを判断するという趣旨によるものであつて、それ以上に出るものではないと解すべきであるから、右の規定は原告らの右主張の根拠とはなり得ない(なお、右原子炉規則一条の二第一項五号の規定の趣旨が右のとおりであることは、原子炉等規制法制定の際付帯決議として「原子炉の運転に伴う使用済燃料又はその処理の結果生ずる核燃料物質等については、軍事的利用に供せられる場合、これを外国に譲渡し又は輸出しないこと。なお、原子炉の運転に伴う使用済燃料の処理に関しては、なるべく速やかにその設備を完成すること。」が他二項の付帯決議事項と共に可決されていること及びその際の付帯決議事項の提案趣旨説明の内容に照らしても明らかである((なお、右付帯決議等の内容については、第二六回国会衆議院科学技術振興対策特別委員会議録第三八号等参照))。)。なお、本件原子炉の設置に係る公聴会陳述意見に対する検討結果説明において、原子力委員会は、「政府は原子力の平和利用と自主性確保との観点から、核燃料サイクルの確立をその基本方針としている。このため、原子炉設置の審査に際しては、原子力の開発利用の計画的な遂行に支障を及ぼすこととならないように、使用済燃料の再処理が適切に行われることの見通しがある場合に限つて許可することとしている。」と述べ(これは<証拠>により認められる。)、右再処理の見通しは、あくまで原子炉等規制法二四条一項一、二号要件との観点から審査されるにすぎないこととされているのである。

もつとも、本件安全審査においては、原子炉施設自体の安全性に関係のある事項のみが審査対象とされ、使用済燃料については、本件原子炉敷地内におけるその貯蔵設備が災害の防止上支障がないものであるかどうかが審査対象となるにとどまるものではあるが、使用済燃料の原子炉敷地内における貯蔵、保管が長期にわたる場合には、原子炉施設周辺の住民らに対する災害の防止に支障を生ずるような事態が発生することも考えられないことはない。そして、使用済燃料の再処理の見通しが立たない場合には、原子炉敷地内における使用済燃料の貯蔵、保管が長期にわたることも起こり得るが、使用済燃料の再処理事業については、日本原子力研究所が日本原子力研究所法二二条二項の認可を受けて行う以外は、動力炉・核燃料開発事業団(以下動燃事業団という。)がこれを一手に行うこととされているところ(原子炉等規制法四四条)、同法制定当時においては、使用済燃料の再処理については日本原子力研究所が漸く研究に着手する予定の段階に至つたばかりであつて、動燃事業団の再処理事業がいつ成り立つか、成り立つとしてもどの程度の処理能力を有するものとなるかについては殆ど予測しえない状況であり、また、当時としては使用済燃料の再処理技術については外国に依存せざるを得ない事情でもあつたところから、前記のような付帯決議が可決されたものであり(これは、前掲議録及び本件記録上認められる。)、このような原子炉等規制法制定当時の事情を考えると、使用済燃料の再処理の見通しが安全審査の対象とされ、したがつて、その見通しが立つていない場合には原子炉の設置を許可しないという法体系になつているとは考えられないのである。また、右見通しの有無が安全審査の対象とされた場合には、その有無の判断に際しては、原子炉設置許可の段階において、再処理事業成立の時期、処理能力等の詳細が判明していることが必要であるが、これらは、国の原子力政策や諸外国の事情等に依存するところが大であり、しかも右の事情等は流動的で不確かなものであるため、将来にわたる予測は困難であり、たとえ予測したとしても不確かなものとならざるを得ない。したがつて、当該原子炉施設の貯蔵能力との関係で関連を有する程度の再処理の見通しの有無を明らかにさせたうえそのいかんにより原子炉設置を許可し或いは不許可とするといつた安全審査体制を原子炉等規制法が予想しているとは到底解されない。

勿論、右の見通しの有無を安全審査の対象とし、右の見通しが確立している場合にのみ原子炉設置許可を与えるという法体系もあり得るし、その方が原子力発電全体の安全性確保の観点からみるとより好ましい方法であるといい得るかもしれない。しかしながら、右の見通しの有無は、再処理に関する国の政策等に依存するところが大であつて不確定であるとして、これを原子炉設置許可の段階では安全審査の対象とはせず将来の課題としたまま原子炉設置許可を与えるという法体系もまたあり得るのであり、原子炉等規制法は後者の法体系を選んだものと解される。

(七) 固体廃棄物の処理、処分に関する主張について

固体廃棄物に係る安全性に関する事項については、原子炉設置許可に際しての安全審査においては、固体廃棄物の当該原子炉の敷地内における貯蔵、保管等のための設備の構造等が災害の防止上支障がないものであるかどうか等、原子炉施設自体の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関係のある事項につき、原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件に適合するかどうかが右審査の対象となるにとどまるものであつて、固体廃棄物の海洋処分等の最終処分に係る安全性に関する事項が右審査の対象にならないことは、先に述べた原子炉等規制法等による発電用原子炉の利用に関する分野別及び段階的安全規制の法体系に照らして明らかである。

原告らは、固体廃棄物の最終処分の見通しの有無が安全審査の対象となり、したがつて、右の見通しのある場合に限つて原子炉設置許可をすることとされるべきである旨主張する。しかしながら、固体廃棄物の最終処分、特に深海処分等は単に一国のみの問題ではないので、国際的な合意が得られるような方法でしか実施しえないこと(これは<証拠>により認められる。)等我が国及び諸外国の原子力政策等に依存する度合いが強く、最終処分方法の確立は困難なことであり、事実、原子炉等規制法の制定当時及び本件許可処分当時はもとより現在に至るも右最終処分の見通しは立つていない(これは<証拠>により認められる。)のであるから、同法が、原子炉設置許可に際しての安全審査において、右の見通しの有無を審査し、右の見通しが立つている場合に限つて設置許可を与えるという法体系となつているとは解しえない。

なお、原告らは、右の主張の根拠として、厚子炉規則一条の二第一項二号ト、同条二項九号等で固体廃棄物の「廃棄」という用語が使われていることを挙げるが、原子力関係法令中における「廃棄」とは、必ずしも最終的な処分を意味するものではなく、例えば、安全確保上適切な方法によつて貯蔵、保管する等の措置を講じて管理することも、また右にいう「廃棄」に該当するものである。すなわち、原子炉規則一条の二第一項二号ト(ハ)にいう「固体廃棄物の廃棄設備」は、これが原子炉等規制法二三条二項五号の「原子炉施設の位置、構造及び設備の内容の一つとして申請書への記載が要求されている事項であることからして、原子炉施設の敷地内に貯蔵、保管するためのものとしての廃棄設備を意味することは明らかであり、また、放射性廃棄物の廃棄に関する措置について規定する原子炉規則一四条が、固体廃棄物の廃棄については、原則として、水の浸透しない腐食に耐える容器に封入して障害の防止の効果をもつた廃棄施設に廃棄し、管理することを予定しており(同条四号から六号まで)、最終処分である海洋投棄は、あくまで例外的な措置として予定されているにすぎない(同条五号及び七号)と解され、したがつて、同規則一条の二第二項九号が添付書類として放射性廃棄物の廃棄に関する説明書を要求しているのも、右に述べた意味での「廃棄」に係る事項についての審査資料とする趣旨であると解されるのである。この意味において、固体廃棄物の場合と、廃棄設備によつて直接最終的に環境に放出されることが通常である気体廃棄物及び液体廃棄物の場合とは「廃棄」の意味を異にすると解される。

(なお、固体廃棄物の最終処分の見通しの有無が安全審査の対象とされないとした場合、右の見通しが立たないまま原子炉設置許可がなされて原子炉の運転が開始されると、多量の固体廃棄物が発生し、その量が固体廃棄物の貯蔵、保管のための廃棄設備のための廃棄設備の収容能力を超えるに至る事態、すなわちいわゆる「トイレなきマンション」に類する事態の出現することも考えられないことはなく、したがつて、右最終処分の見通しが立つまでは原子炉設置許可を与えないとする考えも、少くとも一つの立法政策に関するものとしては考慮に値するものといえよう。しかしながら、右の見通しの有無にかかわらず原子炉設置許可がなされ、原子炉の運転が開始され、発生した固体廃棄物の量がその廃棄設備の収容能力の限界に達しようとする事態が仮に生じたとしても、場合によつては右廃棄設備の増設をすることもでき、或いは内閣総理大臣は、原子炉施設の使用の停止や原子炉の運転方法の指定その他保安のための必要な措置を命じ、更には右保安規定上の変更を命ずるなどの措置を講ずることにより右の事態に対処する方法も原子炉等規制法上必ずしも不可能ではなく((右命令に違反した場合には、内閣総理大臣は原子炉設置許可を取り消し又は一年以内の期間を定めて原子炉の運転の停止を命ずることができる。同法三三条、三五ないし三七条、原子炉規則一四条、一五条参照。))、また、固体廃棄物の最終処分方法の確立は前記のとおり困難なことであることから、原子炉設置許可の段階では右の見通しの有無については安全審査の対象とはせず、右最終処分の方法の確立は、その後の原子力政策等に俟つという法体系が合理的なものでないとは必ずしもいえず、原子炉等規制法は右のような立法政策のもとに制定されたものと解される。)

二本件許可処分に対する司法審査の方法

1本件許可処分の性質

(一) 本件許可処分は、内閣総理大臣によつて、本件許可申請が原子炉等規制法二四条一項各号の要件に適合するとされた判断であるところ、右の要件を定める右各号の規定の文言に照らし、また、許可権者である内閣総理大臣において検討すべき事柄の内容に照らすと、右の判断は、広汎かつ高度な原子力行政に関する政策的事項についての総合的判断と原子炉の安全性に関する専門技術的事項についての総合的判断とに基づいてなされるところの裁量処分と解すべきである。しかして、本件訴訟における本案審理の対象は、本件許可申請が同法二四条一項四号及び同項三号中の「技術的能力」に係る許可要件に適合するとした内閣総理大臣の判断に係る違法性の存否であるところ、右の各要件適合性の判断は、右に述べた二つの裁量処分性のうち後者の専門技術的裁量と解されるが、右の裁量には、具体的な審査基準の策定についての専門技術的裁量及び審査過程についての専門技術的裁量とが含まれていると解される。すなわち、まず、専門技術的裁量の典型とみられる同項四号所定の許可要件は、原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉等による災害の防止上支障がないものであること、という抽象的な規定にとどまつているが、これは、原子炉設置許可の際原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性について問題とされる事柄が極めて複雑、高度の専門技術的事項に係るものであり、しかもそれについての技術及び知見が不断に進歩、発展、変化しつつあることから、右の許可要件について法律をもつてあらかじめ具体的な定めをしておくことは、かえつて、判断の硬直化を招き適切な審査を行うことが困難となる虞れがあり相当ではないとする趣旨に出たものと解される(因みに、原子炉等規制法の審議のため昭和三二年五月八日開かれた第二六回衆議院科学技術振興対策特別委員会における委員外の出席者の一人である有澤広巳原子力委員会委員の見解も右の趣旨である。同委員会議録第三六号参照。)。したがつて、審査基準の具体的内容については、合理的な範囲内において、行政庁たる内閣総理大臣の専門技術的裁量に委ねられ、原子炉施設は、時代の最先端を行く様々な高度の科学技術が動員された極めて複雑な技術体系を有するものであるから、これに係る安全性の判断は、広汎な専門分野の専門技術的知見を動員した個別的判断の集積を基礎とし極めて複雑多岐にわたる事項についての検討、評価を総合してなされるものであり、したがつて、右審査過程においては、行政庁たる内閣総理大臣の諸々の専門技術的裁量判断を伴うものと解されるのである。

(二) このように、本件許可処分に裁量性が認められるとしても、それが行政庁たる内閣総理大臣の全くの自由裁量に任されているとは解されない。蓋し、本件許可処分に瑕疵があり、このため原子炉等による災害が発生した場合には、本件原子炉施設周辺の住民らの生命、身体等に放射性物質の毒性による甚大な被害が生じかねないのであり、その放射性物質の毒性の人間に与える影響の深刻さと不可逆性等からすると、右の裁量性の幅は、前記の専門技術的裁量性を考慮してもなお狭いものでなければならず、原子炉設置許可申請が告示や各指針に適合するのはもちろん、許可処分当時の科学技術水準に照らして、専門的技術的審査によつて一定の基準に適合していると認められるときでなければ、設置許可をすることができないという裁量権の行使上の制約が存するものと解すべきである。

2本件許可処分に対する司法審査の方法

右1で述べたような本件許可処分の性質を前提として考えるならば、本件許可処分に対する司法審査の方法は、本件原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉等による災害の防止上支障がないものであること等を認めた内閣総理大臣の判断が、告示や各指針に適合し右処分当時の科学技術水準に照らして一定の基準に適合し、合理性を有しているかどうかが司法判断の対象となるものと解すべきであつて、右にいう合理性が認められるときは本件許可処分は適法となり、右の合理性が認められないときは本件許可処分は違法として取り消されるべきものと解される。そして、本件原子炉の安全審査資料はすべて被告の保持するところであり、原告らに比べてその専門的知識等においても優位に立つと考えられること及び本件許可処分に瑕疵が存することによつて生ずる虞れのある原告らの生命、身体等への影響の甚大さすなわち、右処分に係る保護法益の重大性等を考慮すると、右の合理性の立証は被告が負担すべきであると解するのが公平であり、条理上も妥当である。被告の引用する裁判例は、当該処分に係る保護法益の重要性や裁量性の幅の大小等の点において本件の場合と事案を異にすると解される。

第四  本件許可処分における手続的違法性について

一手続的違法性の主張と本件許可処分についての違法主張事由との関係

被告は、原子炉等規制法には、原子炉施設周辺住民に対し原子炉設置許可手続への参加を保障する趣旨の規定は何ら見い出し得ないから、同法は右住民個々人の原子炉設置許可の際の安全審査それ自体に関する利益を個別的に保護しているものとは解し得ず、したがつて、原告ら主張の本件許可処分に係る安全審査手続に関する違法事由中、その手続に関する違法が安全審査の実体的な適法性を直接左右すべき性質のものはともかく、単に右安全審査手続それ自体の違法をいうにとどまるものは、行訴法一〇条一項にいう「自己の法律上の利益に関係のない違法」の主張として、本件訴訟における審理、判断の対象とはならないものである旨主張する。

確かに、原子炉等規制法に、被告主張のような趣旨の規定を見い出し得ないことは同主張のとおりであるが、しかしながら、本件許可処分についての安全審査が適法に行われることによつて同法二四条一項四号及び三号中の「技術的能力」に係る許可要件の適合性が保障されるものであるところ、そのためには、右安全審査の実体的側面のみならず手続的側面も適法であつてこそよくなし得るものと解されるから、原告らは、右両側面に関する違法事由をもつて本件許可処分に係る違法事由となし得るものであり、その手続的違法事由については、安全審査の実体的な適法性を直接左右すべき性質のもののみならず、安全審査それ自体の違法をいうにとどまるものについても、それが実体的適法性に影響を及ぼさないとはいえないものである以上、原告らはこれを主張しうるものと解するのが相当である。

二原子炉設置許可処分の手続

1手続の概要

(一) 内閣総理大臣は、原子炉等規制法二三条に基づく原子炉設置許可申請を受けた場合には、右申請の同法二四条一項各号所定の許可要件への適合性について原子力委員会に意見を求める(同条二項)。

(二) 右意見を求められた原子力委員会は、委員長が、当該原子炉に係る安全性に関する事項については、同委員会に置かれた安全審査会にその調査審議方を指示し、それ以外の事項については原子力委員会において直接審議する(設置法二条、一四条の二、原子炉等規制法二四条二項)。

(三) 安全審査会は、右指示に基づき、当該原子炉施設に係る安全性に関する事項について調査審議し(設置法一四条の二)、更に、その所掌事務を分掌させるため、審査会に部会を置くことができる(安全審査会運営規程七条)。

(四) 安全審査会において、右の調査審議を終了したときは、同委員会の会長は、その結果を原子力委員会委員長に報告する(安全審査会運営規程六条)。

(五) 原子力委員会は、右の報告を踏まえたうえ、当該申請の原子炉等規制法二四条一項各号所定の許可要件への適合性について判断し、内閣総理大臣に対し、その結果を答申し、右答申を受けた内閣総理大臣は、これを尊重し、あらかじめ通商産業大臣の同意を得たうえで、当該申請の許否について最終的な判断を下す(同法二四条二項、七一条一項、設置法三条)。

2原子炉設置許可に係る審査体制

(一) 原子力委員会

(1) 原子力委員会は、その所掌事務が原子力に関する重要なあらゆる事項に及び、内閣総理大臣は右委員会の決定については尊重しなければならず、更に、原子力利用に関する重要事項について、内閣総理大臣を通じて関係行政機関の長に勧告することができる等広汎、かつ、強大な権限を有している。

(2) そして、原子力委員会は、原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議するための安全審査会を置き(設置法一四条の二)、また、同委員会が定めた事項を調査審議する参与及び専門委員をもつて構成する原子力委員会専門部会を必要の都度置く(設置法施行令四条、専門部会運営規程一条)。

(3) 原子力委員会は、委員長及び委員六人をもつて組織され(設置法六条一項)、委員長は科学技術庁長官たる国務大臣をもつて充てられ(同法七条一項)、更に委員は両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する(同法八条一項)。

(4) 原子力委員会は、委員長が招集し(設置法一一条一項)、会議を開き議決をするには委員長及び三人以上の委員の出席を必要とする(同条二項)。委員会の議事は、出席者の過半数でこれを決し、可否同数のときは、委員長の決するところによる(同条三項)。また、会議には、毎週一回開かれる定例会議のほか、必要に応じて開かれる臨時会議がある(設置法施行令一条一項)。

(二) 安全審査会

(1) 安全審査会は、原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議するために原子力委員会に置かれるものであり、審査委員三〇人以内で組織され(設置法一四条の三第一項)、審査委員は、学識経験のある者及び関係行政機関の職員のうちから内閣総理大臣が任命し(同条二項)、非常勤とされる(同条三項)。安全審査会の会長は、審査委員の互選によつて定められる(同法一四条の四第一項)。

(2) 安全審査会は、会長が招集し(安全審査会運営規程二条)、議事を開くには審査委員の二分の一以上の出席を必要とし(同規程三条一項)、決議を行う必要があるときは、出席した審査委員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、会長の決するところによる(同条二項)。なお、原子力委員会委員長への調査審議結果の報告について議決をする必要があるときは、出席した審査委員の四分の三以上の賛成により、これを決する(同条三項)。

3本件許可処分の手続的経緯

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一) 東京電力は、昭和四七年八月二八日、内閣総理大臣に対し、原子炉等規制法二三条に基づき本件許可申請を行い(右の事実は当事者間に争いがない。なお、東京電力は昭和四八年七月二一日、昭和四九年二月一四日及び同年三月九日それぞれ最初の申請の際の申請書及び添付書類の一部を訂正した。)、右申請を受けた内閣総理大臣は、その適否につき検討を開始するとともに、昭和四七年九月七日右申請の同法二四条一項各号所定の許可要件への適合性について原子力委員会に意見を求めたこと、

(二) 右意見を求められた原子力委員会は、右同日、本件原子炉に係る安全性に関する事項について安全審査会に調査審議を指示し(右の事実は当事者間に争いがない。)、それ以外の事項については原子力委員会において直接審議したこと、なお、本件許可処分に係る審査を行つた安全審査会の会議は、昭和四七年九月一一日から昭和四九年二月一八日までの間に計一三回開催されたこと、

(三) 安全審査会は、本件許可申請に係る所要の調査審議のため昭和四七年九月一一日の第一〇五回安全審査会において、第九二部会を設置したこと(右の事実は当事者間に争いがない。)、同部会は、通商産業省「原子力発電技術顧問会」と合同で行うこととしたこと(右の事実は当事者間に争いがない。)、また、同部会は、一一名の審査委員と七名の調査委員とをもつて構成されたが、右の各委員は、原子炉工学、放射線物理学、気象学、地震学、土木工学等広汎な分野のそれぞれ専門家であること、右の各委員は、主として原子炉施設に係る事項を担当するAグループ及び主として環境面に係る事項を担当するBグループとに分けられ、それぞれの分野における諸問題を各グループにおいて検討する一方、随時部会全体としての会合を開き、計八回にわたつて現地調査を行うとともに、適宜審査状況を安全審査会に報告し、同会の審議に付したこと、なお、第九二部会における会合は、昭和四七年九月一六日から昭和四九年二月一四日までの間に、全体会合が二二回、Aグループ会合が一四回及びBグループ会合が一〇回それぞれ開催されたこと、

(四) 第九二部会は、右のような調査審議を経て、昭和四九年二月一四日、部会報告書をとりまとめたうえ、同月一八日第一二三回安全審査会にその旨を報告し、同会は右の報告書を基に検討を行い、「本原子炉の設置に係る安全性は、十分確保し得るものと認める。」との安全審査報告書を決定し、同日付で原子力委員会委員長にその旨を報告したこと(以上の事実は当事者間に争いがない。)、

(五) 原子力委員会は、右の報告を踏まえたうえ、本件許可申請が原子炉等規制法二四条一項各号所定の許可要件に適合するか否かについて検討し、昭和四九年四月二七日の第一七回同委員会臨時会議において、本件原子炉の設置は許可してさしつかえないと判断し、右同日同委員会委員長は内閣総理大臣に対し、本件許可申請は、原子炉等規制法二四条一項各号に掲げる許可の基準に適合しているものと認める旨答申したところ、内閣総理大臣は右答申を尊重し、かつ、通商産業大臣の同意を得たうえ、同月三〇日、同法二三条一項に基づき東京電力に対して本件許可処分をしたこと(以上の事実は当事者間に争いがない。)、

4本件許可処分の手続的適法

以上の1ないし3によれば、原子炉設置許可に係る審査体制は、慎重かつ厳正な審査を確保し得るよう整理されており、本件許可処分手続も右の審査体制に沿つて行われたのであるから、その手続は適法なものと認められる。

三原告らの主張に対する判断

1審査体制が不公正であるとの主張について

原告らは、原子力委員会は、原子力開発を推進する側と原子力開発を規制する側との両方の役割を同時に兼ねているため、安全審査体制自体に甚だしい不公正が生じており、このような不公正な審査体制のもとになされた本件許可処分手続は違法である旨主張する。

確かに、本件許可処分当時、原子力委員会は、原子力の研究、開発及び利用に関する行政の民主的な運営を図るため総理府に置かれ(設置法一条)、その所掌事務としては、原子力利用に関する政策に関すること及び関係行政機関の原子力利用に関する事務の総合調整に関すること等いわば原子力行政の推進に関する分野がある一方、核燃料物質及び原子炉に関する規制に関すること及び原子力利用に伴う障害防止の基本に関すること等いわば原子力開発を規制する分野とがあり(同法二条)、更に、同委員会内に原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議するための安全審査会が置かれ(同法一四条の二)、原子力の利用、推進に関する業務と原子力の安全確保に関する業務という性質の異なる二つの業務がいずれも原子力委員会の手に委ねられていたものであつて、このことは、同委員会の安全審査体制の公正さを確保するという観点からみると必ずしも好ましいものとはいえない。事実、<証拠>によれば、有沢広巳を座長とする原子力行政懇談会は、内閣総理大臣三木武夫に対し、昭和五一年七月三〇日、原子力行政体制の改革、強化に関する意見として、「これまでの原子力委員会は、開発と安全規制の両面の機能を併せ持ち、両者を有機的に結合することにより、原子力行政を進めてきた。しかし、最近の原子力行政は、多くの深刻な問題に直面し、他方、国民の間では、安全規制面に比して開発面にウエイトをかけすぎているという不信が生じており、原子力委員会は、今までのような進め方では、このような情勢に対応できなくなつたと考える。このような情勢をふまえ、わが国のエネルギー政策面から、わが国の原子力開発を一層推進しなければならない立場からすると、一方には整合性ある原子力体制を築くとともに、他方安全確保については別途の体制を設け、両者を機能的に分離する必要がある。よつて、現在の原子力委員会を、(新)原子力委員会と、原子力安全委員会の二つに分割し、それぞれ独立して、企画・審議・決定・答申・勧告等の業務を行わしめることが適当と考える。」との内容の答申をしたことが認められるのであり、そして、その後設置法は右の答申にほぼ沿う内容の改正が行われ、名称も、「原子力委員会及び原子力安全委員会設置法」と改称されるとともに、原子力の利用、開発に関する業務を分掌する原子力委員会と、原子力の安全確保に関する業務を分掌する原子力安全委員会とに区別され、それぞれが独立に業務を担当することとなつた(前記同法、就中、二条、一三条参照)のである。

しかしながら、本件許可処分当時の前記審査体制が理想的なものではなかつたにしても、問題は、原子炉の安全性を確保し得る公正な審査体制がとられていたか否かということであり、安全審査会の審査委員及び部会員の資格は法定され、原子力委員会の委員の任免及びその服務についても厳格な規制がなされている(設置法八ないし一〇条、一三条、一四条)など原子炉設置許可に係る安全審査体制は慎重かつ厳正な審査を確保し得るよう整備されており、かつ、本件許可処分手続も右の体制に沿つて行われたのであるから、原告ら主張のような審査体制がとられていたということから直ちに本件許可処分手続も不公正に行われた違法なものであるとはいえない。

2審査基準設定の違法性の主張について

原告らは、本件安全審査の基準の大半は、原子力委員会の通達により定められているが、右通達は法律に根拠を有せず、法律と何らの関連をも持たないものであるから、右のような基準設定の方法は憲法三一条に違反しており、右の基準に基づいて審査された本件許可処分は違法である旨主張する。

しかしながら、本件許可処分当時の審査の基準となつたもののうち、立地審査指針、気象手引及び安全設計審査指針(ほかに線量目標値指針及びECCS安全評価指針があるが、これらは右処分当時は未だ明文をもつて設けられてはいなかつたものの、実質的には右の指針の趣旨に沿つて本件安全審査が行われたことは、本件記録上明らかである。)が原子力委員会のいわば内規ともいうべきものであることは原告ら主張のとおりであるが、前記のとおり、原子炉等規制法二四条一項四号所定の「原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉等による災害の防止上支障がないものであること」との許可要件に適合するものであるか否かについての審査、判断は、高度の専門技術的裁量に係るものであるから、内閣総理大臣の専門技術的裁量に委ねられ、具体的な審査基準の策定についても、右の許可要件について法律でもつてあらかじめ具体的な定めをしておくことは、かえつて、判断の硬直化を招き適切な審査を行うことを困難にする虞れがあるということから、審査基準の具体的内容の確定については、合理的な範囲内において、行政庁の専門技術的裁量に委ねられているのであり、ただ、右の審査、判断の客観性の担保、その確実性及び予測可能性の確保等に資するため、可能な事項については一定の審査基準を明確にしておくという趣旨から前記指針類及び許容被曝線量を定める件が定められたものであつて、このような審査基準策定についての裁量性及び右基準策定の趣旨等に照らすと、右の基準がすべて法律に根拠を有しなければならないというものではないことは明らかであり、のみならず、そもそも原子炉施設のような第三者に危害を及ぼす危険性のある施設等の設置を許可するについて、法律に根拠を有する明確な基準を設けるか、それとも本件安全審査方法の如く必ずしもそのような基準を設けることなく、多数の専門家の判断に委ねる方法をとるかは、当該安全性の判断がどの程度で専門的であるか、当該施設等に基準を定立しうるだけの定型性があるか否か、右のどちらの方法が安全性確保の見地から妥当であるか等を総合的に考慮したうえで立法機関が判断すべき事項であるから、前記のとおりの本件許可要件該当性の判断からみて、原子炉等規制法二四条一項が抽象的な定めしかせず、その結果、許可要件の具体的基準のすべてが法律によつて規定されないとしても、そのような定め方をした立法機関に特に著しい不合理性を見い出すことはできず、したがつて、いずれにしても前記憲法三一条違反に関する原告らの主張は失当である。

3審査基準自体の違法性の主張について

原告らは、本件許可処分当時の審査基準の内容が余りにも甘く、あいまいで、かつ、内容が不足しており、そのため総合的な安全性の審査ができない状態にある旨主張する。

しかしながら、本件安全審査は、その対象となる事項が、前記のとおり、原子炉施設自体の安全性に関係する事項のみであつて、原告ら主張の如く原子力利用のシステム全体とか放射性物質の全サイクルとかに着目した安全審査である必要はないのであり、しかも、右原子炉施設自体の安全性に関係ある事項のうち基本設計ないし基本的設計方針に係る事項のみが安全審査の対象となるものであり、原子炉施設の詳細設計に関する事項はその対象となるものではないから、審査基準も、原子炉施設に関する技術的事項の細部にわたる事柄まで逐一具体的指示を与えるものである必要はなく、安全審査会の委員ら専門技術的知見を有する者が、右の審査において、申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設置されるものであるかどうかを他の一般的技術的基準や先例等と合わせ判断するための基本的な枠組を提供する内容を具備してさえいればよいものというべきであり、しかして、本件許可処分当時の前記審査基準は右の要請を満たしていると認められる(<証拠>も参照。)から、原告らの右主張は失当である。

4原子力基本法二条違反の主張について

原告らは、本件安全審査は、アメリカの資料を十分検討しないまま使用していること等自主性と科学性に欠けていること及び審査過程、審査資料が公開されていないことをもつて、基本法二条に違反する違法なものである旨主張する。

ところで、我が国における原子力の研究、開発及び利用は、基本法を頂点とする原子力関係法令に基づき進められており、特に、基本法は、原子力の研究、開発及び利用を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とし(同法一条)、原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資すること(同法二条)を基本方針として宣言することによつて、右の趣旨を明らかにするとともに、同法は、原子力の研究、開発及び利用全般にわたる包括的な法規範として機能しており、およそ原子力の研究、開発及び利用に関する法的規制はすべてこの法律を基本として行うことを明らかにする一方、それぞれの法的規制の具体的内容については、これを殆どすべて他の法律に委ねている(原子炉の建設等の規制は同法一四条、放射線による障害の防止については、同法二〇条でそれぞれ定められ、これを受けて原子炉等規制法等が制定されている。)。したがつて、基本法が他の法律を通さずに、原子力の研究、開発及び利用に関して直接国民の権利義務に影響を及ぼしたり、国民と国家との間の具体的な法律関係を形成することはないから、個々の原子炉設置許可手続を直接規制するものではない。したがつて、これと異なり、基本法二条から直接前記公開等を求める権利が原告らに存することを前提とした右の主張は失当といわなければならない。

なお、付言するに、基本法二条は、我が国における原子力の研究、開発及び利用に関するいわゆる三原則を明らかにしており、そのうちいわゆる民主の原則は、主として原子力における平和利用を担保するため、右原子力の研究等は民主的な機構と運営の下に進められなければならない旨を定めたものであり、原子力委員会はこの方針を具体化したものとして設置され(同法四条、設置法一条)、また、いわゆる自主の原則は、右原子力の研究等が軍事利用を行つている他国からの干渉によつて歪められたり支配を受けることなく自主的に進められなければならない旨を定めたものであり、更に、いわゆる公開の原則は、軍事利用の技術開発は、その性格上機密保護法制又はその措置下に育成されるものであることから、我が国の右原子力の研究等に関する成果の公開によつて軍事的意義を有する研究等を阻止しようとして定められたものであり、結局、右の三原則は、いずれも原子力の平和利用を担保するための原則であつて、原子力の研究等に係わりをもつすべての者が拠りどころとすべき基本的精神若しくは基本方針を宣言したものである。したがつて、右の原則が個々の原子炉の設置許可処分手続を直接規制するものと解することはできない。

5審査方法が違法であるとの主張について

原告らは、安全審査においては、申請者の提出する資料に基づき、その設計や考え方が適切であるか否かを確認するだけでは足らず、申請者からの情報、データに対抗すべき或いは裏付けるべき基礎となる自前のデータを備え、申請者の計算コードや計算結果を自らチェックすべきであり、また、原子炉による災害を防止するという安全審査の目的からすれば、申請者の内容で安全が確保できるか否かという立場でのみ審査すべきではなく、より安全な技術が存在する場合には、そのより安全な技術への設計の変更を求めるべきであり、したがつて、その意味において、より安全な技術との対比において申請にかかる技術の安全性を審査すべきである旨主張する。

しかしながら、原子炉の安全性の確保については、設置者がまずその責を負うものであることはいうまでもなく、原子炉設置許可申請の安全審査においては、設置者の申請にかかる内容が災害防止上支障のないものであるかどうかを審査するものであるから、右の審査は、申請者の提出する資料に基づいて、当該原子炉の安全性確保のための申請者の設計及び考え方が適切か否かを審査するという方法になるものと解すべきであるから、原告ら主張のようなより安全な技術との対比において申請にかかる技術の安全性が審査されるべきものとは解されない(もつとも、新しい知見等との対比上、申請にかかる技術についてもはや安全性に疑義があることが判明した場合には、右申請にかかる技術自体に安全性を確認しえなくなることが生じることはいうまでもない。)。

ところで、<証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉の安全性確認のため安全審査会自らが実験や解析をすることはなかつたことが認められるところ、このような安全審査の方法が望ましいものといえるかについては疑問がないわけではなく、現に前掲各証拠によれば、昭和五五年以降の安全審査においては、同年設立された原子力安全解析所が、安全審査会よりの指示によつて申請にかかる内容について実験し或いはデータを収集し、更には安全解析計算をすることもあることが認められるのである。しかしながら、<証拠>によれば、本件安全審査当時の審査においては、審査委員の知見や従来の一般的技術等によつて当該申請にかかる設計が申請どおり実現可能と判断されたものについては申請者に対し特段の指示、解析、実験は要求しないが、右の判断が困難な場合にはその判断が可能となるまで申請者に対して類似の分野の実験等を要求することもあつたこと及び本件原子炉は当時既に設置され稼動していた東海第二原子力発電所及び福島第一原子力発電所六号炉とその設計が殆ど同じであつたことが認められるうえ、安全審査においては、審査委員の有する知見のみならず従来の一般的技術水準等をも総合して安全性の確認が行われるのであるから、本件安全審査の際、安全審査会自らが実験や解析をすることがなかつたとしても、本件安全審査が違法であつたとはいえない。

6審査過程の実質的違法の主張について

原告らは、本件原子炉安全審査会の審査は、時間的回数的にみて実質的審査であつたとはいえず、また、同審査会に設けられた第九二部会は実質的に同審査会より審査を任されているにもかかわらず独自の意思決定を行うものでなく、決議機関としての性格を有せず、更に、同部会の委員はいずれも非常勤で、かつ、他の部会の委員をも兼ねていたのであるから、以上の実質上の体制からみて、本件安全審査過程は実質的に違法である旨主張する。

しかしながら、安全審査会に設置された第九二部会の審査状況は前記のとおりであつて、これによれば、同部会の審査状況が時間、回数の両面からみて特に不十分であつたとは窺えず、また、同部会のみが実質的審査をなし、安全審査会の審査は形骸化していることを認めるに足りる証拠はなく、更に、同部会の委員が非常勤で、かつ、他の部会の委員をも兼ねていたとしても、これのみから本件安全審査過程は実質的に違法であるとは速断できない。

7その他

原告らは、その他本件安全審査手続の違法性について縷縷述べるが、いずれも前記1ないし6の主張に含まれるものか、仮にしからずとしても、右手続的違法性の主張事由たりえず或いはそれを認めるに足りる証拠がなく、いずれにしても失当である。

第五  本件許可処分の実体的適法性について(その一……原子炉等規制法二四条一項三号要件の「技術的能力」の適合性)

申請者に原子炉等規制法二四条一項三号に規定する技術的能力があるか否かについての審査は、申請書の添付書類のうち「原子炉施設の設置及び運転に関する説明書(原子炉規則一条の二第二項五号)に基づき、原子炉を設置しようとする者に当該原子炉を計画、建設していく上で十分な要員が確保されているかどうか、運転開始までに原子炉の運転を適確に遂行していく上で十分な要員が確保されることとなつているか否か等を中心に、人的、組織的な面において原子炉設置者としての適格性の有無の観点からなされるべきであり、その技術的能力の程度は、少くとも当時稼動している我が国の原子炉における技術者の能力に匹敵することを要し、その能力の存否は、その技術の質や経験等を併せ考慮して判断される必要がある。

しかして、<証拠>によれば、本件安全審査において、東京電力に原子炉等規制法二四条一項三号所定の技術的能力があるものと判断されたことが認められるところ、<証拠>によれば、東京電力は既に福島第一原子力発電所一号炉の建設と運転の実績を有しており、更に現在(右審査当時)二ないし六号炉の建設を行つていること、本件原子炉施設の運転に当つては、運転開始時約一一〇名の技術者を予定しているが、これらの技術者については、日本原子力研究所原子炉研修所による研修、株式会社BWR運転訓練センターのシミュレータによる訓練、日本原子力発電株式会社東海研修所による研修等国内及び海外の諸機関を活用して養成訓練を行うほか、先行炉の運転を通じ、また、当該原子炉施設の試運転期間中に所要の教育訓練を実施することになつていることが認められ、右により認められる東京電力の原子炉建設の経験、技術者の現状、養成計画等を考慮すると、本件安全審査において、東京電力に本件原子炉施設を設置するために必要な技術的能力及び適確に運転する技術的能力があるとした前記判断には合理性があると認められる。

第六  本件許可処分の実体的適法性について(その二……原子炉等規制法二四条一項四号要件適合性のうち、平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策について)

一はじめに

1<証拠>によれば、本件安全審査においては、右四号要件適合性の審査は、後記2の考え方に基づきなされたことが認められるところ、右の考え方には合理性があると認められる。

2本件許可申請が原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件に適合するものであるかどうかということは、本件原子炉施設の位置、構造及び設備が、その基本設計ないし基本的設計方針において、原子炉等による災害の防止上支障がないものであるかどうかということであるが、そのためには、第一に、原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策がとられているかどうか、第二に、自然的立地条件に係る安全確保対策を含め原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策がとられているかどうか、第三に、原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策がとられているかどうかの各観点からの検討が必要であると考えられる。

3そこで、右第一ないし第三についての検討の前に、その前提となる発電用原子炉の仕組み及び放射線被曝等並びにそれらに関する原告らの主張について検討し、そのうえで右三つの観点からの検討(但し、本項では第一の観点からの検討のみ)をすることとする。

二発電用原子炉(BWR)の構造と発電の仕組み

原子力による発電は、ウラン二三五等の原子核に中性子を当て、それによつて起こる核分裂反応の際に発生する巨大なエネルギーを熱として取り出して行うものであり、発電用原子炉は、核分裂反応を制御しつつこれを継続的に起こさせることにより必要な熱エネルギーを得るための装置であること、発電用原子炉の役割は、火力発電のボイラーに相当するものであり、そこから蒸気を取り出し、その力でタービンを回転させて発電するという点では火力発電と同じであること、原子炉の中心部、すなわち、炉心は、核分裂反応を起こして発生させる核燃料、核分裂反応によつて新たに発生する高速の中性子を次の核分裂反応を起こさせ易い状態にするための減速材、発生した熱を取り出すための冷却材、核分裂反応を制御するための制御材等から成り立つていること、本件原子炉は、右の減速材及び冷却材の両者の役割を果たすものとして普通の水(いわゆる軽水)を用い、更に、原子炉内で直接蒸気を発生させ、これをタービンに送り発電する型の軽水型の沸騰水型原子炉(BWR)であること、原子炉に用いる核燃料には、中性子が当たると核分裂反応を起こすウラン二三五を数パーセント含む二酸化ウランを円柱状に焼き固めたもの(これを燃料ペレットという。)が使用されており、この燃料ペレットは、両端を密封された金属(ジルコニウム合金であるジルカロイ)製の被覆管の中に縦に積み重ねられて燃料棒を構成していること、この燃料棒は、数十本ごとにまとめられて一つの燃料集合体を形成しており、この燃料集合体数百体で炉心を構成していること、制御材は、その内部に中性子吸収材が詰められている棒状のもの(これを制御棒という。)が使用されており、この制御棒を炉心の下部から炉心に挿入し、これを出し入れすることによつて炉心の中で生じた中性子の数を調整して核分裂反応を制御していること、これら燃料集合体及び制御棒は、鋼鉄製の原子炉圧力容器の中に収められていること、原子炉圧力容器には、冷却材と減速材とを兼ねる水(軽水)が入れられており、この水は、核分裂反応によつて生じた熱によつて高温の蒸気となること、その蒸気は、気水分離器及び蒸気乾燥器を経て高温、高圧となつて主蒸気管四本を通つてタービンに送られ、タービンにおいてその熱エネルギーの一部(約三分の一)が機械的回転エネルギーに変換され、発電機により発電を行うこと、タービンを駆動した蒸気は、復水器で海水により冷却されて水となるが、この水は再び原子炉圧力容器内に戻されること及び原子炉内で発生した熱のうち約三分の二は右の復水させる水(海水)によつて海中へ放出されること、以上の各事実は当事者間に争いがない。

三原子力発電と放射線被曝

1原子力発電においては、原子炉の平常運転に伴つて、核燃料の核分裂反応により発生する核分裂生成物等の放射性物質が環境に放出されることは、不可避であること、は当事者間に争いがない。

2<証拠>によれば、放射線被曝による障害には、放射線を被曝した個人に現れる身体的障害と、その個人の子孫に現れる遺伝的障害とがあり、前者には被曝後短期間(通常数週間以内)に現れる急性障害と、かなり長い潜伏期間を経て現れる晩発性障害とがあること、急性障害は、短期間に高線量の放射線を被曝した場合に生じ、被曝線量や被曝部位及び被曝者の年齢等によつて異なるが、神経系障害、造血機能の障害、皮膚障害及び生殖器障害等があり、極端な高線量被曝の場合には死に至ることもあること、晩発生障害は、被曝による急性障害が回復した後或いは被曝時には何らの障害も生じない程の比較的低線量の放射線被曝の後数年ないし十数年後に生じる障害であり、その症状としては、白血病その他のガン等があること、遺伝的障害は、生殖細胞中の遺伝子や染色体が放射線被曝により突然変異或いは染色体切断等の染色体異常を起こし、それが子孫に伝えられて生じるものであり、不妊、流産及び死産等がその結果として生じることが指摘されていること、が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3寿命の短縮に関する原告らの主張について

原告らは、ワレン及びセルツアらの報告によれば、放射線被曝による障害として、白血病、ガンその他の悪性腫瘍のほか、特にどの病気ということではなしに寿命の短縮が起きるとされている旨主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、病理学者ウォーレンはアメリカ医師会雑誌の死亡広告を分析した結果を一九五六年(昭和三一年)に発表し、放射線科医は一般内科医に比べて5.2年の寿命短縮があると発表したこと、その後セルツアらも同様の発表をしていること、しかし、右ウォーレンの発表には、右の差は、放射線科医の集団が一般内科医の集団に比べて若い人が多かつたための見せかけのものにすぎないとの指摘がなされていること、また、右セルツアらの発表に関し、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)報告書は、高線量を長期間にわたつて職業上被曝した者(特に放射線科医)にガンの誘発以外による寿命の短縮が見られたことを示すデータがあるが、しかし放射線防護施策が実施されるようになつてから後に被曝した放射線科医では、ガンを伴わない寿命短縮という報告は姿をなくした、この事実の論理的帰結としていえることは、被曝のあつた当時許容できるとされた線量域(すなわち、現在採択されているものより一〇倍高い線量限度)まで寿命の短縮は起こり得ないということであり、また放射線によるガンがあつても通常の分析の資料数(サンプル・サイズ)の範囲内で、人に統計的に検知し得る程の寿命短縮をひき起こすには不十分であつたことになる、と結論づけていること、BEIRⅢ報告書及びUNSCEARの一九八二年報告書は、放射線被曝の結果、寿命の短縮は起こるものの、低、中線量(率)の場合のその効果は、殆どガンの誘発によるものであり、老化(加令)その他の非特異的な原因によるものではないと結論し(それは多くの動物実験データや広島、長崎の原爆被曝生存者に関する調査データに基づいている。)、更に、ICRPも、一九七七年(昭和五二年)の勧告において、ガン以外の影響による寿命短縮の証拠は決定的でなく、したがつて、定量的なリスク推定には用いられない、としていること、が認められ、以上の事実によれば、少くとも中、低線量被曝によりガンの誘発以外による寿命の短縮があるとすることはできず、原告ら主張の如く、僅か一ラド程度の被曝による寿命の短縮を定量的に論じることは到底できないものという外はない。

四平常時被曝の前提事項に関する原告らの主張に対する判断

1しきい値に関する主張について

高線量の放射線を短期間に被曝した場合については、その被曝線量とそれによつて生じる障害との関係は比較的よく判明している(これは、<証拠>により認められる。)が、低線量の放射線被曝と白血病その他のガン等の晩発性障害及び遺伝的障害の各発生との関係については争いがある。

原止らは、(一)アリス・スチュアートらは、一九五八年(昭和三三年)数ラドから数十ラドの極く少ない被曝線量でも白血病やガン等の悪性腫瘍が発生していることを確認したこと、(二)ICRPが、一ラドの放射線を浴びることによつて照射後二〇年以内に白血病も含めたガン等の悪性腫瘍で死ぬ人が一〇〇万人について四〇人程度生じることになると推定していること、(三)ジョン・W・ゴフマンとアーサー・R・タンプリンは、あらゆる種類のガンと白血病の平均倍加線量は五〇ラドより大きくはなく、一ラドの被曝によるガンと白血病の発生率は自然発生率の二パーセントとなるとして、低線量被曝によつても放射線障害がもたらされる旨述べていること、(四)ムラサキツユクサの雄しべの毛では、0.25ラドのエックス線や0.1ラドの中性子という低線量被曝によつても突然変異率と線量との間に直接的比例関係が存することが実験的に確認されていること、(五)一九三〇年(昭和五年)、マーラーの弟子のオリバーは、動植物に関する実験によつて、放射線によつて起きる突然変異の発生率は、被曝線量に正比例して増加すること、線量が一定であれば放射線の強度に関係なく一定量の突然変異が生じること、一回照射でも総線量が等しければ突然変異率は等しいこと(すなわち、遺伝的効果は蓄積されること)をそれぞれ確認していること、(六)以上(一)ないし(五)によれば、放射線障害と被曝放射線量とはしきい値(これ以下の被曝線量では障害が生じ得ないという線量値のこと。)のない直線的比例関係にあることが判明しているから、本来被曝放射線量は、存在の確定されたしきい値以下であることが必要であることからすれば、本件原子炉よりの放射線の放出は許されないこととなり、したがつて、右の放出を認めた本件許可処分は違法である旨主張する。

そこで、検討するに、(一)については、<証拠>によれば、(1)アリス・スチュアートらは、一九五八年(昭和三三年)原告ら主張どおりの論文を、また、一九七〇年(昭和四五年)には、「誕生の少し前に電離放射線によつて一レムの被曝を受けた一〇〇万人の子供からは放射線誘発による癌により一〇歳以前に死亡する者が三〇〇人ないし八〇〇人超過して現れるであろう。」として放射線量と一〇歳までのガンの超過発生のリスクの間の直線関係がある旨の内容の論文をそれぞれ発表したこと、(2)しかし、アメリカ放射線防護測定審議会(NCRP)は、「職業上被曝する婦人における胚及び胎児に対するNCRPの線量限度の再検討」と題する一九七七年報告において、右スチュアートらの論文について、ジャブロンと加藤が広島、長崎において子宮内で五〇〇ラド以下の被曝を受けた一二五〇名の原爆被曝者の研究を行つて検討した結果では、原爆によつて子宮内で被曝を受けた子供からは本質的にガン死の超過発生はなかつたとされたこと及び他の胎児被曝に関する研究や臨床観察によつても極低放射線量によつてすべての種類の小児ガンの相対的な発生頻度がスチュアートらによつて報告された大きさ(五〇パーセント)よりも増加するということは支持されていないので診断による胎内被曝が小児ガンによる死亡の増大と関係しているかどうか或いはどの程度胎内被曝が関係しているのかということには明らかに疑問点があることなどから、右スチュアートらの論文に係る小児ガンの超過発生は、診断に用いられたエックス線による被曝そのものというよりも、妊娠中に診断の手続きを必要とした理由を有したような他の事情に起因する可能性は否定されないと報告していること、(3)もつとも、右加藤とジャブロンは、同人らとスチュアートらとの二つの研究の不一致の原因として多くの可能性を提案しているところ、その一つとして、「線量―効果の関係は極低レベルでは直線的であつて、より高い線量においては、放射線によつて流産が競合するリスクとして誘発されるとすればそうなるように、下に凹な曲線になるのかもしれない。」(放射線は低レベルの場合と高レベルの場合とで線量―効果関係が異なる可能性があり、原爆被曝者のような高レベル被曝では流産などの併発によつて出生に至らないために小児ガンの発現として観察されないが、低レベルではスチュアートらが観察したようにほぼ線量に正比例して小児ガンが発現する可能性があるという趣旨)ということを挙げていることが認められ、右の認定事実によれば、スチュアートらの報告とジャブロンらのそれとでは研究の内容、性格に大きな相違があり(前者は、出生の少し前に母親の胎内で医療上のレントゲン撮影に起因する被曝を受けた小児という低レベル被曝についてであるのに対し、後者は、子宮内で五〇〇ラド以下というかなり多量を一回で照射した被曝者についてのものである。)、また、前記のように極低レベルの被曝ではスチュアートらが観察したように線量と効果との関係は正比例の関係にある可能性もあること等からすると、スチュアートらの前記報告の内容を完全に否定し去るわけにはゆかないものの、前記のような疑問点もまた指摘されていること等に照らすと、右報告の内容をそのまま是認することも困難である。

(二)についてみるに、高線量の放射線を短期間に被曝した場合については、その被曝線量とそれによつて生じる障害との関係が比較的よく判明していることは前記のとおりであるが、<証拠>によれば、放射線被曝による身体的障害のうち、急性障害については、二五ラド以下では臨床症状は殆ど発生せず、したがつて、しきい線量の存在がかなりの程度明らかになつているものの、白血病、ガン等の晩発生障害の発生については争いがあるところから、ICRPは、一九六五年(昭和四〇年)勧告において、低線量放射線被曝による人体への影響については、しきい線量があるかもしれないことを認めつつも、安全を極めて重視するという立場から、低線量でも障害の危険があると仮定するという方針が放射線防護の基礎として最も合理的であるとして、すなわち、しきい線量の不存在を仮定する扱いをしたことが認められるのであつて、右の認定事実によれば、ICRPはしきい線量が実際に存在すると認めたものではないから、ICRPが原告ら主張のような推定をしたとしても、それは、放射線障害にしきい値がないことが判明したことを前提としているものではない。

(三)についてみるに、<証拠>によれば、ジョン・W・ゴフマンとアーサー・R・タンプリンは、低レベル放射線の身体に対する影響に関する「一般則」として、「法則Ⅰ すべての種類のガンは電離放射線により確実に増加させることができる。この事象の記述には、個々のガンの自然発生率を二倍にするのに要する線量によるか、或いは被曝一ラド当りのガンの発生率の増加かのいずれかによるべきである。法則Ⅱすべての種類のガンに対する倍加線量は殆ど同じで、また、ラド当り発生率の増加もよく似ている。」等を主張していることが認められるところ、右の主張(「法則」)は倍加線量の考え方(放射線障害の発生率が自然発生率に対して二倍になる放射線被曝線量をもとにして、ある被曝線量での障害の発生率を算定できるとする考え方、これは<証拠>により認められる。)を前提とするものであるが、右の考え方が適用されるためには、右のある被曝線量を含む線量域において、線量と障害との発生率の関係が直線性を示すことが前提とされるべきところ、低線量域以下においては、右の直線性の関係が成立するのかそれとも成立しないのか(すなわちしきい値が存在するのかしないのか)については後記のとおりいずれとも断定するに足りる知見は得られていないのであるから、右の倍加線量の考え方によつてガン等の発生率を算出すること自体問題があるのみならず、<証拠>によれば、右の考え方に対しては、アメリカ原子力委員会(AEC)及びICRPの作業グループ等から、各種のガンにおける自然発生率の大幅な変動を無視するものであること等を理由として(例えば、胃ガンの発生率は、異なる五か国の男女をとると、一〇〇万人当り六五人ないし七〇人と差があるから、ラド当りの発生率を一定とすれば、倍加線量は一〇倍違うことになること等を理由として)、科学的根拠がないことが明らかにされたと批判されていることが認められるのであり、また、原告ら主張のゴフマンらの(三)の主張も、前記倍加線量の考え方を前提とするものであるから、右に述べたと同様の批判があり得ることとなる。

(四)についてみるに、<証拠>によれば、ムラサキツユクサの雄しべの毛の成長(細胞数の増加)は、主としてその頂端細胞の分裂の繰返しによるが、このような特徴をもつ雄しべの毛を実験材料に用いると、その成長中に何らかの原因によつて、頂端又は頂端から二番目の細胞にある変化が起きると、それが細胞分裂能力の変化であれ、細胞の奇型化であれ、染色体異常であれ、或いは突然変異であれ、開花時に個々の雄しべの毛で直接検出され、その誘発時期も知ることができ、特に遺伝的影響を検出する場合、雄しべの毛の色を青色にする優性遺伝子一つと、ピンク色にする劣性遺伝子一つを合わせもつもの(その雄しべの毛の色は優性遺伝子の働らきで青色)を用いると、その優性遺伝子が突然変異を起こして青い色素ができなくなつた時に、隠されていた劣性遺伝子の働らきが現われ、ピンク色の細胞が雄しべの毛の中に出現し、これによつて右特定遺伝子の突然変異を容易かつ確実に検出でき、しかも、ムラサキツユクサは一個の花で数百本の雄しべの毛を持つているため膨大な数の、標本について調整することが容易であるから、右の実験によつて得られた突然変異率のデータは極めて精度の高いものであること、ムラサキツユクサの雄しべと放射線の影響の研究は、一九六三年(昭和三八年)から始まり、一九六五年(昭和四〇年)から一九六七年(昭和四二年)にかけて、アメリカブルックヘブン国立研究所のスパロウと我が国の市川定夫及びインドのナヤールらの間で研究が進められ、雄しべの毛の特徴と中、高線量域での反応が詳細に解明され、また、雄しべの毛は、生物衛生の実験にも用いられてその優秀性が証明され、更に、各種放射線の生物効果比(RBE)や化学物質の突然変異誘発能の調査にも用いられたこと、このような多くの実験結果の蓄積を踏まえ、一九七〇年(昭和四五年)頃からは、我が国、アメリカ及びインドでそれぞれ独自に微量放射線の雄しべに与える影響についての調査が始まり、我が国では市川定夫によつて0.7レムまでの放射線量と突然変異との間に比例関係が成立することが発表され、アメリカでは一九七二年(昭和四七年)スパローにより、0.25レムまで右の関係が成立する旨、また、インドではナヤールらが一九七〇年(昭和四五年)自然放射線量の高い地域で毎時0.08ないし1.3ミリレムという極低量線量率での体外被曝によつても突然変異率が1.7倍まで上昇する旨の各研究報告がなされたこと、が認められる。

右の認定事実によれば、ムラサキツユクサについてはしきい値は存在しない可能性はかなり強いということはできるものの、<証拠>によれば、植物の細胞と人間の細胞とでは条件が異なること及びムラサキツユクサは放射線に特に敏感な植物であること等から、右ムラサキツユクサの実験結果をそのまま人間の場合に類推適用することには無理があるとの批判もあることが認められる。

以上によれば、人間の低線量被曝においてしきい値の不存在を肯定する資料もないとはいい難い。被告は、右の低線量被曝に当る自然放射線とガン及び白血病死亡率との間には有意な相関関係はないことを明らかにする趣旨で乙二六号証(いわゆる粟冠論文)を提出しているところ、同号証によれば、環境放射線と白血病死亡率との間の関係について、東北大学教授粟冠正利は、全国二七道県四〇二地点で二二年間にわたり五万七〇〇〇人以上の白血病死亡をとり上げて研究した結果、全悪性新生物(ガン)死亡率と線量率との間には正の相関があるが、相関係数は0.5までで余り大きくないこと、白血病死亡率と放射線との相関はこれより更に小さく、かつ負の相関をもつものが多いことが判明したとしていることが認められるが、<証拠>によれば、粟冠論文は、その用いる線量率のデータのとり方が不十分であること(二七道県で四〇二地点であり、一道県当り一五地点となり、この程度の数の地点のみで全道県民の被曝線量を推定すると、極めて大きな誤差を伴うであろうこと、地中の天然の放射性物質であるウランやトリウムの含有量に地域差があるはずなのに右の放射性物質に由来する放射線被曝の地域差について考慮されていないこと、各地の白血病死亡率のデータは、白血病という本来発生率の低いものについてはその統計について本質的な誤差があり、この誤差が放射線の地域差による変動を覆い隠す可能性があるのに、粟冠論文では白血病のデータについては右のような統計学的な制約の問題について考察を加えていないこと等)及び計算間違いが多いことなどからその内容の信用性に疑問があるのみならず、粟冠論文のデータに依拠しても、少くとも全ガンと放射線量との間の関係については有意な関係があり、また、白血病と放射線との関係については、データ自体に非常に大きな変動要因が内包されていて有意性の有無につきたやすく論じられないことがそれぞれ認められるのであつて、乙二六号証は被告の右主張にそう証拠とは認められず、かえつて、前記原告らの主張(低線量被曝線量についてのしきい値の不存在の主張)を裏づける資料といえなくもないのである。

しかしながら、前記のようにしきい値の不存在に疑問を抱かせる指摘もあるうえ、<証拠>によれば、統計的にしきい値の存在を確認するには、膨大な標本数が必要であつて、しきい値の有無の確認は、その線量で著しい発生数の増加がある場合以外、実際上不可能であること、現在のところ、人間に関し、白血病やガンについておおよそ数十レムないし一〇〇レム以下の低線量において、線量と発生率との間にしきい値が存在するかどうかについては、明確な知見はないとするのが一般であり、遺伝子の突然変異に対する放射線の影響についても、人間についての実証データはなく、ショウジョウバエやマウス等の動物実験による実験結果では、ある放射線量以上に対して放射線量と遺伝子突然変異の発生数は比例することが確かめられているが、それ以下の低線量については確かな実験的根拠がなく、人間については右動物実験等のデータを参考として推論せざるを得ない状況であることが認められること等を総合考慮すると、人間の低線量放射線被曝に関するしきい値については、これを積極的に肯定する知見はなく、他方原告ら主張のようなその不存在を肯認するに足りる資料もなく、未だその存否につき確定的な知見はないものといわざるを得ない。

2公衆の許容被曝線量の根拠等についての主張について

原告らは、許容被曝線量に関し、次のとおり主張する。すなわち、許容被曝線量等を定める件にいう許容線量を0.5レムとする規定は、ICRPの勧告に従つたものにすぎないところ、右ICRP勧告の数値は、職業人に対する線量限度五レムの一〇分の一とした根拠が明確でないことやICRPの基本的考え方である利益と危険のバランスの考え方をとつたとしても、公衆に直接の利益がないこと並びにICRPの歴史的経緯に照らしても何ら合理的な科学的根拠を有するものではなく、また、本件処分後に定められた線量目標値指針で定められた線量目標値の年間五ミリレムも単なる努力目標値であつて安全規制の基準たり得ないから、右にみた我が国の法的基準は極めて不十分なものとなり、したがつて、右不十分な基準に基づいた本件安全審査は違法である。

そこで、以下に、我が国の法的基準や目標値の根拠となつたICRP設立の経緯をはじめその勧告の趣旨、許容被曝線量の数値の定められた根拠、経緯等について検討することとする。

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一) ICRPは、一九二八年(昭和三年)スウェーデンのストックホルムで開かれた第二回国際放射線医学会議において「国際エックス線及びラジウム防護委員会」として設立され、その後、放射線利用の多様化や原子力開発利用の進展により、急速に拡大する放射線防護の分野を一層効果的に網羅するため、一九五〇年(昭和二五年)現在の名称と組織形態をとるに至つたこと、ICRPの委員は、放射線医学放射線防護、物理学、保健物理学、生物学、遺伝子学、生物科学及び生物物理学の諸領域における著名な実績を有する学識経験者によつて構成されており、その最大の任務は、科学的立場から、適切な放射線防護方策の基礎となる基本原則を検討し、その結果を勧告又は報告としてとりまとめ、公表することであつて、このためICRPは、その母体である国際放射線医学会議と密接な関係をとりつつ、放射線医学と医療一般に伝統的な接触を維持し続けるが、単にこれに留まらず、放射線防護の分野全体について適切な指針を用意するため、必要な諸活動を行つてきていること、ICRPは、それ自身は国際機関ではないが、その任務を適確に遂行するため、世界保健機構(WHO)及び国際原子力機関(IAEA)と公的な関係を有するとともに、国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)、経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)等と仕事上の協力関係を保つていること、ICRPの最初の勧告は一九二八年(昭和三年)に発行され、更に、一九三一年(昭和六年)、一九三四年(昭和九年)及び一九三七年(昭和一二年)に報告書が刊行されたが、一九五〇年(昭和二五年)に組織改正が行われて以降は、基本的な勧告が一九五一年(昭和二六年)、一九五五年(昭和三〇年)、一九五九年(採択は一九五八年・昭和三三年)に刊行されたが、その後も、最新の科学的知見に基づき、数次にわたり、基本的勧告の見直しを続けてきているとともに、専門委員会の勧告や報告を刊行してきていること、ICRPはその勧告を策定するに当つては、放射線防護の基本的原則をとり上げるに留め、それぞれの国の国情に最も適した詳細な技術的規則及び実施規則を採用することによつて、その国民を放射線から防護する責任は、その国にあるという立場をとつていること、現実には、原子力の開発利用を推進している世界各国及び関係国際機関は、ICRPの勧告を科学的に権威あるものとして受け止め、同勧告の趣旨を十分に尊重して、放射線防護対策を進めていること、

(二) ICRPは、当初は職業人を対象に身体的障害発生防止を目的として規制値を定めたが、その後遺伝的障害に注目して規制値を定めることの重要性が認識され、これを主にした規制体系が組み立てられると同時に、職業人のみならず一般公衆の被曝量をも考慮した国民線量の規制へと視点が向けられたこと、

(三) ICRPの勧告の内容の経緯を見るに、一九五〇年(昭和二五年)には、放射線作業従業者のみに対し遺伝的影響は考慮せず週0.3レム、一九五八年(昭和三三年)には、遺伝的影響をも考慮したうえ右従事者に対しては許容集積線量を5(年齢―18)レム)、公衆に対しては年0.5レム、一九六五年(昭和四〇年)には右従事者に対しては許容集積線量を年五レム、公衆に対しては右同様年0.5レム、一九七七年(昭和五二年)には、右従事者に対しては年五レム、公衆に対しては右同様年0.5レムとそれぞれ勧告しているところ、一九五八年(昭和三三年)の作業従事者に対する勧告値が年当り五レムに相当するレベルに変わり、以前の三分の一になつた(ICRPでは一年を五〇週と考えることにしているので、年五レムは週当り0.1レムに相当する。)が、それは、以前の勧告値で放射線障害の事例が現われたからではなく、それまでの勧告が職業上の被曝に関するもので、しかもその人の生涯の安全を保障する数値を勧告していたのを、遺伝的影響も考慮し、公衆に対する許容線量をも勧告し、更に、原子力利用の将来の拡大と放射線防護に関する技術が向上したことを考慮したための許容線量の数値の引下げであり、また、作業従事者に対する勧告に際しては、集積線量の考え方が次第に姿を消してゆくが、これは、過去の被曝総線量、すなわち、集積線量を重視することは、理論的には当を得ているものの、各個人のそれを求めることは実際上極めて困難であるので、一年間の線量を目安とすることが実務上適当であるとの理由からであつて、勧告された許容線量の数値の使い方についての変化はあつたものの、数値自体は基本的に変つていないこと、一九五八年(昭和三三年)のICRPの勧告の数値算出には以下のような経緯があること、すなわち、一九五六年(昭和三一年)アメリカ科学アカデミー(NAS)は放射線障害防止の原則として、国民全体にわたる遺伝線量制限という新しい概念を導入し、平均生殖年齢に達するまでの総被曝線量を平均一〇レム以下に抑えることを提案したこと、右の一〇レムという数字の根拠は、「ヒトが一世代(三〇年)の間に受けている放射線量は、自然放射線として約三レム、医療用として約二レム(当時の値)と見られる。今後原子力利用の代価として、三〇年間に新たに五レム程度の被曝量を加えてもさしたる障害は認められないであろう。」という見解であり、これにより将来発生するであろう障害量の増加は、倍加線量を三〇レムとした場合は自然発生量に対し一六パーセント増、倍加線量を一〇〇レムとした場合では五パーセント増と見積もられ(なお、ヒトの倍加線量はおおよそ十数レムから一〇〇レムの間にあると考えられている。もつとも倍加線量の考え方は、放射線による突然変異の誘発にはしきい値がないという仮定を前提としているが、ヒトに右のしきい線量がないかどうかについては未だ確たる知見のないことは、前記のとおりである。)、これは耐えられない数字ではないと考えられたこと、そして、このNASの考え方をICRPは基本的に採用し、一九六六年(昭和四一年)、国民一人当りの負荷増加量として三〇年間に五レムという枠の中で、職業人の許容量を年五レムに引き下げ、一八歳から就業して三〇歳までの一二年間に生殖腺に受ける線量として合計六〇レムを超えるべきでないとし、また、公衆構成員の被曝線量限度を職業人の最大許容量の一〇分の一の年0.5レムとしたものであること、

(四) ICRPの勧告の趣旨の変遷を見るに、一九五五年(昭和三〇年)勧告では、「最大許容線量として勧告された値は、人生の他の危険性と比較して小さい危険を伴うようなものであるとはいうものの、これらの値を導く基礎となつた証拠が不完全なものであること及びある種の放射線の影響は非可逆的かつ蓄積的であることからみて、すべての種類の電離放射線に対する被曝を可能な最低レベルにまで(to the lowest possible level)引き下げるあらゆる努力を払うべきであることを強く勧告する。」であり、一九五八年(昭和三三年)には、「勧告される最大許容線量は最大の値であることを強調しておく。委員会は、すべての線量を実行可能なかぎり低く(as low as practi-cable、いわゆるALAP)保つべきこと及びどのような不必要な被曝もすべて避けるべきであることを勧告する。」であり、一九六五年(昭和四〇年)では、「どんな被曝でもある程度の危険を伴うことがあるので、委員会は、いかなる不必要な被曝も避けるべきであること及び経済的社会的な考慮を計算に入れたうえ、すべての線量を容易に達成できるかぎり低く(as low as read-ily achievable、いわゆるALARA)保つべきであることを勧告する。」となり、更に、一九七七年(昭和五二年)勧告では、「経済的及び社会的条件を考慮に入れて、すべての被曝線量を合理的に達成できるかぎり低く保つべきである。」と変遷し、許容線量を勧告する趣旨の表現は徐々に緩やかなものとなつてきており、これについては、ICRPが何らかの圧力により影響を受けた結果ではないかとの批判もあるが、勧告の数値自体は基本的に不変であり、右表現の変化は、放射線及び原子力利用の拡大と、それに伴う放射線防護、管理の経験の積み重ねの結果、表現をより具体的なものにする必要がでてきたという背景のもとになされたにすぎず、基本的精神が変つたのではなく、表現をよりわかり易くしたためであるとの指摘もまたなされていること、

(五) ICRPは、公衆の許容線量を職業人のそれよりも低くした理由としては、公衆には成人より大きい危険にさらされるかもしれない子供が含まれていること、公衆には被曝するか否かについて選択の自由がないこと、公衆は被曝からの直接的利益を何も受けず、放射線作業に必要な管理も受けず、更に、自分自身の職業による危険にもさらされていることを挙げており、公衆の構成員に対する線量限度を放射線作業者に対して定められたものよりどれだけ低くすべきかについては、それは、一般に容認されるような数値では量的に表わすことのできない諸要因によつて決められるとしたうえ、計画の目的には、それを一〇分の一に決めることが適切であるが、これに関する放射線生物学上の知見が十分でないので、この係数の大きさには余り生物学的意義をもたせるべきではない、としていること、

(六) ICRPは、公衆に対する線量限度を勧告するに当つては、放射線による障害について、しきい値があるかもしれないことを認めつつも、これを積極的に肯定する知識がないので、どんな低い線量でも白血病その他の悪性腫瘍を含む身体的効果及び遺伝的効果を発現させる危険があるという慎重な仮定が放射線防護の基礎として最も合理的であるとの考えのもとに、原子力の利用によつて得られる利益からみて、その人及び社会が認容できる程度の放射線量を線量限度とし、具体的には、エックス線やラジウムその他の放射性物質の長い使用経験、人類その他の生物の放射線障害に関する知見に照らして、身体的障害や遺伝的障害の発生する確率を低く保つような数値を以て社会的に容認できる最大許容線量として勧告していること、もつとも、ICRPは、その際、容認できる危険の判断には、その行為のもたらす利益又は必要性と、与えられる被曝の危険との比較及び社会における他の危険の判断並びに被曝を制限することの困難さを考慮に入れたうえでなされなければならないが、現在の段階(一九六五年勧告当時)では、線量と危険との関係は精密には知られていないし、また、利益を数量的に評価することも普通は可能ではないものの、原子力発電所やその他の放射線施設の設計及び放射線廃棄物の廃棄計画作成のための実際的な助言が引続き必要であるとの立場から、あえて線量の制限値を示すとの姿勢を有していること、このように、ICRPの許容線量の定め方は、放射線による危険と放射線或いは原子力利用によつてもたらされる利益とのバランスのもとに決定されているが、この考え方に対しては、(1)公衆には利益がない、(2)危険という生物学的な現象と利益という経済学的な事柄とを同じ秤にかけることは不可能である、(3)右のいわゆるバランス論は悪用される虞れがある、(4)バランスがとられているかどうかを誰が判断するのか疑問である、等との批判があり、このうち、(1)に対しては、原子力発電は、国民経済の発展に不可欠な電力確保のための国家的要請であり、その利用により経済の発展、国民福祉の向上という間接的ながらも利益となつて公衆に還元される、(2)に対しては、バランス論は、許容線量の性格を伝える一つの方便であり、秤にかけることの難しさは十分に承知したうえでの立論であつて、自然科学と社会科学との接点に置かれた議論である、(3)に対しては、利益が大きければ大きい危険も我慢せよというような無謀な主張は、当然社会の良識で抑えることができるであろう等との反論もまたなされていること、なお、一九七七年(昭和五二年)勧告からは、従来のバランス論に代り、リスクの相対的評価の考え方、すなわち、放射線を用いることによるマイナス面(リスク)を、人間生活における他のリスクと比較したうえで許容線量を定める考え方が大幅に採用されているが、これは、右勧告では、発ガンと遺伝的影響を確率的影響(その重篤度ではなく、その影響の起こる確率がしきい値のない線量の関数とみなされる影響)として取り扱うこととした結果、これらについては絶対的安全はなくなり、確率的影響の確率を容認できると思われるレベルにまで制限することに放射線防護の目的を置くべきであるとし、そのレベルによつてもたらされる危険度が、日常生活における他の危険度に比べて受け入れることのできる程度のものか否かという危険度の相対的な評価を取り入れたことによるものであるが、これに対しては、この考え方は既存の容認基準を前提としている点に問題がある等の批判もなされていること、

(七) ICRPが定めた許容線量は、アメリカ等世界各国で尊重されて使用されており、その勧告は世界の放射線防護に関して大きな影響力を有していること、我が国もICRPの勧告した線量限度を採用して許容被曝線量等を定める件(告示)二条にいう周辺監視区域外の許容被曝線量を年間0.5レムとしたうえ、更にICRPの勧告の趣旨に従い(ALAPの考え方に従い)、昭和五〇年五月一三日原子力委員会は、環境、安全専門部会からの「ALAPの原則の取り入れ方」についての報告(昭和四九年一〇月)をもとに検討した結果、発電用軽水施設からの放射性物質の放出に伴う周辺公衆の被曝線量を低く保つための指針としての線量目標値指針を定め、通常運転時における努力目標値として、放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量(生殖腺又は造血臓器の線量当量)の評価値及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の評価値の合計値を年間五ミリレム、放射性よう素に起因する甲状腺被曝線量の評価値を年間一五ミリレムと定めたが、これは、軽水型原子力発電所の運転経験から技術的実現の難易度を考慮したうえで定められた設計及び管理の際の目標値であること、

以上のとおり認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

右の認定事実によれば、ICRPが公衆に対して被曝線量限度を勧告するに当つては、放射線被曝による障害についてはしきい線量があるかもしれないことを認めつつも、積極的に肯定する知見は得られていないところからしきい値の不存在を肯定するという慎重な態度をとつたうえ(しきい値が不存在であるといえるまでの知見がないことは前記1のとおりである。)、原子力の利用により得られる利益(公衆にも少くとも前記のとおり、間接的な利益は還元されていると認められる。)と与えられる被曝の危険とのバランスの考え方の上に立ち、長年にわたるエックス線やラジウムその他の放射性物質の使用経験、人間その他の生物の放射性障害に関する知見に照らして、身体的障害や遺伝的障害の発生する確率を低く保つような数値を以て社会的に容認できる最大許容線量(被曝線量限度)とすることとし、具体的な数値としては、自然放射線及び医療用として被曝する放射線量等を参考として定めた職業人の被曝線量限度の十分の一(しきい値として判明している線量値のおおよそ数十分の一)をもつて公衆の被曝線量限度として勧告し、同時にICRPは、放射線被曝については右の線量を超えさえしなければよいというのではなく、いわゆるALAPの考え方をも併せて勧告しているのであり、右の認定事実によれば、公衆にも間接的ながらも原子力発電による利益は還元されると認められること、公衆と職業人の許容線量値の違いには合理的な理由があると認められること及び先に見たICRP設立の経緯、目的、その人的組織や現に果たしている役割等をも合わせ考慮すると、右のバランス論には前記のような批判もあり、また、右勧告の数値について必ずしも完全に科学的根拠が与えられていると断定できない点があるとしても、右のICRPの考え方及びそれに基づいた勧告値はなお合理性を有するものというべく、したがつて、右ICRPの考え方に立つて定められた告示二条の許容線量を審査基準とした我が国の安全審査(したがつて、本件安全審査も)及び更にALAPの精神に基づき定められた線量目標値指針をも審査の実質的基準たる努力目標としてなされた我が国の安全審査(したがつて、本件安全審査も。もつとも、本件安全審査当時右の指針は制定されてはいなかつたが、実質上右の指針をも考慮して本件安全審査がなされたことは本件記録上明らかに窺える。事実、本件許可申請についての平常運転時の被曝評価値は、右の指針値をはかるに下回ることは後記のとおりである。)は、合理的な方法と認めることができる。

<証拠>によれば、本件許可処分後である昭和五二年一月六日、アメリカ環境保護庁(EPA)は、核燃料サイクル施設から環境へ放出される放射線の基準を定め、現行の連邦放射線指針の一般個人の年間最大被曝線量である全身に対し五〇〇ミリレム、甲状腺に対して一五〇〇ミリレム等に比しその二〇分の一に厳しくしたそれぞれ二五ミリレム、七五ミリレムと定めたことが認められるが、右EPAの考え方はまさにALAPの精神に基づいているともいえるのであつて、右の事実がICRPの考え方の不合理性を示すものといえないことはいうまでもない。

よつて、原告らの前記主張は理由がない。

原告らは、また、近年放射線被曝によるリスクは、ICRP等が従来採用してきた推定値よりも大きい可能性があり、放射線によるリスク評価の面で最も重要な被曝集団である広島、長崎の被曝者については、線量再評価がなされ、従来の推定値よりもかなり小さいものである可能性がある旨主張する。

<証拠>によれば、(1)広島、長崎の原爆被曝生存者についての経験は、電離放射線の晩発性身体的影響についての主な情報源の一つであり、放射線生物学的な研究上、非常に有用な情報となつており、その被曝線量は、一九六五年(昭和四〇年)アメリカオークリッジ国立研究所によつて推計され(いわゆるT65D)、ICRP等の国際的な放射線防護基準設定の基礎資料ともなつていること、(2)広島、長崎の被曝線量については、そこで使用された爆弾の構造や材料が軍事機密であるとの理由で十分な情報が研究者に対して提供されていなかつたところから、一九七〇年代に入つてから従前の被曝線量に対する疑問が投げかけられ、アメリカのローレンス・リパモア国立研究所のロイ及びメンデルゾーンら軍関係研究者によつて彼らのみが入手しうる軍の機密情報に基づき広島、長崎での被曝の状況等についての研究が行われ、その結果、一九八一年(昭和五六年)五月二二日付の科学雑誌「サイエンス」に、広島、長崎での被曝線量は、従前考えられていたものと大幅に異なるとの研究結果が発表され、更に、一九八三年(昭和五八年)二月我が国とアメリカの研究者が右両市での被曝線量見直しのために開催された研究集会での検討の結果においても、その被曝線量は従前の推計値と相当に異なる可能性があるとされたこと、が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

右の認定事実によれば、証人安斎育郎が証言するように、将来、原子力発電所等における放射線防護に関する基準等の改訂につながる可能性もあり得ないことではない。しかしながら、右の認定事実及び前掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、右T65Dの再評価に関する日米の共同研究は、いまだその緒に着いたばかりであつて、今後における被曝線量の再計算等に関する困難な、かつ、ぼう大な量の検討作業が残されているなど右再評価の作業は完結している訳ではないことが認められるのであつて、したがつて、現時点においては、将来における放射線のリスク係数の再評価に関する見通しや放射線防護に関する基準等の改訂の内容等について明確に論ずることは困難といわざるを得ず、また、仮に、将来前記安斎証人が証言するような方向での右基準等の改訂が行われたとしても、本件許可処分当時明らかにされていた被曝線量値をもとにして作成されたICRPの勧告値及びこれをもととした我が国の告示等が不合理なものといえないことは明らかであり、したがつて、右の勧告や告示等を基準としてなされた本件安全審査もまた合理性を失うものではない。

また、証人安斎育郎は、ジョゼフ・ロートブラットやアリス・スチュアートらの見解を援用しつつ、広島、長崎における原爆被曝者の中からどれくらいの障害が出るかという調査の対象となつているのは一九五〇年(昭和二五年)の国勢調査のときに登録された被曝者集団であり、これらの人々は相対的に放射線による被害に対しても強い人であると考えられ、したがつて、右被曝者集団の観察による障害の発生率は過小評価になる危険性が強い旨証言するが、<証拠>によれば、右ロートブラットやスチュアートらの研究者が右のような強者生存の現象を主張する理由は、(1)「あるべき」はずの遺伝的影響がみられていないこと、(2)線量に比例しての寿命短縮がないこと、(3)胎児の被曝でガンが生じていないこと、(4)被曝者によつて免疫能力が低下し、そのために感染症による死亡が多くなつたと考えられること等であるが、これに対しては、一九八〇年(昭和五五年)作成された「低線量電離放射線の被曝によるヒト集団への影響」と題するBE―RⅢ報告書において、BEIR委員会は(なお、BEIR委員会設立の経緯は、次のとおりである。すなわち、放射線に関するICRPらの報告について一九七〇年頃疑問を投げかける発表がなされたのをきっかけに、アメリカ環境保護庁(EPA)は、放射線防護基準の改訂作業を進めることとし、それに先立ち、放射線の線量レベル及び低線量放射線の生物への影響とそのリスク推定に関して、最新の知識を総括し報告することをアメリカ科学アカデミーに要請し、その結果、アメリカ科学アカデミー・アメリカ研究審議会(NAS・NRC)が、「ヒトに対する放射線の危険度(リスク)評価」の作業を行うために設立したのが、「電離放射線の生物学的影響に関する委員会」すなわちBEIR委員会である。)、(1)広島、長崎の原爆被曝生存者に係るデータが示すところは、スチュアートらによる胎児被曝と発ガンに関する調査研究を除けば、いずれも経験的に他のデータとよく符合していること、(2)遺伝的影響が今までのところ認められないのは、そのような影響があるとしても、その大きさの程度についての推定によれば、これを容易に検出するには標本集団が小さすぎる(対象人数が不足する。)ことによるものと考えられること、(3)「線量に比例した非特異的な寿命短縮」の考え方は、支持されていない見解であること、(4)被爆当時、広島、長崎地方において特に感染症が大流行した事実は存在しないこと、等の理由により、広島、長崎の原爆被曝生存者に係るデータは、放射線のリスクを推定するについて非常に有用な資料であるとしていることが認められ、右認定事実に照らすと前記の証言(したがつて、ロートブラットやアリス・スチュアートらの見解も含めて)をたやすく採用することはできない。

五本件原子炉施設の平常運転時に

おける被曝低減対策に係る安全性について

1(一)  <証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性の審査は、後記(二)の考え方に基づいてなされたことが認められるところ、右の考え方には合理性があると認められる。

(二)  原子炉設置許可に際しての安全審査において、申請に係る原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性を確保し得るものであるかどうかを判断するに当つては、当該原子炉施設について、

第一に、原子炉施設の平常運転時に伴つて放出される放射性物質の量を抑制できるものかどうか、すなわち、

① 放射性物質が冷却水中に現われることを抑制できるものかどうか、

② 冷却水中から原子炉冷却設備に現われる放射性物質を、その形態に応じて適切に処理し得る放射性廃棄物廃棄設備が設けられるものかどうか、

等を、

第二に、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質による公衆の被曝線量の評価が適切になされ、かつ、その評価値が許容被曝線量年間0.5レムを下回ることはもちろんのこと、ALAPの考え方に基づき更に一層低く抑えられるものかどうかを、

第三に、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の放出量、環境中における線量率等をそれぞれ適確に監視することのできる放射線管理設備が設けられるものかどうかを、

それぞれみる必要がある。

2<証拠>によれば、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質には、(一)アルゴン、チッソ、タンソ等の放射化生成物とクリプトン、キセノン等の核分裂生成物からなる気体状放射性物質、(二)放射性よう素等の揮発生放射性物質、(三)マンガン、コバルト、セシウム等の粒子状放射性物質等があり、これらによる公衆の被曝形態としては、①気体として放出された放射性物質が空気中に拡散している間にこれから放出される放射線による外部被曝、②気体として放出された後地表に沈着した放射性物質から放出される放射線による外部被曝、③気体として放出された放射性物質を吸入したり、これらが付着した農作物等を摂取することによる内部被曝、④液体として放出された放射性物質から放出される放射線によつて遊泳中や漁業活動中に受ける外部被曝、⑤液体として放出された放射性物質を取り込んだ海産物を摂取することによる内部被曝等があること、これまでの軽水型原子炉の運転経験や放射線等に関する調査、研究によれば、軽水型原子炉の運転に伴つて放出される放射性物質のなかではアルゴン、クリプトン、セキノン等の希ガスが量的に最も多いこと、右希ガスは、透過力の強いガンマ線を放出するため全身にわたつて被曝させること、放出される放射性物質中、よう素は、海藻等に濃縮したり、葉菜類に付着する等の性質があるとともに、人体内部に取り込まれた場合には甲状腺に集まる特性があること、鉄、マンガン、コバルト等は、気体廃棄物中には殆ど含まれていないが、液体廃棄物中に占める割合は多く、また海産物中で濃縮する性質を有するため、その海産物を摂取した場合には人体に比較的大きな被曝を与える可能性があること、人体が被曝することによつて受ける影響は、各臓器が個別的に被曝する場合よりも、全身にわたつて被曝する場合の方が大きいこと等が判明していること、したがつて、前記①のうち希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被曝が最も主要な被曝形態であり、次に③及び⑤のうちのよう素に起因する内部甲状腺被曝及び⑤のうちの内部全身被曝が主要な被曝形態であつて、他は無視し得る程度のものということができること、が認められる。

したがつて、右の主要な形態の被曝についての定量的な線量評価における公衆の被曝線量が十分低い値であれば、公衆の被曝線量は、右以外の形態の被曝による寄与分を考慮してもなお低く抑えられるものとの判断のもとに、右の主要な形態の被曝についての定量的被曝線量評価の妥当性の審査に基づいて行われた本件安全審査は(これは<証拠>により認められる。)、合理性を有するものと認められる。

3被曝線量評価の妥当性

(一) <証拠>によれば、本件安全審査において、平常運転時における放射性廃棄物について、原子炉施設周辺の公衆に対する放射線障害の防止上支障がないものと認められたことが認められる。

(二) 環境への放射性物質放出の抑制

(1) <証拠>によれば、本件安全審査において、次の(2)、(3)の検討を経たうえ、本件原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量を抑制できるものとされていると判断されたことが認められる。

(2) 放射性物質の冷却水中への出現の抑制

イ <証拠>によれば、

① 原子炉の平常運転に伴い原子炉施設内に蓄積される主な放射性物質には、燃料の核分裂反応によつて燃料被覆管内に生成される核分裂生成物等(主としてクリプトン、キセノン等の希ガス)と、冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食によつて生じる腐食生成物等が中性子の照射を受けて放射化されることによつて生じる放射化生成物(主としてアルゴン、チッソ、タンソ等)の二種類があること、

② 右の放射性物質が冷却水中に漏洩することを防止するため、前者については、後記のとおり、燃料被覆管の健全性が維持されるような設計となつており、後者については、冷却材の純度を高く保ち、腐食の生じ難い清浄な状態に保つための原子炉冷却材浄化系及び復水脱塩装置等の水質管理を行う設備が設けられることになつていること、更には、冷却水が触れる原子炉圧力容器内面等を腐食に強いステンレス鋼で内張りするなどの腐食対策が講じられることとなつていること、

③ 本体安全審査においては、右①、②等が確認された結果、本件原子炉施設は、放射性物質が冷却水中に現れるのを抑制できるものと判断されたこと、

以上の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イ①、②によれば、各放射性物質に対しそれぞれの方法で冷却水中への出現を抑制する方策が講じられることとされているのであるから、これを踏まえて行われた右イ③の判断には合理性があると認められる。

(3) 冷却水中から原子炉冷却系設備外に現れる放射性物質の処理

イ <証拠>によれば、

① 原子力発電所においては、前記(2)で述べたような燃料被覆管の健全性を確保しても、多くの燃料被覆管のうちの極く一部のものにヒンホール等の欠陥(破損)が生じる可能性を完全に消去することは不可能であり、このため燃料被覆管から核分裂生成物等が冷却水中へ極く少量ではあるが漏出することとなることもまた不可避であり、また、前記(2)の放射化生成物防止対策にもかかわらず、放射化生成物を完全に消失させることは不可能なため、冷却水中に放射性物質が現れることは不可避であること、これら冷却水中に現れた放射性物質の大部分は原子炉冷却系設備内に閉じ込められるが、その一部は不可避的に右設備外に漏出することになるので、右設備外に現れた放射性物質の環境への放出をできる限り低く抑える必要があること、これを気体、液体、固体の別に検討すること以下のとおりとなること、

②  本件原子炉施設において発生する主な気体状の放射性物質には、平常運転時に復水器内の真空を保つため復水器空気抽出器により連続的に抽出される復水器内の空気中に含まれる放射性物質と、タービンの停止後短時間のうちにこれを再起動させる際に復水器内を真空にするために用いられる真空ポンプの運転によつて復水器内から間欠的に放出される空気中に含まれる放射性物質、の二種類があり、これらの気体状の放射性物質には、希ガスや粒子状放射性物質等が含まれること、

右のうち、前者は、空気抽出器を通つたうえ減衰管で約三〇分減衰され、更に、粒子状放射性物質を捕捉するフィルタ(ろ過器)で固形物が除去されたのち、希ガス(希ガスは化学反応性が非常に低いので、他の化学的物質と化合させて閉じ込めておくことが困難な物質である。)を長時間貯留してその濃度を低減させる効用を有する希ガスホールドアップ装置(昭和四六年以前の初期の方式に比し、被曝線量を約一〇〇分の一に低減しうる装置。もつとも、半減期の長いクリプトン八五等についてはこの装置での捕捉は殆ど不可能である。)並びに希ガス等を拡散、希釈するための排気筒を経て排気されることとなつており、また、後者は、右排気筒を経て排気されることとなつていること、なお、前記真空ポンプの運転をタービンの停止後長時間経てから行つた場合には、右停止中に復水器内の放射性物質の放射能が十分に減衰しているから、復水器からの放射性物質の放出は殆どなく、短時間ののちの放出でも最大で一回当り二五〇〇キュリーであり、また、右間欠放出は年数回程度であること、そして、右の二つの経過で大気に放出される放射性物質が本件原子炉において発生する気体状のものの主なるものであり、他に連続放出として、タービングランドシール蒸気系及び換気系よりの放射性物質、間欠放出としてドライウェルパージ系よりの放射性物質があるが、いずれも前記二つの経過よりのものに比し極めて少量であること、

本件安全審査においては、右、等「確認された結果、本件原子炉施設において発生する気体状の放射性物質について、これを適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものと判断されたこと、

③  本件原子炉施設において発生する主な液体状の放射性物質としては、ポンプ、弁等の各機器よりの漏洩水、原子炉浄化系相分離器上澄水、サンブルラインの排出液及び燃料取替作業の終了に伴い水圧試験に用いられた水の一部等からなる廃液で化学的純度も放射能濃度も高い機器ドレン廃液、床掃除等によつて生じ、化学的純度は低く、放射能濃度は一定でない床ドレン廃液、復水脱塩装置の樹脂や廃棄物処理設備で使用された樹脂を再生する際に発生する再生廃液等の化学的純度も放射能濃度も高い化学廃液、発電所の従業員の保護衣類等を除染する際に生じ、化学的純度も放射能濃度も低い洗濯廃液の四種類があること、

右のうち、の機器ドレン廃液は、収集タンクに集められたのち固形分を除去するためろ過装置へ送られるなどしたのちイオン状物質を取り除いて水を浄化するための脱塩装置を経てその殆どは再使用のため復水貯蔵タンクへ送られ、まれに一部分が放出路へ放出されることとなつており、の床ドレン廃液及びの化学廃液は、収集タンクに集められたのち固形分を取り除くためのろ過装置へ送られるなどしたうえ廃液を濃縮するための蒸気濃縮装置を経、同所で生じた蒸留水は脱塩装置で脱塩処理をしたのち原則として原子炉で再使用するため復水貯蔵タンクへ送られることとされており(なお、後記のとおり、濃縮廃液は、固形廃棄物として処理される。)、更に、の洗濯廃液は、収集タンクに集められたのち固形分を取り除くためのろ過装置を経たうえ放水路へ放出されることとされていること、

本件安全審査においては、右、等が確認された結果、本件原子炉施設において発生する液体状の放射性物質について、その性状に応じ適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものと判断されたこと、

④  本件原子炉施設において発生する主な固体状の放射性物質としては、冷却水の浄化処理等のために使用される脱塩装置等から発生する使用済樹脂、原子炉浄化系及び燃料プール冷却系及び燃料プール冷却浄化系から出てくる使用済粉末樹脂並びに液体廃棄物処理設備から出てくるセルローズ系のフィルタ・スラッジ、液体状の放射性物質の蒸発濃縮装置から発生する濃縮廃液、機器の点検や修理の際に冷却水に触れるなどして放射性物質が付着した布きれや紙屑等の雑固体廃棄物があること、

右のうち、の使用済樹脂は、放射能濃度が比較的低いので、固化材と混合してドラム缶詰めする装置を設ける、のうち原子炉浄化系から出てくるフィルタ・スラッジは、放射能濃度が高いので、原子炉浄化系フィルタ・スラッジ貯蔵タンクに約一〇年間貯蔵し、放射能を減衰ざせる、のうち機器ドレンフィルタから生じるフィルタ・スラッジも比較的放射能濃度が高いので、約二年半の間機器ドレンフィルタ・スラッジ貯蔵タンクに貯蔵し、放射能を減衰させ、固化材と混合してドラム缶詰めする、その他のフィルタ・スラッジは、比較的放射能濃度が低いので、貯蔵しないでそのまま固化材と混合してドラム缶詰めする、の濃縮廃液は、濃縮廃液貯蔵タンクに約二週間貯蔵したのち、吸収材、固化材と混合してドラム缶詰めする、の雑固体廃棄物については、圧縮減容装置及びドラム缶詰め装置を設ける、以上の各ドラム缶詰めされた固化体は、安定した固体状のものとなり、これは、ドラム缶詰一時置場に移され、その後フォークリフト又はトラックで、約一年間分のドラム缶詰め固体廃棄物貯蔵能力を有し、鉄筋コンクリート造りで床もコンクリート打ちされている固体廃棄物置場(必要ある場合には増設も可能)に移し、保管する、以上のとおりの各計画が設定されていること、

本体安全審査においては、右、等が確認された結果、本件原子炉施設において発生する固体状の放射性物質について、これを適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものと判断されたこと、

以上の事実が認められる。

ロ 右イによれば、右イ②ないし④の各の判断は、各放射性物質の各内容、性状及びそれらを処理するための廃棄設備が設けられることとされることをいずれも確認のうえなされたものであるから、各放射性物質についてこれらを適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものとした右の各判断にはいずれも合理性があると認められる。

なお、右のうち、固体廃棄物の貯蔵、保管に関し、証人市川富士夫は、サイトの中にドラム缶詰めの低レベル(固体)廃棄物を貯蔵し続ければ、ドラム缶中の固化体の安定及び固化体を置く場所の地下水流等の問題が深刻になる旨証言するが、前記のとおり、ドラム缶詰めされたものは、安定した固化体であるうえ、貯蔵場所がコンクリート打ちされるものであること等からすると、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において、放射性物質がドラム缶から侵出し、更には固体廃棄物貯蔵設備から地下水に流入する等の事態が発生することはないものと考えられるから、右証言をもつて前記判断を覆えすことはできないものといわなければならない。

(4) 右(2)、(3)によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、放射性物質が冷却水中に現れるのを抑制できるものである旨及び冷却系設備外に現れる各放射性物質についてそれらを適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものである旨それぞれ判断され、右の各判断にはいずれも合理性があると認められるのであるから、本件安全審査において、本件原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量を抑制できるものとされているとした前記(1)の判断には合理性があると認められる。

(三) 公衆の被曝線量の評価

(1) 前記(二)のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本設計方針において、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量を抑制できるものと判断され、右判断には合理性が認められるのではあるが、<証拠>によれば、右対策にもかかわらず環境に放出されることとなる気体状及び液体状の放射性物質について、本件安全審査においては、更に、これによる公衆の被曝線量の評価の妥当性の審査を行つたところ、右の評価は適切になされていること及びその評価値は許容被曝線量年間0.5レムを下回ることはもちろんのこと、ALAPの考え方に基づき更に一層低く抑えられるものと判断されたことが認められる。

(2) 被曝線量評価方法の妥当性

イ <証拠>によれば、

① 本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量評価に当り、

本件原子炉施設から大気中に放出される気体状放射性物質の放出量については、燃料の破損率を毎秒一〇〇〇ミリキュリー(三〇分減衰換算値)と想定すると(なお、右の破損率は、先行炉である福島第一原子力発電所一号炉の一年間の運転実績値の一〇倍以上大きい値である。)、平常運転時に復水器空気抽出器系から連続放出される希ガスは、年間稼動率八〇パーセントとし、毎秒1.7ミリキュリー(年間約四万三〇〇〇キュリー、これは先行炉の実績よりもかなり大きい値である。)、復水器真空ポンプ排ガス系よりの希ガスは、年間五回のポンプ運転を想定して一回当り毎秒二五〇〇キュリー(年間一万二五〇〇キュリー、右放出量及び年間の放出回数は先行炉の実績を踏まえて想定されている。)と想定され、よう素は、放出経路は希ガスの場合とほぼ同じと考えられるものの、個々の経路からの寄与分を定量的に評価することはかなり困難であるため、福島第一原子力発電所一号炉での通常運転中と定期点検停止時における排気筒からのよう素の実績をもとに算出したところ、毎秒3.0×10-2μci(年間0.95キュリー)と想定されたこと、

本件原子炉施設から大気中に放出された気体廃棄物の拡散、希釈の状況については、気象条件は、季節毎の変化を考慮して本件原子炉敷地における昭和四六年四月から昭和四七年三月までの間一年間の気象観測で得られた実測値を用いて計算されたこと、ただし、静穏時の年間線量率に対する寄与については、静穏の出現頻度が少ないこと及び日本原子力研究所JRR―二において実施されたアルゴン四一の放出実験の結果から静穏時の線量率が有風時の線量率を大きく上回らないことがわかつていたことから、計算値としては有風時の値を用いたこと、また、排気筒の排気口の海面よりの高さは、一三二メートルであるが、風洞実験の結果によりその有効高さは実験の高さ一三二メートルから六〇メートルを差し引いた七二メートルとして計算し、更に、線量評価地点は、一六方位に分けたうちの本件原子力発電所周辺監視区域境界線上の九地点としたこと、なお、被曝線量計算については、放射能の空間濃度分布として英国気象局方式による拡散式を用いてなされたこと、

本体安全審査においては、右、でみた気体状の放射性物質の放出量、放出後における大気中での拡散、希釈の状況等公衆の被曝線量の評価の前提条件の設定等の評価方法は妥当なものと判断されたこと、

② 本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量評価に当り、

本件原子炉施設から海水中へ放出される液体廃棄物の年間放出量については、トリチウム以外のものが一キュリー、トリチウムが一〇〇キュリーと想定されたが、これは、先行炉における実績等からみて安全側に立つた放出量の想定であること、

海水中に放出された液体廃棄物の拡散、希釈等については、復水器冷却水のみによつて希釈されるものとし、放出後の海水による混合希釈は考慮しないこととされ、海産物による濃縮係数は現在報告されているもののうち厳しい値を用い、住民の海産物摂取量は一日当り魚類二〇〇グラム、海藻類四〇グラム、甲殼類一〇グラム、軟体動物一〇グラムとし、この量を連続的に摂取するものと想定されていること、

本件安全審査においては、右、でみた液体状の放射性物質の放出量、放出後における海水中での拡散、希釈の状況等公衆の被曝線量の評価の前提条件の設定等の評価方法は妥当なものと判断されたこと、が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イによれば、気体及び液体の各廃棄物の想定された放出量はいずれも先行炉の実績を踏まえた安全側に立つたものであり、その拡散、希釈の状況等についても、気体廃棄物については気象観測が季節毎の変化を考慮して一年間にわたつており、液体廃棄物については、復水器冷却水放水口に放出された液体廃棄物は、当然のことながら実際はその放出後前面海域において拡散、希釈することによつてその濃度は低くなるにもかかわらず、その効果を無視し、右放出口における濃度をそのまま用いているなど被曝線量の評価の前提条件はいずれも厳しいものと認められるから、本件安全審査における右①、②各の判断には合理性があると認められる。

(3) 被曝線量評価値の妥当性

イ <証拠>によれば、

① 本件安全審査において、右(2)のような各種の条件を設定して、本件原子炉施設の平常運転時に伴う公衆の被曝線量を計算した場合、希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝線量が最大となる地点は、排気筒から南方約七〇〇メートルの敷地境界上であり、その線量は年間約0.0013レムであること、なお、本件原子炉は、先行炉である福島第一原子力発電所の南方約一二キロメートルに位置するが、同発電所の一ないし六号炉の運転に伴つて放出される希ガスの寄与は前記地点でガンマ線年間約0.0003レムであり、両者を合計すると年間約0.0016レムとなること、また、よう素については、敷地境界外でその濃度が最大となる地点は、排気筒から南方約七〇〇メートルの敷地境界で、その地点における年平均濃度は、約7.7×10-15μci/cm3であること、なお、前記先行炉から放出されるよう素の寄与分は、前記の地点で年平均濃度が約3.3×10-15μci/cm3であり、両者を合計すると約1.1×10-14μci/cm3となり、最大濃度地点における甲状線被曝線量は、牛乳を摂取する幼児が最大で、年間約0.012レムとなること、また、液体廃棄物中のガンマ線に起因する被曝線量は年間約0.0003レム、よう素に起因する被曝線量は年間約0.0006レムとなることがそれぞれ確認されたこと、

② 右①等の確認を踏まえた結果、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、その平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質に起因する公衆の被曝線量の評価値が、許容被曝放量年間0.5レムをはるかに下回ることはもちろんのこと、ALAPの考え方に基づき更に一層低く抑えられるものと判断されたこと、

ロ 右イによれば、右②の判断には合理性があると認められる。

なお、<証拠>によれば、本件許可処分後、本件原子炉施設について原子炉施設の変更申請がなされたが、その際の東京電力の説明書における放出量の計算は次のとおりとされていたこと、すなわち、ALAPの考え方を具体的に明示するために原子力委員会によつて定められた線量目標値指針及び線量目標値の具体的な評価方法を明示するために定められた線量目標値評価指針に従つて前記各廃棄物として放出される希ガス及びよう素の推定放出量を計算し直した結果、希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝線量の最大値は年間約0.0008レム、液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量は年間約0.0002レム、合計した全身被曝線量が年間約0.0010レム、よう素に起因する甲状腺被曝線量の最大値は年間約0.0029レムと評価され、右各評価値は、線量目標値指針における線量目標値を十分下回るものであることが確認されたことが認められる。

(四) 放射性物質の放出量等の監視

(1) 原子炉施設の平常運転に伴つて放射性物質を環境に放出するに際しては、放射性廃棄物廃棄設備が正常に機能していること等を確認するために、その放出量及び放出後における線量率等を適確に監視することのできる設備を設けることが必要であると考えられるところ、<証拠>によれば、

イ 本件原子炉施設の気体廃棄物については、空気抽出器系排ガス、復水器真空ポンプ系排ガス、原子炉建家、タービン建家等の換気系空気は、いずれも単独或いは系統別に常時放射線モニタにより放射線量を連続的に監視されることとされており、また、排気筒から大気への放出に際しては排気筒モニタにより放出量の連続監視が行われることとされていること、更に、気体廃棄物の放出管理が行えるよう風向風速の連続監視を行うこととされ、また、敷地境界付近及び周辺地域の放射能監視としては、まず敷地境界周辺の敷地内に七か所のモニタリングポストを設け、空間線量率及び積算放射線量の測定監視を行い、周辺一般公衆の被曝線量が法令で定める許容線量を超えないことの確認に使用することとされ、また、敷地外の集落数か所にモニタリング・ステーションを設け、空間放射線量率を測定記録することとされ、定期監視としては、発電所を中心とする数キロメートルの範囲内、特に敷地周辺の居住区域に重点を置き、空間線量率を定期的に測定監視することとされていること、

ロ 液体廃棄物については、環境に放出する前に放射性物質の濃度が十分低いことを確認するため、いつたんサンプルタンクに貯留し、放射性物質の濃度をサンプリングして測定する設備が設けられることとされるほか、復水器の冷却水放水路につながる排水管には放出量を連続的に監視し得る放射性モニタが設けられることとされていること、

ハ 右イ、ロの各事実等が本件安全審査において確認された結果、右審査において、本件原子炉施設には、その平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の放出量、環境中における線量率等をそれぞれ適確に監視することのできる放射線管理設備が設けられるものと判断されたことが認められる。

(2) 右(1)によれば、右(1)ハの判断には合理性があると認められる。

(五) 右(二)ないし(四)によれば、平常運転時における放射性廃棄物について、敷地周辺の公衆に対する放射線障害の防止上支障がないものとした前記(一)の本件安全審査における判断には合理性があるものと認められる。

(六) 原告らの主張に対する判断

(1) 放射性物質放出量の低減対策に関する主張について

原告らは、本件原子炉における放射性物質の放出低減化措置については、可能な改善措置に関して本件安全審査時に具体的な代替技術の検討等をどれだけ試みたのか疑わしい旨主張する。

しかしながら、本件安全審査においては、本件原子炉施設について、前記のとおり、大気へ放出される放射性物質の大部分を占める希ガスの減衰方法として、初期のガス減衰タンク方式から、更に減衰効率のよいガスホールドアップ装置方式に改良されることのほか、タービン軸封蒸気系からの排気に含まれる放射性物質を無視し得る程度の極めて低いレベルに低減するため、従来採られていた方式、すなわち、原子炉で発生した蒸気を送気し、タービン軸封部の封入蒸気として使用し、グランド蒸気復水器を経て大気に放出される方式に代え、原子炉の蒸気系とは別の蒸気発生器で生じた蒸気を送気し、同器への給水は放射能の低い水である復水貯蔵タンク水を使用するいわゆるセパレート・スチーム・シール・システム(四S)が採用されることとなつていること(右四S採用等の事実は、<証拠>により認められる。)等、平常運転時における公衆の被曝線量を可及的に低減するための諸方策が講じられていることが確認されているのであるから、原告らの右主張は失当である。

(2) 被曝線量評価方法に関する主張について

イ 希ガス及びよう素以外の放射性核種の大気放出による被曝線量評価に関する主張について

原告らは、本件安全審査においては、希ガス及びよう素以外の放射性核種(粒子状放射性物質)の大気放出による被曝評価を行つていないが、長寿命の核種は土壌や植物に蓄積され、長期の連続運転の過程で住民の被曝の原因となり得るものであつて、右粒子状放射性物質を審査対象から除外する理由はないから、先行炉で放出が確認された長寿命粒子状核種の放出メカニズムを明らかにするなどして被曝評価の対象とすべきである旨主張し、証人安斎育郎も右の主張にほぼそう証言をする。

本件安全審査において右の粒子状放射性物質による被曝線量について審査対象とされていないことは前記のとおりであるが、しかし、<証拠>によれば、粒子状放射性物質は、そもそも塵埃等に付着して挙動するので、気体状放射性物質や揮発性放射性物質と異なり、環境に放出され易いものではなく、また、フィルタ等の設備を通して十分捕捉され得るものであつて、環境への放出量は、半減期の極めて短かい核種もあつて希ガスやよう素に比し極めて少量である(過去の放出実績量をみても、前記想定された希ガスやよう素の放出量に比し殆ど無視し得る程度の量にすぎない。)ことが認められるのであり、したがつて、希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝及びよう素に起因する甲状腺被曝という主要な形態の被曝についての線量評価における公衆の被曝線量が十分低い値であれば、公衆の被曝線量は右以外の核種による被曝による寄与分を考慮してもなお十分低く抑えられるものと判断した本件安全審査の方法には合理性があると認められること、前記のとおりであつて、原告らの右主張は失当であり、それにそう右証言もまた採用できない。

ロ 希ガス及びよう素の大気放出量に関する主張について

原告らは、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量評価における希ガス及びよう素の大気への放出量について、換気系からの希ガスの環境への漏出量及び核種組成の求め方が、本件許可処分後である昭和五一年九月二八日原子力委員会によつて定められた線量目標値評価指針におけるそれといずれも異なつており、本件安全審査における被曝線量評価値は過小評価となつている、よう素の放出量の求め方が、その前提となつた福島第一原子力発電所の放出実績の把握方法が合理性を欠いているため信頼性の乏しいものであつて過小評価となつており、また、線量目標値評価指針における求め方と異なつている旨それぞれ主張する。

しかしながら、前記のとおり、本件安全審査における放射性物質の大気への放出量の評価方法は、先行炉である福島第一原子力発電所における放出実績を参考とし、これを上回る安全側に余裕のある線量を想定しているものであり、右の本件原子炉における放出量の想定値のとり方に不合理性の認められない以上、たとえ、右の想定値が、本件許可処分後に定められた線量目標値指針の計算方法に従つた場合よりも小さいものであるとしても、そのことだけから直ちに本件安全審査方法が不合理となるものでないことはいうまでもない。

なお、<証拠>によれば、本件許可処分において、線量目標値評価指針に従つて環境への放射性物質(希ガス及びよう素)を算定したところ、その数値はいずれも線量目標値指針における放出管理目標値と同一であつたが、その放出量をもとにして被曝線量を再評価した結果では、前記のとおり、その評価値は線量目標値指針における線量目標値を十分下回るものであることが確認されていることが認められ、また、<証拠>によれば、昭和五七年度における本件原子炉施設から環境への放射性物質の放出実績は、設備利用率98.1パーセントという高い稼動状態において、希ガスについては右年間放出管理目標値5.0×104ci(キュリー)に対し1.1×10-2ciであり、よう素については右年間放出目標値2.1キュリーに対し検出限界(2×10-13μci/cm3)以下となつていることが認められる。

ハ 希ガス及びよう素の拡散、被曝評価方法に関する主張について

原告らは、拡散と被曝計算方法において公衆被曝を過小評価する問題点として、①風の殆どない静穏時の拡散を有風時に置きかえているが、その根拠が示されていない、②濃度分布の推定をパスキルの拡散式で行つているが、複雑な大気状態と地形を考えると、このような計算値と実際の濃度との間には数倍の相違があり得るから、濃度及び被曝の評価値の信頼幅或いは考えられる変動範囲を提示すべきであるのに、これは全くなされていない、③ヒューミゲーションを全く無視して年間の被曝評価が行われている、④雨の影響が全く考慮されていない、晴天時には上空に拡散して影響しなかつた部分が、雨に洗い流されて地表に運ばれ、牧草→牛→牛乳→小児甲状腺の食物連鎖に入るよう素の量を増大させる、⑤希ガスの被曝評価については、アングロ・クラウド計算コードを用いているが、線量再生係数についての吟味が極めて不十分である、本件安全審査の際申請された式は、ガンマ線エネルギーが0.5ないし2.0メガエレクトロン・ボルトにおいてのみ適用可能であり、その範囲外エネルギーに対して外挿することは適当でないのに、本件原子炉施設から実際に放出される希ガスのガンマ線エネルギーはその九六パーセントが右の範囲外のものである、旨それぞれ主張し、証人安斎育郎もほぼ右各主張にそう証言をしている。

しかしながら、右各主張はいずれも以下に述べるとおり失当であり、右の証言もたやすく採用できない。

すなわち、

① 右①については、<証拠>によれば、現地の観測データによると、敷地内の標高一〇〇メートル及び敷地外の標高二〇メートルにおける静穏状態(風速毎秒0.4メートル以下のとき)の年間出現頻度はそれぞれ2.2パーセント、6.3パーセントにすぎず、また、右静穏状態の継続時間の出現頻度としては、一時間程度にとどまることが右各標高でそれぞれ七九パーセント、七四パーセントと圧倒的に多いこと及び前記のとおり日本原子力研究所JRR―2において実施されたアルゴン(Ar)四一の放出実験の結果によれば、静穏時の線量率が有風時の線量率を大きく上回らないことが認められるのであるから、本件安全審査における被曝評価の計算に際し、静穏時における拡散を有風時のそれに置き換えて評価した方法(右の方法が採られたことは、<証拠>により認められる。)には合理性があると認められる。

ちなみに、<証拠>によれば、本件許可処分後である昭和五二年六月一四日原子力委員会によつて定められた気象指針においては、静穏時でも感度のよい微風向、微風速計では毎秒0.5メートル以上の風速を示していることが多く、また、静穏時における放射性雲からのガンマ線被曝も極端に高い実測値が得られていないことから、静穏時においても大気による拡散状希釈は行われているものと考えられるとして、静穏時の風速は毎秒0.5メートルとして有風時の拡散式を適用することとしたことが認められる。

② 右②については、<証拠>によれば、本件安全審査における被曝評価においては、原告ら主張のとおりパスキルの拡散式(英国気象局法ともいう。)が使われているところ、右の方式は、原則として周囲が平坦地の場合に適用されるものではあるが、たとえ平坦地でなくても、排気筒の高さを適切に補正することによつて平坦地以外にも適用できる方式であること、右本件被曝評価に際しては、風洞実験の結果によつて気体廃棄物の放出の高さの補正を行つたが、その結果、本件原子炉の排気筒の高さは実際の高さから六〇メートルを差し引いた高さとしてパスキルの拡散式で濃度分布を計算すれば、安全側の計算であると評価されたこと及び気象としては、本件敷地における一年間の気象観測の結果得られた実測値を用いて右パスキルの拡散式を使用していることが確認されたことが認められるのであつて、右のような補正を行つたうえで右の式を利用している以上右の式の利用について原告ら主張の不合理性を認めることはできない。

③ 右③については、<証拠>によれば、ヒューミゲーションというのは、排気筒の上方に近い所でいわゆる温度の逆転層の下限が存在している場合、すなわち、排気筒の上方に安定な気層があり、その下層が不安定な状態のときに発生し、この場合にはパスキルの拡散式で使われたAないしFの大気安定が発生した場合よりも放出された放射性物質が上方に拡散しないで頭打ちとなるため地上濃度が高くなることが起こること、本件安全審査においては、標高一三〇メートル(地上高一二〇メートル)の本件原子炉の排気筒出口付近に逆転層の境界が存在してヒューミゲーションの発生する頻度を求めるため、本件原子炉施設周辺において、昭和四六年四月から昭和四七年三月までの一年間の気象鉛直分布を測定した結果、右一年間のヒューミゲーション発生頻度は年平均で5.8パーセントと低いこと等を確認したこと等から、平常運転時における被曝線量評価に際してはヒューミゲーションの影響を考慮する必要はないものと認め、右評価方法を妥当なものと判断したことが認められるのであるから、右の判断には合理性があると認められる。

もつとも、後記のとおり、重大事故と仮想事故を想定して万一の事故の際周辺公衆への被曝の影響を評価するに際しては、右ヒューミゲーションが事故後二日間は発生するものとしているが、平常運転時における安全解析は、通常、原子炉施設周辺における一年間等の長期間の被曝線量を評価するものであるから、気象データ等を考慮した現実的な解析を行うものとなるのに対し、想定事故時における安全解析は、想定事故が任意の時刻に起こること及び実効的な放出継続時間が短かいことを考慮して平均的な気象条件より厳しい条件を用いる必要があると考えられるなど、右両者の安全解析には性質の相違等があるのであるから、右の想定事故時における安全解析の際ヒューミゲーションを考慮しているとしても、平常運転時における被曝線量評価に際しヒューミゲーションの影響を考慮しなかつた本件安全審査が不合理なものとなるものでないことは明らかである。

なお、<証拠>によれば、本件許可処分後原子力委員会で定められた気象指針では、平常運転時における被曝線量評価のみならず、想定事故時におけるそれに際しても、ヒューミゲーションを考慮に入れないこととしたが、その理由は、ヒューミゲーションの発生は、垂直方向の気温を観測して判断されるので、気温差の高度別出現頻度、気温逆転の高度別出現頻度、気温逆転の継続時間等を調査した結果、排気筒真上で放出物質が閉じ込められるようなヒューミゲーションの発生は比較的少ない現象であると推定されること及びヒューミゲーション発生時の地表空気中濃度を非常に厳しい前提(排気筒のすぐ上にふたがあるように考える。)を用いて得た計算値は、気象指針の拡散式によつて得た値と比較して極端に大きくはなかつたこと、したがつて、ヒューミゲーションの発生は、比較的少ない現象であつて、たとえ発生してもそれ程大きな濃度を示さないと考えられることであつたことが認められる。

④ 右④については、<証拠>によれば、本件許可処分後原子力委員会によつて定められた線量目標値評価指針においては、陸上食物摂取等による甲状腺被曝線量の計算に関し、空気中の放射性よう素が葉菜に移行する割合を計る要素の一つである沈着速度(空気中に浮遊している放射性物質が、地上の沈着面に付着する度合を示すもの。)について、欧米の野外実験で得られた結果を参考にし、更に、降水沈着の影響(降水時における沈着率はChamberlainの研究報告を用いて計算すると乾燥時の二、三倍大きい値となる。)を考慮し、牧草への年間平均沈着速度を毎秒0.5センチメートルと定め、これから葉菜に対する年間平均沈着速度を毎秒一センチメートル(牧草と葉菜の差異を考慮し、牧草に対する沈着速度の二倍を葉菜の沈着速度とする。)としたこと及び空気中の放射性よう素が牛乳に移行する割合を計算するについて、牧草に対する沈着速度を前同様毎秒0.5センチメートルとしたことが認められるところ、<証拠>によれば、本件安全審査においては、空気中のよう素と葉菜との関係を計る要素の一つとしての右沈着速度を前記同様毎秒一センチメートルとして甲状腺被曝計算をしていることが認められるのであり、右及び前記の各認定事実によれば、線量目標値評価指針における右沈着速度と本件安全審査におけるそれとは全く同一であるところからみて本件安全審査においても線量目標値評価指針におけると同様よう素について降水による影響を考慮したうえで被曝評価をしたものと推認でき、仮にそうでないとしても、本件安全審査における沈着速度の数値が線量目標値評価指針におけるそれと全く同一であるから、大気中のよう素による甲状腺被曝線量の評価においては、降水に関し具体的な不合理性を認めることはできないといわなければならない。もつとも、証人安斎育郎は、右の沈着速度の数値についても、本件原子炉施設周辺の実測データに基づき評価すべきである旨の証言をするが、前記線量目標値評価指針における沈着速度のとらえ方は、全く恣意的になされているのではなく、欧米の野外実験で得られた結果を参考にしたうえでなされているのであり、本件原子炉施設周辺の実測データを基本とした場合と右欧米の実験結果を参考とした場合とで、沈着速度が著しく異なるという事実も認められない以上、本件安全審査における前記方法が不合理であるとすることはできないといわなければならない。

⑤ 右⑤については、<証拠>によれば、再生係数(ビルドアップ係数)とは、空気中の放射性物質からのガンマ線による外部被曝線量を評価する際に用いられる係数であり、大気へ放出されたガンマ線が空気中で散乱を受け、地表の人間の地点にまで到達する割合を示すガンマ線の減衰計算の際の散乱による補正係数であること、右ガンマ線の再生係数は、ガンマ線のエネルギーが0.5ないし2.0メガエレクトロンボルトの範囲内でのみ適用可能なものであるところ、本件原子炉施設から実際に放出される希ガスのガンマ線エネルギーはその約九割が右の範囲外のものであるにもかかわらず、本件安全審査においては、右の再生係数を利用してガンマ線の外部被曝線量を評価していること、しかし、ガンマ線による被曝線量はガンマ線のエネルギーにほぼ比例するところから、被曝線量評価においては、右ガンマ線のエネルギーを暫定的に0.5メガエレクトロンボルトで代表して被曝線量を求めたうえ、その結果を右ガンマ線の代表エネルギーと実効エネルギーとの比により換算する方法がとられていること、右のような方法がとられている理由は、様々なエネルギーを持つたガンマ線を個別的に評価することは繁雑であるうえ、右個別評価方法と前記換算方式とでは被曝線量の評価において大差がないものとされていることによるものであることが認められるから、本件安全審査における前記換算方式を以て不合理とすることはできない。

ニ 評価値の信頼性の欠如の主張について

原告らは、評価結果の信頼幅が解析されておらず、本件原子炉と同型炉である中部電力浜岡原子炉の場合、炉周辺の平常運転に伴うガンマ線の線量について、安全審査の際の予測値と実際に炉が運転した後の実測値とでは、線量値が最大となる地点は予測されていた地点より一キロメートル以上も炉より遠く、かつ、その線量数値も予測値より約一〇倍も多いことが判明しており、このような実例からみても、本件安全審査においても大幅な過小評価となつていて信頼性に欠ける旨主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、浜岡原子力発電所周辺の環境放射線量は、中部電力による測定値と県衛生研究所による測定値とでは、後者が前者より測定年毎でいずれも約一ないし四ミリレントゲン多く、右両者とも昭和四七年から昭和五〇年まではほぼ年々上昇していたが、昭和五一年には明確に下降線を示していること、右発電所周辺における地点別積算線量(一九七四年から一九七六年の間)は、発電所より二、三キロメートルの地点が最も多く、約七ないし一〇ミリレントゲンであること、ところで、浜岡原子力発電所は、昭和四九年五月末に燃料装荷を開始し、同年八月中旬より発電試運転を始めたが、同年一〇月上旬から昭和五〇年三月中旬まで右試運転は中断され、昭和五一年三月本運転が開始されたことが認められ、右の認定事実によれば、右の環境放射線量の測定値の上昇傾向は、浜岡原子力発電所の試運転や本運転とは必ずしも関係なく認められるのであるから、右の測定放射線量のすべてが右発電所の原子炉運転によるものと速断することはできず、したがつて、右原告らの右発電所に関する主張は、その前提を欠き失当であり、その余の主張についてもこれを裏付けるに足りる証拠がなく、失当である。

4使用済燃料の貯蔵、保管の安全性

(一) <証拠>によれば、本件安全審査において、使用済燃料の貯蔵、保管については、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において、災害の防止上支障がないものと判断されたことが認められる。

(二) <証拠>によれば、

(1)燃料はおおよそ一年に一度の割合で約四分の一ずつ取り替えられるところ、右取り替えられた使用済燃料は、原子炉建家内に設けられ、水を張つた使用済燃料貯蔵ラックへ移され、チャンネルボックスを取りはずされたうえ約四か月間冷却されたのち、使用済燃料輸送容器(キャスク)に右燃料を積み込む専用の場所(キャスク・ピット)から積み込まれて再処理工場へ搬送されることになつていること、(2)使用済燃料プールは、全炉心及び一回取替量以上の燃料(約一三〇パーセント炉心分の燃料)等を貯蔵することが可能であり、放射化された機器等の取扱いが可能なスペースを有するものとされ、更に、右燃料プールは、耐震設計Aクラスの強固な鉄筋コンクリートの構造物で、壁の厚さは遮へいを考慮して十分厚くとられ、内面はステンレス鋼でライニングされていて漏水を防ぎ、保守を容易にするようにされていること、(3)使用済燃料貯蔵プールには、燃料の崩壊熱による水温上昇を防止し、プール水の浄化及び水位調整を行うため、燃料プール水冷却浄化系が設けられ、冷却水温度が摂氏五二度を超える場合は残留熱除去系を用いて冷却が可能となるようにされていること、(4)燃料貯蔵ラックは、厳しい所要の耐震設計(Aクラス)の強固な構造とされ、貯蔵燃料の臨界を防止するため必要な燃料間距離を保持する設計となつていること、すなわち、ラックは燃料体の間隔を十分とり、通常状態では実効増倍率は0.90以下、また万一の異常時にも0.95以下となるよう設計されること、⑤燃料プールの底部には、排水口を設けないこととされ、万一の漏洩に備えて水位警報装置及び漏水検知装置がつけられることになつていること、それにもかかわらず燃料プールより水の漏洩があつた場合にも直ちに右漏洩水が地下水となるのではなく、床ドレンサンプへ集められることとなつているなど多重防護の思想が取り入れられた設計方針がとられていること、(6)キャスクの運搬、原子炉遮へい体並びに原子炉格納容器のふた及び原子炉圧力容器のふた等の取外し運搬及び取付中に使用される原子炉建家クレーンには、重量物を吊した状態では使用済燃料プール上を通過できないようにインターロックが設けられること、(7)使用済燃料の取替え等には、燃料取替機が使用されるが、取替作業中の燃料落下防止対策として、燃料つかみ器、クレーン等の耐震設計も十分考慮され、また、燃料つかみ器は空気作動式であり、かつ、空気圧が供給されていなければ燃料集合体をはずせないというフェイル・セーフ設計になつており、更に、燃料取替作業は自動化され、電源喪失時にも燃料を落とさないような構造とされること、(8)使用済燃料は、燃料被覆管に用いられるジルカロイー二が耐食性に優れた材料であることなどから、使用済燃料貯蔵プールにおける貯蔵が非常に長期間にわたる場合であつても、その腐食が進行することはなく(因みに、アメリカでは一五年間健全貯蔵の実績の例がある。)、また、本件原子炉施設につき破損の大きな燃料が発生した場合を考慮して右破損燃料を燃料集合体毎に密封して収容するための容器が用意されることとされていること、(9)なお、本件原子炉施設に最も近い飛行場は、約一〇〇キロメートル離れた仙台飛行場であり、また、敷地から約三キロメートル及び一〇キロメートル離れた位置の上空にそれぞれ国際線航空路があり、敷地上空は、前者の保護空域に含まれており、同空域は計器誤差等による影響等により航空機を保護するため設けられた空域であること、なお、航空機は通常七〇〇〇ないし八〇〇〇メートルの高度で水平飛行していること、

以上のとおり認められる。

もつとも、証人市川富士夫は、使用済燃料が必ずしも全部健全ではなく、このような燃料を使用済燃料プール内に貯蔵した場合には、さらに腐食が進行して破損が広がることもあり、その結果、右プール水が汚れ、また、貯蔵が長期にわたると右プール自体の水漏れが生じ、地下水を汚染せしめる可能性がある旨証言する。

しかしながら、前記のとおり、本件原子炉施設における燃料被覆管に用いられるジルカロイ―二は耐食性に優れた材料であること等から、殆どの使用済燃料については、使用済燃料プールにおける貯蔵が非常に長期間にわたる場合であつても、その腐食が進行することはなく、また、破損の大きな燃料が発生した場合を考慮して右破損燃料を燃料集合体毎に密封して収容するための容器が用意されることとされており、かつ、使用済燃料プールには燃料プール水冷却浄化系が設けられることとされていること等使用済燃料プール水の汚染防止対策が講じられており、また、前記のとおり、本件原子炉施設の使用済燃料プールは、遮へいを考慮して壁の厚さは十分厚くとられた鉄筋コンクリート造の構造物で、内面は漏水防止のためステンレス鋼でライニングされるうえ、右プールの底部には排水口を設けないこととされていること等右プール水の漏洩防止対策が講じられ、更に、万一の漏洩に備えて漏水検知装置等が設置されることとされているほか、万一漏洩した水は床ドレンサンプへ集められる構造とされていること等右プール水の環境への漏洩防止対策が講じられているのであるから、右証言部分はたやすく採用できない。

また、証人市川富士夫は、使用済燃料プールは、原子炉建家の中にあるため、原子炉格納容器に比較して強度がずつと落ち、したがつて地震や航空機の墜落による破損を慎重に考慮しなければならない旨証言する。

しかしながら、前記のとおり、右使用済燃料プールは、厳しい所要の耐震設計(Aクラス)の強固な構造とされ、また、航空機の墜落による破損のおそれの点についても、前記のとおり、本件原子炉に最も近い飛行場でも約一〇〇キロメートル離れた仙台飛行場であること等の事実に照らすと、右証言部分もたやすく採用できない。

他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三) 右(二)によれば、使用済燃料プール水の汚染発生の防止、右プール水の環境への漏洩の防止、右プールの強度等の確保等に関する基本設計ないし基本的設計方針についてなされている配慮に鑑みると、本件安全審査における右(一)の判断には合理性が認められる。

第七  本件許可処分の実体的適法性について(その三……原子炉等規制法二四条一項四号要件適合性のうち、原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策について)

一原子炉における事故の危険性

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1原子炉における核分裂反応により巨大なエネルギーが発生する(ウラン二三五一グラムの分裂により約二〇〇億カロリーの熱量、すなわち、発熱量が一グラム当たり六七〇〇カロリーの石炭三トンが完全燃焼した場合と同等の熱量が発生する。)が同時にその際、極めて毒性の強い核分裂生成物やプルトニウム二三九等の放射性物質が大量に生まれ、中でもプルトニウム二三九は特に毒性が強く、半減期は約二万四〇〇〇年と長く、アルファ線を放出し、人間の体内に侵入した場合体外からの検出及び体外への排出が困難であること、プルトニウム二三九は、原子力発電所から取り出される使用済燃料に約0.7パーセント程度が含まれているが、それ自体核燃料となり、また、核兵器の原料ともなるのでその扱いには慎重さが要求されること、

2電気出力一〇〇万キロワット(本件原子炉のそれは一一〇万キロワット)の原子力発電所を一年間運転すると、運転停止直後で約二一〇億キュリー、一日後で約二五億キュリーの放射性物質が発生し、また、右放射性物質は放射線を放出すると同時にエネルギーを放出するため、炉の運転停止後も、直後で運転出力の約七パーセント、二時間で約一パーセント、一日で約0.5パーセントの各崩壊熱が発生すること、

3電気出力一〇〇万キロワットの原子力発電所を一日運転すると、ウラン二三五約三キログラムが核分裂し、ほぼこれと同量の放射性物質ができるが、広島市に投下された原爆が核分裂を起こしたウラン二三五の量は約0.6ないし0.8キログラムに過ぎなかつたこと、しかし、原子爆弾では、含有量がほぼ一〇〇パーセントに近いウラン二三五又はプルトニウム二三九を二箇所以上に分散させておいたうえ同時にこれらを一箇所にまとめて一定量にしたのち核分裂の連鎖反応を起こさせる仕組みであるのに対し、原子炉で使用するウラン二三五は含有量が二ないし四パーセントにすぎないなど原子炉と原子爆弾とは構造が異なることから、たとえ原子炉が制御不能に陥つたとしても、爆発を起こすことはないこと、

4原子炉の中に蓄積した前記大量の放射性物質が原子炉の事故等により環境へ放出された場合には、炉周辺の住民の生命、健康及び財産等に甚大な損害を与えることになること、すなわち、現在までになされた原子炉事故災害の研究についてみるに、一九五七年(昭和三二年)アメリカ原子力委員会ブルックヘブン研究所の報告(WASH―七四〇)によると、大都市から三〇マイル(約四八キロメートル)の距離で運転される熱出力五〇万キロワット(電気出力約一六万キロワット、本件原子炉は電気出力一一〇万キロワット)の原子炉を想定し、安全装置が故障した重大事故の場合、一定の事故条件のもとでは、三四〇〇人死亡、四万三〇〇〇人の障害、七〇億ドル(約二兆一〇〇〇億円)の損害が推定され、一九六四年(昭和三九年)から一九六五年(昭和四〇年)に改めて推定し直した評価でも推定を上回つたこと、また、日本原子力産業会議が科学技術庁から調査委託を受けて昭和三五年四月まとめた「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」によるといわゆるWASH―七四〇の解釈方法を参考し、熱出力五〇万キロワット(電気出力約一六万キロワット)の原子炉について検討した結果では、原子炉に内在する全放射性物質の約五〇〇〇〇分の一にあたる105キュリーが環境へ放出された場合、人的損害は殆ど生じないが、低温で放出粒子が小さいとき、温度逆転乾燥時には数千人から一万人程度の要観察者が生じ、立退、農業制限等の物的損害は零から数十億ないし二〇〇億円に及び、全内蔵放射能の約五〇分の一に相当する107キュリー放出の場合、人的損害は、低温放出ではかなり生ずる場合があり、放出粒子が小で逆転時には、数百名の致死者、数千人の障害者、一〇〇万人程度の要観察者が生じ、高温放出では、人的損害は常に零であり、物的損害は最高では農業制限地域が幅二〇ないし三〇キロメートル、長さ一〇〇〇キロメートル以上に及び、損害額は一兆円以上に達し得るとされていること、更に、ラスムッセン教授によつて行われた発電用原子炉の安全性研究(WASH―一四〇〇、アメリカ原子力規制委員会(NRC)、一九七五年(昭和五〇年)、いわゆるラスムッセン報告)でも、PWRの事故を1から9までの九つのカテゴリーに、BWRの事故を1から6までの六つのカテゴリーに分け、そのそれぞれについて内蔵している放射性核種の放出割合を計算し、事故の態様に応じて右放出開始までの時間、放出継続時間等を想定するなどして被害を想定したところ、PWR2の事故についての推定被害は、早期死亡者が約三〇〇〇人、急性障害者が約五〇〇〇名であつたこと、

以上のとおり認められる。

二本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性

原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性についての判断は、その自然的立地条件に対応して、当該原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、工学的、技術的に安全なものとして設計、建設され得ることとされているかどうかに関する総合的な審査に基づいてなされるべきものであるところ、右の審査において自然的立地条件として考慮すべきものには、地盤、地震、気象、海象等の問題があるが、証人都甲泰正の証言によれば、中心的な検討課題とされるのは、事柄の性質からして、地震及び地盤の問題であり、本件安全審査においても右の点を中心に審査がなされたことが認められるので、以下、地盤及び地震の問題を中心にして検討することとする。

1地盤

(一) <証拠>によれば、

(1) 本件原子炉敷地は、標高約五〇メートル以下の低い丘陵及び海岸段丘からなり、ほぼ平坦な地形として発達し、西方約五キロメートル双葉断層帯が縦断しており、その西側地域一帯は平均五〇〇ないし七〇〇メートルの緩やかな山岳地帯が形成され、右断層帯の東側地域一帯は標高一〇〇ないし二〇〇メートルのなだらかな丘陵地帯が発達していること、本件原子炉施設は、富岡層の泥岩からなる岩盤上に設置されるが、この岩盤の性状等に関して行われたボーリング調査、試掘坑調査及び地表踏査等の結果によれば、富岡層は層厚が約四〇〇メートルで、その地質である泥岩は全体に均質で良く固結しているなど、岩盤には原子炉施設の基礎として問題となるような規模の断層又は破砕帯はみられなかつたこと、また、右岩盤は、試掘坑内の岩盤で実施したジャッキによる載荷試験の結果によると、一平方メートルと当り七〇〇トン以上の極限支持力を有し、原子炉施設の自重は常時で一平方メートル当り約六〇トンで、これに地震時の荷重を組み合わせても一平方メートル当り約一〇〇トンと推定されるので、支持力として十分な余裕を有していること、なお、前記調査等によれば、前記双葉断層は、新第三紀(およそ二六〇〇万年前から二〇〇万年前まで)鮮新世の相馬層群の堆積前から堆積後にかけて生成されたものであり、右相馬層群上には、段丘層が堆積しているが、これは、航空写真による調査及び現地踏査の結果によると、殆ど水平に成層しており、断層運動の影響を受けておらず、また、断層に沿つた地表面では低断層崖等新規の活動を示唆する地形はもとより、地すべり、崩落の現象も見られず、したがつて、右双葉断層は、段丘層堆積以後、活動的でないと認められたこと、

(2) 本件安全審査においては、右(1)等を確認した結果、本件原子炉敷地の地盤は、本件原子炉施設に損傷を与えるような大規模な地すべりや山津波が発生する虞れはなく、また、原子炉施設を支持するうえで必要な地耐力を有するとともに、地震による地盤破壊や荷重による不等沈下を起こす虞れはないものと判断され、その結果、本件敷地は本件原子炉敷地として安全確保上問題がないと判断されたこと、

以上の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

(二) 右(一)によれば、右(一)(2)の判断には合理性があると認められる。

2地震について

(一) <証拠>によれば、本件安全審査においては、地震及びこれに伴う事象が本件原子炉施設における大きな事故の誘因とならないものと判断されたことが認められる。

(二) <証拠>によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき地震

イ 日本古来(西暦五九九年頃から)の地震被害に関する資料をもとにして各地震の規模、震央、被害状況等をまとめた理料年表(地震編、東京天文台編、昭和四七年度)及びこれをもとに各地震の規模、震源位置を地図上に記入して整理した「日本古来の大地震の震央分布図」によれば、福島県周辺の地震は、その震源を磐城、三陸沖の外洋にもつものと、猪苗代湖周辺の内陸にもつものとの二つのグループに大別できること、また、日本古来の地震を震害等から判断して作成された強震以上、烈震以上及び激震以上と想定される地震の度数分布とその再来年数の等価線(但し、激震を除く。)を示した図面によれば、福島県周辺においては、強震以上のものは約一五〇年に一度、烈震以上のものは約四〇〇年とに一度の割合でしか起こつてなく、激震以上のものは一度も起こつてなく、福島県周辺は、会津付近を除いては、殆ど顕著な地震被害が生じておらず、全国的にみても地震活動性の低い地域の一つとみられること、福島県及びその周辺に発生した地震のうち、被害記録の残つているものを前記理料年表より抽出すると、①震源を磐城、三陸沖の外洋にもつものとしては、仙台の地震(一六四六年、マグニチュード7.1、震央距離七二キロメートル)、磐城沖地震(一九三八年マグニチュード7.1、震央距離七六キロメートル)、福島県東方沖地震(一九三八年マグニチュード7.7、震央距離六四キロメートル)等があり、②震源を猪苗代湖周辺にもつものとしては、会津の地震(一六一一年マグニチュード6.9、震央距離一一九キロメートル)、岩代国桑折の地震(一七三一年、マグニチュード6.6、震央距離七五キロメートル)等があること、

ロ 本件安全審査においては、右イでみた各地震のマグニチュードと震央距離との関係等に照らして、本件原子炉敷地周辺に最も大きな地震動を与えたものは右イ①の地震であると推定され、したがつて、本件原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき地震のうち、本件原子炉敷地に及ぼす影響が最も大きいものは右イ①の福島県東方沖地震であると確認されたこと、

(2) 設計用地震動(耐震設計に際し、動的解析を行う場合に入力として設定される地震動)

イ 地震が原子炉施設に及ぼす影響は、当該地震が原子炉の敷地基盤にどのような地震動を与えるかによつて異るが、右地震動は、物理的には、最大加速度や周期特性等によつて示されること、本件原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき右福島県東方沖地震による敷地基盤における地震動の推定最大加速度は一五〇ガルであるところ、本件原子炉施設を設計するに当たつての敷地基盤における設計用地震動の最大加速度は、右の一五〇ガルを上回る一八〇ガルとされていること、また、本件原子炉施設は、原則として剛構造としたうえ直接岩盤上に設置されることとされているため、右施設の固有周期は0.5秒以下の短周期振動系となるところ、敷地基盤における設計用地震動の波形としては、広く一般的に重要施設の耐震設計に用いられている過去の代表的な強震記録波形(エル・セントロ一九四〇年NS成分、タフト一九五二年EW成分)及び現地において観測された地震(一九七一年九月八日、マグニチュード4.3、震央距離四八キロメートル)の記録波形(右三つの波形はいずれも周期が0.5秒ないし0.1秒であつて、構造物に大きな応答を与えるものである。)を用いることとされていること、

ロ 本件安全審査においては、右イ等を確認し、本件原子炉施設の耐震設計上考慮すべき設計用地震動に当つては、前記福島県東方沖地震による地震動の推定最大加速度に対して余裕のある最大加速度を採用するとともに、周期特性については、本件原子炉施設を構成する構築物や機器等のそれぞれについて余裕のある大きな加速度応答が生じるように厳しい条件を設定されることとなること等が確認された結果、本件原子炉の敷地基盤における設計用地震動は余裕をもつて設定されているものと判断されたこと、

(3) 耐震設計

イ 本件原子炉施設は、原則として剛構造としたうえ、重要な建物、構築物は直接又はコンクリートを介して岩盤に設置されること、また、本件原子炉施設は、地震に対する安全性を考慮した重要度に応じてA、B、Cの三クラスに分類され、それぞれの重要度に応じた耐震設計が行われることとされ、主要な設備(Aクラス)、すなわち、その機能喪失が原子炉事故を惹き起こす虞れのあるもの及び原子炉事故の際に放射線障害から周辺公衆を守るために必要なもののうち、建物、構築物については、基礎岩盤における最大加速度が一八〇ガルである地震波により動的解析を行い、これから求められる水平地震力並びに建基法施行令八八条に定める水平震度の三倍から定まる水平地震力を下回らない値、垂直震度は基礎底面の水平震度の二分の一を下回らない値とし、それぞれ水平震度と同時に不利な方向に作用するものとされること、Aクラスの機器、配管系については、運転時の応力と地震力による応力を加え合わせて耐震設計が行われるが、この場合の水平地震力は前記の地震波(一八〇ガル)に対する動的解析によつて求められる値で、かつ、据付け位置における支持構造物の水平震度の1.2倍から定まる地震力を下回らない値が用いられること、垂直震度は、建家、構造物に対する値をとり、水平及び垂直方向の地震力は、同時に不利な方向に作用するものとしていること、また、これらの地震力によつて生ずる変位変形があつても、機能保持に支障をもたらさないように設計されること、更に、Aクラスのうち、原子炉格納容器、制御棒駆動機構等のように安全対策上特に緊要な施設は、基礎岩盤における最大加速度が二七〇ガル(一八〇ガルの1.5倍)の地震波に対しても全体としての機能が保持されることとされていること、

ロ 本件安全審査においては、右イが確認された結果、本件原子炉施設の耐震設計は余裕のあるものと判断されたこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三) 右(二)(1)ないし(3)の各イによれば、右各ロの判断にはいずれも合理性が認められ、したがつて、右(一)の判断にも合理性があると認められる。

3その他(気象、海象等)

(一) <証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、気象、海象等に係る安全性が確保されていると判断されたことが認められる。

(二) <証拠>によれば、気象については、本件原子炉敷地より南方約四〇キロメートルの地点にあり、距離、地形条件等から本件敷地と類似の条件をもつと考えられる小名浜測候所の一九四〇年(昭和一五年)から一九七〇年(昭和四五年)までの間で観測された気象極値を参考として設計されること、海象については、小名浜港における潮位記録により既往最高潮位とされているチリ地震津波の3.1メートル(小名浜工事基準面プラス3.1メートル)をはるかに上回る潮位一二メートルと設計されること及び福島第一原子力発電所観測結果による最大波高は一九六五年(昭和四〇年)の台風二八号の際の約八メートルであるが、本件原子炉敷地前面に防波堤が構築されるので高波浪の影響は防止されることとなつていること、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三) 右(二)によれば、右(一)の判断には合理性が認められる。

41ないし3によれば、本件安全審査において、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計方針において、自然的立地条件に係る安全性を確保し得るもの、すなわち、自然的立地条件との関連において、原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設置されるものであるとされた判断(これは、<証拠>により認められる。)には、合理性があると認められる。

三本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性

1原子炉施設の事故防止対策に係る安全性についての審査

(一) <証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性の審査は、後記(二)の考え方に基づいてなされたことが認められるところ、右の考え方には合理性があると認められる。

(二) 原子力発電における安全性の確保の問題は、放射性物質の有する潜在的危険性をいかに顕在化させないか、という点に尽きると考えられるところ、原子炉の運転に伴い原子炉施設内に蓄積される放射性物質は、これを右の安全性の確保という観点からみると、①燃料の分裂反応によつて生じる核分裂生成物等の燃料被覆管の内部に存在するものと、②右核分裂生成物のうち、燃料被覆管から冷却水中に浸出してきたもの及び冷水が接する機器や配管の内面等の腐食によつて生じる腐食生成物等が中性子により放射化されることによつて生じる放射化生成物等の冷却水中に存在するものとに分けて考えることができるから、原子炉施設においては、右のようにして発生する放射性物質を、前者は燃料被覆管内に、後者は、平常運転時には圧力バウンダリを含む原子炉冷却系統設備内に、異常事態発生時には圧力バウンダリ内に、それぞれ閉じ込めることによつて環境への放出を防止し、その安全性を確保することとすべきものと解され、それゆえ、原子炉施設においては、平常運転時はもちろんのこと、異常事態発生時においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が維持されることが重要となる。

したがつて、原子炉施設の安全性の確保のためには、第一に、放射性物質の環境への放出をもたらす事態につながるような燃料被覆管や圧力バウンダリ等における異常状態の発生を未然に防止すること、第二に、仮に右のような異常状態が発生した場合においても、その異常状態が拡大したり、更には放射性物質を環境に放出する虞れのある事態にまで発展することを防止すること、第三に、更に、仮に右のような事態が発生した場合においても、なお、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止すること、がそれぞれ必要であり、いわゆる多重防護の考え方に基づいた各種の事故防止対策が右安全の確保のためには講じられることが必要である。

そこで、原子炉設置許可に際しての安全審査において、申請に係る原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、右の事故防止対策に係る安全性を確保し得るものであるかどうか、を判断するに当つては、当該原子炉施設について、第一に、所要の異常状態発生防止対策が講じられるものかどうか、第二に、所要の異常状態拡大防止対策が講じられるものかどうか、第三に、所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられるかどうか、等をみることが必要となる。

(三) 原告らは、TMI事故は、いわゆる多重防護が不完全であることを明らかにしたと主張し、多重防護の考え方が安全確保上不適当であるかのように主張し、証人中島篤之助は、右の考え方は、前段否定の思想につながり、完成された技術ではあり得ない考え方である旨、同舘野淳は、多重防護とは違つたもう一つの安全性確保の考え方、すなわち、航空機産業でとられているような、一つ一つの部品等の基礎的な研究についてもつと深い研究をすることが重要である旨それぞれ証言し、また、<証拠>によれば、ソ連を始めとする東欧諸国においては、多重防護という第三レベルの工学的安全系は、これを設置することにより必然的に原子炉プラントの複雑さを増し、プラント全体の信頼性を低下させる可能性があるということを理由として、その設置に反対していることが認められる。

しかし、証人舘野は、多重防護の考え方に全面的に反対している訳ではなく、同時に、右の考え方が万能であるかのようにいわれることがおかしいと述べておきたい旨証言しており、右の考え方自体を否定したり或いは否定されるべきであるとしているのではなく、また、<証拠>によれば、原子炉等の大きなシステムに安全の設計を取り入れる方法としては、一つには、システムを十分冗長かつ多様にして、いくつかの相互の独立な故障が生じない限り大きな事故が生じないようにする方法(この方法は、多重防護の考え方に通じる。)があり、他の一つは、航空機産業で採用されている方法で、欠陥のない航空機づくりを目指し、一つ一つの部品自体の安全性を深く追及し、その完全性を求めようとする考え方であることが認められ、更に、<証拠>によれば、前記東欧諸国の考え方も安全確保のための一つの考え方であり、現在西欧圏を始めとする各国の原子炉に関する安全確保の考え方は、右東欧諸国の考え方を十分念頭におきながらも三つのレベルをもつた多重防護の考え方を原則としていることが認められるのであつて、前記証人中島篤之助の証言をもつて多重防護の考え方自体が不合理、不適切なものとは到底認められず、他に右の考え方が不合理であると認めるに足りる証拠はなく、かえつて、以上によれば、多重防護の考え方は原子炉のような大きなシステムについての安全性確保のための一つの有力な合理的な考え方であることは明らかである。もつとも、右の考え方自体が万能でないことは証人舘野淳も指摘するとおりであり、安易な多重防護の考え方は危険性すらはらむものではあるが、それは各レベルにおける技術のより安全な研究を怠らないこと等によつて克服し得るものであつて、結局、右多重防護の考え方自体を不合理、不適切なものとして排斥すべき理由を見い出すことはできないから、原告らの前記主張は失当である。

2本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性

(一) 異常状態発生防止対策

(1)イ <証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設について、所要の異常状態発生防止対策が講じられるものかどうか、つまり、放射性物質の環境への放出をもたらす事態につながるような燃料被覆管や圧力バウンダリ等における異常状態の発生を未然に防止できるものかどうか、を判断するに当つては、後記ロの考え方に基づいてなされたことが認められるところ、前記多重防護の考え方等に照らすと右の考え方には合理性があると認められる。

ロ 右の異常状態発生防止対策が講じられるものかどうかを判断するに当つては、①燃料の核分裂反応を確実かつ安全的に制御することができるものかどうか、②核分裂生成物等を閉じ込めるべき燃料被覆管は、熱的、機械的、化学的影響によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものかどうか、③放射性物質を閉じ込めるべき圧力バウンダリは、機械的、化学的影響によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものかどうか、④燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備は、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を損なうような異常状態の発生を防止し得る信頼性が確保されるものかどうか、等をみる必要がある。

(2) <証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、放射性物質を環境へ放出する事態につながるような燃料被覆管や圧力バウンダリ等における異常状態の発生を未然に防止するため、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の異常状態発生防止対策が講じられるものと判断されたことが認められる。

(3) 燃料の核分裂反応の確実かつ安全的な制御

イ <証拠>によれば、

① 本件原子炉施設において使用される燃料の濃縮度(燃料中の全ウラン量に対するウラン二三五の占める重量の割合)は、炉心平均で約2.2パーセントと低濃縮度のものであり、また、本件原子炉は、軽水型原子炉であつて、核分裂反応の割合が増大して燃料及び冷却水の温度が上昇すれば、それに伴つて核分裂反応が抑制されるという性質、すなわち、核分裂反応に対して固有の自己制御性を有するものとされていること、

② 本件原子炉施設には、燃料の核分裂反応を安定的に制御するための原子炉出力制御施設が設けられること、

③ 本件安全審査においては、右①、②等が確認された結果、本件原子炉施設は、燃料の核分裂反応を確実にかつ安定的に制御することができるものと判断されたこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イによれば、イ③の判断には合理性があると認められる。

(4) 燃料被覆管の健全性の維持

イ <証拠>によれば、

① 燃料の核分裂反応によつて発生する熱に比べて冷却材によつて除熱される熱が少ない場合、燃料被覆管は温度が上昇して焼損することが起こるが、これの防止対策として、本件原子炉では、燃料棒の中で発生する熱の量と冷却材の除熱の量とのバランスがとれるような設計、すなわち、本件原子炉における定格出力運転時における最小限界熱流束比(熱流束は、燃料被覆管から冷却水に伝達される単位時間、単位面積当りの熱量を指し、限界熱流束とは、直ちに燃料破損と結びつくものではないが、保守的にみて燃料被覆管が焼損する虞れがあるとみなされる熱流束をいい、これを、当該原子炉において想定される熱流束で除した値の全燃料集合体のうちの最小のものを最小限界熱流束比という。)が1.9以上に維持し得るよう(最小限界熱流束比を1.0としたときの出力は一二四パーセント、つまり、過出力に対する余裕二四パーセントとするよう)設計されること等本件原子炉の運転時に予想される燃料被覆管表面の熱流束は燃料被覆管を焼損させる虞れのある熱流束の限界値を十分に下回ることとされていること、

② 本件原子炉のような軽水型原子炉の燃料棒は本質的に自立型で、全出力のときにのみ被覆管に接触するように設計され、したがつて、燃料被覆管の強度の設計は、燃料ペレットが被覆管に接触して接触力を及ぼすことがないという条件で行われているところ、燃料ペレットは、照射量が高くなるとともに線出力密度(燃料棒の単位長さ当りの熱出力)が増大し、ペレット内部が溶融して外部に膨張し、また、ガス状核分裂生成物等の発生によりペレットの体積の増加(スウェリング)が起こり、更には、割れ等のためにペレットが外側へ押し出されることなどが生じ、このためペレットは被覆管に対して接触力を及ぼすことがあり、このようにして被覆管がペレットによつて受ける強制的歪みが被覆管の機械的強度(全伸び率)を超えると被覆管の破損が生じることとなるところ、本件原子炉においては、右歪みの限界を、ペレット被覆管のギャップと照射された試料についての試験結果から安全と判断された一パーセントとし、これと右ギャップの大きさとから被覆管が損傷を起こす虞れを生じる線出力密度とされる約0.92キロワット毎センチメートルを十分に下回る約0.61キロワット毎センチメートル以下に抑えられることになつていること、

③ 燃料ペレットから浸出した主としてガス状の核分裂生成物等による内圧や冷却水による外圧等により燃料被覆管が機械的に損傷することに対する防止対策として、本件原子炉においては、使用される燃料被覆管が十分な強度をもつて設計されることとされていること、すなわち、ペレットから放出される核分裂生成物等によって燃料被覆管に過大な圧力がかかるのを防止するため、燃料棒上部にプレナム(空間)が設けられるところ、右プレナムの体積は、設計寿命中の核分裂生成物等の蓄積により過大な圧力上昇をもたらさないよう十分大きくとられており、また、燃料被覆管には、高温下、照射下で強度を保ち、かつ、物理的に安定な性質をもつジルカロイ―二が使用され、更に、外圧、内圧及び曲げによる応力等の解析に用いられるジルカロイ―二の機械的性質は、照射された沸騰水型原子炉用燃料被覆材についての引張試験の結果得られたものを使用するほか、疲労解析は、燃料寿命中に予想される温度、圧力及び出力サイクルに基づいてなされること、

④ 燃料被覆管の冷却水中の不純物等による化学的腐食の損害防止については、本件原子炉においては、使用される燃料被覆管は高温水での耐食性に優れた金属であるジルカロイ―二が使用されることになつていること、

⑤ 本件安全審査においては、右①ないし④等が確認された結果、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管は、熱的、機械的、化学的影響によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものと判断されたこと、

が認められる。

ロ 右イによれば、イ⑤の判断は、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管について、熱的、機械的及び化学的影響による損傷防止対策が講じられることとされていることを確認した結果なされたものであるから、右の判断には合理性があると認められる。

ハ 原告らの主張に対する判断

① 原告らは、本件原子炉においては、燃料ペレットに焼きしまり現象が生じることが予想され、その結果、燃料被覆管が扁平化し或いは燃料ペレットと被覆管の間の熱伝導率が低下する旨主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、一九七〇年(昭和四五年)の初め、PWRの一部で燃料棒の部分がつぶれているのが発見されたが、これは、燃料ペレットの焼きしまりによるものとわかり、この焼きしまり現象に対しては、その後実験データも蓄積されて実態もかなり判明し、焼きしまりモデルの開発も進展を見せたうえ、燃料ペレットの焼結温度を高めるなど焼きしまり防止のための製造上の配慮もなされるに至つていることが認められるのであつて、右の認定事実と弁論の全趣旨によれば、本件原子炉においても、燃料ペレットは右の配慮のもとに設計されることとされたことが推認されるから、右の主張は失当である。

② 原告らは、本件原子炉においては、燃料ペレットの膨張現象(スウェリング)が生じることが予想され、それが、応力腐食割れの原因となり、また、ペレットの割れや変形が生じる旨主張するが、前記のとおり((4)イ②)、本件原子炉においては、被覆管は、ペレットのスウェリング及び割れ等によつて強制的歪みを受けても損傷を起こすことのないよう設計されているのであるから、原告らの右主張は失当である。

③ 原告らは、冷却水が複雑な構造の炉心部を高速で通過することによつて生じる流体振動により、燃料棒は、応力腐食割れや破損を起こす旨主張し、<証拠>中には右主張にそう部分がある。

しかしながら、前記のとおり((4)イ③)、本件原子炉においては、使用される燃料被覆管は十分な強度をもつて設計されることとされており、また、応力腐食割れについても後記のとおりの対策がとられているのであるから、右の事実に照らすと、右主張にそう証拠はたやすく採用できず、右主張も失当である。

④ 原告らは、局所水素化(サン・バースト)によつて燃料被覆管は膨張し、或いは破損する旨主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、被覆管の水素化物形成は、一九七〇年(昭和四五年)代初期に多くのBWRで経験され、現在までのBWR燃料損傷の大半はこれによるものであるが、これは、燃料棒の製造工程中に燃料棒内に混入した湿分が、原子炉運転中、高温照射下の条件で内部から被覆管内部でジルカロイ―二と反応して水素化ジルコニウムという脆い化合物を生成し(サン・バースト)、被覆材の内面から外面へと局所的に進転しながらピンホール等の損傷に至るものであるところ、一九七〇年(昭和四五年)より、その防止対策としては、燃料の製造工程において、厳重な湿分除去措置、すなわち、燃料被覆管に詰め込む前のペレットを十分乾燥させ、ついで、ペレットを装填した燃料棒を真空中で高温に加熱して乾燥させたのち、両端に端栓を溶接して密封するという措置及び仮に製造工程において湿分が残留したとしても、それを効果的に吸着除去する目的で燃料棒内に水素ゲッタを封入する等の措置が講ぜられたため、その後水素化物生成による漏洩は検出されていないことが認められ、右の認定事実及び弁論の全趣旨によれば、本件原子炉施設においても、右水素化物生成の防止対策が講じられているものと推定されるのであるから、右の主張は失当である。

⑤ 原告らは、燃料棒が曲がることにより局所的に冷却効率が低下し、温度が上昇して燃料棒破損の原因になる旨主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、BWR燃料における過去の燃料損傷経験とその対策をみるに、BWRの初期の段階(おおよそ一九七〇年((昭和四五年))以前)においては、設計、製作上の配慮が十分でなかつたことに起因する燃料損傷が幾例か経験されており、その主なものは、燃料棒の曲がり、端栓の欠陥、フレッテング、被覆管製造欠陥、腐食生成物の蓄積であるが、いずれも早期に解決され、それ以降は問題となつていないこと、右のうち、燃料棒の曲がりについては、BWRにおいては、ドレスデン一号炉の初期の燃料棒の一部に僅かに発見されただけであり、これは、当時は長尺燃料棒の製作が困難であつたため短尺燃料棒が使用され、その組立てに使用した板バネ式スペーサーでは熱膨張と照射による燃料被覆管の相対伸びを十分許容できなかつたことと、燃料被覆管の製造中に残留応力除去をしていなかつたことが原因であると判明し、それ以降は、長尺燃料棒とそれに適したスペーサーが採用され、燃料被覆管は応力除去焼鈍されていること、また、燃料棒の軸方向の伸びが拘束されないような構造とされ、更に、燃料棒自体、材料力学上曲がりにくいものであるから、曲がりを起こす可能性は小さく、現に発見もされていないこと、なお、PWRにおいては、ノズル干渉型の曲がりは、燃料棒とノズルの間隙を十分とることにより解決され、非ノズル干渉型の曲がりについても、その原因は、燃料棒の初期的曲がり、支持格子による燃料棒の拘束、燃料被覆管の偏肉或いはペレットの干渉等が重なりあつて、徐々に燃料棒に曲がりが生じたものであると解明されており、支持格子の拘束力を弱めるとか、支持格子の数を増加させて燃料棒が曲がりにくいような構造にするとかすることによつてその発生を防止できるうえ、右の曲がりが被覆管の健全性にいかなる影響を与えるかの確認試験の結果が明らかになるまでは我が国では念のため運転中に接触する可能性のある燃料は再使用しないという慎重な措置がとられていること、が認められるのであるから、右の主張は失当である。

⑥ 原告らは、ペレットと被覆管との相互作用(PCI)に関しては、未だにその原因を本質的に除去することはできない状況にある旨主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、燃料ペレットが原子炉運転中に熱膨張すると、元の直円柱形が鼓状に熱変形し、その変形が著しい場合には、変形した燃料ペレットの端部が燃料被覆管を内部から押し上げる結果、ペレットと被覆管とが強い機械的な相互作用(PCI)を起こし、燃料被覆管の局部に応力が生じ、右応力の生じた被覆管の局部が過度の塑性歪を受け、延性が不十分な箇所では右の応力に加えて燃料ペレットから放出されたよう素等による腐食環境が重なり、応力腐食的な作用によつて燃料被覆管にひび割れやピンホールが生じることがあり、そのため右同所より放射性物質が漏洩することがあること、右のPCIは、一九七一年(昭和四六年)、ドレスデン一号炉(BWR)で確認されたが、同炉は燃料集合体が六×六の配列であつたこと、右PCIの現象に対する設計面の対策としては、PCIの発生を生じないようにするのではなく、生じたとしても燃料被覆管に発生する応力が許容値以下になるか、又はペレットによる強制変形が許容値以下になるように設計するのが第一とされるが、同時に、右相互作用を軽減するために、燃料ペレットの長さを短かくし、かつ、端部の面取り(チャンファー)を行つてペレット端部の変形を最少にし、燃料被覆管をより高温で焼鈍することにより、伸び率を増加させ、被覆管の健全性を向上させ(本件原子炉においても、右の方策が講じられる設計とされている。)、これによる強度の低下に対しては被覆管の厚さを厚くして補うとともに、一九七三年(昭和四八年)よりは、七×七型燃料を取り入れ(本件原子炉も本件許可処分当時は七×七型燃料であり、通常運転時0.61kW/cm以下の線出力密度で使用され、被覆管の塑性歪を一パーセントとして設計されているので、これに相当する初期の線出力密度は0.92kW/cmとなり、通常運転の状態においては、かなりの余裕を有している。)、更に、燃料の健全性を向上させ、安全設計の余裕を増すため、一九七四年(昭和四九年)より、八×八型燃料が使用されているが、これは、外周寸法を従来のままに維持し、燃料棒を細くして八行八列の正方格子に配列したもので、伝熱面積が増大し、これに伴い、最高線出力密度は従来の0.61kW/cmから0.44kW/cmへと大幅に下がることになること(現に、本件原子炉も、本件許可処分後である昭和五二年九月一二日設置変更許可により、右の八×八型に改良されている。)、また、PCIの現象に対する運転管理面での対策としては、原子炉の運転に際し、一九七三年(昭和四八年)頃より出力の上昇速度を抑えるいわゆるならし運転の方法が取り入れられており(もつとも、この方法では、負荷追従運転が困難になり、経済上その対策が考慮されるべきであるとの指摘もなされてはいる。)、これらの諸対策によつて、PCIによる応力腐食割れの事象はこれを防止することができるものとされていること、が認められるのであり、右の認定事実によれば、PCIの原因を本質的に除去し得ているか否かはともかくとして、本件原子炉においては、PCI及びPCIを原因とする応力腐食割れ事象に対する対策が講じられることとされているのであるから、燃料被覆管の健全性に関する本件安全審査の前記判断の合理性が失われるものではないことは明らかである。

(5) 圧力バウンダリの健全性の維持

イ <証拠>によれば、

① 原子炉圧力容器内の圧力等が過大となつて圧力バウンダリが機械的に損傷することを防止するため、本件原子炉施設においては、原子炉圧力容器内の圧力を、圧力制御装置によつて自動的にほぼ一定に保てるような措置がとられるほか、圧力バウンダリは、原子炉圧力容器内の圧力に対しては、運転上の異常な過渡変化を含む通常運転時にその設計条件を超えることがないよう適切な余裕をもつて設計される(例えば、圧力容器についてみれば、約八八キログラム毎平方センチメートルとするなど通商産業省の「発電用原子力設備に関する構造等の技術基準を定める告示」に従つて設計される。)ほか、予想される過渡現象に起因する圧力変化による原子炉冷却材圧力バウンダリの破損防止策がとられていること、

② 原子炉圧力容器は、核分裂反応により中性子照射を受け続けることによつて脆性遷移温度が高くなるが、そのような状態で低温加圧を受けると脆性破壊を起こす虞れがあるところ、右圧力容器を含む圧力バウンダリの脆性破壊防止策として、本件原子炉施設においては、圧力容器の母材には、靱性の高い原子力発電用マンガンモリブデンニッケル鋼板二種相当品及び原子力発電用鍛鋼品二種相当品を使用し、その内張には延性の高いステンレス鋼を使用することとされていること、右材料としてフェライト系鋼材が使用される機器等は、最低使用温度を脆性遷移温度より摂氏三三度以上高くすることとして余裕をもたせていること、特に中性子照射が問題となる原子炉圧力容器母材については、中性子照射による脆性遷移温度の変化を監視するために試験片を炉内に挿入することとされていること、

③ 圧力バウンダリの化学的腐食による損傷防止について、本件原子炉施設においては、原子炉圧力容器内壁等に腐食に強いステンレス鋼を使用することとされていること、腐食の原因となる冷却水中に含まれる塩素の濃度、PH等を管理する等冷却水についての適切な水質管理を行い得るように設計されること、

④ 本件原子炉施設の圧力バウンダリを構成する機器及び配管は、製作時及び運転開始前の検査並びに供用期間中の検査によつてその安全性の維持についての確認が行われることとされていること、

⑤ 本件安全審査においては、右①ないし④等が確認された結果、本件原子炉施設の圧力バウンダリは、機械的、化学的影響によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものと判断されたこと、が認められる。

ロ 右イによれば、イ⑤の判断は、本件原子炉施設において使用される圧力バウンダリについて、これを損傷させるに至るような機械的、化学的影響による事象に対して余裕をもたせた設計がなされることとされていることを確認した結果なされたものであるから、右の判断には合理性があると認められる。

ハ 原告らの主張に対する判断

① 原告らは、圧力容器の照射脆化の問題は、最近重視されるようになつてきたものであり、したがつて、本件原子炉施設の安全審査段階では十分検討がなされていなかつたものとみなければならず、現に、最近のものである昭和五六年八月になされた島根二号炉(BWR)における設置許可についての安全審査においては、推定照射量は、炉心中央部の圧力容器内壁(いわゆるベルトライン部分)で8.5×1017nvtであつて、本件原子炉に係るそれ(3.6×1017nvt)の約二倍であり、最近の推定では右照射量は増えており、また、右島根二号炉では、遷移温度は、遷移関連温度(RTNDT)として、初期が摂氏零下二〇度、末期が摂氏八度であり(本件原子炉におけるNDTは、初期が摂氏四度、末期が摂氏三二度)、しかも、RTNDTはNDTより大きくはなつても小さくはならないのであるから、本件原子炉の原子炉圧力容器にはより新しい島根二号炉のそれより脆性破壊に対して劣つた材料が用いられており、この点からも本件原子炉における照射脆化の審査が不十分であつたことが窺われる旨主張し、証人舘野淳は右主張にそう証言をする。

しかしながら、<証拠>によれば、原子炉圧力容器鋼材の中性子照射に寄与するものは、一Mev以上のエネルギーをもつ高速中性子であり、核分裂反応により生じる中性子が圧力容器壁に届くまでの間に通過する減速材の層が厚い程中性子が減速されて高速中性子の量が減少するため、推定照射量は、炉心最外周と圧力容器内壁との距離の長短により異なること、本件原子炉と島根二号炉の各推定照射量は原告ら主張のとおりであるが、右両原子炉の各圧力容器を比較すると、圧力容器の胴内径が前者が約6.375メートルであるのに対し、後者は約5.6メートルしかなく、全重量も前者が約七五〇トンあるのに対し、後者は約五五〇トンしかないなど全体として後者が前者より小さいことに照らすと、炉心最外周と圧力容器内壁との距離も後者の方が前者より短かいことが推認されること、が認められ、右の認定事実によれば、右の距離の長短の差違により後者(島根二号炉)の推定照射量が前者(本件原子炉)のそれより多くなつていることが十分推定されるのであるから、右の推定照射量の差違のみから、右照射量が本件審査当時より現在の方が一般に増えているなどと速断することはできないものといわなければならず、この点に関する原告らの右主張及び右主張にそう右証言はいずれも採用できない。また、発電用原子力設備に関する構造等の技術基準(昭和四五年九月三日通商産業省告示第五〇一号及び昭和五五年一〇月三〇日同省告示第五〇一号)に照らすと、本件原子炉に係るNDTによる表示の意味するところと、島根二号炉に係る関連温度RTNDTとは概念自体全く異なるものであることが窺われ、右両者の差違を看過してなされた前記証人舘野淳の証言の採用できないことは明らかである。なお、この点に関する原告らの主張は甲二六五号証にもその根拠を置いているが、同号証にいうRTNDT、TNDT及びNDTの概念は我が国におけるそれと同一のものでないことが同号証自体より窺われるのであつて、したがつて、同号証に基づいてなされた前記主張もまたたやすく採用できないところである。以上により、前記原告らの主張はいずれも失当といわなければならない。

また、原告らは、原子炉圧力容器鋼材の中性子照射による脆化について、いまだ右鋼材における中性子照射量と不安定破壊を起こす限度温度(脆性遷移温度)との定量的解明は十分でない旨主張し、証人中島篤之助は右主張にそう趣旨の証言及びあるデータでは、中性子照射により不安定破壊が起こる温度の限界が摂氏一〇〇度くらいまで上昇することが知られている旨の証言をする。

しかしながら、<証拠>によれば、原子炉圧力容器胴体部の鋼材として使用される原子力発電用マンガンモリブデンニッケル鋼板二種相当品に関しては、国内外における種々の実験等により、右鋼材の脆性遷移温度の上昇が著しくなるのは高速中性子照射量が1×1018個毎平方センチメートルを超える場合であること、中性子照射による脆性遷移温度の上昇の傾向は、鋼材中に含まれる不純物である銅やりんの量より大きく異なることが認められるのであり、右の認定事実によれば、中性子照射に伴う脆性遷移温度の上昇の問題についてはほぼ解明されていると認めることができ、また、<証拠>によれば、アメリカのPWRの原子炉圧力容器に脆性遷移温度が摂氏一〇〇度程度上昇するものが存したことはあるが、これは、高速中性子照射量が1×1019個毎平方センチメートルに達し、かつ、鋼材中の銅やりんの含有量が高かつた初期のものについてであることが認められるから、右の事実をもつて右主張にそう事実を裏づける資料となし得ないことは明らかである。

なお、<証拠>によれば、本件原子炉圧力容器については、高速中性子照射量は、3.62×1017個毎平方センチメートル(四〇年間)と推定され、かつ、脆性遷移温度の上昇は摂氏二八度程度と見込まれていることが認められ、右の認定事実によれば、本件原子炉圧力容器鋼材は不純物制限が十分施されるものが使用されることとされていることが推認できる。以上により原告らの右主張及び右主張にそう証言はいずれも採用できない。

② 原告らは、一般に原子炉圧力容器ECC水の注入の際の熱衝撃により破壊する危険性があるかのように主張し、証人中島篤之助も右主張にそう証言をする。

しかしながら、<証拠>によれば、右証言にいう事象は一般に加圧熱衝撃(PTS)といわれる事象であるところ、右事象は、PWR、特に、原子炉圧力容器鋼材中の不純物である銅やりんの含有量が高かつたアメリカの初期のPWRについてのみその危険性が問題とされているものであり、BWRは、飽和状態で圧力容器内部に大量の冷却水を保有して運転しているため、急激な冷却は蒸気を凝縮させ、その結果、圧力が低下するので、高圧と低温とが同時に発生することがあり得ないこと及びBWRは、PWRに比べて、圧力容器内壁における照射量が少ないこと等の理由により、本件原子炉のようなBWRにおいては問題となる事象が起こり得ないことが認められるから、右の認定事実に照らすと、右原告らの主張にそう証言はたやすく採用できず、他に右主張を認めるに足りる証拠もなく、右主張は失当である。

③ 原告らは、圧力バウンダリの応力腐食割れ(SCC)に関し、次のように主張する。すなわち、本件安全審査においては、SCCについての審査がなされていない、本件原子炉施設の圧力バウンダリとして使用されている三〇四ステンレス鋼にSCCが多発しており、現在これを解決する技術的見通しがなく、また、SCCを検出する技術も確立されていない、よつて、本件安全審査は違法である。

ところで、被告は、SCCの問題は、そもそも原子炉施設の詳細設計や具体的な運転管理において対処すれば足りる事柄であつて、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項ではない旨主張する。SCCは、後記のとおり、いくつかの条件が重なつた場合に発生するものであるところ、その条件の一つである材料の鋭敏化には、いかなる性質(例えば、耐食性の高低等)を有する金属を使用するかが当然関連を有することであり、しかして、圧力バウンダリにいかなる性質を有する金属を使用するかということは、圧力バウンダリの健全性の維持と基本的な面で密接かつ重要な関連性を有する事項であつて、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項と解され(現に前記のとおり、圧力バウンダリの健全性の維持をはかるための基本設計ないし基本的設計方針の一つとして一定の性質を有する金属を使用することが挙げられている。)、したがつて、右の事項は本件安全審査における審査対象となり、右の事項と密接かつ重要な関連を有するSCCの事象の問題もまた右審査の対象となると解すべきである。しかして、本件安全審査において、SCCの事象に関し十分な審査、検討がなされなかつたことは乙九号証及び証人都甲泰正の証言により認められるが、以下に述べるとおり、SCCの事象は具体的な工事方法及び具体的な運転管理における対処によつても防止しうるものであつて、専ら原子炉施設の基本設計ないしは基本的設計方針に係る安全性に関する事項ではないうえ、本件原子炉施設においては、詳細設計以降の段階においてSCC対策として諸々の対策が講じられているのであるから、右の審査の不十分さをもつて本件安全審査の違法をいうことはできないものというべきである。

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

圧力バウンダリにおけるSCCは、主としてオーステナイト系ステンレス鋼のうち、SUS三〇四鋼を使用した溶接熱影響部に集中して発生した事実であり、一九六五年(昭和四〇年)アメリカのドレスデン一号炉の再循環系バイパスラインに始まり、世界各国の比較的初期のBWRで発見され、その後、一九七四年(昭和四九年)アメリカのドレスデン二号炉の再循環系、バイパス配管など比較的新しい型のBWR再循環系バイパス配管にも見られ、我が国でも福島第一原子力発電所一号炉や浜岡一号炉の再循環系、バイパス配管を始めとして同様の事象が見られたこと、

SCCは、金属材料の耐食性劣化(鋭敏化)、高引張応力、腐食環境の三因子があるレベル以上で重畳した場合に発生するものであること、すなわち、(ⅰ)右三因子のうち最も重要な因子は金属材料の耐食性劣化であり、それは、材料の結晶粒内に固溶されている炭素が、溶接熱等により摂氏五五〇度ないし七五〇度に加熱された場合、結晶粒界にクロム炭化物(Cr23C6)として析出し、耐食性に重要な役割を有する結晶粒内クロムが減少し、結晶粒界に沿つて腐食され易い状態となるものであり、(ⅱ)第二の因子は、原子炉の運転により発生する運転荷重による応力、起動停止及び運転中の過渡変化に伴う応力変動等に加え、溶接による残留応力が引張応力として加わつた結果、ステンレス鋼に生じる過渡の引張応力であり、(ⅲ)第三因子は、冷却水中の溶存酸素が高い場合、金属材料の耐食性が低下して生じる腐食環境の状態であり、以上三つの要因の重畳によりSCCは発生するものであること、

したがつて、SCC対策としては、右の三つの因子のうち、少なくとも一つの因子を十分に除くか或いは右の三つの要因をそれぞれに一定程度抑制することであること、すなわち、(ⅰ)ステンレス鋼の耐食性が低下することを防止するために、材料面からの対策として、従来使用されていた前記SUS三〇四ステンレス鋼(炭素の含有量約0.08パーセント)に代え、SUS三〇四Lや三一六L等の低炭素鋼(炭素の含有量約0.03パーセント)等を使用すること、溶接工法上の対策として、溶接時に代熱量の制限や溶接鋼管の酸洗いの制限等の施工法に関する厳重な管理を行うこと、溶接加工等で鋭敏化した組織を改善するため、再度固溶体化熱処理を行うこと(但し、この方法は、現場溶接部に適用するのは困難で、主として工場での溶接に適用性がある。)溶接で熱影響を受ける管内表面に、あらかじめ耐食性のある溶接金属を肉盛溶接しておくこと(これは、現場における配管の突合せ溶接として提案されている。)等の諸対策を、(ⅱ)ステンレス鋼に過度の引張応力が発生することを防止するために、配管中の引張成分の応力水準を極力低減させること、例えば、積極的に圧縮応力を残留させるなどして、また、適正な配管合わせ、溶接継手形状の改良、溶接工法の適正な管理をして右の低減をはかること(ただし、配管の応力を許容し得る程度の低い水準にまで確実に低減し得るような方法についてはなお検討の余地がある。)、溶接により管溶接部の内表面に生じた高い軸方向引張応力を圧縮応力状態となるようにするため高周波加熱応力改善法(IHSI、配管内面を冷却しながら外面を高周波誘導加熱法により加熱し、板厚方向に生じる熱応力により表面側高温層を圧縮塑性変形させるもの。)或いは管内面水冷溶接法(HSW、初層溶接の後管内表面を冷水でスプレイするか管内に満たした状態でその後の溶接を行うもの。)等の方法をとること(ただし、右の二方法については、現場溶接への適合性、既存配管への適用の可否、大口径配管の有効性等なお検討すべき項目がある。)、(ⅲ)ステンレス鋼の腐食環境条件を緩和するために、SCCの主要な環境因子となつている冷却水中の溶存酸素濃度の低減化をはかる方法として、例えば、原子炉起動前に十分な排気と脱酸素を行つて、停止中に大気開放によつて室温飽和値付近になつている原子炉水中の高溶存酸素濃度を低下させること(いわゆる脱気運転)、復水系及び復水貯蔵タンクを連続的に真空にして脱気をはかり補給水中の溶存酸素濃度を低下させること、原子炉配管系内の低流量域又は停滞水域の部分をできる限りなくすこと、再循環系バイパス管については、これを撤去し又はバイパス弁を運転中「開」にすること、停止中原子炉が大気に触れないよう原子炉格納容器内にN2ガス等を封入すること等の措置をとること、等の対策をそれぞれ講じることによつて、圧力バウンダリにおけるSCCの発生を防止し得ること、そして、現に、右の諸対策のうち、脱気運転は昭和五二年頃からBWRにおいて実行されているほか、耐食性対策や応力対策も昭和五三年頃から各BWRで実行されつつあること、

SCCの通常の発生状況は、管内面にまず発生し、その後管壁を外表面に向かつて進展し、その間容器、配管に小さな貫通孔が生じるという経過を辿るものであるが、ステンレス鋼は、延性の極めて高い金属材料であるところから、その割れが急速に進展することなく、不安定破壊に至る前に検出可能な漏洩を伴ううえ、供用期間中の超音波検査法等の検査によって漏洩(リーク)に至らない微小なひび割れすら検知し得るものであつて、このような検査等によつてSCCはその不安定破壊に至る前の措置が十分講じ得る余裕を有するものであること、

本件許可処分当時には確立されていなかつたSCC対策も、昭和五三年頃には前記のような対策が確立したので、昭和五二年五月の格納容器の開始をもつて機械側の工事が本格的に開始した本件原子炉についても、右の成果を取り入れてその撤底をはかつたこと、例えば、原子炉圧力容器については、ノズルのセイフエンド等のステンレス鋼を使用していた部分は、原子力用三一六L、三〇四Cの低炭素オーステナイト系ステンレス鋼を採用し、配管及び弁については、オーステナイト系ステンレス配管については全面的にSCC対策を施し、工場溶接後固溶体化熱処理(SHT)を行い、現地溶接部に関しては内面肉盛溶接法(CRC)を行い、また、小口径配管についてはSUS三一六Lを用いる等したこと、

以上のとおり認められ、<反証排斥略>、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

右の認定事実によれば、圧力バウンダリにおけるSCCは、既にその原因や機構が明らかになつており、具体的な鋼種の選択、具体的な溶接工法の採用、具体的な運転方法の実施の各段階における所要の対策が講じられている事象であり、また、SCCを検出する技術も確立されていると認められるから、原告らの前記の主張は失当である。

したがつて、原告らの前記の主張も失当である。ちなみに、本件原子炉においても、右にみたとおり、詳細設計以降の段階において諸々のSCC対策が講じられていると認められる。

(6) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設置の信頼性の確保

イ <証拠>によれば、

① 燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備としては、燃料棒を支持し、位置決めをするとともに燃料棒への冷却水の流路を形成する炉心シュラウド等からなる炉内構造物、燃料の核分裂反応によつて発生する熱を除去するための原子炉冷却系統設備、原子炉の出力を制御する原子炉出力制御設備があるが、右の各設備は、いずれも燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼさないようにするため十分な性能や強度等に余裕を有するように設計されること、

② 本件原子炉施設においては、運転員の誤操作を防止するため、原子炉冷却系統設備、原子炉出力制御設備等については、右各設備の状態を正確に把握することができるよう圧力、温度、流量等を測定する計測装置が設けられること、右原子炉出力制御設備については、運転員が制御棒を誤つて引き抜こうとしても原子炉内の中性子の数がある定められた値以上であつた場合には引き抜けなくするなどのインターロックがかかる装置が設けられること、すなわち、出力運転中に誤操作によつて、万一、制御棒一本が連続引抜きされる場合には、高出力運転時においては制御棒引抜き阻止装置がその制御棒近傍の局部中性子束の異常を検知し、熱量が損傷限界に達する前に引抜きを阻止し、また、零出力時及び低出力時においては、制御棒価値ミンマイザが引き抜かれる制御棒の反応度価値を一定以下になるように制御棒手順が定められ、右手順以外の制御棒の引抜きは阻止されることになつていること、

③ 本件原子炉施設においては、原子炉の運転状態が正常な状態からずれた場合においても、その運転を安全に継続するため、これを自動的に修正する自動制御装置が設けられること、例えば、出力運転中タービン蒸気加減弁の開度を自動制御し原子炉圧力容器内の圧力を一定に保つようにする圧力制御装置、蒸気流量、水位、給水流量の三要素制御方式によつて、あらかじめ定められたある水位を保つようにする水位制御装置が設けられること、      ④ 本件安全審査においては、右①ないし③等が確認された結果、本件原子炉施設における燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備は、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を損なうような異常状態の発生を防止し得る信頼性が確保されるものと判断されたこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イによれば、イ④の判断には合理性があると認められる。

(7) 結論

右(3)ないし(6)によれば、異常状態発生防止策が講じられているかどうかの判断に当つて必要とされた各検討事項についての判断にいずれも合理性が認められるのであるから、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において所要の異常状態発生防止対策が講じられるものとした本件安全審査における判断(前記(2))には、合理性があると認められる。

(二) 異常状態拡大防止対策

(1)イ <証拠>によれば、本件安全審査においては、所要の異常状態拡大防止対策が講じられるものかどうか、つまり、前記(一)の対策にもかかわらず、仮に異常状態が発生した場合においても、その異常状態が拡大したり、更には、放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態にまで発展することを防止できるものかどうか、が審査されたが、この点を判断するに当つては、後記ロの考え方に基づいてなされたことが認められるところ、右の考え方には合理性があると認められる。

ロ 右の異常状態拡大防止対策が講じられるものかどうかを判断するに当つては、①燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備に軽微な異常状態が発生した場合に所要の措置が採れるように、その異常状態を早期にかつ確実に検知し得るものかどうか、②燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備に発生した異常状態が大きなものである場合等その異常状態に対し迅速な措置を講じなければ燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が損なわれる虞れのある事態に備え、所要の安全保護設備が設置されるものかどうか、③右の安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものかどうか、④安全保護設備等の設計の総合的な妥当性に関する解析評価によつても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保できるものとなつているかどうか、等を見る必要がある。

(2) <証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、仮に放射性物質の環境への放出をもたらす事態につながるような異常状態が発生した場合においても、右の異常状態が拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態にまで発展することを防止するため、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の異常状態拡大防止対策が講じられるものと判断されたことが認められる。

(3) 異常状態の早期かつ確実な検知

イ <証拠>によれば、

① 燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備に軽微な異常状態が発生した場合に所要の措置が採れるようにするため、本件原子炉施設においては、燃料被覆管の損傷を探知するため冷却水中の放射能レベルを測定監視する計測装置、圧力バウンダリを構成する機器等からの冷却水の漏洩を検知する漏洩監視装置、原子炉圧力容器及び原子炉構造材料の中性子照射による機械的性質の変化を監視するための試験片等の圧力容器内壁取付け装置、原子炉の出力や原子炉冷却系設備等の圧力、温度、流量等を測定監視する計測装置がそれぞれ設置されること、

② 本件原子炉施設には、異常状態の発生を検知した場合に、すなわち、中性子束及び温度、圧力、流量等のプロセス変数が異常になつた場合、主蒸気管又は空気抽出器排ガスの放射能が異常に高くなつた場合、或いは原子炉の安全性に関連する設備が作動した場合等に、原子炉の停止等所要の措置が採れるように直ちに警報を発する警報装置が設けられること、

③ 本件安全審査においては、右①、②等が確認された結果、本件原子炉施設は、右の異常状態の発生を早期にかつ確実に検知し得るものと判断されたこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イによれば、イ③の判断には合理性があると認められる。

(4) 安全保護設備の設置

イ <証拠>によれば、

① 安全保護系は、原子炉の安全性を損なう虞れのある過渡状態や誤動作が生じた場合、或いはそのような事態の発生が予想される場合に、原子炉等の保護のための動作を行う機能を有するものであるところ、本件原子炉施設には、原子炉冷却系統設備等に何らかの異常が発生し、原子炉圧力容器の圧力の上昇や水位の低下等が起こつた場合に、原子炉を緊急に停止させるために全制御棒が自動的にかつ瞬間的に(全制御棒の九割挿入までに要する平均時間は約五秒)挿入される原子炉緊急停止装置、何らかの異常により原子炉への給水が停止し、かつ、原子炉が主復水器から隔離されている時に、自動的に原子炉圧力容器へ給水が行われることにより原子炉圧力容器内の水位を維持するための原子炉隔離時冷却系及び右原子炉隔離時に炉心崩壊熱により発生する原子炉の蒸気を残留熱除去系の熱交換器を用いて冷却凝縮する蒸気凝縮系等の各設備、圧力バウンダリ内の圧力が異常に上昇するような場合、例えば、主蒸気止め弁閉鎖で原子炉がスクラムし、更にタービンバイパス弁不動作の時、或いは主蒸気止め弁閉鎖で原子炉がスクラムせず、中性子束高でスクラムし、更にタービンバイパス弁不動作の時等の場合に、過圧による圧力バウンダリの破損を防止するために内包する蒸気をサプレッション・プールに吹き出すことによつて圧力バウンダリ内を減圧する主蒸気系の安全弁機能を有する逃がし安全弁等がそれぞれ設けられること、

② 本件安全審査においては、右①が確認された結果、本件原子炉施設には、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備に発生した異常状態に対し迅速な措置を講じなければ燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が損なわれる虞れのある事態に備え、所要の安全保護設備が設置されるものと判断されたこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イによれば、イ②の判断には合理性があると認められる。

(5) 安全保護設備の信頼性の確保

イ <証拠>によれば、

① 本件原子炉施設に設置される前記安全保護設備は、いずれも信頼度を高めるべく、所要の法令、規格及び基準等に適合させて品質管理を十分にし、かつ、設計上の余裕を十分に見込んだ設計とされ、また、重復性(多重性)と独立性とを有する設計とし、実際に起こると考えられるいかなる単一故障によつてもその安全保護機能が妨げられないような設計とされ、更に、安全保護系のしや断、駆動源の喪失等においても、安全上許容される状態になるよう(フェイル・セイフ)設計されるとともに、その信頼性を常に保持するため、運転中にも性能が確保されていることを確認するための試験が可能となる設計であること、

② 前記安全保護設備のうち、原子炉緊急停止装置については、右装置用の電源が何らかの原因で喪失した場合においても自動的に制御棒が炉心内に挿入され、原子炉を停止させる能力を有するように設計され、最大反応度価値を有する制御棒が完全に引き抜かれていても、その他の制御棒の全挿入によつて炉心を未臨界とすることのできる設計とされること、

③ 原子炉隔離時冷却系設備等については、外部電源が喪失した場合においても、炉心の崩壊熱により原子炉圧力容器内で発生する蒸気の一部を用いてタービン駆動のポンプを作動させることにより、原子炉停止後の崩壊熱等の除去及び原子炉圧力容器内の水位の維持を行う能力を有するように設計されること、

④ 主蒸気系の逃がし安全弁については、我が国の法規を満足するように設計、製作及び検査されることとされ、駆動方式は逃がし弁としては空気式、安全弁としてはバネ式とされること、

⑤ 本件安全審査においては、右①ないし④等が確認された結果、本件原子炉施設に設置される安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものと判断されたこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イによれば、イ⑤の判断には合理性があると認められる。

(6) 安全保護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価(過渡現象解析)

イ 前掲(5)イの証拠によれば、

① 本件安全審査においては、前記安全保護設備等の設計の妥当性を評価するため、本件原子炉施設の種々の異常状態(過渡現象)を想定し、その事象の解析評価に際しては、評価結果が厳しくなるように前提条件を設定して解析した結果、例えば、次の②、③で見るように、(②、③の事象は、想定された異常状態のうち、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に密接に関係する代表的な事実である。)、本件原子炉施設は、右の異常状態においても、前記安全保護設備等が有効に作動して燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保できるものとなつていることが確認され、その結果、本件原子炉施設の安全保護設備等の設計は、総合的にみて妥当なものであると判断されたこと、

② 給水加熱源の喪失については、右事象の解析に際し、本件原子炉は再循環流量自動制御範囲の上限の定格出力の一〇五パーセントで運転を行つていることとし、また、六段ある給水加熱器のうち、最終段の加熱器に供給される加熱用蒸気が入らないものとし、給水温度が摂氏五五度下降するものとするなどの厳しい条件を付して解析した結果、給水温度低下に伴い、原子炉出力は上昇することになるが、結局、最小限界熱流束比は約1.2にとどまり、燃料被覆管の破損には至らないことが判明したこと、

③ 高速力運転中のタービン・トリップ(タービン・トリップとは、タービン発電機系等の何らかの異常によりタービンが急速に停止する事象をいう。)については、タービン・トリップ信号によりタービン入口に設けられている主蒸気止め弁が急速に閉鎖され、主蒸気止め弁の開度検出によつて原子炉はスクラムし、主蒸気系の圧力制御装置によつてタービンバイパス弁が開くものであるが、右の事象の解析に当つては、定格出力の一〇五パーセントで運転していること及びタービンバイパス弁が作動しないことをそれぞれ仮定したところ、右タービン・トリップ時においても、原子炉圧力容器内の最高圧力は85.8キログラム毎平方センチメートルにとどまり、本件原子炉圧力容器の設計圧力である約八八キログラム毎平方センチメートルを超えることはないから、原子炉圧力バウンダリの健全性は維持されること及び燃料被覆管表面熱流束は最大一一三パーセントまで上昇するが、最小限界熱流束比は約1.3にとどまり燃料被覆管の破損には至らないことがそれぞれ判明したこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イによれば、異常状態として想定される代表事象につき、その解析評価の前提条件を厳しくとり、評価した結果においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が確保できることを確認したうえ、右イ①の判断がなされたのであるから、右の判断には合理性があると認められる。

(7) 結論

右(3)ないし(6)によれば、異常状態拡大防止対策が講じられているかどうかの判断に当つて必要とされた各検討事項についての判断にいずれも合理性が認められるのであるから、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において所要の異常状態拡大防止対策が講じられるものとした本件安全審査における判断(前記(2))には、合理性があるものと認められる。

(三) 放射性物質異常放出防止対策

(1)イ <証拠>によれば、本件安全審査においては、所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられるものかどうか、つまり、前記(一)及び(二)の対策にもかかわらず、仮に放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態が発生した場合においても、なお、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止することができるものかどうか、が審査されたが、この点を判断するに当つては、後記ロの考え方に基づいてなされたことが認められるところ、右の考え方は合理性があると認められる。

ロ 右の放射性物質異常放出防止対策が講じられるものかどうかを判断するに当つては、①圧力バウンダリを構成する配管の破断等の放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態の発生に備え、所要の安全防護設備が設置されるものかどうか、②右の安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものかどうか、③安全防護設備等の設計の総合的な妥当性に関する解析評価によつても放射性物質の異常放出を防止できるものとなつているかどうか、等を見る必要がある。

(2) <証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、仮に放射性物質を異常に環境に放出する虞れのある事態が発生した場合においてもなお、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止し公共の安全を確保するため、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられるものと判断されたことが認められる。

(3) 安全防護設備の設置

イ <証拠>によれば、

① 本件原子炉施設には、圧力バウンダリの配管が破断し、冷却材喪失事故(LOCA)が発生した場合等を想定し、燃料の過熱による燃料被覆管の大破損を防ぎ、更にこれに伴うジルコニウムー水反応を無視し得る程度に抑えるだけの冷却水の容量をもち、右事故後長期間にわたつて炉心冷却を可能にする高圧炉心スプレイ系系統、自動減圧系一系統、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系三系統からなる非常用炉心冷却設備(ECCS)が設けられること、すなわち、例えば、圧力バウンダリの配管が破断した場合、破断口から高温、高圧の冷却水が原子炉圧力容器から格納容器の中へ噴出して圧力容器内の水量が減少するので、前記安全保護設備の一つである緊急停止装置が働らいて原子炉は停止されるが、原子炉運転中に燃料の核分裂反応に伴つて生成、蓄積された放射性物質からの崩壊熱による発熱が続くので、冷却水の減少により燃料棒が露出した場合、右崩壊熱による温度上昇によつて燃料被覆管が壊れ或いは更に放置した場合には燃料自身が溶融するなどの事態に至りかねず、その際には、右核分裂生成物が大量に格納容器中に出てくることとなり、その結果、右放射性物質が環境に異常に放出される虞れのある事態が発生することとなるところ、右の事態に対処するための安全防護設備として、復水貯蔵タンク或いはサプレッション・プールの水を炉心上部より炉心にスプレイして炉心を冷却する高圧炉心スプレイ系一系統、サプレッション・プールの水を炉心上部に取り付けられたスパージャー・ヘッドのノズルから燃料集合体にスプレイして炉心を冷却する低圧炉心スプレイ系一系統、原子炉蒸気をサプレッション・プールへ逃がし、原子炉圧力を速やかに低下させて低圧炉心スプレイ系或いは低圧注水系による注水を早期に可能とする自動減圧系一系統及び炉心スプレイ系から独立し、サプレッション・プールの水を直接炉心シュラウド内に注水して炉心を冷却する低圧注水系三系統からなるECCSが設けられること、圧力バウンダリから放出される放射性物質を閉じ込めるための原子炉格納容器が設けられること、すなわち、LOCAの場合、格納容器内に放出された蒸気と水の混合物はベント管を通つてサプレッショソ・チェンバ内のプール水中に導かれたうえ、同所で右蒸気がプール水で冷却されて凝縮することによつて右容器内の内圧上昇が抑制され、一方、放出された放射性物質は格納容器内に保留されることとなるものであるところ、右格納容器は、LOCAの中でも最も苛酷な再循環回路一本の完全破断が生じ、破断両端口から冷却水が最大流量で放出されても耐えられるように設計され、また、右格納容器は漏洩率一日当り0.5パーセント以下を確保する高い気密性を有するほか、主要機器及び配管の配置もドライウエルに対する飛散物を考慮して設計され、更に、右格納容器には、LOCA時に発生する水素の酸化反応を防止するため原子炉運転時には窒素ガスが充てんされること、圧力バウンダリから高温の蒸気等が放出された場合に、格納容器内の温度、圧力を低減し、右容器内に浮遊している放射性物質を洗い落とすため原子炉格納容器スプレイ冷却系設備が設けられること、原子炉格納容器から原子炉建家内に漏洩した放射性物質を捕捉する放射性物質除去フイルタ等からなる非常用ガス処理系設備が設けられること、

② 本件安全審査においては、右①等が確認された結果、本件原子炉施設には、放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態の発生に備え、所要の安全防護設備が設置されるものと判断されたこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イによれば、イ②の判断には合理性があると認められる。

(4) 安全防護設備の信頼性の確保

イ 前掲(3)イの各証拠によれば、

① 本件原子炉施設に設置される右(3)の安全防護設備は、いずれも、各種法令、規格、基準等に準拠して十分な強度等を有するように設計されるとともに、原子炉設定時はもちろん、運転開始後も定期的な試験、検査を実施してその性能を確認し得るような設計上の配慮がなされること、

② 右安全防護設備のうち、ECCSは、その機能を確実に発揮し得るように、圧力バウンダリを構成するいかなる口径の配管の破断の際にも、互いに独立した二系統以上が作動するように設計されること、すなわち、圧力バウンダリの配管の小口径破断から再循環回路配管の完全破断のような大口径破断に至るまでのすべての破断時に作動するものとして高圧炉心スプレイ系一系統、中小口径配管破断時に作動するものとして、右高圧炉心スプレイ系の外に、自動減圧系一系統及び低圧注水系三系統、大口径破断時に作動するものとして、右高圧炉心スプレイ系の外に、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系三系統がそれぞれ設けられることとされ、また、これらの各系統は、外部電源が喪失した場合に備えて、高圧炉心スプレイ系は専用のディーゼル発電機、低圧炉心スプレイ系及び低圧注水系の一ループは、一台のディーゼル発電機、低圧注水系の二ループは他の一台のディーゼル発電機、自動減圧系は蓄電池の各非常用電源を設け、これらにより作動させ得るように設計されること、

③ 右安全防護設備のうち、原子炉格納容器スプレイ冷却系設備及び非常用ガス処理系設備は、単一動的機器の故障を仮定した場合でも、その機能を確実に発揮し得るようにいずれも独立した二系統が設けられ、かつ、外部電源が喪失した場合に備えて、いずれもディーゼル発電機等の非常用電源を設け、これにより作動させ得るように設計されること、

④ 原子炉格納容器は、脆性破壊防止の観点から、平常運転時及び試験状態での最低使用温度を使用材料の脆性遷移温度より摂氏一七度以上高い温度となるようにして設計されること、

⑤ 本件安全審査においては、右①ないし④等が確認された結果、本件原子炉施設に設置される安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確保されるものと判断されたこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イによれば、イ⑤の判断には合理性があると認められる。

(5) 安全防護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価(事故解析)

イ <証拠>によれば、

① 本件安全審査においては、前記安全防護設備等の設計の妥当性を評価するため、現実に起こる確率は非常に低いが、万一発生した場合には、放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態をもたらす事象の代表的なものをいくつか想定し、その事象を解析評価したが、右解析評価に際しては、評価結果が厳しくなるような前提条件を設定して解析した結果、例えば、次の②、③で見るように、本件原子炉施設は、右の異常事態が発生した場合においても、右の安全保護設備等が有効に作動して、放射性物質の環境への異常放出を防止できるものとなつていることが確認され、その結果、本件原子炉施設の安全防護設備等の設計は、総合的にみて妥当なものであると判断されたこと、

② 冷却材喪失事故(LOCA)については、LOCAが発生すると、燃料被覆管の過熱及び水―ジルコニウム反応による酸化現象により燃料被覆管に大破損が生じる虞れがあり、また、右破損箇所より原子炉格納容器内への冷却水の放出及び燃料被覆管における水―ジルコニウム反応により発生する水素ガス等により格納容器内の圧力が上昇し、その結果、原子炉格納容器が損傷するに至る虞れがあるところ、右の事象に対処するため設置されるECCSの機能を評価するため、次の前提、すなわち、冷却水の喪失量が最大となり、燃料被覆管の温度上昇及び水―ジルコニウム反応の割合が最大となり、炉心の冷却にとり最も厳しい条件をもたらす原子炉圧力容器に接続されている最大口径の配管である再循環回路配管一本が瞬時に完全破断し(いわゆる両端ギロチン破断)、破断した両端より冷却水が相互干渉なく流出する、本件原子炉施設においては、平常運転時には、定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の一〇五パーセントの出力で運転している。事故発生と同時に常用電源がすべて喪失し、非常用炉心冷却系の作動は、非常用ディーゼル発電機の電力が供給されるまでの間遅延する、事故発生と同時に非常用ディーゼル発電機を含む工学的安全施設についての単一動的機器の故障(三台あるディーゼル発電機のうち、低圧炉心スプレイにつながるディーゼル発電機の故障)が起こる、以上ないしの厳しい条件をそれぞれ設定したうえ右の事象を解析した結果、右LOCAにおいても、燃料被覆管の最高温度は摂氏一〇一八度であり、また、水―ジルコニウム反応による燃料被覆管の酸化によつて影響されない部分の割合は、燃料被覆管の厚さの九八パーセント以上であつて、これらは、本件安全審査における本件原子炉施設の性能評価についての実質的な評価基準として用いられたECCS安全評価指針の限界値(制限値)である燃料被覆管温度の計算値の最高値摂氏一二〇〇度及び燃料被覆管の全酸化量の計算値たる酸化前の燃料被覆管の厚さの一五パーセントをいずれも下回ること、破断口からの冷却水の急速な流出により原子炉容器内の圧力は上昇するものの、事故後約一二秒で最高圧力2.6キログラム毎平方センチメートルにとどまり(その後2.3キログラム毎平方センチメートルに落ち着く。)、本件原子炉格納容器の設計圧力である2.85キログラム毎平方センチメートルを超えることはないこと、燃料被覆管の損傷が発生する燃料棒数は全燃料棒数の約七パーセントにとどまること、事故時の燃料被覆管における水―ジルコニウム反応の割合は、全燃料被覆管の約0.12パーセント以下と小さいこと、がそれぞれ判明し、その結果、燃料被覆管の延性が極度に失なわれることはなく燃料棒は冷却可能な形状に維持され、燃料の冷却は可能であり、また、水―ジルコニウム反応により発生する水素ガス等による圧力上昇に対しても原子炉格納容器の健全性が損なわれることのないことが確認されたこと、

③ 主蒸気管破断事故、すなわち、何らかの原因で主蒸気管の破損が生じて破断口から冷却水が流出する事象の結果、炉心の核及び熱的特性の変化のため燃料被覆管が過熱して損傷に至る虞れが生じるところ、主蒸気管に設備されている冷却材流出のための防護施設の機能を評価するため、右の事象について、次の条件、すなわち、四本の主蒸気管のうち一本が原子炉格納容器の外部で瞬時に完全破断する、事故発生後自動的に閉鎖して主蒸気を原子炉圧力容器に閉じ込める主蒸気隔離弁の閉鎖時間は、設計上は三秒ないし4.5秒の範囲内に設定されることとなつているが、破断箇所における冷却水の流出量を大きく見積るためにこれを五秒とする、事故の発生と同時に外部電源が喪失し、冷却材再循環ポンプが即時停止して、炉心流量の急減により燃料被覆管からの除熱が低下する、事故時の冷却水の流出量を制限するため主蒸気管の蒸気流量を流量制限器によつて定格流量の二〇〇パーセント以内に抑えるように設計されているが、右事故による主蒸気管からの冷却水流出量を右制限値一杯の定格流量の二〇〇パーセントに制限される、単一動的機器の故障として、八個の主蒸気隔離弁のうち一個が閉じない、以上ないしの各厳しい前提として右事象の解析をしたところ、主蒸気隔離弁の閉鎖までに破断口から流出する蒸気量は、一万三一七キログラム、水量は二万二二五〇キログラムとなり、本件原子炉は設計上、炉心が露出するためには八万一二〇〇キログラムの冷却水が流出しなければならないとされていることからして、右の事象時においても炉心の露出には至らないこと、また、最小限界熱流束比は1.5以上に保たれ、燃料被覆管の健全性は確保されること、がそれぞれ判明したこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ロ 右イによれば、放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態として想定された代表事象につき、その解析評価の前提条件を厳しくとり、評価した結果においても、前記安全保護設備等が有効に作動して、放射性物質の環境への異常放出を防止できるものとなつていることを確認したうえ、右イ①の判断がなされたのであるから、右の判断には合理性があると認められる。

ハ 原告らの主張に対する判断

① 原告らは、本件原子炉におけるLOCAの際、ECCSが不作動又は有効な作動をしないときは、格納容器の破壊をきたし、原子炉内の放射能が大量に環境に放出されるものであり、現に、アメリカにおけるロフトの第四段階の実験八〇〇シリーズにおいて、冷却水が炉心に注入されなかつたし、また、アメリカブラウンズ・フェリー原子力発電所一号炉において、火災によつてすべてのECCSが機能しなかつたのであるから、右不作動等の事態は事故解析上必要な事象であるにもかかわらず、本件安全審査における事故解析においては、右のECCSの不作動等の想定はなされていない旨主張する。

しかしながら、そもそも、本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性についての本件安全審査の方法は、前記のとおり、多重防護の考え方に基づき、第一に所要の異常状態防止対策が講じられるものかどうか、第二に、仮に、第一の対策にもかかわらず異常状態が発生した場合においても、所要の異常状態拡大防止対策が講じられるものかどうか、第三に、仮に、右第一、第二の対策にもかかわらず放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態が発生した場合においても、所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられるものかどうか、について検討することとされており、しかして、右の多重防護の考え方に基づく審査方法の合理性については先にみたとおりであり、また、右第一、第二の各対策が講じられるものとした本件安全審査の判断に合理性の認められることも前記のとおりであり、更に、右第三の対策についても、本件安全審査において、本件原子炉施設には、圧力バウンダリを構成する配管の破断等の放射性物質を異常に放出する虞れのある事態の発生に備え、所要の安全防護設備が設置されること、右の安全防護設備はいずれも確実に所要の機能を発揮し信頼性が確保されるものであることが確認されたうえ、念のため、これらの安全防護設備等の設計の総合的な妥当性を判断するために、あえて放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態の発生を想定して本件の事故解析が行われているのであり、そして、右前二者の判断及び右後者の念のために行われたECCSの機能評価を含む事故解析についての判断が合理性を有することは先にみたとおりである。

原告ら主張のような全ECCSの不作動等の想定は、右のECCS等の設計の総合的な妥当性を判断するための事故解析自体を不能ならしめるものであるのみならず、たとえ、右全ECCSの不作動等を想定した事故解析をすることが不可能ではないとしても、そのような考え方を押し進めると、格納容器の破壊、爆発等を想定した事故解析にまで進まないとも限らず、そのような想定のもとでは事実上どのような原子炉の設置でも不可能に近いものとなり、そのような想定の積重ねにより、かえつて、原子炉施設の安全性が弱まる虞れがあるとの指摘もなされており(これは<証拠>より窺える。)、いずれにしても、右にみた本件安全審査において採られた事故解析の方法が合理性を有することに変りはない。

なお、原告らが右主張の論拠とする各事故について付言するに、まず、ロフト実験中の事例は、<証拠>によれば、一九七一年(昭和四六年)アメリカ原子炉実験所でのPWRのECCSに関するいわゆるロフト計画中の一連の実験のうち、初期に行われた本実験を行う前の電気加熱による模擬燃料を使用した小規模の基礎実験の際、配管破断後注入された水が炉内に入らず、ECCSの冷却の働らきが不十分という結果が生じたという事象であつて、右の実験に使用された模型は極めて簡略なもので実際の原子炉を模擬していないうえ、冷却ループの数も一つであり、ECCSも蓄圧タンクのみという実験の原子炉のそれとはかけ離れたものであることが認められるのであるから、右の実験の内容を正しく理解せずに右の結果のみから直ちに実用発電用原子炉施設においても冷却水が炉心に注入されない虞れがあるなどと速断することはできない。現に、<証拠>によれば、その後、実用発電用原子炉とほぼ同じ構造を設け、より実際に近い実験装置で行われたロフト計画の実験においては、ECCSは有効に作動し、相当量の冷却水が圧力容器内に蓄積して炉心が再冠水し(ECCSの目標は、炉心の再冠水を実現し、事故を収束させることである。)、燃料被覆管の最高温度も計算による当測値よりも低い温度にとどまることが確認されたことが認められるのである。

もつとも、前掲各証拠によれば、右のその後の実験の際、冷却水の一部が炉心をバイパスする現象のみられたことが認められるが、<証拠>によれば、PWRにおいては、蓄圧注入系からの注入水が炉心部の外側のダウンカマ部に注入される構造となつているため、低温側配管、いわゆるコールドレグの両端破断を想定した場合、右注入水が、ブロウダウン期に破断口から向かう激しい水の流れと混合してダウンカマ部の頂部を通過し炉心を通らずに破断口から流出することがあり、これをバイパス現象というが、この現象も、ブロウダウンの末期に近づくと右の注入水は、ダウンカマ部での上向きの流れに打ち克つて落下し始め、炉心下方の下部プレナムを満たし、やがて炉心に侵入を開始し、再冠水が始まること及び本件原子炉のようなBWRにおいては、ECCSによる注水は、炉心シュラウドの炉心部に直接注入される構造となつているため右のバイパス現象は起こり得ないことが認められる(したがつて、この点に関する<反証排斥略>。)。

また、ブラウンズ・フェリー原子力発電所一号炉の火災の事例は、<証拠>によれば、右の事故は、一九七五年(昭和五〇年)三月二二日、右発電所一号炉で発生したものであるところ、右事故の発生原因は、原子炉の運転中、原子炉建家へのケーブル貫通部でケーブル引替作業後の貫通部シール作業中の作業者がシール効果を調べるためにローソクの炎を近づけたため、これが高度の可燃性を持つポリウレタン材に着火したうえ原子炉建家側のケーブルに延焼したというものであるところ、火災検知が遅れたこと、消火活動のための接近が困難であつたこと、電気火災ということで注水をためらつたこと等のため消火に手間取り、最終的に水をかけて消火するまで約六、七時間を経、ケーブル約一六〇〇本等が損傷したが、その際、制御棒スクラムによる原子炉の停止後の炉心の過熱を防ぐために作動すべきものの一つとされていたECCSが右ケーブルの損傷等のため作動せず、逃がし安全弁による炉内の減圧と多重に設けられていた炉内給水用のポンプによつて冷却されたことが認められ、右の認定事実によれば、右の火災事故は、作業上の初歩的な施設管理が十分に行われていなかつたことのほかに消火活動の不手際が重なつたことによるものであり、その発生原因は、主として基本設計以降の運転管理等の保安規定に係る事由に由来するものであるうえ、右の不作動はケーブルの損傷等というECCS自体の欠陥以外の事由によるものと認められる。したがつて、原告ら主張の二つの事故をもつて原告ら主張の論拠とすることはできないものといわなければならない。

② 原告らは、ECCSの有効性は仮想のものであるから、その有効性を前提とした本件安全審査は違法である旨主張し、右仮想性の具体的事由の一つとして、ECCSの実証的安全性については数多く疑問が投げかけられており、ECCSは実験による検証を経ていない単なる紙上の安全装置にすぎない旨主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、本件安全審査において本件原子炉施設のECCSの性能を評価するに当つて用いられた手法は、解析モデルを用いて行うものであるところ、これは、LOCAという極めて複雑な現象のすべてを数学モデルとして記述することは不可能であるため、右LOCAという物理現象を可能な範囲で数式であらわして数学モデルを作り、これをカバーし切れない部分については、個別効果実験を行い、その実験結果によつてその妥当性が実証し得るものについてはそのまま解析モデルに組み込み、いまだ実験によつては十分な確証が得られない部分(十分に解明し切れない現象部分)については、厳しい条件を設定し、安全側な答えが出るように解析モデルを作成するという厳しい方法で作成された解析モデルに基づきECCSの性能の評価をするという審査方法であり、このような解析モデルの作成方法及び右モデルを用いて設備等の性能評価を行い、その有効性を確認するという手法は、今日の科学技術分野一般に広く承認され、用いられている方法であること(すなわち、ECCS性能評価の解析コードは、評価結果が保守的なものとなる限りその解析の目的に適合するのであつて、必ずしも実際の現象を完全に模擬する必要はないこと)が認められ、右の認定事実に加え、原子炉施設については実際に事故状態を発生させて実験することのできないことを考え合わせると、本件安全審査において、右にみたような解析モデルによる評価方法を採つたことには合理性があると認められるから、原告らの右主張は失当である。

③ 原告らは、本件原子炉施設のECCSの性能評価に際して実質的な基準として用いられたECCS安全評価方針に関連し、LOCA現象そのものがいまだ十分に解明されていないため、たとえ右指針が満たされたとしても、LOCA時に被覆管の崩壊が防げるか疑問である旨主張し、証人中島篤之助及び同舘野淳は右主張にそう趣旨の証言をする。

確かに、<証拠>によれば、LOCA現象及びECCSの作動した際の現象は、いずれも複雑な現象であつて、未だに十分に解明し切れていない部分のあることが認められる。

しかしながら、前記のとおり、本件原子炉施設に設置されるECCSの性能評価に用いられた解析モデルは、全体として安全上厳しい結果となるように作成されたものであるから、たとえ右のような未解明な部分があつたとしても、そのことゆえに直ちに右解析モデルの信頼性を低下させるものとはいえない。

また、原告らは右③の主張要旨からも窺えるように、実質上本件安全審査の基準とされたECCS安全評価指針自体につきその基準等に疑問を提起している。

しかしながら、右指針の制定経過等は次のとおりであり、右指針は、燃料被覆管の健全性に関しては、LOCA時に右管が酸化によつてその延性を極度に失うことなく炉心の冷却が可能な形状を保持し続けることを保証するとの観点から、それまでの実験及び解析結果等を踏まえて定められたものであること及び右指針の適用に関する解析に際しての要求事項の厳しいこと(これは<証拠>により認められる。)等を合わせ考慮すると右指針を実質上の審査基準としてなされた本件安全審査に合理性の認められることは明らかである。

すなわち、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

LOCAとECCSに関する研究は、日本及びアメリカでは、主として一九六〇年(昭和三五年)から開始され、右研究の結果、多くの知見が得られた。例えば、燃料被覆管の脆化については、ジルコニウム合金(ジルカロイ)と水との反応及び右反応についてのべーカー・ジャストの研究等が知られており、右反応は発熱反応であること、右反応によつて発生する水素の再燃焼によつて格納容器への影響が生じること、右反応の進行と共に燃料被覆管の脆化が起こり、ECCSによる冷却の過程で破砕する可能性が指摘されるに至つたこと、被覆管は、温度が摂氏八〇〇ないし九〇〇度になるとふくれて部分的に裂ける可能性があり、その裂け目から蒸気が被覆管内部に進入すると内面でも反応が生じる可能性のあること等の知見が得られたこと、

このような知見の蓄積によつて、LOCAとECCSに対する理解は次第に深まり、同時に右の知見をどのように組み合わせてLOCAとECCSの評価を行うべきかが考えられ始め、アメリカでは一九七一年(昭和四六年)六月、USAEC(アメリカ原子力委員会)が、まずECCSの暫定認可基準(IAC)を公布し、次いでECCSの性能評価に関する公聴会での長い討論を経て、一九七三年(昭和四八年)一二月現行の指針を制定したが、一方、この当時のアメリカでの原子力研究、特に安全性研究の多くは公表されておらず、このため日本ではECCSに関するアメリカでの研究の進展状況は十分に把握できなかつたが、IAC以降の急速な事態の変化に直面して我が国の原子炉安全専門審査会は、可能な限りの情報を収集して、取りあえず内部の意見を取りまとめて暫定的な指針(以下、単に暫定指針という。)を昭和四七年一〇月に作成し、これに更に検討を加えて、昭和四九年五月二四日付及び昭和五〇年四月一五日付でECCS評価指針を定め、右指針についての原子炉安全専門審査会の報告を受けて、同年五月一三日原子力委員会はECCS安全評価指針を決定したこと、なお、右の指針に基づいて、既に設置許可のなされていた原子炉施設に対してECCSの再評価が命ぜられ、提出された解析結果を検討して安全性の再確認がなされ、したがつて、本件原子炉設置許可申請についての本件安全審査当時には右の指針は決定されていなかつたため、本件安全審査においては暫定指針に基づいて審査がなされ、右申請は同指針を満足しているものと判断され、その後なされた右のような再審査によつても本件原子炉施設はECCS安全評価指針を満足しているものと判断されたこと、

暫定指針当時の解析に用いられた計算コード及びその入力データを作成するための原子炉のモデリングは、IACに準拠して行われ、右の解析モデルは、その後の知見からみれば不十分とはいえ、例えば、事故発生と同時に外部電源は喪失し、非常ディーゼル発電機は二台中一台しか起動できないと仮定するなどという保守的な評価を指向していたことが窺えること、なお、金属―水反応による酸化量の許容限界に関しては、IACでは被覆管温度を華氏二三〇〇度以下と規定していたが、暫定指針では明確な値は定めていなかつたこと、もつとも、右暫定指針に関し、安全審査会で集約されつつあつた意見は次のようなものであつたこと、すなわち、IAC許容最高限度華氏二三〇〇度については、ECCSの実験結果のばらつきや解析の確度を考え、これに若干の(例えば、華氏一〇〇度程度)余裕を見込むのが適当である、被覆管の内面酸化については、BWR―FLECHT―ZR二K実験(FLECHT実験とは、実物大非常用冷却材熱伝達実験のこと。)などからみて、外面の二〇ないし三〇パーセント程度の酸化があると考えるのが適当である、などであつたこと、

右暫定指針当時、安全審査会は、被覆管の脆化に関してホブソンらの唱える方法、すなわち、ジルカロイの内外両面から金属―水反応を起こさせ、その結果、被覆管の中で良好な特性をもつ結晶組織がどれだけ残存するかを調べ、これから、もとの管の肉厚の中での良好な部分の割合(FW)を、反応温度と反応時間の関数として実験式にして表現し、次に右の管について、リング圧縮試験を行い、どの程度の温度で脆い特性を示すか(右の温度をZDTという。)を調べたうえ、FWとZDTとを関係づける方法に特に興味を示し、右の方法に従うと、酸化量の制限については他の実験等と比較しても最も保守的な評価を与えると考えられたが、当時未だ右の方法を直接支持し或いは反対する論文がなく、これのみで公式の基準とするにはやゝ尚早の感もあつたため、右審査会としては、出力密度、内面酸化量、肉厚減少等について、かなり広範囲にわたつてパラメータ・サーペイ(感度解析ともいう。各パラメータを任意に変化されたときに、結果にどの位の差が生じるかを調べること。)を行う方法について検討した結果、被覆管が溶融に至るというような極端なパラメータの組合わせの場合を除いては、いずれもZDTは華氏零度(摂氏マイナス17.8度)以下に留まることが判明したので、右審査会は右の評価方式を一応採用することとしたこと、なお、アメリカの現行指針の制定に当つては、当時、最高燃料被覆管温度と酸化量に関しては、被覆管の脆化傾向には、反応温度や反応の時間が複雑に寄与していることは判明していたが、研究者によつて実験データの整理の方法が異なり、簡単に相互比較が行いにくい状態であつたため、アメリカAEC(原子力委員会、現NRC(原子力規制委員会))は、実験値の最も多いリング圧縮試験のデータを集め、その反応温度と反応時間から、ベーカー・ジャストの式によつて酸化量を計算してデータの整理を行つた結果、最高燃料被覆管温度を華氏二二〇〇度(摂氏一二〇四度)、被覆管の全酸化量を一七パーセント以下の範囲にそれぞれ抑えれば、問題となる程の脆化は起こらないとされ、右の数値がアメリカの現行指針の基準とされたこと、一方、我が国でも、アメリカと同様の手法でデータを検討したところ、実験と実際のLOCAでの被覆材の条件、特に高温状態から低温に移行する速さ等に差があること及びやゝ特殊な条件下での実験において酸化量一七パーセント以下でも脆化傾向を示したデータが一点存したこと等も考え合わせ、前記のとおりアメリカの現行指針より更に厳しい基準として制定されたものであること、

右にみた暫定指針といういわば過渡的な段階を経て制定されたECCS安全評価指針は、配管破断想定後の冷却材の喪失及びその後の非常用炉心冷却系の注入による冷却過程において、燃料被覆管が酸化によつてその延性を極度に失うことなく、炉心の冷却可能形状を保持し続けることを保証することを目的として、(ⅰ)燃料被覆管温度の計算値の最高値は、摂氏一二〇〇度以下でなければならない、(ⅱ)燃料被覆管の全酸化量の計算値は、酸化前の燃料被覆管の厚さの一五パーセント以下でなければならない、とする基準が定められたほか、(ⅲ)炉心で、燃料被覆管が水と反応して発生する水素の量は、格納容器の健全性を確保するために十分低くしなければならない、(ⅳ)炉心形状の変化をも考慮して、長半減期核種の崩壊熱の除去が、長期間にわたつて行われることが可能でなければならない、とする計四つの基準が定められたこと、そして、右(ⅰ)、(ⅱ)の基準制定の経緯は、燃料被覆管は、蒸気中で金属―水反応を起こし、摂氏約九〇〇度以上にさらされると著しい酸化が始まり、摂氏一二〇〇度ないし一三〇〇度以上では右の反応はかなり急激となり、右の反応は発熱反応であるところから、更に温度が上昇して反応量も増加してゆく(正帰還効果)ため反応が極度に加速されるものであるところ、その後の再冠水過程での冷却で右の酸化の進展は終結するが、右の過程で、表層から順に、二酸化ジルコニウム(Zro2)、α相ジルコニウム及びβ相ジルコニウムとなつている燃料被覆管は、その健全性の確保を、高温でβ相であつた部分の延性に期待されるものであるため、このβ相の割合及びその中での酸化濃度を限定するため制定されたものであり、右指針当時までに得られている実験結果では、高温で酸化した燃料被覆管の延性は、酸化した温度及びある温度以上にさらされている時間に関係することが判明しており、したがつて、右の基準値決定に当つては、ORNL(アメリカオークリッジ国立研究所)の前記ホブソンらの報告等及びそれまで行われてきたLOCAとECCS系の解析結果から示される燃料被覆管の温度と時間との関係を考慮して、前記の制限温度(摂氏一二〇〇度)及び制限酸化量(一五パーセント)以下とすれば、LOCA期間中燃料被覆管は延性を極度に失うことはないと判断されたこと、なお、右制限酸化量はベーカー・ジャストの式を用いてデータを整理して定められたものであるところ、右の式は、反応量、したがつて反応熱を若干多目に見積り、また、一般に金属―水反応は蒸気の供給量によつて敏感に変化するものであるところ、右の式は無制限に蒸気を供給した場合(すなわち、反応量最大)のものであつて、いずれも保守的な効果をもたらすと考えられ、また、金属―水反応が著しくなり、被覆管がふくれて裂ける場合は、右ふくれた分だけ肉厚が減少したものとして右減少した厚みに対して一五パーセントの基準を適用することとされているが、一般に右のような変形の場合には、塑性流動と呼ばれる現象が起こつてふくれた分程には肉厚は減少しないものであるところから、この点でも保守性が用意されていること、

なお、昭和五三年九月、原子炉規制の体制の改正によつて新たに発足した原子力安全委員会は、同年一一月八日、他の指針等と合わせてECCS安全評価指針を用いることを決定するとともに、これに最新の科学的知見を加えて逐次見直しを行うことを決定し、昭和五六年七月二〇日右の方針にしたがつて見直しを行い、中小破断LOCAに関する要求を明確にすること等の各点に対する配慮が払われたうえ、新指針が決定されたが、ECCS安全評価指針の前記四項目にわたる基準は右指針以降の知見等による見直しを踏まえてもなお安全余裕を有すると判断され、新指針の基準も従前と同様とされ、特に、温度制限及び酸化量制限については、従前の指針制定以降新たに発見された水素吸収による脆化の重畳の点について日本原子力研究所等の実験の結果を慎重に検討した結果、右水素脆化の影響を考慮しても、なお、従来の基準は安全余裕を含むと認められたこと、

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

もつとも<証拠>によれば、アメリカの現行指針や我が国のECCS安全評価指針については、右指針の制定に至るまでの検討期間中及び制定後において、その技術的内容の妥当性について多くの意見が出されてきたが、そのうち、指針全般についてのものとして、アメリカ物理学会(APS)の研究グループによつてなされた次のような指摘、すなわち、右の指針は、評価モデルの各部分がすべて保守的に規定されていれば、その各部分毎の結果を合わせて計算したシステム性能も全体として保守的に規定されるであろうとの暗黙の仮定のもとに、評価モデルの各部分を別々に保守的に指示することとされているが、右の暗黙の仮定を最終的に実証することは極めて困難である、との指摘があること及び指針の各項目毎の部分的な保守性の積上げによつて果たして全体的な保守性が確保されたことになるかということは、保守的な仮定というものは、多くの場合、人為的、非自然的なものであり、このような仮定が局部的には保守的であつても、全く別な部分に反対の影響を与える可能性は皆無ではなく、しかも、仮定が非自然的なものであると、それが全体としても保守的であるということを実証することはかなり困難であることが認められる。

しかしながら、まず、前記のとおり、ECCSの性能を評価するには、個別効果試験を踏まえたうえ安全余裕を有する信頼性の高い解析モデルを用いる方法が採られているのみならず、<証拠>によれば、個別効果試験で確認されるべき個々の現象が、実際のLOCA時に相互にどのように結びつき、干渉し、系統全体としてどのように振る舞うかを調べるため、すなわち、ECCSの有効性を総合的に確認するためシステム効果実験ということが行われるところ、PWRについてはいわゆるロフト計面における一連の実験が行われ、一九七六年(昭和五一年)以降に行われた実用発電用原子炉により近い形に模擬した小型原子炉を用いた右ロフト計面の実験においては、最高被覆管温度等について、開発された最適推定モデルの計算結果と右の実験結果とが極めて近似し、また、右実験で使われたECCSのための評価モデルと右実験結果とを比較すると、右評価モデルには相当に大きい安全余裕が認められるなどして右の実験は成功し、また、BWRについても、日本原子力研究所によつて昭和五三年から昭和五七年にわたつて実施されたROSA―Ⅲ等の実用発電用原子炉に近い形に模擬したシステム効果実験によつても、燃料被覆管の最高温度等について、従来の解析結果を超えるような実験結果は生じておらず、例えば、ROSA―Ⅲの実験のうち、昭和五五年中になされた実験結果に関しては、日本原子力研究所は、ECCSの炉心冷却能力はLOCA時の被覆管表面温度をECCS安全評価指針より十分低く抑える能力があり、現在のECCSは設計基準事故に対する有効な防護系であると評価していること(なお、原告らは、ROSA―Ⅲの模擬実験は、実炉とその試験装置の大きさ等の差違から実炉の事故現象を示すものとはならず、したがつて、右の実験はECCSの有効性を実証するものではないかのように主張し、証人舘野淳も右主張にそう証言する。しかし、<証拠>によれば、試験装置の大きさ等による模擬の限界のために試験データは現実の実炉の事故現象とかなり違つてしまうことがあるが、そもそも実験における模擬の良さとは、着目する自然法則と法則間の相関の度合いを明らかにできるということであつて、ある部分の温度、圧力或いは流量等が実物と同じくなるということを必ずしも意味しないし、必要でもなく、いわんや、実験装置の各部分が実物の構造に類似しているかどうかだけでその実験の価値を判断することはできず、右の模擬の限界を克服して実炉の挙動を推測するために総合試験データの外各種の計算コードを用いた解析を行うなどしていることが認められるからであるから、右の認定事実に照らすと右の証言はたやすく採用できず、右の主張も失当といわなければならない。)、解析モデルの個々の要素を保守的に指示すれば、その結果、全系(体)の性能の評価が保守的な評価になるという仮定を実証するに有効とされるシステム効果実験についての応汎な数値パラメーターの感度解析も行われていること及びECCSの性能の妥当性を定量化することが不可能であるとしても、そのような定量的知見がなければ現在の評価モデルが保守的であると判断することが不可能であるということはならず、ECCSの妥当性の定量化ができないことが安全余裕のないということを必ずしも意味しないのであり、事実、原子炉専門家の大多数は、系統の安全余裕が適切であると判断するための強い定性的根拠があると確信している状況にあることがそれぞれ認められるのであり、右の認定事実に照らすと、前述の指摘された問題点は十分克服され得るし、事実、克服されてもいると認められる。

原告らは、LOCA現象が十分に解明されていないとする論拠としていくつかの事項を挙げるので、そのうち主要なものについて検討することとする。

燃料被覆管の脆化と金属―水反応との度合を定量的に関係づけた論文も少ないとの点及び燃料集合体の急冷時における応力の状態についても殆ど判つていないとの点について

右の点については、前記のとおり、暫定指針及びECCS安全評価指針当時、既にORNL(アメリカオークリッジ国立研究所)における実験結果(<証拠>によれば、右の試験は、燃料被覆管の内外面のみを高温の水蒸気中で加熱し酸化させた後水中で急冷することにより熱衝撃を加えたうえ、リング状に供試体を切り取り、LOCAの間に蒸気爆発、流体力学的な力、被覆管の破裂によつて生じる応力状態を模擬し、延性の度合をみるため、更にその供試体に各種の温度状態で衝撃荷重を加えるという実験であることが認められる。)等により解明されており、しかも、当時としては、右実験結果が酸化量の制限につき他の実験等と比して最も保守的な評価を与えると考えられていたことなどから、右の実験結果の解析結果から示される燃料被覆管の温度と時間との関係を考慮して右の各指針の基準が制定されたものであるから、右の主張は失当である。

なお、証人中島篤之助は、この点に関し、非等温酸化条件におけるジルコニウムの挙動についてのデータが不十分であり、安全審査において、等温酸化過程を基礎としたべーカー・ジャストの式を用いてLOCA時の燃料被覆管最高温度の評価(すなわち、燃料の挙動に関する評価)を行うことの合理性に疑問があるかのように証言する。

確かに、<証拠>によれば、ベーカー・ジャストの式は等温酸化過程を基礎としているところ、LOCA時においては非等温下の酸化過程が進行すると推測できることが認められるが、しかしながら、前記のとおり、ECCS性能評価の解析コードは、評価結果が保守的なものとなる限りその解析の目的に適合するのであつて、必ずしも実際の現象を完全に模擬する必要はないところ、ベーカー・ジャストの式は、水―ジルコニウム反応の反応速度を多く見積るものであり、その評価結果は保守的なものであるから、右条件の差違を考慮しても、右の式を採用したことに不合理があるとは認められない。よつて、前記中島篤之助の証言部分はたやすく採用できない。

また、証人舘野淳は、ECCSの性能評価基準の一つである燃料被覆管最高温度摂氏一二〇〇度以下という値は、リング圧縮試験によつて決められたものであるが、右の値を決定するに当たつては、落重試験等衝撃を加える試験を行う必要があるのに、それがなされていない旨証言するが、前記のとおり、右の値を決定するに際しては、ORNL(アメリカオークリッジ国立研究所)のホブソンらが行つたリング圧縮試験を基礎としているところ、右の試験は衝撃試験と認められるのであるから、右の証言は失当である。

燃料内の温度分布についてのデータが不足しているとの点について

右の点については、<証拠>によれば、ECCS解析においては、燃料被覆管の温度上昇計算の前提となる熱源の大きさを仮定するに当つて、(ⅰ)事故発生前原子炉は少くとも定格出力の一〇二パーセントで運転されているものとすること、(ⅱ)アクチニド以外の放射性分裂生成物の崩壊熱については、無限大の運転時間を仮定して生成量を求めたANS(アメリカ原子力学会)標準式の与える値の1.2倍の値が、G・E社の計算方式による場合は、適切な安全余裕を見込むこと、等の保守的な条件を設計するなどして計算することとしていることが認められるから、たとえ、右のデータが不足していたとしても、ECCS安全評価指針の基準値の合理性には影響は及ばないものというべきである。

原告らは、本件安全審査においては、LOCA時の水―ジルコニウム反応により生成される水素化合物による燃料被覆管の脆化が考慮されていない旨主張し、証人舘野淳は右主張にそう証言をするところ、<証拠>によれば、高温下で被覆管が膨れて破裂した場合、管内へ水が入り込み、内面で酸化反応が起こり、そこで生じた水素をジルカロイが吸収してジルカロイ水素化合物が生じ、このためジルカロイの脆化が酸素吸収による脆化と重畳的に進むこと、しかし、右の現象については、本件安全審査当時には判明しておらず、その後行われた日本原子力研究所等の実験結果から初めて発見されたことであつたため、本件安全審査においては右水素脆化の点は考慮されていなかつたこと、しかしながら、昭和五六年の前記新指針制定の際、右の水素脆化による影響を確認し、追加試験等も行われたが、右水素脆化の影響を考慮しても、なお、本件許可処分の実質的審査基準とされたECCS安全評価指針は、燃料被覆管がLOCAの過程でその延性を極度に失うことなく、炉心の冷却可能な形状を維持し得るにつき、なお安全余裕を有するものであることが確認されたこと、が認められるから、右水素脆化の点が本件安全審査において考慮されなかつたことから本件安全審査の違法を主張することはできないものというべきである。

(6) 結論

右(3)ないし(5)によれば、放射性物質異常放出防止対策が講じられているかどうかの判断に当つて検討が必要とされた各事項についての判断にいずれも合理性が認められるのであるから、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられるものとした本件安全審査における判断(前記(2))には、合理性があると認められる。

第八  本件許可処分の実体的適法性について(その四……原子炉等規制法二四条一項四号要件適合性のうち、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策について)

一原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性についての審査

1原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、原子炉等による災害の防止上支障がないものであるかどうか、をみるには、第一に、原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策がとられているかどうか、第二に、自然的立地条件に係る安全確保対策を含め原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策がとられているかどうか、第三に、原子炉施設の公衆との隔離に係る安全確保対策がとられているかどうかの各観点からの検討が必要であるとの考え方に基づきなされた本件安全審査の方法に合理性が認められることは前記(第六、一)のとおりであるが、<証拠>によれば、本件安全審査においては、右第三の安全確保対策がとられているかどうかについては、後記2の考え方に基づきなされたことが認められるところ、右の考え方には合理性があると認められる(ただし、後記三1参照)。

2本件安全審査においては、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計方針において、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性及び自然的立地条件との関連をも含め事故防止対策に係る安全性が確認されたが、更に、念には念を入れ、安全性につき万全を期するため、右の各安全対策は十分有効なものであることを前提としたうえ、後記3の立地審査指針に基づき、本件原子炉が、その安全防護設備との関連において十分に公衆から離れている、との立地条件を満たしているかどうか、すなわち、公衆との離隔に係る安全性を確保し得るものかどうか、を審査することとすべきである(このように、立地審査指針に基づき原子炉の公衆との隔離に係る立地条件の適否を検討することを、災害評価という。)。

3立地審査指針

<証拠>によれば、立地審査指針は主として次のような内容のものであることが認められる。

(一) 基本的目標

万一の事故時にも、公衆の安全を確保し、かつ、原子力開発の健全な発展をはかることを方針として、この指針によつて達成しようとする目標は次の三つである。

(1) 敷地周辺の事象、原子炉の特性、安全防護設備等を考慮し、技術的見地からみて、最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故(以下、重大事故という。)の発生を仮定しても、周辺の公衆に放射線障害を与えないこと、

(2) 更に、重大事故を超えるような技術的見地から起こるとは考えられない事故(以下、仮想事故という。例えば、重大事故を想定する際には効果を期待した安全防護設備のうち、いくつかが動作しないと仮想し、それに相当する放射性物質の放散を仮想するもの)の発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないこと、

(3) なお、仮想事故の場合には、国民遺伝線量に対する影響が十分に小さいこと、

(二) 立地審査の指針

立地条件の適否を判断する際には、前記の基本的目標を達成するため、少なくとも次の三条件が満たされていることを確認しなければならない。

(1) 重大事故の発生を仮定した場合に、そこに人が居続けるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離の範囲内が非居住区域(公衆が原則として居住しない地域)となつていること、

(2) 仮想事故の発生を仮想した場合に、何らの措置も講じなければ、その範囲内にいる公衆に著しい放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離の範囲内であつて、右非居住区域の外側の地帯が低人口地帯(著しい放射線障害を与えないために、適切な措置を講じ得る環境にある地帯をいう。)となつていること、

(3) 右仮想事故の発生を仮想した場合に、全身被曝線量の積算値が国民遺伝線量の見地から十分に受け入れられる程度に小さい値になるような距離だけその敷地が人口密集地帯から離れていること、

(三) 右(二)の各距離を判断するためのめやすの線量として、右(二)(1)の場合に関しては、甲状腺(小児)被曝について一五〇レム及び全身被曝について二五レム、右(二)(2)の場合に関しては、甲状腺(成人)被曝について三〇〇レム及び全身被曝について二五レム、右(二)(3)の場合に関しては、全身被曝線量の積算値として二〇〇万人レムがそれぞれ用いられること、

二本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性

1<証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計方針において、公衆との離隔に係る安全性を確保し得るもの、すなわち、公衆との離隔に係る立地条件との関連において、原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設置されるものであると判断されたことが認められる。

2本件原子炉施設の設置位置等

<証拠>によれば、本件原子炉施設は福島県双葉郡富岡町及び楢葉町に跨り、太平洋に面した敷地内に設置されること、右敷地の形は別紙第十図のとおりおおよそ正方形をなし、その面積は約一五〇万平方メートルであり、本件原子炉から敷地境界までの最短距離は約五〇〇メートルであること、本件原子炉から、半径五キロメートル以内の人口は約一万二五〇〇人、半径一〇キロメートル以内の人口は約二万五七〇〇人、半径三〇キロメートル以内の人口は約一二万人であること、本件原子炉から敷地境界までの距離は、北方約九〇〇メートル、西方約九五〇メートル、南方約五〇〇メートルであること、また、敷地付近のやゝまとまつた集落としては、北方約1.2キロメートルに毛萱(人口約一九〇人)、南方約0.8キロメートルに波倉(人口約三〇〇人)、西方約1.3キロメートルに太田(人口約二二〇人)等があり、半径三キロメートル以内に七地区、半径五キロメートル以内に一四地区があることが認められる。

3本件災害評価とその結果

(一) <証拠>によれば、本件安全審査においてなされた災害評価及びその解析の結果の内容は次のような((二)以下)ものであつたことが認められる。

(二) 重大事故

(1) 冷却材喪失事故

イ 解析条件

① 原子炉は定格出力の一〇五パーセントで運転しているものとする。

② 炉心から原子炉格納容器内に放出される放射性物質の放出量としては、炉心に蓄積されている核分裂生成物のうち、希ガス二パーセント、よう素一パーセントとする。

③ 格納容器内の希ガス及びよう素は、事故後格納容器内圧が大気圧に戻るまでの三三日間は、一日当り0.5パーセントの割合で原子炉建家内に漏洩するものとする。

④ 原子炉建家内に漏洩したよう素を除去する非常用ガス処理系設備のフィルタのよう素除去効果は九五パーセントとする。

⑤ 大気中の拡散に用いる気象条件としては、事故発生後二日間はヒューミゲーションが続くものとし、排気筒高さで均一拡散、残りの三一日間は大気安定度B型が続くものとし、いずれの場合も水平方向拡散幅は三〇度、有効拡散風速は毎秒四メートルとする。

なお、現地の地形を模擬した風洞実験の結果から、敷地境界に対して排気筒実効高さは六〇メートルとする。

口 解析の結果

イの各条件を用いて事故解析を行つた結果、大気中に放出される放射性物質は、希ガス1.36×104ci及びよう素二五一キュリーであり、敷地外において被曝線量が最大となるのは、排気筒から南方約六九〇メートルの敷地境界であって、その地点における線量は、甲状腺(小児)に対して約3.7レム及び全身に対してガンマ線約0.016レムとなる。

(2) 主蒸気管破断事故

イ 解析条件

① ピンホールのある燃料棒から冷却水中に放出される放射性物質の量は、よう素については、約四万キュリーが原子炉圧力容器の圧力の低下に伴つて冷却水中に徐々に追加されるものとする。

② 事故時、主蒸気管に設けられた八個の主蒸気隔離弁のうち、一個は閉鎖しないと仮定しており、また、閉鎖した七個の右隔離弁全体からの漏洩率は、原子炉圧力容器内の蒸気相体積に対し一日当り一二〇パーセント(一時間当り五パーセント)と仮定し、その後は原子炉圧力容器内の圧力に依存するものとする。

③ 主蒸気隔離弁閉鎖後に、主蒸気隔離弁を通して大気中に漏洩する放射性物質の大気拡散条件としては、地上放散、大気安全度F型、水平方向拡散幅三〇度とし、有効拡散風速は毎秒1.5メートルとする。

ロ 解析の結果

イの各条件を用いて事故解析を行つた結果、大気中に放出される放射性物質は、よう素が二三三キュリー、ハロゲン3.39×103ci及び希ガス3.2×103ciであり、敷地外において被曝線量が最大となるのは、タービン建家から南方約五二〇メートルの敷地境界であつて、その地点における線量は、甲状腺(小児)に対して約八三レム及び全身に対してガンマ線約0.049レムである。

(三) 仮想事故

(1) 冷却材喪失事故

イ 解析条件

① 前記(二)(1)イの条件の外、

② 炉心に蓄積されている核分裂生成物の原子炉格納容器内への放出量については、炉内蓄積量に対し、希ガスについては一〇〇パーセントが、よう素については五〇パーセントがそれぞれ放出されるものとする。

③ 格納容器内から原子炉建家内への漏洩は一定の漏洩率(一日当り0.5パーセント)で無限時間継続するものとする。

ロ 解析の結果

右イの各条件を用いて事故解析を行つた結果、大気中に放出される放射性物質は、希ガス7.04×105ci及びよう素1.32×104ciであり、敷地外において被曝線量が最大となるのは、排気筒から南方約六九〇メートルの敷地境界であつて、その地点における線量は、甲状腺(成人)に対して約四八レム及び全身に対してガンマ線約0.79レムである。

(2) 主蒸気管破断事故

イ 解析条件

① 前記(二)(2)イの条件の外、

② 主蒸気隔離弁八個のうち、一個の故障を仮定し、閉鎖した主蒸気隔離弁から原子炉圧力容器中の放射性物質の漏洩は無限時間続くものとし、漏洩は原子炉圧力容器の蒸気相体積に対して一日一二〇パーセント(一時間五パーセント)の漏洩率とするが、原子炉圧力及び温度の低下には依存せず、無限時間一定であるとする。

③ 主蒸気管隔離弁閉鎖後追加放出される放射性物質の全量が瞬時に原子炉圧力容器中に放出されるものとする。

ロ 解析結果

右イの各条件を用いて事故解析を行つた結果、大気中に放出される放射性物質は、よう素六六五キュリー、ハロゲン5.45×103ci及び希ガス1.12×104ciであり、敷地外において被曝線量が最大となるのは、タービン建家から南方約五二〇メートルの敷地境界であつて、その地点における被曝線量は、甲状腺(成人)に対して約三二レム及び全身に対してガンマ線0.079レムである。

(四) 国民遺伝線量の評価(仮想事故時における全身被曝線量の積算値の評価)

(1) 冷却材喪失事故

イ 解析条件

① 大気に放出される放射性物質の量については、前記仮想事故の冷却材喪失事故について解析された量を用いる。

② 拡散条件は、排気筒実効高さ六〇メートル、風速毎秒1.5メートル、大気安全度F型、水平方向拡散幅三〇度とする。

③ 拡散方向は、最も人口密度の高い方向とする。

④ 人口については、一九七〇年(昭和四五年)の国勢調査の人口のほか、二〇二〇年(昭和九五年)における推定人口を用いる。)

ロ 解析条件

右イの各条件により解析した結果、希ガスによる全身被曝線量の積算値は、一九七〇年の人口に対して約二三万人レム、二〇二〇年の推定人口に対して約三〇万人レムである。

(2) 主蒸気管破断事故

イ 解析条件

① 大気に放出される放射性物質の量については、前記仮想事故の主蒸気管破断事故について解析された量を用いる。

② 拡散条件としては、地上放散とする以外は、前記(1)の冷却材喪失事故の場合と同じとする。

ロ 解析結果

右イの各条件により解析した結果、希ガスによる全身被曝線量の積算値は、一九七〇年の人口に対し約0.65万人レム、二〇二〇年の推定人口に対し約0.85万人レムである。

4本件災害評価方法の合理性

(一) 重大事故及び仮想事故想定の妥当性

本件災害評価において、重大事故及び仮想事故としてそれぞれ想定された冷却材喪失事故及び主蒸気管破断事故は、前者は原子炉格納容器内に放射性物質が放出される事故として、また、後者は直接原子炉格納容器外に放射性物質が放出される事故として、そのそれぞれにおいて最大の放射性物質の放出が想定される事故である(これは乙八号証の一により認められる。)から、右の各事故の想定は妥当なものであるとした本件安全審査の判断(これは、乙九号証により認められる。)には合理性があると認められる。

(二) 災害評価条件設定の合理性

前記災害評価条件の設定は、以下に述べるごとくいずれも厳しいものであるから、右条件の設定は妥当なものであるとした本件安全審査の判断(これは<証拠>により認められる。)には合理性があると認められる(なお、以下においてあらたに認定した事実は、<証拠>により認められるものである。)。

(1) 前記(二)(1)(重大事故の冷却材喪失事故)イ①については、本件原子炉施設においては、平常運転時には定格出力を超えて運転することはないにもかかわらず、その一〇五パーセントで運転しているものとしたこと、②については、希ガス、よう素の原子炉格納容器内への各放出量は、燃料被覆管の損傷割合を一〇〇パーセントとして求めた値であり、前記の再循環回路配管一本が完全破断し、作動すべきECCS系に最悪の単一動的機器の故障が生じた場合の事故解析の結果生じるとされた燃料被覆材の損傷割合七パーセントと比較すると著しく厳しい条件であること、③については、希ガスやよう素の原子炉格納容器からの漏洩率は、原子炉格納容器スプレイ冷却系設備の作動等により原子炉格納容器の圧力が事故後三三日後には大気圧にまで低下するので、原子炉格納容器内の圧力に依存し漸減するにもかかわらず、この間原子炉格納容器の設計圧力における漏洩率である一日当り0.5パーセント一定と仮定することにより漏洩量を多く見積つていること、④については、非常用ガス処理系設備におけるフィルタのよう素除去効率は、九九パーセント以上のものとなるように設計されるにもかかわらず、これよりも低い九五パーセントと仮定して、よう素の環境への放出量を多く見積つていること、⑤については、大気中に放出された希ガス及びよう素の拡散、希釈についても、風向が変動することに伴う拡散、希釈の程度及び風速をいずれも厳しく見積つていること、

(2) 前記(二)(2)(重大事故の主蒸気管破断事故)イ①については、ピンホールを有する燃料棒から冷却水中に放出されるよう素の最大量は二万キュリーと想定されるにもかかわらず、余裕をみてその値の二倍の値を見積つていること、②については、事故時、破断箇所からの冷却水の流出を抑制するために、自動的に閉鎖する八個の主蒸気隔離弁は、原子炉施設の運転開始後もその作動性を実証するための 試験がでぎるようになつていること等信頼性確保の措置が講じられているにもかかわらず、隔離弁一個の閉鎖失敗を仮定していること及び閉鎖した七個の隔離弁全体からの漏洩率は、原子炉圧力容器内の蒸気相体積に対し閉鎖弁一個当り一日一〇パーセント(弁全体で一日三〇パーセント)以下に制限することができる設計であるにもかかわらず、弁全体で一日当り一二〇パーセントと仮定していること、③については、大気中に放出された希ガス及びよう素の拡散、希釈についても、風向が変動することに伴う拡散、希釈及び風速による拡散、希釈の程度をいずれも厳しく見積つていること、

(3) 前記(三)(1)(仮想事故の冷却材喪失事故)イ①については、重大事故の冷却材喪失事故に係る災害評価に当つて設定されたと同様の厳しい評価条件が設定されているほか、②については、炉心に蓄積されている核分裂生成物の原子炉格納容器内への放出量については、炉心内の全燃料棒が溶融したと仮定した場合に放出される放射性物質の量に相当する量としていること、③については、希ガス、よう素の原子炉格納容器から原子炉建家内への漏洩は、原子炉格納容器内の圧力が大気圧に戻る事故後三三日間だけ継続する設計となつているにもかかわらず、これを無視して一定の漏洩率で無限時間継続するとしていること、

(4) 前記(三)(2)(仮想事故の主蒸気管破断事故)イ①については、前記重大事故の主蒸気管破断事故による災害評価に当つて設定されたと同様の厳しい条件が設定されているほか、②については、閉鎖した七個の隔離弁全体からの漏洩は、原子炉圧力容器内の圧力の低下に伴い漸減し、原子炉圧力容器内の圧力が太気圧にまで低下する一日後には停止するにもかかわらず、これを無視して一定の漏洩率で、かつ、無限時間継続するものとしていること、③については、燃料棒から冷却水中に追加放出される放射性物質については、事故後の原子炉圧力容器内の低下に伴い徐々に放出されるものであるにもかかわらず、これを無視して一度に全量が放出されるという苛酷な仮定をしていること、

5立地審査指針適合性

立地審査指針に基づき、重大事故に備えての公衆との隔離に係る立地条件に関して行う安全審査は、前記(一2、3)のとおり、重大事故の発生を仮定した場合に、そこに人が居続けるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離の範囲内が非居住区域となつているかどうかをみるものであり、右距離を判断するためのめやすの線量として、甲状腺(小児)被曝については一五〇レム及び全身被曝については二五レムがそれぞれ用いられ、また、立地審査指針に基づき、仮想事故に備えての公衆との隔離に係る立地条件に関して行う安全審査は、前記(一2、3)のとおり、仮想事故の発生を仮想した場合に、何らの措置も講じなければ、その範囲内にいる公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断される距離の範囲内であつて、非居住区域の外側の地帯が低人口地帯となつているかどうか、及び右の場合、全身被曝線量の積算値が国民遺伝線量の見地から十分受け何れられる程度に小さな値になる距離だけその敷地が人口密集地帯から離れているかどうか、をそれぞれみるものであり、右距離を判断するためのめやすの線量として、前者に関しては甲状腺(成人)被曝について三〇〇レム及び全身被曝について二五レムが、後者に関しては二〇〇万人レムがそれぞれ用いられる。

しかして、本件原子炉敷地外における前記重大事故の場合の被曝線量の最大値は、前記(二3)のとおりであり、右各事故のいずれの場合においても、右のめやす線量に比べてそれぞれ十分小さく、非居住区域であるべき範囲は右敷地内に含まれ、また、本件原子炉敷地外における前記仮想事故の場合の被曝線量の最大値は、前記(二3)のとおりであり、右各仮想事故のいずれの場合においても、右のめやす線量に比べてそれぞれ十分小さく、低人口地帯であるべき範囲は右敷地内に含まれ、更に、全身被曝線量の積算値も、右めやす線量に比べて十分小さい。

したがつて、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る立地条件は立地審査指針に適合するものであるとした本件安全審査における判断(これは<証拠>により認められる。)には合理性があると認められる。

6結論

前記3ないし5によれば、本件災害評価方法が妥当なものであるとした本件安全審査における判断及び本件原子炉施設の公衆との離隔に係る立地条件は立地審査指針に適合するものとした本件安全審査における判断にいずれも合理性が認められるのであり、加えて、後記のとおり右立地審査指針のめやす線量値に特に不合理のないこと及び前記2の事実を合わせ考慮すると、本件安全審査において、本件原子炉施設には公衆との離隔に係る安全確保対策が講じられるものとした前記1の判断には合理性があると認められる。

三原告らの主張に対する判断

1災害評価における技術因子の有効性を考慮している態度の違法性に関する主張について

原告らは、前記一2の本件安全審査の考え方について、本件原子炉施設に対して安全防護の技術因子の有効性を考慮に入れている態度(例えば、ECCSの不作動等を仮定していない態度)は問題であるとし、そのような態度に基づきなされた本件安全審査の違法性を主張するかの如くである。

しかしながら、既にみたとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設について、平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策及び自然的立地条件に係る安全確保対策を含めた原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策がいずれも講じられているものと判断され、右の判断にはいずれも合理性が認められたのであるから、前記一2の本件安全審査における考え方の如く、右の各安全対策は十分有効なものであることを前提として(技術因子の有効性を考慮して)原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策の有無を検討するという方法が合理性を有するものであることは明らかである。

もつとも、<証拠>によれば、原子炉施設の安全確保対策は三つの柱からなつており、第一の柱は平常時被曝対策、第二の柱は事故防止対策、第三の柱が原子炉施設と公衆との離隔であることが認められるところ(本件安全審査においても、右三本の柱につきそれぞれ検討するという方法を採つていることは前記のとおり。)、右第一の柱と第二の柱とは、その性質上安全確保対策としてはそれぞれが別個独立に確保されることが必要であると解されるが、右第一、第二の二本の柱と第三の柱との関係については、第三の柱が念には念を入れるといういわゆる多重防護的考え方に基づいて設定されるものであることからすると、第一、第二の柱が確保されない場合を想定し、つまり第一、第二の各安全対策が有効なものでないことを想定し(いわゆる技術因子の有効性を考慮に入れないで)たうえで第三の柱が確保されているかどうかを審査する方法も十分考えられる方法ではあり、現に、<証拠>によれば、原子炉施設の運転により内部に内蔵される大量の放射性物質から放出される放射線は、たとえ放射線を減衰させるための物的障壁がなくても、離隔によつて十分減衰し得るものであり、原子炉開発の初期においては、安全対策の唯一のものが距離因子であつたこと、AEC(アメリカ原子力委員会)が一九六二年(昭和三五年)に発表した立地基準は、一〇〇パーセントの炉心溶融を内容とする最大想定事故を考える、安全装置をECCSのような事故防止装置と格納容器のような影響限定装置に分け、後者の効果のみを認めるなどというものであつたことが認められるのである。

しかしながら、前掲各証拠によれば、AECの右立地基準も一九六七年ECCS等の安全防護施設の有効性を考慮に入れることを認める方向に緩和されたことが認められるうえ、原子炉施設の安全性確保対策は、そもそも総合的なものと考えられるから、距離因子のみをその対策とするか、それとも他の安全防護施設との関連で距離因子を考えるか、その場合でもどの安全防護施設にどの程度の有効性があることを前提とするか等は、各施設の重要性、有効性を裏づけるデータや知見等技術的進歩の程度等を総合考慮して定められるべきものと考えられるから、我が国における前記のとおり第三の柱の安全確保対策が講じられているかどうかの審査方法が合理的なものであることは明らかである。

なお、原告らは、WASH―七〇〇(ブルックヘブン報告)、ラスムッセン報告等によれば、原子力発電所の事故による災害の規模は広範囲で深刻なものであるにもかかわらず、本件安全審査においては、この本質的な危険性に何らの検討を加えることなく、意図的な事故評価によりことさら事故を過小評価している旨主張するが、右の各報告は、いずれもそもそも損害額の算定や公衆のリスクの評価を目的としたもの(これは、本件記録上明らかである。)であつて、立地基準の適否を検討するための災害評価とは目的を異にするから、右の各報告等で扱われた事故内容等をそのまま本件災害評価においても検討しなければならないものではない。

付言するに、原告らは、本件安全審査における災害評価に際し、仮想事故の場合に、「炉心内の全燃料の溶融」を仮定しながら、「格納容器の健全性」は保持されるとしているのは、自然科学上の法則に反するものである旨主張するが、これは原告らの誤解に基づくものである。すなわち、本件安全審査における災害評価において仮定したのは、ECCSの有効性は認めつつ、炉心内の全燃料が溶融したと考えた場合に相当する燃料から放出される放射性物質の量についてのみであつて、決して、炉心が溶融した場合にはどのような状況に立ち至るかを推論し(例えば、ECCS不作動のため炉心加熱→炉心崩壊し、原子炉容器の中でひとかたまりになる→圧力容器の溶融貫通→圧力容器が溶融貫通して、格納容器の底にひとかたまりになる等)、その結果生じるであろう災害の評価をし、これによつて原子炉の立地条件の適否を検討することとしているのではないのである。

2原告らは、立地審査指針に示されためやす線量は、平常時被曝の許容限度と比べても大きすぎ、周辺公衆の安全確保のためには規制的意義を有しない旨主張し、証人中島篤之助及び同舘野淳は右主張にそう証言をする。

しかしながら、前記のとおり、立地審査指針は、原子炉設置許可に際しての安全審査において、申請に係る原子炉施設につき、その基本設計ないし基本的設計方針に関して、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性及び事故防止対策に係る安全性がそれぞれ確保されるものであることを確認したうえ、原子力発電の安全性の確保には念には念を入れるとの考え方から要求される、原子炉の公衆との離隔に係る立地条件の適否の判断基準となるのであり、右指針が定めるめやす線量は、その基本設計ないし基本的設計方針からみて現実的には発生する蓋然性のない事故を想定した場合においても、当該原子炉はその安全防護設備との関連において十分に公衆から離れている、との立地条件を満たすかどうかを判断するための一方法として、その判断の際に用いられるめやすとしての線量にとどまるものであつて、公衆がその線量を現実に被曝する蓋然性があることを前提として設定されたものではない。もつとも、このように、右のめやす線量と許容被曝線量とは、その意義、制定目的等を異にするものではあるものの、右めやす線量が著しく極端に大きな量(例えば、現行のめやす線量の数百倍ないし数千倍)であつたならば、立地指針にいう距離を判断するためのめやす線量としての意義を実質上失うに至ることもあり得るとはいえる。しかし、<証拠>によれば、現行の立地指針のめやす線量は、指針制定当時(昭和三九年当時)における放射線の影響に関する知識、事故時における原子炉からの放射性物質の放射の型と種類及びこの種の諸外国における例等を比較検討して行政的見地から定められたものであること、右のめやす線量については、特に放射線の生体効果、国民遺伝線量等については、まだ明確でない点もあるので今後とも我が国における右の方面の研究の促進をはかり、世界のすう勢をも考慮して再検討を行うこととする、との方針が確認されていたことが認められるところ、右指針で示されためやす線量の数値が特に右の諸点等からみて不合理であることを認めるに足りる証拠もないのであるから、右原告らの主張はいずれも失当である。

第九  TMI事故について

一はじめに

原告らは、TMI事故に関し縷縷主張しているところ、同事故は後記のとおりの内容をもつた事故であつて、原子力発電所における事故としては、かつてない程の規模と影響力を有するものということができる(これは当裁判所に顕著な事実である。)。

そこで、以下、同事故の内容を明らかにし、同事故と本件安全審査との関係を検討したうえ原告らの同事故に関する主張のうち特に重要と思われる事項について判断することとする。

二事故の概要

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

一九七九年(昭和五四年)三月二八日TMI発電所の二号炉(B&W(バブコック・アンド・ウイルコックス)社設計のPWRである。以下、TMI二号炉という。なお、PWRの構造については別紙第十一図参照。)において発生した事故(TMI事故)の概要は、次のとおりである。

1TMI二号炉の事故前の状況

TMI事故が発生したのは、TMI二号炉の初臨界から約一年後、営業運転開始から約三か月後のことであるが、同炉については右の約一年間に数多くのトラブルが発生しており、それにもかかわらずそれらを完全には解決しないまま運転を継続していた。右トラブルのうち、TMI事故に直接関連するものとして、例えば次の事象があつた。

(一) 加圧器逃し弁又は安全弁から毎時約1.4立方メートルもの一次冷却材の漏洩があつたことが、そのまま長期間運転を続けていたこと。

(二) 主給水喪失時に、直ちに蒸気発生器に給水するための補助給水系の弁が二個とも閉じられたままの状態で運転を続けていたこと。

なお、右(一)、(二)は、いずれもTMI二号炉の運転条件を規定した技術仕様書に違反した行為であつた。

2TMI事故の経過

(一) TMI二号炉の事故発生直前の状況は、前記1(一)、(二)の事象の外、復水脱塩系の樹脂移送ラインが詰まり、事故前約一一時間にわたつて樹脂を移送すべく作業が行われており、定格の約九七パーセントの出力で運転されていた。

(二) 事故の発端は、右樹脂移送用の水が空気系に入り、復水脱塩系の弁が閉まり、この結果、主給水ポンプ(復水器を通過して水に戻つた二次冷却水を蒸気発生器へ給水するために二次冷却系に設けられているポンプ)二台が突然停止したことである。これと殆ど同時にタービンが停止し、その結果、一次冷却系の温度、圧力が上昇したが、加圧器逃し弁が開き、八秒後には原子炉は自動的に緊急停止したため、一次冷却系の圧力は急速に低下し、加圧器逃し弁の閉設定圧力(閉止すべき圧力)以下となつたが、右弁は開放状態のまま固着し、閉止しなかつたため、一次冷却水が、加圧器逃し弁から一次冷却材ドレンタンク、更には、原子炉格納容器内へと流出し続けることとなり、いわゆる小破断LOCAの状態となつた。

一方、二次冷却系では、主給水ポンプ停止により補助給水ポンプが三台とも自動起動したが、前記のように出口側の弁が閉じられていたため、蒸気発生器に二次冷却水を注入することができず、蒸気発生器における一次冷却系の除熱能力が急速に低下したが、八分後に運転員がこれに気づき、弁を開き、これ以降蒸気発生器の除熱能力は回復した。

(三) 一次冷却系では、前記のとおり、加圧器逃し弁からの一次冷却材の流出が続いたが、中央制御室における弁の開閉状態の表示が不適切であつたため、運転員はこの弁が開放のままであることに気づかなかつた。すなわち、中央制御室における右逃し弁の開閉表示は、現実の弁の開閉状態を直接検出してこれを表示するのではなく、弁の開閉を指示する空気信号の状態を表示することにより弁の開閉状態を間接的に表示する方式のものであり、したがつて、この表示が正確なのは、弁に故障がない場合に限られるところ、現実には弁は開放固着していたにもかかわらず、中央制御室における表示は閉を指示する電気信号に従い、「閉」となつていたところから、運転員は、加圧器逃し弁が開放のままであることに気づかなかつたのであつた。

やがて、二分二秒後、一次冷却水喪失の事態に対処するために設けられているECCSの一つである高圧注水系のポンプが二台とも自動的に起動した。しかし、蒸気発生器の除熱能力が低下していたため一次冷却水が局所的に沸騰し、発生した蒸気泡が一次冷却水を加圧器に押し上げて加圧器の水位を上昇させ、加圧器水位計の表示上一見一次冷却水の量が増加しているかの如き現象を呈したので、常々加圧器を満水にして圧力制御不能になる状態を回避するよう教育されていた運転員は、ECCSによる冷却水の過度の注水によつて加圧器が満水となり圧力制御が不能になる虞れがあるものと判断し、手動操作によつて約四分三〇秒後(ECCS自動起動後約二分三〇秒後)二台の高圧注水ポンプの一台を停止し、残りの一台の流量を最低限にまで絞つたうえ、抽出量を最大にした(なお、TMI二号炉の緊急手順書によれば、高圧注水ポンプの停止は、加圧器水位だけでなく、一次系の圧力も条件とされており、右の運転員の措置は緊急手順書に違反した行為である。)。この結果、炉心の冷却に必要な一次冷却水の量が不足することとなり、やがて、炉心の上部が一部蒸気中に露出して過熱状態となり、ついに炉心損傷の事態に至つた。

(四) 約二時間二〇分後、運転員は、加圧器逃し弁の開放固着に気づき、同弁の元弁を閉じて一次冷却水の流出を止めたが、依然として高圧注水ポソプを全開にして冷却水を注入することをしなかつたので、炉心の水は蒸発し、炉心は上部三分の二程度が露出し、このため燃料は更に温度上昇し、重大な損傷が生じて大量の放射性物質が一次冷却系に放出され、また、燃料被覆管と蒸気が反応して大量の水素が発生した(この水素の一部はのちに格納容器内に放出されたのち、水素爆発を起こした。)。三時間二〇分後、運転員は手動によりECCSを再起動させて一次冷却系内に注水し、炉心を再冠水させて炉内の水量を確保し、一五時間五〇分後一旦停止されていた一次冷却材ポンプを再起動させて一次冷却水の強制的な循環を再開させ、一次冷却系の除熱を行い、徐々に安定的な停止状態に移行させた。

(五) 右に述べたような燃料の損傷により、大量の放射性物質が一次冷却水中へ漏出し、その一部が環境へ放出されたが、その量については、いくつかの推定がなされており、最も確からしい推定値は、放射性希ガスは、約二五〇万キュリー(NRCによる算出値は約一三〇〇万キュリーであつたが、その後ケメニー委員会のタスクフォースの調査により排気ダクト付近のエリアモニタの指示値が放射性希ガスの放出量の推定に役立つことがわかつたので、そのエリアモニタの指示値をもとに推定された放出量が二五〇万キュリーであつた。)、放射性よう素のうちよう素一三一(よう素一三三、一三五は短期間で減衰するので、よう素一三一のみを推定)が約一五キュリー(推定値の幅は一〇ないし三二キュリー)である。これらによるTMI発電所周辺公衆の外部全身被曝線量は、事故発生の一九七九年(昭和五四年)三月二八日から同年四月一五日までの期間について、個人の最大被曝線量の推定値は約七〇ミリレム(TMI発電所北門付近において事故発生から数日間連続して屋外に衣服なしでいたと仮定した場合は約一〇〇ミリレム。右の推定値は、我が国における自然放射線による平均的な年間被曝線量((約一〇〇ミリレム))以下である。)、TMI発電所から半径八〇キロメートル以内の住民約二一六万人についての集団被曝線量は、右同期間の累積で、いくつかの異つた計算値が存するも、最も確からしいとされる推定値は、家屋の遮へい効果等を考慮した場合約二〇〇〇人レム(個人の被曝線量は平均約一ミリレム)であり、また、TMI発電所周辺住民七六〇人について全身計測を行つた結果、有意な体内汚染は検出されなかつたし、これらの被曝によつて生じ得る健康への影響(発ガンなどの身体的影響と遺伝的影響)は、例えば、半径八〇キロメートル以内の約二一六万人の住民のうち今後ガンによつて死亡する者の数は、約三二万五〇〇〇人と推定されるのに対し、TMI事故によつて増加するガンによる死者は一名未満と推定されるなど、これらの被曝がなかつた場合に比べて無視し得る程度であつた。

三事故の評価

1右二によれば、TMI事故を単なる主給水喪失という事態から炉心損傷等にまで拡大、発展させ、TMI事故たらしめた決定的要因は、第一に、加圧器逃し弁が開固着していることに運転員が二時間半近くも気づかず、この間元弁を閉めなかつたこと、第二に、加圧器逃し弁からの一次冷却水の流出による一次冷却系の圧力の低下に伴つて自動起動したECCSを、運転員が、原子炉圧力の低下に留意しないで加圧器水位の上昇のみを見て一次冷却水量に関する判断を誤つて事故後約三時間近くにわたつて停止させ、流量を最低限にまで絞つたりしたことであると認められ、したがつて、TMI事故の直接の決定的要因は、主として人的要因、すなわち、人為ミスであるということができる。

2しかし、TMI事故の直接の決定的要因が主として人為ミスにあるとしても、前掲二の各証拠によれば、そのような人為ミスの背景には、主として次のような要因のあることが、我が国の原子力安全委員会の米国原子力発電所事故調査特別委員会等の調査等の結果判明したことが認められる。

(一) 設計に係る面

(1) 制御室の設計

制御盤、計器、操作器等の配置は適切とはいえず、事故発生後短時間に一〇〇を超える警報が出るなどして運転員の判断を困難ならしめ、また、問題となつた加圧器逃し弁の開閉表示も前記のとおり不適切で、弁が開放しているにもかかわらず、あたかも閉じているような表示になつていた。

(2) 格納容器の隔離

他の多くの原子力発電所では、格納容器の隔離は、内圧上昇のみならず、ECCSを含む工学的安全施設の作動信号及び放射線レベルでもなされる設計であるのに対し、TMI二号炉の格納容器は内圧上昇のみによつてしか隔離信号が出ない設計であつたため、長時間にわたつて格納容器が隔離されず、このため、加圧器逃し弁から流出して格納容器にたまつた一次冷却材をサンプポンプが汲み上げて補助建家に送るなどのことがなされ、汚染が拡大した。

(二) 運転管理

(1) 運転規則等の不備、欠陥

TMI二号炉においても、他の原子炉と同様、NRC(アメリカ原子力規制委員会)の許可にかかる技術仕様書に基づき運転手順書、緊急手順書及び保守点検手順書等(運転規則等)が作成されていたが、これらの整備は十分でなく、かつ、定期的な見直しも実行されていなかつた。

(2) 運転規則等の違反

前記のとおり、加圧器の逃し弁又は安全弁からの漏洩を放置していたことは重大な運転規則等の違反である。TMI二号炉の緊急手順書によれば、右の弁の出口についている温度計が摂氏五四度(華氏一三〇度)以上になつたときは、加圧器逃し弁の元弁を閉じ、かつ、温度計の指示値を連続記録しなければならないと規定されているところ、事故前の右の指示値は摂氏八二度(華氏一八〇度)以上を示していたのに運転員はこれを怠つていた(もし、右の手順書の規定に従い、元弁を閉じていれば、加圧器逃し弁が故障して開固着することはなく、また、右温度計の指示値は右の弁が完全に閉つていないことを示す最も確実な情報であり、更に、連続記録されていれば、運転員は右の弁の開固着により早く気づいていた可能性はある。)。更に、前記のとおり、補助給水系の弁が閉められたまま運転されていたのも技術仕様書の明白かつ重大な違反であつた。

(3) 不適切な指示

TMI二号炉では、事故前ECCSの一つである高圧注水ポンプに何度か誤起動が起こつていたところから、運転員は、右高圧注入系等の工学的安全施設の起動信号が発信した時は、プラントの状況を確認する前に、まず第一に右起動信号をバイパスするように指示されていたため、事故の途中、起動信号が発信される都度右指示に従つて忠実にバイパスの措置をとつた。TMI二号炉の設計上は、右信号の発信中高圧注水ポンプの停止や流量の絞り等の措置はとれないようになつていたが、右のバイパスによつてECCSの手動操作が可能となるため、事故の途中でなされたバイパスの後、運転員は、前記のとおり、せつかく起動したECCSを手動で停止するなどしたものである。右の指示は、原子炉施設の安全上の設計の考慮を無視し、無効にするものであつて、甚だ不適切なものであつた。

(三) 運転経験の反映と教育訓練

TMI事故の発生する以前に、これと類似の事象がいくつか発生し、また、右のような事象が重大な結果になることを警告した報告等があつた。すなわち、一九七四年(昭和四九年)八月スイスのべズナウ発電所では、タービントリップに続いて加圧器逃し弁が開固着し、加圧器水位が上昇するという事象が、また、一九七七年(昭和五二年)九月TMI二号炉と同型式のデービス・ベッシー炉では、給水系の異常から加圧器逃し弁が開固着し、補助給水も不調であつたところ、加圧器水位の上昇を見た運転員が自動起動した高圧注水ポンプを停止するという事象が、それぞれ発生した。前者の事象については、二、三分後に運転員が弁の開固着に気づいて元弁を閉じて事象は収拾され、後者の事象については、運転員が約二二分後に逃し弁の開固着に気づいて加圧器逃し弁の元弁を閉じて収束した。技師マイケルソンは、TMI二号炉と同型のB&W社の炉の小破断LOCAについて考察した報告書を作成し、その中で、加圧器逃し弁が開放状態となつた場合、水位の上昇によつて運転員が高圧注水ポンプを停止してしまう可能性があると警告し、また、WASH―一四〇〇(ラスムッセン報告)は、給水喪失を含む過渡変化から加圧器逃し弁開固着が他の系統の動作状況によつては重大な結果となり得ることを予告していた。

TMI二号炉でも、事故の約一年前電源異常から加圧器逃し弁が開固着するという事象を経験し、このときの経験から右の弁の開閉表示を制御室に設けたが、右の表示方法は、前記のとおり弁が故障したときには必ずしも実際の状況を指示しなくなるという不完全なものであつた。

以上の事象や警告の外にも類似の事象や右同様の警告があつたにもかかわらず、TMI二号炉については適切な考慮が払われず、実際の運転への反映もなされなかつた。また、事故当時制御室にいたTMI二号炉の運転員は、原子力の経験、運転員資格の試験の成績等からみて、アメリカの平均水準以上とみられていたが、彼らに対する教育訓練の内容には問題があつたとの指摘もなされていた。

3まとめ

以上を要するに、TMI事故を重大なものとした直接の決定的要因は主として人為ミスであるが、右人為ミスを惹起した背景的要因としては、設計上の不備、運転管理の不備、過去の事故等から有益な教訓を学ぶという組織の欠如等種々の要因があつたということができる。

四TMI事故と本件安全審査との

関係

前記のとおり、本件安全審査の対象となる事項は、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項に限られるのであつて、原子炉施設の詳細設計や運転管理に係る事項がこれに含まれるものではないから、TMI事故が本件安全審査と係りをもつには、同事故の要因が原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項に属するものであることが必要である(したがつて、右に述べた安全審査の対象に関するいわゆる基本設計論が安全評価の面では意味をなさない旨の原告らの主張は、たとえ同事故によつてそのようなことが判明したとしても、右基本設計論を前提とする現行法体系への批判もしくは立法政策上の問題提起としての意味をもつにとどまり、現行の原子炉等規制法等の体系の解釈論として右基本設計論を認める限り(右の解釈の妥当なことは前記のとおり)、失当な主張である。)。

しかして、前記のとおり、TMI事故は、その直後の決定的要因及び背景的要因の殆どは具体的な運転管理に係る事項に属するものと認められるが、右背景的要因の一部である制御室の設計の不備(加圧器逃し弁の開閉表示の不適切さ等)及び格納容器の隔離の不十分さ等は、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項に属しないとは必ずしもいえず、したがつて、TMI事故が本件安全審査と全く係りを有しないとはいえないというべきである。

なお、右にみたように、TMI事故を炉心損傷という重大事故たらしめた重要な契機は、一次冷却水が沸騰し、加圧器水位計の表示が正確に一次冷却系内の冷却水量を示さない状態であつたのに、表示上は一見冷却水量が増加したかの如き現象を呈したため、運転員が右表示どおりに一次冷却水の量を判断したことにあるというべぎところ、本件原子炉のようなBWRは、そもそも平常運転時において冷却水が沸騰し、常に液相部(水)と気相部(蒸気)とが共存しており、また、水位計は直接原子炉圧力容器に設置されている(これは、本件記録上明らかである。)のであるから、この点において、TMI二号炉のようなPWRとその構造を異にしており、したがつて、TMI二号炉で生じた、冷却水量について表示上と実際の水量との差違の生じるという現象は、BWRである本件原子炉においては、少なくともTMI事故における全く同様の経緯(一次冷却水の沸騰による水位計の表示上の誤りという経緯)を辿つては起こり得ないということができる。しかし、このことから直ちにBWRにおいてはTMI事故でみた炉心損傷の如き事象は起こり得ないとは速断できず、TMI事故において明らかとなつた人為ミス及びその背景的要因如何によつては同様の事故が起こり得ないとはいえないのであるから、BWRである本件原子炉の安全審査に関し、PWRであるTMI二号炉の事故を論拠としてその審査の違法を主張することはできないものではない。

五原告らの主張に対する判断

1設計基礎事故に関する主張について

原告らは、TMI事故は、いわゆる設計基礎事故(DBA)を超えた事故であり、本件安全審査を含む従前の安全審査段階では想定されていなかつた異常発生過程が現に存在することを明らかにした事故であるから、右の異常発生過程を想定せずに行われた本件安全審査の信頼性には重大な疑問がある旨主張する。

確かに、<証拠>によれば、TMI事故がいわゆるDBAを超えた事故かどうかについては議論のあるところであり、原子炉専門家の間にはこれを肯定する見解もあつて、従来の想定事故を考え直す必要性があるとの意見もあることが認められるが、現在至るも、従来の想定事故が明らかに誤つていたとしてそれに代る新しい想定事故の内容につき統一的な見解が生れていることを認めるに足りる証拠はないのであり、のみならず、TMI事故は、前記のとおり主として運転管理という詳細設計以降の段階にその発生原因があるのであり、未だ右事故が発生する以前である本件安全審査において、たとえDBAを想定して安全評価をしたとしても、これが合理性を欠くものではないと認められるから、原告らの右主張は失当である。

2単一故障指針に関する主張について

原告らは、TMI事故の発生によつて、本件を含む従来の原子炉設置許可の際の安全審査において用いられている単一故障指針の妥当性に根本的な疑問が生じた旨主張する。

ところで、<証拠>によれば、本件を含む原子炉施設許可に際しての安全審査において用いられているいわゆる単一故障指針とは、原子炉の主要な施設における異常事象の発生時に原子炉施設の安全性を確保するために作動することが要求されている安全保護設備や安全防護設備等の安全上重要な設備については、右設備を構成している機器のうち原子炉施設の安全上最もその結果が厳しくなるような機器の一つが単一の事象に起因して故障し(ただし、単一の事象に起因して必然的に起こる多重的故障を含む。また、右の事象には運転員の誤操作が含まれる。)、それに伴う安全上の機能が発揮されない事態を仮定しても、なお、前記異常事象発生時における原子炉施設の安全確保機能が損なわれないように設計されなければならない、とする原子炉施設の安全設計上の考え方の一つであることが認められる。ところで、前記のとおり、TMI事故は、複数の機器の故障や複数の誤操作が原因となつて発生した事故であるが、<証拠>によれば、右の複数の故障等が右にいう重要な機器の故障等といえるかそれとも詳細設計以降の機器の故障といえるかは議論のあるところであるうえ、たとえ前者に該当するとしても、その場合の安全評価の方法としては、①従来の安全評価の方法を変え、安全上重要な複数の系統が故障する場合を想定して評価する(ただし、この方法によると、現在行われている設計は成り立ち得ないことになる。)、②詳細設計以降の段階で機器の品質保証や信頼度向上の努力をはかり、安全上重要な系統が複数故障することのないようにする、③確率論的な手法に従つて故障等の計算をする方法をとる、等種々の方法があつて、いずれの方法が最も適切かにつき現在に至るも専門家の間で明確な合意ができている状況ではないことが認められ、そうであるとすれば、TMI事故の発生以前に、単一故障指針に基づき行われた本件安全審査の合理性が失われるものとは到底いえないから、原告らの右主張は失当である。

3過渡現象解析に関する主張について

原告らは、TMI事故の発生を論拠として、本件安全審査における過渡現象解析は、動的機器の故障、誤動作及び運転員の誤操作が重なり合つた場合の検討が極めて不十分である旨主張する。

TMI事故が右主張のような故障等が重なり合つて生じたものであることは前記のとおりであるが、しかしながら、原子炉設置許可に際しての安全審査における過渡現象解析は、当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において採用される安全保護設備のそれぞれについて、いずれも確実に所期の機能を発揮しその信頼性が確保されるものであることを前提としたうえで、念のため、更にそれら安全保護設備等の設計が、異常状態拡大防止対策上総合的にみて妥当なものであるかどうかを判断するために行うものであるうえ、前記のとおり、本件安全審査において採られた単一故障指針の考え方自体の合理性が失われるものでない以上、右のような意義、目的を有する過渡現象解析を右の単一故障指針の考え方に基づき行われた本件安全審査が合理性を有するものであることは明らかであるから、原告らの右主張は失当である。

4人為ミスの主張について

原告らは、TMI事故を論拠として、人為ミスを計算に入れない従来の安全評価方法、すなわち、プラントを十分安全に製造すれば人為ミスがあつても大事に至らないとの考え方のもとになされた本件安全審査は安全上問題である旨主張する。

しかしながら、本件安全審査でとられた単一故障指針の考え方においても、一個の人為ミスを想定しているのであり、また、証人都甲泰正の証言によれば、本件安全審査を含む原子炉設置許可に際しての安全審査においては、通常のレベルの運転管理が行われることを前提としたうえで、基本的な安全設計が確保されているかどうかの審査をするという方針が貫かれており、もし、どのような人為ミスがあつても、また、どのような運転管理能力があつたとしても基本的な安全設計が確保されるというような設計は、技術的に極めて困難もしくは殆ど不可能であり、運転員に一定レベル以上の運転管理能力を期待することは現在の技術水準では不可能であること、が認められる。したがつて、フェイルセーフ、フールプルーフの機構が備えられているとはいつても、それは、運転員の一定レベル以上の運転管理能力が前提となつてはじめてその有効性が発揮されるのであるから、運転員がより多くの誤操作をしても安全が保たれるようにとの観点からの見直しをすることは必要であるとしても、また、運転員の具体的な運転管理という詳細設計以降の段階の問題をより幅広く基本設計の段階に取り込むことの技術的可能性を検討すべきではあるとしても、そのことの故をもつて、単一故障指針の考え方に基づいてなされた本件安全審査が合理性を欠くものといえないことは明らかである。

5マン・マシーン・インターフェイスに関する主張について

原告らは、TMI事故を論拠として、マン・マシーン・インターフェイス(人と機械との接点)を安全評価の対象としなかつた本件安全審査の信頼性には疑問があるかのように主張する。

<証拠>によれば、TMI事故の後、原子炉専門家の間で、同事故のように事故への発展が遅い過渡事象については運転員の係る割合が大きくなるとして、マン・マシーン・インターフェイスの問題が大きな課題として取り上げられ、我が国の安全審査会が昭和五五年六月一〇日TMI事故に関し、「我が国の安全確保対策に反映させるべき事項」について取りまとめた事項の中で、制御盤等のレイアウトの設計に関して人間工学的観点からも検討を行う必要がある旨が指摘されていることが認められる。

このように、原子炉施設の設計において、マン・マシーン・インターフェイスの観点からの検討の必要性は認められるとしても、そもそも右の観点を踏まえた原子炉施設の設計が基本設計ないし基本的設計方針に係る事項であるかについては必ずしも定かでなく、仮にこれを肯定するとしても、特にマン・マシーン・インターフェイスの問題がTMI事故を契機にクローズアップされてきた問題であることにかんがみると、未だ右事故発生以前になされた本件安全審査の合理性が失われるものでないことは明らかである。

6災害評価における放射性物質の放出量に関する主張について

原告らは、TMI事故時における希ガスの環境への放出量が本件安全審査における災害評価に際しての仮想事故に係る希ガスの放出量約七〇万キュリーを上回つたことを根拠として、右災害評価の不合理性ひいては本件安全審査の不合理性を示すものであると主張するもののようである。

しかしながら、前記のとおり、TMI事故において大量の放射性物質が環境に放出されることとなつた直接の決定的要因は主として人為ミスにあり、このような主として具体的な運転管理上の問題に基因したTMI事故における希ガス放出量と、原子炉設置許可に際しての安全審査において、原子炉の公衆との離隔に係る立地条件の適合を判断するための媒介として観念的に想定するにすぎない災害評価に係る仮想事故におけるそれと単純に比較して、右災害評価の合理性を論じることは失当である。

なお、前記のとおり、TMI事故における希ガスの環境への放出量の最も確からしい推定値は約二五〇万キュリーであり、右事故による被曝によつて生じ得るTMI発電所周辺住民の健康への影響は、被曝がなかつた場合に比べて、無視し得る程度であるとされているものである。

7原子炉格納容器の健全性との関連に関する主張について

原告らは、BWRの原子炉格納容器はPWRのそれと比べ容積が小さいため、TMI事故において発生したような水素爆発がBWRの原子炉格納容器内で生じれば、原子炉格納容器が破損し、大量の放射性物質が環境に放出される虞れがある旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、主として人為ミスという具体的な運転管理上の問題に基因したTMI事故において発生したような水素爆発を引き合いに、BWRにおける原子炉格納容器の健全性を云々する右主張には、疑問なしとせず、加えて、前記のとおり、本件安全審査においては、厳しい条件が設定された事故解析により、冷却材喪失事故時においても水―ジルコニウム反応の結果発生する水素ガスの量は低く抑えられ、原子炉格納容器の健全性は確保される旨判断され、右判断に合理性が認められ、また、<証拠>によれば、LOCA時の水―ジルコニウム反応によつて発生する水素ガスと酸素との反応により多量の熱が発生する虞れがあることから、本件原子炉施設においては、予め格納容器内の空気を窒素ガスに置換しておく不活性ガス系設備が備えられていることが認められるのであるから、原告らの右主張は失当である。

なお、<証拠>によれば、本件許可処分後の昭和五一年八月の本件原子炉施設についての原子炉設置変更申請及びこれに対する許可により、右の設備に併わせ、LOCA時に格納容器内の水素或いは酸素濃度を燃焼限界に達しないようにするため、水素濃度を四パーセント以下或いは酸素濃度を五パーセント以下に維持できるように設計される可燃性ガス濃度制御系設備が設置されることとされたことが認められる。

第一〇  結論

一本件許可処分における手続的違法性の有無

前記(第四)のとおり、本件許可処分手続には、これを取り消すべき違法は認められない。

二本件許可処分における実体的適法性の有無

前記(第五ないし第九)によれば、本件安全審査において、本件許可申請は原子炉等規制法二四条一項三号(ただし、「技術的能力」の点のみ)及び四号の各要件に適合するものと判断され、かつ、右判断には合理性があると認められるから、右申請が右の各号に適合するとして内閣総理大臣によつてなされた本件許可処分にも合理性があり、適法なものと認められる。

三  結語

よつて、本件許可処分は適法であるから、同処分の取消しを求める原告らの請求は理由のないことに帰する。よつて、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(後藤一男 鈴木敏之 金子順一)

別紙二

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